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竜太と神楽のむかしのはなし。
2.最後に滑っとったの…誰?
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出会ったのは四年前。いや、出会ったという表現は違う。竜太が神楽の演技を初めて見たのは、だ。ミオの応援をするために訪れたフィギュアスケートのジュニア大会に当時から期待されていた神楽も参加していた。まだ成長期真っ只中の小柄な体がリンクの上を堂々と滑り回る姿はすでに絶対王者の風格が漂っていた。スケートに詳しくない一弥でさえその演技に魅了され釘付けになり演技が終わる頃には周りの観客と一緒に立ち上がって拍手をしていたほどだ。
興奮冷めやらぬ一弥は希望に打ち震えながら隣に座る竜太に視線を送るが、竜太はなんの反応もせず演技が始まる前と同様に席に座ったまま拍手に見送られる神楽の姿を見つめていた。
またダメか…。
一弥は人知れず肩を落とした。
あの頃の竜太は東儀内の後継者争いに巻き込まれ廃人同然だった。一弥はそんな竜太をどうにか立ち直らせたく中学校に通いながら色んな場所に連れ回したりイタズラを仕掛けたりして反応を見ていたがどれも無反応で望む効果は得られていなかった。
神楽の存在は初めて知った一弥だが、こんなにも大勢の人間を感動させられる人ならば竜太もとは思ったが今回も残念ながら淡い期待は打ち砕かれてしまった。
「ミオ!お疲れさん!」
大会終了後、幼い子供のように手がかかるボンの腕を掴み演技が終わったミオに駆け寄った。ミオは演技が上手くいかず肩を落としていたが一弥はいつも通り明朗快活に声をかけるとミオは少しだけ笑顔を返してくれた。
「イチ……折角観に来てくれたのに、俺…また…っ、ごめん…」
「気にせんの!!大丈夫、焦らんでええんよ」
「…うん…」
俯くミオに一弥は明るく背中を叩くとミオは小さく頷いたがまた俯いてしまった。
「…」
ミオもミオで相変わらず問題を抱えたまま…。
力になってやりたいけど手は尽くしてしまって他にやりようがないからなぁ…。
「最後に滑っとったの…誰?」
山積みの問題を前に一弥は眉を顰めると突然降ってきた声に一弥は驚き勢いよく声の主を見上げた。
「ボンがしゃべった…」
ミオが思わず声を上げるのも無理はない。後継者争いのごたごたで竜太には物理的な距離を置いた方がいいだろうと東儀の創設者の一声で大阪にいる一弥の父の元へ預けられたのだが、それからというものこちらの問い掛けにはかろうじて返事をするものの自分から声を発したのは初めてだったのだ。
一弥も頭が真っ白になり呆然としてしまったがようやく我に還ると竜太の言葉に思考を集中させた。
「最後に滑っとったって…たしか、神楽……」
「神楽愛灯。ジュニア大会にデビューして以来負け知らずのほんまの天才…」
「神楽…愛灯…」
一弥は思わず目を見開いた。
色も光も失っていた人間に再び光が灯った瞬間を目の当たりにした。
自分がどれだけ頑張っても叶わなかったことだった。
「神楽愛灯…!」
チャンスだと思った。廃人と化していた竜太をもう一度、人間に戻すためどんな形でもこの神楽と繋がりを作るべきだと一弥は直感した。
「その神楽さんに挨拶に行こうや、ボン!」
「無理だよ、イチ。神楽君はあのとおりカメラに囲まれて近寄れないよ」
「…なんやあれ…めっちゃ人に囲まれとるやん…」
「撮影とインタビューが終わったら今度はファンの子に囲まれるから挨拶なんて相当難しいよ…」
溜め息混じりにミオがそう呟けば一弥の希望がガラガラと崩れていく音が聞こえたが一弥は諦めなかった。
「持つべきものは権力や…」
物騒な呟きにミオは眉を顰めるが一弥は怪しく笑いながらある作戦を企て、それを実行するために連絡するべき人間を頭の中で何人かピックアップしていた。
それからボンのデカい体を押して帰ってウタとフミに頼んで、後日、神楽さんのとこに会いに行ったんやったっけ。
懐かしい、と感慨深く思い出に浸っていた一弥は目の前の竜太に視線を移した。
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