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竜太と神楽のむかしのはなし。
15.俺の鼓膜を揺らす呪いの言葉
しおりを挟む今日は休日。家事を終わらせてベッドに寝転がって何度目か寝返りを繰り返していた。独り暮らしのマンションの部屋は気兼ねなく『神楽愛灯本人』でいられる唯一の空間だ。だらしない格好をしていてもゴロゴロと寝転がっていても誰も失望しないし品行方正で完璧な自分でいなくていいと胸が広がる感覚に開放感を覚えていたのに…今日は息苦しさがなくならない。
「…」
布団を抱きしめながら指で唇に触れる。
初めて竜太にキスをされたあの日から神楽はなんとなく竜太との距離を測りかねていた。
「惹かれてる」と言われたあの日から竜太のことを少しだけ意識するようにはなったのだが、竜太の態度は神楽から見る限り変わったところはなくただ今までよりは少しだけ表情がムカつかなくなったなとそれぐらいだった。
惹かれてるって事は好きではないのか…いや、それどころか
『お前の才能には抗えんくらい惹かれとる』
って、神楽愛灯本人には興味がないともとれる…。
『Ein von Gott gesegnetes Kind.
Dieser Segen bringt mich um.』
優しく穏やかに響く声。理解できないその言葉は何度も何度も俺の鼓膜を揺らす呪いの言葉になった。その直後、乾いた音に合わせて咲いた赤い花も瞼にこびりついて消えることがない。
いつからかつけられた『魅了する者』なんて異名も気に入らない。俺じゃない俺がどんどん増えていくみたいだ。
「俺の、才能…」
あの日の竜太の言葉は告白のようで、しかし告白なんてはっきりしたものではなく逃げ道の多い曖昧な言葉は十八歳という異性から好意を向けられることはあれどスケート一筋で生きてきた神楽にとっては年上の、ましてや同性からの告白などとても許容できるものではなく…こんな訳分からないことを考える時間があったら五回転ジャンプにでも挑戦した方がまだ時間を有意義に使えるだろうなんてそんな理不尽なことも考えてしまう。
そして悩んで一週間経つ頃に今度は「忘れろ」なんて言われる始末。
「なんなんだよ…」
怒りに任せてマットレスを殴り溜め息を吐いて深くベッドに沈むとスプリングが痛々しいほどに軋む音がした。
散々俺を引っ掻き回して「忘れろ」なんてムシが良すぎる。
さらなる苛立ちに混乱する頭は思考を止め瞼を閉じた。
何度も何度もこの苛立ちと息苦しさにに名前をつけようと試みた。
振り回されてイライラする。でも、この息苦しさはあの人の言葉を借りれば──。
「ちっ!それなのに忘れろとか…意味わかんねぇ」
ちょうどいいじゃねぇか。こんな訳わかんねぇ事で悩まなくていいんだから…。
それなのに──。
「どうして忘れられねぇんだろうな…」
忘れろと言われてなんで寂しくなんて思ったんだ…。
両腕で顔を覆って視界を塞いだところであの人への感情が見えなくなる訳でもなく。
俺は厄介な悩みの種を丁寧に箱に入れて心の奥底に封じ込める事にした。
きっとこの想いは忘れるのが一番いいんだ…。
そう思っていたのに神楽の前には新たな悩みの種が降って湧いてしまった。
「俺が本気で口説いたらお前、俺の事…意識してくれる?」
そう息を吐くように竜太が吐き出した言葉を神楽はゴクリと飲み込んだ。
神楽がこの厄介な悩みの種を見ない事にしたというのに竜太はいとも容易くその箱を開封して神楽に再びその悩みの種を突き付けてくる。
東儀竜太という人間はとても自分勝手な人間だ。
神楽はつくづくそう思わざるをえなかった。
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