続 野良猫と藪医者

結城 鈴

文字の大きさ
上 下
1 / 12

1

しおりを挟む
 雨の日にサンルームにいるのが好きだ。周囲をガラスに囲まれた小部屋で、雨の滴が流れていくのをぼんやり眺める。
梅雨の明けきらない蒸し暑い日だが、洗濯を干しているこの部屋は、サーキュレーター付きの除湿器が動いていて、意外と居心地がいい。そこここにおかれた観葉植物にも、それは同じようで、元気に葉っぱを茂らせている。一つ、また一つ・・・数え切れない水滴がぽたりぽたりと落ちていく。まるで、自分の気持ちのようだと思う。こうやって毎日、密かにたまっていくのだと思う。一臣を想う気持ち。
 大家であり、現在恋人の年の離れた彼は、佐伯一臣という。ある会社の医務室で働く内科の医者だ。先月今月と、健康診断があったため、年に一度の多忙を極めていた。おかげで、彼との会話はほぼ挨拶のみに終始している。
忙しいのはわかるけど・・・もうちょっと、なんか・・・。
と、口に出すことはできない。はしたないことだと思うからだ。自分が女の子だったら、もう少し素直に甘えてみせることもできるのだろうが、あいにく自分は不本意ながら男で。
それでも、一臣が男しか愛せないと言うから、不本意、の部分は大分薄れてきてはいるのだけれど。でも、だけど・・・。
「キスくらいして欲しいなぁ。」
自分の唇に触れ、なぞる。ふに、と柔らかい感触は、一臣も好きなようだった。その唇に、もう一月以上触れてもらえていない。だんだんと、他に思惑があるのでは?と思えてきてしまう。困った性格だ。ぼんやりしすぎて、日が暮れてきた。
いけない。夜までにすることはたくさんある。まずはこの洗濯を畳んで、お風呂を洗い、夕食の支度をする。それがこの家での自分の仕事。床に尻をつき、膝を抱えて天井を見る。雨はやむ気配がない。一臣は車通勤なので、濡れる心配はないだろうが、やはり視界は悪い。それなりに時計を気にしてしまう。早く・・・帰ってきて欲しい。今日は金曜日。約束は続いている。毎週金曜は、一臣の寝室で一緒に眠るのだ。
体を重ねることをしなくても。もっと求めて欲しいのに。
性的な快楽が欲しいわけではない。繋がると安心できるから。
「誰よりも今、自分が一番、一臣のもの」だと。

 洗濯物を持って、サンルームを出る。廊下のセンサーライトが行く手を照らしてくれる。その影に、開かずの扉が二つ。
一つは、一臣の元奥さんが使っていた部屋で、もう一つは産まれてくるはずだった子供の部屋。今は納戸として使っているらしいが、荷物はほとんどないと聞いている。どちらも、一年近くこの家にいて、開けたことはまだない。元奥さんの部屋は鍵がかかっていて、おそらく一臣も開けてはいないと思えた。
 一臣には、過去に愛した人が二人いる。元奥さん、と元彼だ。どちらをより愛していたとか、その二人と自分とはどうなのか、考えないわけではない。けれど、おそらくその答えは一臣も持っていないのだ。だから、なるべく考えないようにしている。何より一臣は、ことあるごとに「愛している」と口にしてくれる。その言葉を信じていないわけではない。
そうではなく、自分がその言葉に値するかどうかが不安なのだ。
元奥さん、の話は、一臣から少し詳しく聞いている。お腹の子供が安定期に入った頃、事故で一臣の両親と共に子供を失ったのだと。それから心を病んで、一臣の処方した薬で自殺を図った。命は取り留めたけれど、重い後遺症が残って、現在は実家で療養しているとか。その過程で離婚することになったと言っていた。その、自殺を図った原因の一つに、一臣の元彼の存在がある。一臣の両親と子供の葬儀の時に再会して、時々お酒の付き合いをしていたそうなのだが、きっとそれが、元奥さんには堪えられなかったのだろう。
