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竜太と神楽のはなし。
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しおりを挟むなにをされたのか思案する神楽に、なにをしてしまったのかと記憶を巡らせる竜太。
二人の認識が合致した瞬間、それぞれが同時に自分の口を押さえ神楽はスーッと氷上を後ろに滑り出した。
「…」
「…」
夜も遅くの練習中。残るスタッフも少なく先程の二人の行為を離れたところから一部始終見ていた一弥は赤面し混乱しながらも施設内を見回し自分以外にアレを見た人間がいない─おそらく見てしまった者もうまく理解出来ず二人を注視しているだろうがそんな人間はいなかった─ことを確認すると二人とは違いにやにやと緩む口元を隠すために両手で覆い隠した。
少人数しかいないとはいえ公衆の面前でなにしとんねん、ボンー!!
心中では竜太を責める一弥だが、なおも赤面しながら二人の死角に移動するとこれからの展開を期待しながら邪魔にならないよう顔を少しだけ覗かせ二人を見守っていた。
その視線の先、神楽と竜太は一定の距離を保ったまま一言も発することもなく口を押さえたままただ見つめ合っていた。
神楽は何度も自分がなにをされたのか記憶を反芻していた。
唇になにかが当たったんだ…。
それは間違いない。問題はなにが当たったか、だ。
それが当たった瞬間、神楽の眼前には竜太の顔があり視界の情報を整理した結果、自分の唇に竜太の唇が当たったのだと何度思い出してもそうとしか思えなかった。
その記憶に答え合わせをしたかった神楽だが、竜太は目を見開き未だに硬直したまま神楽を見つめていた。
「……なぁ──」
「なんでもないっ!」
「は?」
意を決して口を開いた神楽の言葉を遮るように大声を上げた。そして、神楽の追求を躱すように踵を返すと、
「今日はもう練習は終いや!」
そう叫んで足早にリンクをおりてロッカールームへ向かって歩き出してしまった。
置いてけぼりにされてしまった神楽は追いかけることも出来ず、竜太の背中とその後を「堪忍なぁ」と謝罪しながら神楽に向かって両手を合わせて走り去る一弥を見送ることしか出来なかった。
一人リンクに残された神楽は再び自分の唇に指を当てるとそこに触れた柔らかい感触を思い出していた。
キス…されたんだよな…あの人に…。
そうはっきりと認識すれば神楽の顔はボンッと一気に紅潮し頭の中は「なんで!なんで?!」と混乱と困惑で埋め尽くされそれをふりはらうために頭を左右に大きく振った後、リンクを滑り出すとスピードスケートのようにひたすら外周をぐるぐると回り、無駄に体力を消耗してる…と冷静になれた頃に神楽はようやくリンクをおりた。
明日から竜太にどんな顔をして逢えばいいのかと神楽の胸にわだかまりを残し、止まることのない時計の針を恨めしく思いながら重く深く瞼を閉じた。
◆ ◆ ◆
甘酸っぺぇ~……。
自分達の始まりの記憶に思わず砂糖を吐き出しそうになった神楽だが缶コーヒーを流し込み無理矢理に腹の底に押し流した。
一般的な交際の始まり方とは違うのだろう。経験のない神楽でさえそれは分かっていたがお互いの不器用な性格もいやというほど理解している。
きっと俺達はあんな風にじゃなきゃ始まらなかったんだろうな…。
恋愛ドラマのようなロマンチックさもなければ可愛い後輩達に聞かせられるような綺麗な話でもない。
振り回されて振り回されて…さらに周りにも振り回されて…そんな竜太をよく受け入れたものだと自分自身に呆れつつ、それでもこうして竜太と過ごす毎日が幸せだと思っている自分にも苦笑しつつ神楽はわずかに残っている缶コーヒーに口をつける。
「…甘……」
口元に弧を描きながらブラックコーヒーを飲み干すと一弥と話が終わったらしい竜太が不思議な顔をしながら向かいの椅子に座った。
「どないしたん?」
「いや?なんでもない」
上機嫌に笑う神楽に竜太はますます不思議に思うが、それでも恋人の機嫌がいいと見ているだけで嬉しくなるものだ。
「なんだよ」
自分の顔をじっと見つめてくる竜太の視線を訝しんだ神楽は髪を撫でる手を見つめるが竜太は目尻を下げて微笑んだまま
「アキはほんまに美人やね」
と、再び砂を吐いてしまいそうな気持ちになった神楽は呆れてしまう。
しかし、普段なら「バカか」と辛辣な言葉を投げつけてやるところだが、目の前の竜太のあまりに幸せそうな微笑みにつられた自分も大概なのだろうと自嘲しながら竜太の手を取り
「ばーか!」
と負けずに微笑み返すと竜太の頬が瞬時に赤く染まった。
それからしばらくは部屋中に甘い空気が流れていたがそろそろ真面目に仕事するかということで神楽がパソコンを手元に引き寄せるが、どこか身が入らずグダグダしたまま、結局、この日はお開きとなった。
竜太と仕事の話を終え会議室の隅に移動していた一弥は「ほんまにもっと周りを気にしてほしいわ…」と嘆きつつ甘ったるい空気の中、微笑ましい二人の様子を呆れながらも慈愛に満ちた瞳で見守っていた。
愛されている自信があったんだ。
俺も本気で竜太を愛していた。
竜太の中に生まれた疑念に、二人の関係に入ったわずかな亀裂に…
この時の俺はまだ気付けずにいた……。
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