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竜太と神楽のむかしのはなし。
17ー2.結局、惚れた方が負けやな
しおりを挟む「そ、そういえばあんたが一弥の家に居候してたって話、どうして?」
目の前の男は自分の表情の些細な変化によく気付く。からかわれるのを嫌がった神楽は一弥から聞いた話を口にした。
しかしその瞬間、竜太の表情が曇った。
「…俺に興味持ってくれるんは嬉しいけど人に話したくない事ってお前にもあるやろ?せやから、まだ話せん」
神楽は目を見開いた。まるで高く厚い壁を二人の間に隙間なく並べ立てられたような疎外感に襲われた。
同時に竜太の言葉に引きずられるように脳裏に蘇るあの日の記憶に目を伏せると長い睫毛が影を落とした。
「そうか、悪かった…」
今度は竜太が目を丸くした。目の前の影を背負う表情が竜太には理解出来なかったのだ。
重苦しい空気から逃れるように神楽は窓の外に視線を向けた。その視線には気付いていない窓に映る竜太はバツが悪そうに小さく頭を掻いた。
常日頃から口五月蝿いイトコに言葉を気を付けろと言われていることを今さらながら思い出し悔いていた。
「…気になってたんだけど…それ、なに?」
ゴンドラに乗り込む直前、スタッフから手渡され扱いに困ったように竜太の膝の上に置かれた見慣れないものを指差した。
「あぁ、チュロス?一弥が美味いから食うた方がええってゆうてたから用意してもらっといた……食う?」
「え?でも…」
「お前はカロリー考えたら一本食わへんやろ?せやから半分こしようと思うて。ほれ」
そう差し出されたチュロスに視線を落とすと小さく喉を鳴らした。確認のために視線だけで竜太を窺うと「食わんの?」と不思議そうに首を傾げられて神楽は体を前に倒して控えめに口を開いた。柔らかい髪を耳にかけながら薄茶色に歯を立てた。
サクサクと小気味いい音を立てながら吟味する神楽は口の周りにひっついた砂糖を指で掬うと短い舌でぺろっと舐め取る。その瞬間、竜太の喉が先ほどの神楽のそれとは違う意味を孕んでゴクリと鳴った。
「甘いけど美味い」
簡潔な食レポをすると神楽は無意識に物欲しげにチュロスを見つめる。それに気付いた竜太は再びチュロスを差し出すと同じように神楽はそれに噛み付いた。
そして、再びサクサクと口内に広がる甘さに顔を綻ばせたがただならぬ視線を訝しんで鋭い眼差しを返した。
「…さっきから視線が気持ち悪いんだけど…なに?」
「はっ!いや!!その…………お前の食ってる姿が…やらしいな、と…」
「はあぁ?!」
決して視線を合わせない竜太は言い淀みながらそう答えた。ゴンドラの中に神楽の怒りと驚きに満ちた叫びが響いて竜太の鼓膜はキーンと悲鳴を上げる。
わなわなと震える体を両腕で抱き締めながら出来るだけ端に避け華奢な体を小さく丸めて竜太を睨みつけた。目の前の男は前科があるのだ。
「あ、あんたってさ……俺とそういう事、したいの?」
「そういう事って」
「っ、この前…みたいな事…」
絞り出す声に竜太は座席に深く座り直した。
「密室でそんな事言うなんて誘ってると思われても仕方ないで?」
「はあぁ?!」
再び神楽が叫ぶと竜太は指を耳に突っ込み眉を顰めて溜息を溢した。
「…お前がそんなつもりないのは分かっとるけど俺以外にはすんなや?それからさっきの質問やけど、正直男とそういう行為するなんて考えた事もないしお前の事も…この前のイタズラは別としてそういう風に見た事なかったし──」
気持ちを吐き出しながらなおもゴンドラの端で萎縮する神楽を捉えると竜太は息を飲んだ。見覚えのある熱に浮かされた表情に竜太は嫌でも先日のイタズラを思い出してしまう。それは神楽も同様だった。
観覧車の頂点に差し掛かろうとしていたゴンドラは眼下の光を小さくしたが広がる光の絨毯をさらに大きく広げていた。
そんな夜景に意識を向けても体の昂りのコントロールを失っていた神楽はますます体を縮こまらせた。
「二人っきりのこの状況でそんな可愛い顔したら誤解されても文句言えへんて…」
呆れと困惑を含んだ声に少しだけ顔を傾けると座っていたはずの竜太が目前に迫っていることに気付き短く驚愕の声を上げた。
ガタッと後ずさるものの狭いゴンドラの中にはやはり逃げ場はない。
「待っ──」
静止を求める声は柔らかく竜太の唇に掬い上げられた。
片側に負荷をかけられたゴンドラが無抵抗に傾き本体との結合部が軋む音が恐怖心を煽るが神楽はそれどころではない。
視界いっぱいに広がる整った顔に何度も瞬きを繰り返し、なおも逃げようとする頭は竜太の大きな手に支えられ角度を変えることすら許されない。
凌辱する唇はその行為に反して優艶に熱を分け合い互いの熱をさらに上げていく。
随分と永く続いたキスに根を上げたのは神楽の肺だった。ほぼ経験のない神楽はこの酸欠状態を打破する方法など知らず息苦しさに竜太の胸を拳で何度か叩くとようやく開いた琥珀の瞳と視線が重なった。
そしてゆっくりと熱を共用していた唇が離れていくと神楽は瞬時に酸素を肺一杯に吸い込んだ。
「今のはお前が悪い!」
ふっかけられた冤罪に神楽は声を荒げた。
「なんでだよ!!」
「ほんま無意識無自覚って怖いわ!お前、今までよく無事で生きてこられたな!!」
「はあぁ?!あんたの理性が弱過ぎるだけだろ!!」
「俺の理性を削り取るお前が悪い!!」
「はあぁ?!」
同じ熱量で怒鳴り合う二人はさらに大声を張り上げる。
おそらく目の前の男と同じくらいに自分の顔も真っ赤に染め上がっているのだろう。互いが互いの上気した頬を指摘してしまったら収拾つかなくなってしまうと無意識にその話題だけは避けていた。
酸素の薄いゴンドラ内、さらに高所ということもあり二人は揃って肩を上下させながら言葉を紡ぐ前にまずは酸素の補給を優先させた。
「──とにかく!お前はもう少し自分の可愛さを自覚せぇ」
「あんた以外に俺をそんないやらしい目で見てくる奴いねぇんだよ」
「…お前が気付いてないだけやろ」
売り言葉に買い言葉。終わりが見えない言い合いに遺恨は残るもののここは年長者の自分が折れるべきだと思いつつも小さく吐き捨てるくらいには我慢出来なかった。
腕を組みわざとらしく不満を露にする神楽のその年相応の態度に怒りが身を潜め代わりに愛しさが溢れ出てきてしまう己の単純さに呆れてしまう。
結局、惚れた方が負けやな。
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