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竜太と神楽のはなし。
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しおりを挟む大物だな、義経は…。
持っていたファイルで口元を隠すが、込み上げてくる笑いが押さえられそうにない。
「……かぐっちゃん、笑ってるでしょ」
「ぶふっ!……いや、笑ってない…」
「無理だよ!吹き出してるじゃん!!」
「悪い…」
恨めしげな視線で睨み付けられると神楽は堪えきれず吹き出してしまい、ファイルで隠したままの顔を横に逸らしてみても笑いは止まらず肩が震えてしまう。それに激昂した親慶は勢いよく立ち上がると神楽はようやく笑いをおさめながら謝罪を口にした。
「酷いよ…俺、本気で悩んでるのに…」
わざとらしく両手を目元に添えて泣き真似をする親慶に大分面倒くさくなってきた神楽だが少しばかりの罪悪感を感じ、咳払いをしてファイルを机に投げる。
「…また義経に聞きにいけばいいのかよ」
投げやりに問いかければ覗かせた親慶の目が怪しく光り、神楽の背中を悪寒が走った。
…嫌な予感がする。
「一回だけ試させて?」
再び顔の前で両手を合わせて、今度は小首を傾げて可愛いおねだりをする親慶に神楽は別の意味で首を傾げた。
「試す」……とは?
親慶の言葉の真意を探りながら拭いきれない嫌な予感が神楽を煽り、心理的に逃げようとして背中が椅子の背もたれにぶつかった。
出来れば遠慮願いたい答え合わせに神楽は鋭い視線を親慶に向ける。それを受けて親慶はにこりと満面の笑みを浮かべた。
「キスさせて欲しいな🖤」
「断る!」
想像通りの言葉に神楽は脱出を試みるが素早く立ち上がり移動した親慶に阻まれてしまい仕方なく部屋の奥へ逃げ込む。
「なんで駄目なのっ?!」
「駄目に決まってんだろっ?!むしろどうして俺がそれを許すと思ったんだよ!!」
「かぐっちゃんってなんだかんだ言って俺たちに優しいじゃん!」
「そうだな!少し甘やかし過ぎた事を今死ぬ程後悔してる!」
部屋の奥に追い詰められじりじりとにじり寄る親慶との間に椅子を置いて楯にするがもはや目が血走っている相手にはなんの意味もないように思えた。
無理矢理キスされるくらいならぶん殴る。
そう決意してこの距離を詰められた時のシミュレーションをしながらも逃げることは諦めない神楽は冷や汗をかきながら親慶の動向を窺う。
そうしてしばしの膠着状態の後、親慶の足が椅子を蹴り障害物がなくなった瞬間、神楽は顔面狙いで拳を振り上げるがその腕は容易く親慶に捕まってしまった。
「…いい加減、大人しくしてよかぐっちゃん…」
「うるせぇ。こんな状態で大人しく出来るかよ」
掴まれた右手を壁に縫い止められ押し返そうとした左手さえも同じく壁に押し付けられ抵抗を押さえ込まれてしまうと、ちっ、と舌打ちしながら鼻息荒く迫り来る親慶から顔を背け、まだ諦めず逃げ道を探るがどうにも分が悪い。
こいつ!いつの間にこんなに力が強くなってやがるっ!!
押さえつけられる親慶の手からなんとか抜け出そうともがく神楽だが、あいにくびくともしない。
「かぐっちゃん、お願い…一回だけでいいから…」
「っ…!!」
切なげに眉を顰め熱い吐息混じりに懇願されてしまえば不覚にも神楽の心臓が鼓動を速く強くした。同姓といえど親慶の色香にあてられ赤く染まる顔を逸らしながら抗議の言葉を紡ごうと口を開くがぱくぱくと空気を揺らす開閉を繰り返すだけで音は出てこなかった。
このままだと本当にまずい!情に絆されてこいつの我が儘を許してしまいそうだ…。
決意が揺らぎかけた時、聞き慣れた声が部屋に響いた。
「悪いっ!アキ、遅くなって──…あ?」
「げっ!!…っ、いってぇ!!」
走って来たのだろう竜太が息を切らしながら入口から顔を覗かせた途端、顔を顰め険しい表情に変わった。それに気付いた親慶が恐怖に顔を歪ませ体を硬直させると、突然走った激痛に弾かれたように後ろに仰け反った。
「さっさと離しやがれ!」
竜太の登場によって隙が生じた親慶に容赦なく頭突きを食らわし痛みによろけ解放された瞬間、神楽はすぐにその場から駆け出した。
自覚出来るほどまだ赤く熱い顔を腕で隠しながら竜太のいる入口に辿り着くと先程の光景と神楽の行動を不審に思った竜太が疑惑の眼差しを向ける。
「…なにしとったん?」
「俺に聞くなっ!あいつに聞け!!」
まごうことなき浮気現場と親慶にくらわせた全力の頭突きのせいで神楽の頭は上手く回らず、それらしい言い訳も浮かばない。居心地の悪さを感じながらまだ赤く色付いているだろう顔を腕で必死に隠していた。
仕事とはいえ恋人と個室で二人きり…などと甘い妄想を少なからずしていた竜太は怒りを隠しもせずに視線を親慶に移した。だんまりを決め込んだ恋人は腕で顔を隠すだけで竜太の疑問に答えてくれる素振りはなく完全拒否の態度を示している。
その様子を涙目になりながら横目に見ていた親慶は自分が部屋を訪ねた時の神楽の不思議そうな表情の理由が分かったと、この危機的な状況で冷静に考えていた。
この部屋で待ち合わせをしていた恋人が丁寧にノックなどしてくればいつもと違うその行動にそりゃぁ不思議な顔をするよね…などと思ったところで竜太と目が合った親慶は「ヒッ!!」と短く悲鳴を上げた。
逃げる間も無く距離を詰められると親慶は神楽の頭突きを受けた額を両手で押さえて竜太に背を向けた。
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