元彼の話は、あまり詳しく話そうとしてくれない。ただ、年賀状をはじめ四季折々の葉書に混じり、幼い娘の写真入りの葉書を送ってくる。結婚式の招待状も来たと言うくらいだ。彼と一臣は、手紙で繋がっていた。一臣が、その手紙に返事をしているところは見たことがなかったが。けれど、元彼の方はそうではない。まだ気持ちが残っていなかったら、こんなことはしないと思ってしまうのだ。単純に、友達として子供の成長を見て欲しいだけ・・・なんて・・・。子供を失っている一臣には酷なことだと思うし。でも、一臣には大人でいて欲しいし・・・。こんなのは、我が儘だと思うけど。

「すばる、学校どう?」
どう?とはどういう意味だろうか。一臣の仕事とはおよそ畑違いもいいところで、どう答えていいか悩んだ。自分、こと早乙女すばるは春から美術系の専門学校に進学していた。美大も受けてはみたのだが、準備が遅かったせいもあり、あっさり落ちてしまったからだ。
冷や麦をそば猪口に移しながら、首をかしげる。広いダイニングテーブルに向かいで座って、食事をするのが常だった。
「・・・まぁまぁ。」
何がまぁまぁなのか自分でもよくわからなかったが、答えが口から出てしまっていた。そこではたと気付いた。
「一臣さん、その言い方、患者さん用じゃない?」
「あぁ、そうだったかも。・・・学校楽しいかい?」
やっぱり、そう思いながらも、笑顔で答える。一臣とする久しぶりの会話らしい会話だからだ。
「楽しいよ。合わないかなって思う科目もあるけど、それなりに勉強にはなるし。グラフィックとか。」
とは、パソコンを使った授業のことだ。画面を見ていると、持病の頭痛が起きてしまうのだ。自分はやはり、アナログが好きだと思う。基礎をたたき込まれていると言えば聞こえはいいが、デッサンデッサンで追い詰められるのも、苦手な部類だった。どの辺が苦手かというと、像でも女体を相手にしなければならないところだ。実は将来絵本作家とか、挿絵作家になりたい夢を漠然と持ち始めている。そういう仕事は、やはり手描きがいいんじゃないかな、と。入学したてで何を言ってもおこがましいのだが。夢、らしきものが描けるようになったのは、進歩だと思うから。
 一臣と出会った頃、自分は女に子になりたい自殺志願者だった。なぜ、自殺志願者だったかと言えば、女の子になりたいという前提条件が「生まれ変わって」だったからだ。ただ一度だけ、男に生まれたこの体を愛して欲しくて、あやしげなサイトを通して一臣と出会った。そこで、自殺は罪なことだと、生まれ変わることはできないと諭されて、現在に至る。もちろん間には、その考えの発端になっている両親のことや、姉の結婚のことなどいろいろあったのだが。
一臣は、この体を愛してくれる。それが何より嬉しかった。
 何度目か呼ばれて、箸の先からめんつゆがテーブルに落ちていることに気付く。
「えっ?あ、なに?」
慌てて一臣に向き直ると、彼は不思議そうな顔をしていた。
「なに、じゃなくてさ。君、利き目はどっちか知ってる?」
利き目、と尋ねられていたらしい。
「うん。左だよ。」
授業で写真を撮っていた時に、カメラのレンズを覗くのを、友達に指摘されて、最近知った。
「視力の左右差・・・見え方の差ってある?」
