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『あ』と『ん』 其の二
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夏の山は、未だ神々の列に加わっていない存在たちが、生きている人々の棲む場所で過ごしているので静かである。
神々の列に加わっていない存在とは、言い換えるならば亡霊のことである。また、亡霊とは生まれ直す状態にない生命の停止によって身体を失った人のことである。
つまり、彼らは生まれ直すことが出来ないので、夏に山から生きている人々の棲む場所に来て、生まれ直すことが出来るようになる手掛かりを探すのである。
ここで、手掛かりになるようなものが、生きている人々から差し出されたならば幸いなわけだが、そのようなことはほとんどなく、彼らはただふらふらと夏の間を過ごし、夏が終わればまた山へ引き戻されるばかりである。
神々が山を降りて人々の棲む場所で過ごすのは春と秋なので、山の景観は春においては花の色で鮮やかとなり、秋は落葉の色を鮮烈に放つ。
これらの色彩は、未だ神々の列に加わっていない存在たちの情念の為せる業なのである。
さて、難しい話はここまでにして、その後のチエンとテンに視点を戻すことにする。
静かな夏の山の夜景は、彼らの心情に何も影響しない。チエンは肌でそれを感じるばかりであり、テンは人ではないので細やかな心象の機微など持ち合わせてはいないからである。
また、チエンはテンの背に腰かけているだけなので、危険な状態に陥ることはないし、テンは獣なので生命の危機に対する反射能力は人のそれを超えているし、山道は基本的に獣道なわけなので、テンにすれば普通の道を歩いているに等しい。
ようするにチエンは極めて安全な状況にあると言ってよい。勿論、自らによってではなくテンによってそうなっているわけではあるが、ともかく安全である。
アルノ奥山は名前ほど深い森を有した山ではなく、高さもたいしたことのない山であり、ヤマア族が常に出入りしているので、神々の列に加わっていない存在でさえも生きている人と間違われてしまうほどに、当たり前の山の概念からかけ離れている山であるのだが、ハヤテが停止したことによって忌まわしい場所となったのと、刻が夜になっていることもあって、チエンとテン以外は今のところ人は誰も居ない。勿論、山の神は居るし、その他の獣たちや夜行生物などは活動している。
彼らはまだ山の神の居場所まで到達していないので、山の神が本当に居るのかどうかについて、半信半疑の心でもって山を登っている。
山の中腹に少し開けた場所があった。ふとそこでテンが立ち止まったので、チエンがどうしたものかと耳をそばだてると、熱によって起こる破裂音がかすかに聞こえた。
そうか、テンは燃え上がる棲み家を見ているのだな。チエンが心で呟いたすぐ後で、テンがぽつりとこう言った。「もう戻れないのだな。チエン」
テンの言葉に寂しい気持ちが揺り返しそうになったので、チエンが右足の踵でテンの腹を軽く蹴ると、チエンの気持ちを察したうえでテンは「先へ進もう」と言って再び動き出した。
開けた場所の天には星が美しく瞬いていて、燃え尽きた流れ星が昼のような光を一瞬放って流れ落ちたのだが、チエンは目が見えず、テンは気にならないので、彼らにはあってもないことのように片付けられてしまったが、この現象からこの後のチエンとテンの進むべき道を予見した者がいた。
神々の列に加わっていない存在とは、言い換えるならば亡霊のことである。また、亡霊とは生まれ直す状態にない生命の停止によって身体を失った人のことである。
つまり、彼らは生まれ直すことが出来ないので、夏に山から生きている人々の棲む場所に来て、生まれ直すことが出来るようになる手掛かりを探すのである。
ここで、手掛かりになるようなものが、生きている人々から差し出されたならば幸いなわけだが、そのようなことはほとんどなく、彼らはただふらふらと夏の間を過ごし、夏が終わればまた山へ引き戻されるばかりである。
神々が山を降りて人々の棲む場所で過ごすのは春と秋なので、山の景観は春においては花の色で鮮やかとなり、秋は落葉の色を鮮烈に放つ。
これらの色彩は、未だ神々の列に加わっていない存在たちの情念の為せる業なのである。
さて、難しい話はここまでにして、その後のチエンとテンに視点を戻すことにする。
静かな夏の山の夜景は、彼らの心情に何も影響しない。チエンは肌でそれを感じるばかりであり、テンは人ではないので細やかな心象の機微など持ち合わせてはいないからである。
また、チエンはテンの背に腰かけているだけなので、危険な状態に陥ることはないし、テンは獣なので生命の危機に対する反射能力は人のそれを超えているし、山道は基本的に獣道なわけなので、テンにすれば普通の道を歩いているに等しい。
ようするにチエンは極めて安全な状況にあると言ってよい。勿論、自らによってではなくテンによってそうなっているわけではあるが、ともかく安全である。
アルノ奥山は名前ほど深い森を有した山ではなく、高さもたいしたことのない山であり、ヤマア族が常に出入りしているので、神々の列に加わっていない存在でさえも生きている人と間違われてしまうほどに、当たり前の山の概念からかけ離れている山であるのだが、ハヤテが停止したことによって忌まわしい場所となったのと、刻が夜になっていることもあって、チエンとテン以外は今のところ人は誰も居ない。勿論、山の神は居るし、その他の獣たちや夜行生物などは活動している。
彼らはまだ山の神の居場所まで到達していないので、山の神が本当に居るのかどうかについて、半信半疑の心でもって山を登っている。
山の中腹に少し開けた場所があった。ふとそこでテンが立ち止まったので、チエンがどうしたものかと耳をそばだてると、熱によって起こる破裂音がかすかに聞こえた。
そうか、テンは燃え上がる棲み家を見ているのだな。チエンが心で呟いたすぐ後で、テンがぽつりとこう言った。「もう戻れないのだな。チエン」
テンの言葉に寂しい気持ちが揺り返しそうになったので、チエンが右足の踵でテンの腹を軽く蹴ると、チエンの気持ちを察したうえでテンは「先へ進もう」と言って再び動き出した。
開けた場所の天には星が美しく瞬いていて、燃え尽きた流れ星が昼のような光を一瞬放って流れ落ちたのだが、チエンは目が見えず、テンは気にならないので、彼らにはあってもないことのように片付けられてしまったが、この現象からこの後のチエンとテンの進むべき道を予見した者がいた。
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