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きょうだいの話。②

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 出会いは最悪だったが、最悪だったからこそこうして長い付き合いをすれば蘭獅の良いところを目の当たりにしては評価が上がり、上がったところでめげずに好意を伝えられ続ければ不覚にも情が湧いてしまうというもの。先ほどの『挨拶』ですら嫌悪は感じなかった。
 絆されている…。
 自分の行く末を案じながらソファーに戻るとテーブルに置きっぱなしにしていたスマホがけたたましく鳴り着信を告げている。ディスプレイには『竜太』。用件をなんとなく察した神楽は無意識に溜め息を吐きながら通話ボタンを押した。
「どうしたんだ?」
『アキ、良かった!無事なん?!』
 スマホから聞こえる竜太の声は酷く動揺していてあまりの大声に神楽は耳につけていたスマホを離しスピーカーのボタンを押した。
「落ち着けよ。蘭獅の事だったら俺は無事だ。なんもされてねぇよ」
『だあぁぁぁぁぁっ!!やっぱり蘭獅来てたんっ?!ほんまになんもされてないんっ?!』
「あぁ、問題ない」
 冷静にそこまで答えると竜太はしばらく狼狽えていたが神楽が何度も穏やかに答えるとようやく安堵の息を吐き落ち着きを取り戻した。
「ほんま良かった…。実はさっきヨツから『ちょっと目を離した隙に蘭獅がいなくなったからもしかしたら日本に行っちゃってるかも…ごめぇん🖤』なんて呑気な電話があってん。せやけどイチとミオと周りを探してもおらんから」
「俺のところに行ったんじゃねぇかって心配してくれたって訳か…」
 蘭獅本人の話から来日目的は自分なのだろうと思っていた神楽はその答え合わせに複雑な気持ちになった。
 やっぱり竜太のところには行ってねぇのか…。
    東儀の話では蘭獅は竜太に異常な執着を見せていたという話だったが、初対面の蘭獅はたしかにその執着を垣間見せてはいたが今はどちらかというとその執着の対象が自分に移っているように思えた。
    その好意を神楽が誠実に断った後でも、だ。
「これはきついな…」
 改めて突きつけられる歯痒い想いに神楽は胸を締めつけられた。
『どうかしたん?』
「…いや、なんでもない。あ、そうだ。また盗聴器とカメラが仕掛けられてるみたいだから一弥に探知機借りてきてくれ」
『あんのアホ…また勝手に入っとんのか…。ちゅーか……アレ日本の最新技術のやつ探し回ってやっと取り付けたんやけど……」
「少し手間取ったけど簡単だったらしいぞ?」
『あんの変態っ!!ほんま腹立つ程の天才やな!!』
 声だけで竜太がどんな表情をしているか手に取るように分かり神楽は静かに笑った。
『どないしたん?』
 鼓膜を揺らす恋人の笑い声に竜太は違和感を覚えると神楽は柔らかい声で「いや…」と一言断りをいれた後で
「今日は早く帰って来れるか?なんか…あんたとゆっくりしたい気分なんだ」
するりと言葉が溢れた。
 自分らしくない台詞だと、神楽自身違和感を感じながらもいつもより長く取れた睡眠のせいだろうか素直な言葉が出たのは認めたくはないが蘭獅のおかげなのだろう。
    密かに感謝しながら電話の向こう側から動揺している気配を感じ神楽はそれがおかしくてさらに笑ってしまった。
「無理はしなくてい──」
『なるべく早く終わらせる!!ごめんやけどもう少し待っとって!!』
「…気を付けて帰って来てこいよ」
 神楽の声を遮る竜太に驚きつつも竜太の声を届けてくれるスマホですら愛おしさを感じて両手で包み込み神楽は微笑んで電話を切った。
「さて…」