言われて今度は、右目を手のひらで覆ってみた。焦点は、一臣の後ろのカレンダーだ。ぼんやりとして、数字は読み取れない。そのまま、今度は左目を覆った。
「あれ?右の方がよく見えるみたい。」
利き目は左なのに、視力が良いのは右?一臣を見ると、やっぱり、と頷いていた。
「頭痛でるのも、左だったよね、確か。」
持病の偏頭痛は、まだ時々出る。痛むのはいつも左のこめかみあたりだ。そこから広がって、酷い時には肩も上がらなくなる。もちろん、そうなる前に薬を飲むようにしていたが。
「すばるは、利き目を酷使しすぎなのかもしれないと思って。」
「どういうこと?」
「使いすぎて、視力が下がって、でも使わずにはいられないから眼精疲労になる。で、三叉神経がやられて、偏頭痛の発作に繋がっている・・・んじゃないかと思っている。・・・まぁ、藪の言うことだから話半分で聞いてね。」
一臣は、自分を藪だと卑下していた。
「サンサシンケイ?」
「あとで見せてあげるけど、この辺の神経だよ。」
と、眉のあたりから、顎のあたりを指さされた。
「だから、眼科に行って、眼鏡作ってもらうか・・・コンタクトにするかすれば、改善されるんじゃないかと思って。あとはその・・・髪だね。可愛いけど、目にかかるでしょう?少し短くしてみたらどうだろうか。」
可愛い、と言われて、頬が紅潮する。よく似合っている、と以前言われたこともあり、ずっと同じ長さを保っていた。「女の子に産まれられなかった」というコンプレックスを幼少時から抱いていた自分は、つい髪で顔を隠しがちでもあった。それを一臣は察しているらしかった。
「せっかく進学したんだし、イメチェンしてみたらどうかな。」
眼鏡をかけると、逆に野暮ったくなる気がするのだが・・・。
それはともかく。
「一臣さん、それ、いつ調べたの?」
健康診断で、ずっと忙しかったはずではないか。それなのに。
「君のことを考えない時はないよ。少しでも楽にしてあげたいと思ってる。だから、勉強もするよ。前に言ったでしょう?」
前に、とは頭痛薬を切らした時に、同じ成分の注射をしてくれた時のことだった。嬉しくて、椅子から跳ね上がりたい気持ちだった。
「ありがとう。えと、じゃぁ、まずは眼科に行けばいいの?」
「うん。そうしてみて。知り合いにいればいいんだけど、あいにく眼科に知り合いはいないんだ。でも、近所の眼科も評判いいよ。・・・コンタクトにするにしても、眼鏡は必要になるし。」
眼鏡か。お金がかかるのだろうか。でも、まだ、あの封筒にはたくさんお金が残っている。あの封筒、とは一臣と初めて会った時に、処女と引き替えにしたお金の入った封筒だ。
一臣は、大家だから当たり前、と必要なものは用意してくれるので、特に使わずに済んできたのだった。
「うん。パソコン使うのも苦手なんでしょ。たぶん、目のせいだと思うんだよ。藪だけど、医者の勘だから、ちょっと聞いてみて。」
なるほど。さっきの会話で、そんなことまで考えていたとは。
一臣は、自身のことを藪だと言うけれど、人を思いやれるところは、医者向きだと思う。忙しい現場で働くのは無理かもしれないし、自分にとっても今の職場の方が一緒に過ごせる時間がとれるから、都合がいいのではあるが。
それって、僕の都合だし。
甘えたことはなるべく口にしたくない。一臣がその気なら、ちゃんとした病院で働く未来もあるはずなのだから。
「一臣さん・・・。」
「ん?」
「ありがとう。」
告げると、一臣は嬉しげに笑った。
「あ、そうだ。すばる親知らずって生えてる?」
親知らず?
