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竜太と神楽のむかしのはなし。

12.そう?なら神楽さんに謝る事があるんだ?

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「…それで?ボンは一体何をしたの?」
 突然、切り出されたミオの言葉に竜太は「なにが?」と返事をした。
 呆れるミオはわざとらしく溜め息を吐くと神楽と一弥の方に視線を向けた。
「あれ。イチが神楽さんと一緒に行動するようになってからもう一週間だよ?そろそろ謝って許してもらったら?」
 あれから一週間。スケートの練習には支障がないがそれ以外の時間、神楽の側には必ず一弥が寄り添いまるで恋人同士のように仲睦まじい関係に見える。
 しかし、ミオはそんなことを疑いもせず竜太が一弥を怒らせたと思っているようだった。
「イチに謝る事はなにもしてへん」
 遠くで楽しそうに話している二人を見つめ竜太は無意識に頭を掻いた。
「そう?なら神楽さんに謝る事があるんだ?」
「…」
 真面目で温和な青年。そんな印象のミオは実のところ頑固で意志が強く恐ろしく勘がいい。そして何より竜太に対して強固な態度を取ることが出来る。普段温厚なミオがこのように責める口調をする時は相当怒っている時だと竜太は胃が痛む思いに眉間に皺を寄せた。
 竜太はどちらかというと一弥よりもミオの方が苦手であった。
 真正面から怒鳴りつけてくるのが一弥ならミオは静かに外堀埋めて竜太が逃げられない状況まで追い込んでからさらにネチネチと責め立てる。その度に竜太は胃を痛ませていた。
「たいした事やない。イチもその内飽きるやろ」
「そう?面倒なことにならないなら俺は別にいいけど…巻き込まないでよね!」
 興味もなさそうにしっかり釘を指してからミオはスタスタとロッカールームに向かっていった。
 離れていくミオに胸を撫で下ろした竜太はリンクの向こう側で談笑する二人を見つめると小さく溜め息が溢れた。
 こんな訳分からない状況でも可愛げのないくそガキは相変わらず淡々と練習をこなし成績もきっちりと維持し続けてほんまに可愛げがない。
 とはいえ、こんな関係をいつまでも続ける訳にはいかんよな…。
 一弥も大学の勉強に自分の仕事もあるし長時間神楽の側にいることが負担になっていることも竜太は理解している。
 あいつと話しせなあかんよな…。
 大きめな溜め息をもう一度吐くと頭を掻いた竜太はのそりと立ち上がり、談笑を続けている神楽の正面に立つと二人は驚きに体を硬直させた。
「今日もお疲れさん」
「お疲れ様…」
「なぁ、お前この後時間ある?たまには二人で飯でもどうやろって…」
 『二人』とわざわざ強調させると神楽はさらに緊張させた。
 どういうつもりだ…。
 今こいつは何故わざわざ『二人』というのを強調したのだろう。
 色々な考えが神楽の頭を駆け巡るが答えが出る気がしない。
 ちらりと横目で一弥を窺うと疑心に満ちた眼差しで竜太の考えを推し量ろうとするが皆目検討もつかないと首を捻った後「行っても大丈夫かな」と自信なく頷いた。
 竜太の考えを理解するには二人っきりというこの食事の場に出向かなければいけないと覚悟を決めた。
「…飯、行く…」
 少しの苛立ちを隠しながら神楽がその誘いを受けると、ふわり、竜太が顔を綻ばせた気がした。
「分かった。着替えたら玄関で待っとって」
 そう言って足早に廊下を戻っていく背中に、神楽の胸は少しだけ温かくなった気がしていた。
 ……あんな表情もするんだな…初めて見た。
 少し気恥ずかしさも感じながら神楽はロッカーに向かい言われたとおり玄関で待つことにした。
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