 竜太が帰ってくるまで蘭獅によって強制的に阻まれた可愛い後輩達の演技の分析を始めようと二人の練習風景をパソコンで流し始めた。
 それから竜太が帰ってくるのは本当に早かった。いつもならまだリンクで練習中だろという時間に息を切らして部屋に飛び込んできた。練習後のミーティングも明日の朝にしてもらったらしい。
「悪い…俺のせいで…」
「いや、大丈夫…。ほんまに蘭獅にはなんもされてないん?」
 帰ってくるなり神楽の身体中を探り顔を覗き込んでくるので神楽は驚いて目を丸くしてしまい、その様子から本当に何もなかったのだと竜太は胸を撫で下ろした。
    …らしくない事を言ったから余計な心配させたな…。
    狼狽える竜太に苦笑する神楽は微笑みながら両手を広げた。
「あぁ……あー…なんなら今から確認してみるか?」
 悪戯っぽく笑いながらそう誘うと痛いくらいに抱き締められれば「痛い、痛い」と嬉しい悲鳴を上げる。
    それから竜太の顔が近付いてくる気配に受け入れようと首をくん、と上げた視界の端に一弥がドアから申し訳なさそうに顔を覗かせているのに気付くと、反射的に両手で竜太の口を塞いで押し返すと竜太の首がグキッと痛々しい音を立てた。
「声…かけようと思うたんですけどね?ボン、走るのめっちゃ速いし追い付けんくて…部屋に辿り着いた時にはなんや二人でええ雰囲気やし…なんか盗み見してたみたいでほんま申し訳ないです…」
「そっ!……いや、気付かなくて悪かった。盗聴器とか探しに来てくれたんだよな?頼む…」
「邪魔してほんますみません!すぐに終わらせるんで!!」
    バタバタと慌ただしく部屋に入り無駄に広い部屋の中を駆け回りとりあえず盗聴器とカメラの電波を妨害する機器をあちらこちらに設置し、とにかく一秒でもはやくここから立ち去ろうという気概を感じる。
    その姿に神楽は胸を痛め、首の痛みに不機嫌になっている竜太をなだめつつやんわりと竜太を引き離すが抵抗は長く持ちそうにない。
    頼む…はやく終わらせてくれ一弥っ!!
    一弥の姿が見えているのかいないのか竜太は神楽を抱き寄せる力を強めるが、生憎神楽には自分達のために一生懸命盗聴器やカメラの対策をしてくれている一弥がはっきりと見えてしまっている。これ以上の痴態を晒さぬよう全力で両腕を突っぱっていたが、部屋の隅を一弥が指でOKサインを出しながら足早に部屋を出ていくのを見送った瞬間、拒絶する力を緩め抱き寄せられるまま竜太の胸に飛び込んで応えるようにぎゅっと強く背中に腕を回した。
「アキっ?!」
    …調子が狂う。
    まるで蘭獅の好意から逃げるように竜太を求めているようで罪悪感すら感じてしまう…。
    抱きついたまま動かない神楽に困惑する竜太だったが頭の中は想像以上にお花畑が満開になっているらしく神楽の体を軽々持ち上げると制止をもろともせず寝室に連れ込まれた。
    明日は練習があると騒いだところで火がついた竜太は今さら止まるはずもなく、そもそも種を蒔いたのは自分だと神楽は諦め押し倒されたベッドの上、情欲の炎を滾らせる竜太の頭を撫でると「お手柔らかに…」と苦笑した。
    その後は竜太の気が済むまで付き合う内に夜はふけ、翌日の練習メニューを変更せざるをえなかったのはいうまでもないだろう。
 余談だが、電話を切った後から竜太は練習どころではなかったらしく、腰を押さえ怠そうにリンクに姿を見せた神楽に親慶と義経の冷めた眼差しが突き刺さり練習終わりにつらつらと文句を言われ申し開きのしようもない神楽は大人しく謝罪し今後、二度と電話でらしくないことを言うのはやめようと決意したのだった。


end
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