今度こそ、ぽかんとしてしまった。
「ないよ?なんで?」
「だよね。あご細いもんね。抜くと頭痛が減るって言う都市伝説もあるよ、と思って。」
思わず苦笑する。それなら聞いたことがあったからだ。
「都市伝説って。一臣さん、頭痛のこと何で調べてるの?」
「・・・ネットとか。」
忙しい一臣のことだ。医学書をひっくり返すより、手っ取り早いのだろう。もしくは、医学書には解決法が書いていないかのどちらかだ。
「生えてないし、虫歯もないよ。乳歯抜いてもらった時以来、歯医者さん行ったことない。」
「嘘!それはすごいな。・・・でも、なら一度見てもらった方がいいかも。クリーニングも兼ねてさ。腕の良い先生知ってるから、考えてみて?」
都市伝説を、だろうか。
「うーん。」
唸っていると、一臣は真顔で箸の先をちょい、と上に向けた。
「頭痛で病院巡りは基本みたいだよ。」
「でもー・・・。」
歯医者は敷居が高かった。もっと高い肛門科の榊医院には、何度かお世話になっているが。さすがに頭痛とお尻は関係ないし。
「頭痛辛いんでしょ。吐くほど。」
「うーん。ちょっと考えさせて。あ、眼科は行くよ。スーパーに行く途中のあそこでしょ?」
「うんそう。」
話を眼科に戻して、歯医者の話をうやむやにしようとした時だった。
「歯医者も、予約入れておいてあげるよ。」
一臣がにっこりと笑った。

 食事を終えて、二人風呂に入り、今は一臣の寝室のベッドに横になっている。エアコンは軽めの除湿。一臣は、思案げに天井を見ていた。思えば、最近いつも寝床を共にする時に見せる表情だった。何を考えているんだろう。何かを考えて、そして、抱かない、と結論づけているのだ。一臣は。それでいて堪えているような不思議な顔を見せる。
「・・・一臣さん?」
今日の一臣は、いつもよりもさらに苦渋を浮かべているように思う。眉根を寄せたその様が、妙に色っぽいのだが・・・。
「ん?なに?」
優しく微笑む顔を取り繕いながら、一臣はこちらを向いた。
「なに考えてるのかなぁって。」
問いかけると、一臣はまたあの難しい顔に戻った。
「んー・・・。あのね。もし、このまま、君を抱かないって言ったら、君どうする?」
抱かない?
無意識に首をかしげた。性欲旺盛な一臣が、二ヶ月以上も間を開けているのだって、すごいことだと思うのに、それを無しにすることなどできるのだろうか。
「できる・・・の?」
問い返すと、一臣はふっと苦笑した。
「君がもし、このままなくてもいいなら。我慢しようかと思ってる。」
どうして?頭の中は疑問符だらけだ。もう、この体に興味がなくなった?でも、一臣は我慢すると言っている。体がどこかおかしいだろうか?いや。少なくともセックスをするのには問題ないように思う。もう、好きじゃなくなった・・・とか・・・。でもそれなら、こうして一緒に眠ることもしないと思う。お風呂ではいつものように二人で入って、体を洗いあったばかりだ。
どうして?と視線を差し向けると、一臣は優しい手つきで頭を撫でた。
「君は、普通の男の子だからね・・・。いずれ、俺のことは忘れて、結婚とか考えることになるんじゃないかと思って。そうしたら、あんまり抱かれ癖の付いた身体だと、何かと困るかな、なんて・・・。」
思わず、目を見開いてしまった。なんでそんなことを思うんだろう。そんなこと、あり得ないのに。
「一臣さん・・・。僕が普通の男の子だったら、今ここにいないよ?」
一臣と初めての夜を過ごしたあと、自分は命を絶つつもりでいたからだ。そうでなくても、一年近くも一臣の相手を務めている。「普通の男の子」には無理なことも要求されていると思うし、応えていると思う。つまりは、自分は普通の男の子ではないと思うのだ。
