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其の肆拾捌

天智天皇のこと

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今回の物語において大王(おおきみ)と呼ばれているのは、
中大兄皇子のちの天智天皇のことである。
大化の改新で私たちによく知られている中大兄皇子の
本当の名前は葛城皇子と言う。私たちの知っている
中大兄という呼称は、『中』にプラスして『大兄』という
王位継承の資格を持っているとの意味を
付け足したものである。
ちなみに彼の兄である古人大兄皇子の
本当の名前は大市皇子と言う。
両名の本当のほうの呼び名はそれぞれ
地名に由来していて、いずれの地も蘇我氏の支配が
及んでいる地域を意味している。つまり簡単に言うならば、
両名の政治的かつ経済的な基盤は蘇我氏の後ろ盾を
得ているという事になる。
さらに葛城の地については、蘇我臣馬子がみずからの母に
由来することを主張して、推古天皇に願い出て
自らの支配地域に組み入れようとした経緯のある地であり、
その地名の由来となった葛城氏は遡ると大王家と
ほとんど同等の勢力を誇っていたという説も
あるぐらいなので、他の地域以上に蘇我氏においては
重要な意味を持つ地域であったことも推察できる。
このような状況を加味してみると、葛城皇子つまり
中大兄皇子が蘇我臣入鹿殺害を計画し、
蘇我臣蝦夷を討伐する際には軍事統率者として、
乙巳の変に加わるのは非常に不自然なように思える。
簡単に言うならば、自らの政治的かつ経済的な基盤となる
一族を攻撃する側に回ったというわけである。
当時の彼は18歳という年齢なので、周囲の政治的な
意図に流されて、自らの立場に基づいて行動したと
言えなくもない。
別に彼としては乙巳の変を起こさずとも
古人大兄皇子の次に皇位を継承する流れに居たわけなので、
積極的にこのようなことを計画して起こす
必要性はまったくないのである。
一つだけ言えることは、彼が中央集権国家の確立という
大きな理想を胸に秘めていたとするならば、
旧来の形式でもって皇位を継承することに対する
反発があったかも知れない。ということだけである。
私たちはまるっきり意識することはないのだが、
彼が本当の名前である葛城皇子としてではなく、
中大兄皇子と言う呼び名によって
私たちに知らされていることは、彼が王位継承者として
政変に参加した面を強調して記述されたことが
基になっているように思われる。
私たちに当たり前に定着している中大兄皇子が
大化の改新の主役であるという視点は、
後の改新の流れによって彼が主導権を握ることになった
結果を踏まえた上での記述であることを意識することで、
この出来事がまた違ったように見えてくるのである。
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