みこともぢ

降守鳳都

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『あ』と『ん』 其の六

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 『みこともち』の棲むサカエ宮は、アルノ奥山から遙か遠くにある西の海の近くにあった。海からはかなり離れていたのだが、西の海に流れ込む川が宮の中を流れており、そこに港が作られていたので、人や物の交流は盛んであった。また、川の水量を調整する仕組みがなされていたので、氾濫する恐れはまったくなかった。

 宮の東は広い庭となっており、国中の珍しい花木や作物などが育てられており、『ふしのしらみね』を模した人工の山もあった。その庭にミアゲテの乗るヒクウセンが降りて来たのは、アルノ奥山を出て二刻ほど経ったくらいであり、夜が明ける少し前であった。

 ミアゲテよりの急な報せは、常に自由に報せることが認められていたので、ミアゲテはヒクウセンを降りてすぐに宮の奥にある『みこともち』の部屋に向かって走った。

 眠っていた『みこともち』は、空気の変動を感じて目を覚まし、部屋の中で入口を向いて座した。

 はたしてすぐにミアゲテが駆け込んで来てひれ伏し、「始まりましてございます」と声を上げた。

 『みこともち』がその言葉を受けて「まこと始まったか」と問い直すと、ミアゲテは「始まりましてございます」と今度は静かな声で言った。

 再度の申し上げに対して『みこともち』は、「『みこともぢ』を記す者を守るようにせねばなるまい」と悔しそうに言った。

 何故、悔しそうに言うのか。それは『みこともぢ』の復活と共に国が新しく改められることになるからであり、現在の『みこともち』が入れ替えさせられることになるからであった。

 入れ替えによって、『みこともち』は自由の身になるわけだが、これまでずっと『みこともち』をして生きて来た存在が、自由をどう取り扱ってよいのか分からない不安を前にして、これまで通りに『みこともち』のままでありたいと思うのは必然なことである。悔しいと言う思いは、この必然から引き出されて来た思いであり、神より授けられた役割を果たすことが出来ていなかった自覚から起こったものではなかった。

 それでも、『みこともち』は、『みこともぢ』を記す者を守るように行動することにした。その決断の根底には『みこともぢ』を敬う気持ちと共に、そうすることで、その者を自らの手元へ呼び出すことも可能になる。という考えを含まれていた。

 その者を手元へ呼び出すことで、自らの思うように操り、これまで通りに『みこともち』としてあり続けようと目論んでいたのだが、この考えは善意でも悪意でもない自然な『みこともち』の本心から発露したものであった。
 『みこともち』はサカエ宮の南にあるテンノウ宮に棲む弟である住めるへ使いを送って、日が昇ると共にテンノウ宮を出てサカエ宮へ来るように伝えた。

 テンノウ宮は、アマア族によって開港されたスミノ港を持つこの国で一番の人や物の交流の中心で、本来は代々の『みこともち』の棲む宮であった場所である。

 その場所にスメルが棲むことになったのが何故なのかは今のところは不明である。

 翌朝、スメルがサカエ宮にやって来た。『みこともち』が呼び出して来るのは珍しいことだったので、思わずスメルは悪態にまかせて「兄上、困惑しておるのか」と『みこともち』の真意を暴いた。

 『みこともち』は末恐ろしく思いつつも平静を装って、「スメルよ。頼みたいことがある」と言ってから、『みこともぢ』の復活すること。子どもと狗がそれを見つけ出す存在に選ばれたこと。などを話してから、「彼らの集落のスグレミコトモチが追手を放つ許可を申し出て来るだろうから、追手を放つつもりであるかどうか」と問い掛けてきたので、スメルは面倒臭そうに「そのような役割はお断り申し上げます」と答えた。

 『みこともち』は追手を放つかどうかを問い掛けただけなのだが、スメルはどうせ自分がそれを頼まれるのだと早合点して、そのように答えたのだった。

 『みこともち』はそれに気づいて改めて「追手を放つつもりであるが、それで良いだろうか」と問い直した。

 スメルは「追手を放ってどうするのですか」と聞いてから、続けて「まさか、彼らを消し去るつもりなのですか」と問い質した。

 『みこともち』は後に続けた言葉の語気に脅しのような響きを感じて、自らの思惑を見透かされたかのごとく思ったので、「いや、そのようなつもりはない」と返した。

 その返事を聞いたスメルはそこから『みこともち』の思惑を嗅ぎ取ったうえで、「そうですか。安心致しました。でしたら、その役目は私が行いましょう」と即座に答えた。 
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