言い方を変えることにした。
「・・・あのね。一臣さんがその、ゲイだって自覚したのは、大学に入ってからだって言ってたよね?」
一臣がゆっくり頷くのを待って、言葉をつなげる。
「それって、今の僕と同じ年?」
は、っと一臣の表情が一瞬強ばった。
「・・・そうだね。」
「うん。なら・・・性癖を自覚できない年齢じゃないよね?」
以前一臣が言ったセリフを真似て問いかける。
「そう・・・だね。うん。うん、でもいいの?」
相手が俺で、と、一臣が苦笑する。
「一臣さんでなきゃ嫌だよ。」
かぁっと全身が熱くなり、視線はシーツのしわにすがらせてしまう。
「・・・じゃぁ我慢するのやめちゃおうかな。」
ぺろ、と一臣が舌先で唇を舐めた。それを親指の腹で拭う。
一連の動作が、一臣の秘められた欲望が解き放たれたサインだった。
「あ、まって。・・・一臣さん、キスして。」
「珍しいね。君からねだってくるなんて。」
「そうじゃなくて!」
一臣は、元彼にキスされて自身の性癖を知ったのだと、話してくれたことを思い出したのだ。
「元彼さん、どんなキスしたの?一臣さんをその気にさせるなんて。」
「彼がしたんじゃないよ。俺がさせられたの。」
ニヤリと笑う一臣に、藪蛇だったことを悟った。
「さぁ、じゃぁすばる。してみようか?」
「う・・・。」
一臣に、キス。上手な一臣を納得させられるだけのテクニックなどない。たぶん、触れるので精一杯。けれど、それをしなければ、先に進めないことはよくわかっていた。一臣の、何かのスイッチを入れてしまった確信があった。
「目、つぶって。」
いいよ、と一臣が目を閉じる。楽しそうなその表情に小さく溜息して、膝に乗り上がった。そっと顔を近づけて、素早く唇に唇で触れる。その一瞬を、一臣は逃さなかった。さっと両腕を絡め取ると、角度を変えて深く口づけてくる。とっさのことに、パク、と口を開いて受け入れてしまった。一臣の温かい肉の感触。ぬるり、と一通り気が済むまで口の中を蹂躙する。だんだんと、頭の芯がぼーっとし始め、よだれが腿に滴った頃、一臣は口を離した。
「どう?」
「・・・へ?」
「俺とこれからもやっていけそう?」
クスクスと一臣が笑う。その悪魔のような笑い方に、唇を尖らせて俯いた。イジワルだ。
「すばる?」
「もう!一臣さんなんか、ずっと我慢してればいいよ!」
「すばる。今更それは聞けないよ。」
がばっと押し倒されて、両手をベッドに縫い付けられる。荒々しくもう一度唇を奪われると、もう降参だった。少し乱暴なくらいの一臣に、体中好きにされるのが好きだった。本当に、ずっと我慢していたのだろう一臣の中心が腿に触れた時、たまらずに高い悲鳴が鼻から抜けた。
「ぁっ!」
「久しぶりだからね。時間かけるよ。すばる、痛いかもしれない。」
どきん、と胸が高鳴る。嗜虐傾向のある一臣だ。痛がったり、泣き声を上げたりすると、ことさら喜ぶのを知っている。
「ぁ・・・や・・・。」
「好きなくせに。」
そして、自分は一臣にそう扱われることを望んでいて・・・。
今更、普通の男の子なんかには戻れないことを、身体が一番良く知っていた。ぞく、と身体の奥が疼く。疼いた場所を思って赤面した。もしかして、これが一臣の言う抱かれ癖だろうか。それならもう、とうにつけられてしまっている。
「すばる・・・?」
動かなくなった自分を不審に思ってか、一臣が問いかけてくる。手にはローションのボトル。透明な液体がゆらゆらと揺れている。それを見ただけで、コクと喉が鳴った。
「なんでもない・・・。」
奥が疼く。でも、口にすることはできない。
「そう?・・・じゃぁ濡らそうね。」
え、もう?
