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竜太と神楽のむかしのはなし。

17ー3.俺、あの人をフッたら殺されたりしないよな?

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 愛しさの命じるままに伸ばされた手は再び神楽の黒髪にまとわりつくと神楽は居心地の悪さに震えた。険悪な空気はどこへやらゴンドラ内は再び甘さを取り戻した。
「…っ!無意識に触っとった。悪い…」
「いや、別に…」
 我にかえった竜太は勝手に動く手を反対の手で捕獲すると「中学生か」と自分の行動に呆れてしまう。
「ほんま悪い。お前に触りたくてしょうがないみたいやからもしまた許可なく触っとったら怒ってええから」
「俺だってうっとうしかったらすぐに拒絶してるし」
「せやったな。お前、この前ファンの子に触られてやんわり拒否しとったもんなぁ」
 そう笑う竜太は先日のファンとの交流イベントの時のことを思い出していた。原則としてお触り禁止となってはいるがスタッフの目を盗んで手を繋ごうとしたり抱きつこうとした者もいた。その度に神楽が慣れた様子で優しい笑顔のまま「ごめんなさい」と顔の前で両手を合わせる姿を何度も目にしていた。
 普段の様子を見ていても神楽は他人と深く関わることが苦手なんだと竜太は認識していた。表面上は誰とでも仲のいい優等生タイプだが心を許しているのは実のところ自分を慕っている親慶と義経の二人だけ。というよりも、逆にこの二人とは強過ぎる絆のようなものを感じていた。
 自分もそのレベルまでこいつの信頼を勝ち取りたいものだと考えたところで、はた、と気付いた。
 それって俺が触るんは嫌やないって事っ?!
 勢いよく顔を上げると神楽も同じことに気付いたようで口元を押さえて紅潮している様子が竜太の考えを肯定していた。
「おい──!!」
「し、知らないっ!!俺は降りる!!」
「ちょ!!待てっ!!」
 ゆっくりと流れるゴンドラが地上に戻っていることに気付いた神楽は御曹司の我が儘で残業させられているスタッフが外からのロックを外した瞬間、足元に細心の注意を払いながら飛び出した。
 足の長さは負けるが速さなら俺の方が上だ。
 自分を鼓舞しながら一心不乱に足を動かした。
 全力で走るなんて何時ぶりだ?などとどうでもいいことを考えながら先ほど見下ろしていた光の粒が手の届く距離で誘うように煌めいている。
 逃げ切れないことなど神楽も理解している。ここまでは竜太の車に揃って来たのだから…走り出した時にはその事実に気付いていた神楽は他に考えもまとまらず真っ直ぐに竜太の車に向かって走っていた。冬の冷たい空気が喉と肺の温度を下げるとすぐに痛みと苦しさを訴えてくる。それでも神楽はウイニングランでもしているような清々しい気持ちだった。
 全速力で走りきった神楽は竜太の車を見つけると膝に手をついて大きく肩を上下させながら肺一杯に酸素を取り込む。
 少し遅れて盛大な足音を立てて竜太が到着した。竜太は車に手をついて神楽よりも苦しげに体ごと上下させながら必死に呼吸を整え始めた。文句は言えそうにない。
 その様子を見つめていた神楽は目を細めた。そして竜太と目が合うと車を指差し「開けろ」と唇の動きだけで伝えると舌打ちをした竜太が鍵を開け、一目散に助手席に乗り込んだ神楽は丁寧にシートベルトを締めて外に向けたまま顔を固定してしまった。
「お前と話す気はない」と頑なな態度で意思表示させられてしまえば疲労困憊で運転席に沈み込んだ竜太は頭を掻いた。神楽の意志の固さは重々理解しているため、潔く会話を諦めエンジンをかけると「送ってく」と独り言のように呟いてから車を発信させた。
 静寂に包まれる車内は居心地が悪かったがキラキラと輝きながら視界を通り過ぎる光が綺麗だと神楽は朧気に見つめていた。
 もし本当に触られて嫌な相手だったら俺はすぐに拒絶をしてるはずなのに…。
 俺も知らないこんな感情。
 この人に触れて欲しいって思うなんて…。
 胸に溢れる認めがたい想いに神楽は戸惑っていた。
 竜太も困惑していたが神楽は完璧な拒絶の態度を崩さない。
 これが照れ隠しやと思うと可愛すぎるちゅーことにこいつは気付かんのか?
 苛立ちを覚えつつも恋愛に不慣れで不器用な神楽らしい反応だと理解すれば神楽のすべてが愛しさに変換されてしまう。
 成人してからというもの全力で走らされるなんてことがあっただろうかとアクセルを踏む膝が容赦なく笑うのを必死に押さえ込みながら竜太はどう仕返ししてやろうかと計略を巡らせていた。
 そして神楽のマンションのエントランスに車をつけると自分に見向きもせず降りようとする神楽の頭を強引に引き寄せた。これで解放される。そう思っていた神楽は完全に油断していたらしい。
 引かれるまま倒れ込む体はバランスを取る間もなく竜太の胸にぶつかるとわざとらしいリップ音が頭上から降ってきた。状況を理解した神楽は起き上がり頭に回された手を払いのけた。
「…誰かに見られたらマズいだろ…」
 夜も遅い時間とはいえ住人もマスコミだっているかもしれない。警戒心の強い神楽は諫めるように低い声で威嚇する。
 しかし警戒心が強いのは竜太も同じこと。とっくに対策済みだと神楽に告げると悪びれもなくけらけらと笑う。
「俺の権力その二。俺とお前の住宅周りの不必要な人間の排除」
 つまり週刊誌などの記者達には丁重に帰ってもらったって事か、と理解した神楽だが、しつこいゴシップ記者をどうやって帰らせたのか。その方法を考えたくないなと現実逃避するように車を降りた。
「じゃあ…また、明日…」
「おう。おやすみ」
「…おやすみ…」
 ハンドルに凭れかかり愉悦に浸りながら手を振る表情は悪戯が成功した子供のようだと神楽は苦々しく思いながらたどたどしく答えるとすぐにマンションの中へと消えていった。
 その後ろ姿を見送ってから「はー…」と溜め息、というよりは緊張の糸が切れた竜太は重く息を吐き出した。意識はしていなかったが存外緊張をしていたらしい自分に苦笑してしまう。
 そして神楽とのやり取りを思い出すともう温もりしか残っていない助手席に視線を落とす。
 誰かに見られたらマズい…って、俺にキスされるんは嫌やないんか…。
 態度では自分を拒絶するくせに言葉は驚くほど素直だ。それが無意識なのだとしたらとんだ魔性。本気で口説くと言っておきながら年端もいかない神楽に振り回されている自身の情けなさを嘆いた。

 一方、その頃自室に戻った神楽はソファーに座り腕を組み頭を捻っていた。
 …俺、あの人をフッたら殺されたりしないよな?
 竜太の持つ権力の片鱗に触れたことで一抹の不安を覚えていた。
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