7 / 9
7
『あ』と『ん』 其の六
しおりを挟む
『みこともち』の棲むサカエ宮は、アルノ奥山から遙か遠くにある西の海の近くにあった。海からはかなり離れていたのだが、西の海に流れ込む川が宮の中を流れており、そこに港が作られていたので、人や物の交流は盛んであった。また、川の水量を調整する仕組みがなされていたので、氾濫する恐れはまったくなかった。
宮の東は広い庭となっており、国中の珍しい花木や作物などが育てられており、『ふしのしらみね』を模した人工の山もあった。その庭にミアゲテの乗るヒクウセンが降りて来たのは、アルノ奥山を出て二刻ほど経ったくらいであり、夜が明ける少し前であった。
ミアゲテよりの急な報せは、常に自由に報せることが認められていたので、ミアゲテはヒクウセンを降りてすぐに宮の奥にある『みこともち』の部屋に向かって走った。
眠っていた『みこともち』は、空気の変動を感じて目を覚まし、部屋の中で入口を向いて座した。
はたしてすぐにミアゲテが駆け込んで来てひれ伏し、「始まりましてございます」と声を上げた。
『みこともち』がその言葉を受けて「まこと始まったか」と問い直すと、ミアゲテは「始まりましてございます」と今度は静かな声で言った。
再度の申し上げに対して『みこともち』は、「『みこともぢ』を記す者を守るようにせねばなるまい」と悔しそうに言った。
何故、悔しそうに言うのか。それは『みこともぢ』の復活と共に国が新しく改められることになるからであり、現在の『みこともち』が入れ替えさせられることになるからであった。
入れ替えによって、『みこともち』は自由の身になるわけだが、これまでずっと『みこともち』をして生きて来た存在が、自由をどう取り扱ってよいのか分からない不安を前にして、これまで通りに『みこともち』のままでありたいと思うのは必然なことである。悔しいと言う思いは、この必然から引き出されて来た思いであり、神より授けられた役割を果たすことが出来ていなかった自覚から起こったものではなかった。
それでも、『みこともち』は、『みこともぢ』を記す者を守るように行動することにした。その決断の根底には『みこともぢ』を敬う気持ちと共に、そうすることで、その者を自らの手元へ呼び出すことも可能になる。という考えを含まれていた。
その者を手元へ呼び出すことで、自らの思うように操り、これまで通りに『みこともち』としてあり続けようと目論んでいたのだが、この考えは善意でも悪意でもない自然な『みこともち』の本心から発露したものであった。
『みこともち』はサカエ宮の南にあるテンノウ宮に棲む弟である住めるへ使いを送って、日が昇ると共にテンノウ宮を出てサカエ宮へ来るように伝えた。
テンノウ宮は、アマア族によって開港されたスミノ港を持つこの国で一番の人や物の交流の中心で、本来は代々の『みこともち』の棲む宮であった場所である。
その場所にスメルが棲むことになったのが何故なのかは今のところは不明である。
翌朝、スメルがサカエ宮にやって来た。『みこともち』が呼び出して来るのは珍しいことだったので、思わずスメルは悪態にまかせて「兄上、困惑しておるのか」と『みこともち』の真意を暴いた。
『みこともち』は末恐ろしく思いつつも平静を装って、「スメルよ。頼みたいことがある」と言ってから、『みこともぢ』の復活すること。子どもと狗がそれを見つけ出す存在に選ばれたこと。などを話してから、「彼らの集落のスグレミコトモチが追手を放つ許可を申し出て来るだろうから、追手を放つつもりであるかどうか」と問い掛けてきたので、スメルは面倒臭そうに「そのような役割はお断り申し上げます」と答えた。
『みこともち』は追手を放つかどうかを問い掛けただけなのだが、スメルはどうせ自分がそれを頼まれるのだと早合点して、そのように答えたのだった。
『みこともち』はそれに気づいて改めて「追手を放つつもりであるが、それで良いだろうか」と問い直した。
スメルは「追手を放ってどうするのですか」と聞いてから、続けて「まさか、彼らを消し去るつもりなのですか」と問い質した。
『みこともち』は後に続けた言葉の語気に脅しのような響きを感じて、自らの思惑を見透かされたかのごとく思ったので、「いや、そのようなつもりはない」と返した。
その返事を聞いたスメルはそこから『みこともち』の思惑を嗅ぎ取ったうえで、「そうですか。安心致しました。でしたら、その役目は私が行いましょう」と即座に答えた。
宮の東は広い庭となっており、国中の珍しい花木や作物などが育てられており、『ふしのしらみね』を模した人工の山もあった。その庭にミアゲテの乗るヒクウセンが降りて来たのは、アルノ奥山を出て二刻ほど経ったくらいであり、夜が明ける少し前であった。