いつもの一臣なら、もっとずっと濃厚にあちこち愛したあとに身体を開く。それなのに、今日はもうボトルのキャップを開ける音がパチンと耳に届いた。
「不満そう。でも久しぶりだから、時間かけて慣らしてあげるよ。」
言いながら仰向けにされる。見透かされて、また体温が上がった気がした。膝を割られ、間に一臣が収まる。するりと奥の秘められた部分に指を這わされた。その感覚が、ぬるりと濡れていて、体がまたおののく。
「んっ。」
ぬるぬるとそこを揉みほぐしていた指先が、圧迫感を伴って、ほんの少し中に入った。
う。・・・ちょっと・・・やばいかも。
そう思ったのは一臣も同じだったようで。
「すばる、痛い?」
言いながら、ぬる・・・と指先を後口から抜いた。ほっと身体の力も抜ける。二ヶ月ほど間を空けた身体は、一臣の言う通りかなり硬くなったようだった。初めての時ほどではないが、不安になった。
「つらかったら・・・うーん、でも。我慢しないと繋がれないしなぁ。」
我慢して繋がっていた経験のある一臣だ。苦痛を思い出すのか、眉根を寄せていた。慣らさずに入れられることを思えば、一臣は優しかったし、このまま身を任せるほかない。
「平気。大丈夫。」
告げると、一臣は苦笑した。
「駄目でも頑張って。今日は抱きたい。」
スイッチの切り替わった一臣は、少々強引だった。その笑みに、また身体の奥が疼いてしまう。一臣はローションを足すと、再び指先を潜り込ませた。今度は先ほどよりも深い。
「ん。」
差し込まれた指を喰い締めて、呻く。痛みにではない。いや、痛みと共に訪れた、快感にだ。
「すばる・・・楽にして。力抜いてごらん。」
そっと、一臣の手が性器に触れ、痛みを和らげようとするかのように擦ってくれる。
「ちが・・・んぁ・・・。」
「すばる?」
目をきつく閉じていても、顔を窺われていることがわかる。
たまらなく恥ずかしいが、薄く目を開けて一臣を見た。首をかしげて、こちらを見ている。
「一臣さん。・・・そんなには痛く、ないかも。」
「本当?」
問う一臣に、コクリと頷いて見せる。それに、口の端を上げて笑うと、一臣はゆっくりと指をさらに奥へと押し込んだ。
「いいところ、してあげようね。」
ピク、と上げた足が揺れた。一臣は、身体の中のいいところ、前立腺の位置を的確に覚えていた。それがたまらなく嬉しくて、甘えた声を上げてしまう。
「んんぅ。そこ・・・あ・・・そこ。」
普段は何かをねだったりなどしないのだが。ベッドの上では、そうするように躾けられていた。でないと、一臣のイジワルが加速してしまうのだ。口にできないことで身もだえる自分に、一臣は愉悦する。そうなってしまうと、泣いて許しを請うまで、いじめ抜かれてしまうのだ。それは避けたかったし、何より素直に「して」と口にした方が、気持ちが良かった。
「んっ!・・・ぅ・・・あぁ・・・あっ。」
自身の嬌声に、体かどんどん熱くなる。背中が汗でしっとりとしてくるのを感じる。一臣は、そんな様子を伺いながら、そっと指を増やして、また体内をかき混ぜてくるのだ。こうなるともう、痛みはない。もともと一臣をして「ネコ向き」と言わしめる体だ。感覚を思い出してしまえば、体は素直に開いた。二本の指で中を出入りしていた指が抜ける。
「もう一本・・・ね?」
そろ、とそろえた指を挿入してくる。やはり、多少の苦しさはあるものの、痛みというほどではなかった。このままゆっくり慣らしてもらえれば、一臣自身を受け入れるのもたやすいだろう。触れられてもいない中心が、固く立ち上がり、たらたらと蜜をこぼしている。そこに触れられるのを、望んでいないことを知っている一臣は、見て見ぬふりで、腿の付け根や際どいところに指を這わせつつも、後口をじっくりと責め続けていた。
「も・・・大丈夫・・・。」
これ以上中をいじられたら、その刺激だけで達してしまいそうだった。巧みな愛撫に、音を上げる。
気持ちいい・・・。
うっとりと唇を舐める。すると、それを合図にしたように、一臣が指を抜いて体をずり上げ、唇を合わせてきた。甘ったるく唇を開き、一臣の舌を受け入れる。そうして、上も下も一臣に満たされる感覚が、たまらなく好きだった。
しばらくそうして、足りない前戯を補うようにキスを交わし、溢れた唾液が鎖骨を濡らすころ、一臣は名残惜しげに離れていった。
いよいよだ。高鳴る胸を押さえつつ、その時を待つ。
そろ、と熱い高ぶりが秘部に押し当てられる。ゆっくりと開きながら、一臣は体を進めた。
「熱い・・・。」
思わず呟くと、一臣は嬉しそうに笑った。
「やっと繋がれる。・・・すばる、痛くない?」
コクリと頷くと、一臣は一番太さのある部分を潜り込ませた。「あっ・・・。」
入ってきた・・・。
先を飲み込むと、後はすんなりだった。くぷくぷと音を立てながら、たっぷり纏わせたローションと共に、奥深くへと到達した。
肌と肌が触れ合う。余すところなく呑み込めた証に、一臣がご褒美のキスをくれる。しばらくそうして、馴染むのを待つ。
とくとくと一臣の熱を感じながら、しかし圧迫感だけでも達しそうなくらい気持ちがよくて、もじ、と腰を揺らした。
「一度イかせてあげようか?」
そっと、一臣が濡れたペニスに手を添えた。
「一緒にイきたい・・・。」
もじもじと腰を揺らして催促する。すると、一臣はもうすこしまって、と宥めるようにわき腹を撫でた。時々、胸の突起をかすめるように指先でくすぐる。そうされると、腰のあたりがジンと痺れて、余計にじれた。
「お願い・・もう動いてぇ・・・。」
半泣きになりながら告げると、一臣はようやく少しずつ体を揺らし始めた。ほんの少し身を引いては、そっと突き上げる。
その緩慢な動きにさえ敏感に感じて、我慢の限界を超えそうだった。
「も、だめ、・・・一臣さん早く・・・。」
口元にやった右手の人差し指に歯を立てて、きつく目を閉じ、快感をやり過ごそうと必死で耐える。
「ゆっくりでもイケそう・・・。久しぶりで、俺も余裕ない。」
一緒に、と一臣が耳元に囁いた。
「ん!ん!んー・・・っう。」
「っく・・・。」
二人の声がシンクロする。
一臣はゴム越しの中に。自分は、一臣の腹に、白濁を吐き出した。余韻に浸る・・・。
しばらくして、一臣がずるりと抜けていき、避妊具を処理すると、ベッドに戻ってきた。
「気持ちよかった・・・。」
「ん・・・。」
一臣が満足そうにするので、ついついこちらも頬が緩んでしまう。嬉しくて暖かい気持ち。
愛してるよと囁きながら、髪を撫でられると、徐々に眠たくなってきた。シャワーを浴びたいところだが・・・。
「一臣さん、シャワー朝でもいい?」
「いいよ。おやすみすばる。久々で疲れたろう。」
「疲れたっていうより・・・。」
安心感と、充足感だ。眠りを誘うには十分だった。
「より?」
一臣が珍しく言葉尻を拾った。
「・・・好き。」
告げると、一臣は一瞬息を飲んだ。
「寝かしてやれなくなるから・・・。」
睦言は、一臣のスイッチを押してしまったようだった。
それでも、どんなに情熱が高まったとしても、自分を優先してくれる一臣だ。きっとこのまま寝かせてくれる。
思った通り一臣は、少し長めの前髪を梳くように頭を撫でながら、横に寝そべった。おそらくは、眠りに落ちた後一人で処理してしまうつもりなのだ。かわいそうな気もするが・・・。
「おやすみなさい。」
あふーとあくび交じりに言うと、一臣はクスクス笑いながら、おやすみ、と返した。
重だるい眠りがやってくる。朝、起きられるだろうか・・・
そんなことを思いながら、眠りについた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...