ミアゲテよりの急な報せは、常に自由に報せることが認められていたので、ミアゲテはヒクウセンを降りてすぐに宮の奥にある『みこともち』の部屋に向かって走った。
眠っていた『みこともち』は、空気の変動を感じて目を覚まし、部屋の中で入口を向いて座した。
はたしてすぐにミアゲテが駆け込んで来てひれ伏し、「始まりましてございます」と声を上げた。
『みこともち』がその言葉を受けて「まこと始まったか」と問い直すと、ミアゲテは「始まりましてございます」と今度は静かな声で言った。
再度の申し上げに対して『みこともち』は、「『みこともぢ』を記す者を守るようにせねばなるまい」と悔しそうに言った。
何故、悔しそうに言うのか。それは『みこともぢ』の復活と共に国が新しく改められることになるからであり、現在の『みこともち』が入れ替えさせられることになるからであった。
入れ替えによって、『みこともち』は自由の身になるわけだが、これまでずっと『みこともち』をして生きて来た存在が、自由をどう取り扱ってよいのか分からない不安を前にして、これまで通りに『みこともち』のままでありたいと思うのは必然なことである。悔しいと言う思いは、この必然から引き出されて来た思いであり、神より授けられた役割を果たすことが出来ていなかった自覚から起こったものではなかった。
それでも、『みこともち』は、『みこともぢ』を記す者を守るように行動することにした。その決断の根底には『みこともぢ』を敬う気持ちと共に、そうすることで、その者を自らの手元へ呼び出すことも可能になる。という考えを含まれていた。
その者を手元へ呼び出すことで、自らの思うように操り、これまで通りに『みこともち』としてあり続けようと目論んでいたのだが、この考えは善意でも悪意でもない自然な『みこともち』の本心から発露したものであった。
『みこともち』はサカエ宮の南にあるテンノウ宮に棲む弟である住めるへ使いを送って、日が昇ると共にテンノウ宮を出てサカエ宮へ来るように伝えた。
テンノウ宮は、アマア族によって開港されたスミノ港を持つこの国で一番の人や物の交流の中心で、本来は代々の『みこともち』の棲む宮であった場所である。
その場所にスメルが棲むことになったのが何故なのかは今のところは不明である。
翌朝、スメルがサカエ宮にやって来た。『みこともち』が呼び出して来るのは珍しいことだったので、思わずスメルは悪態にまかせて「兄上、困惑しておるのか」と『みこともち』の真意を暴いた。
『みこともち』は末恐ろしく思いつつも平静を装って、「スメルよ。頼みたいことがある」と言ってから、『みこともぢ』の復活すること。子どもと狗がそれを見つけ出す存在に選ばれたこと。などを話してから、「彼らの集落のスグレミコトモチが追手を放つ許可を申し出て来るだろうから、追手を放つつもりであるかどうか」と問い掛けてきたので、スメルは面倒臭そうに「そのような役割はお断り申し上げます」と答えた。
『みこともち』は追手を放つかどうかを問い掛けただけなのだが、スメルはどうせ自分がそれを頼まれるのだと早合点して、そのように答えたのだった。
『みこともち』はそれに気づいて改めて「追手を放つつもりであるが、それで良いだろうか」と問い直した。
スメルは「追手を放ってどうするのですか」と聞いてから、続けて「まさか、彼らを消し去るつもりなのですか」と問い質した。
『みこともち』は後に続けた言葉の語気に脅しのような響きを感じて、自らの思惑を見透かされたかのごとく思ったので、「いや、そのようなつもりはない」と返した。
その返事を聞いたスメルはそこから『みこともち』の思惑を嗅ぎ取ったうえで、「そうですか。安心致しました。でしたら、その役目は私が行いましょう」と即座に答えた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――
金斬 児狐
ファンタジー
ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。
しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。
しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。
◆ ◆ ◆
今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。
あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。
不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる