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きょうだいの話。②

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「…ボンが出てきた…」
「…ほんまやね…」
    まだ眠る神楽の様子を確認し自らも身支度を整えた竜太は二人の脇をすり抜けてソファーにどかっと座ると一弥が促してミオも向かいのソファーに座った。
「帰国したの、今日だけやないかもしれないね」
    二人の間に立ち穏やかな声音で盗聴器とカメラの山に手を伸ばすと竜太は盛大な溜め息を吐いた後、天を仰いだ。
「アメリカでおとなしゅうしとると思うたら…あんのアホ…」
「タチの悪さに拍車がかかってるよ」
    蘭獅の度重なるアプローチという名の『攻撃』を受けるたびに竜太は精神的にも物理的にも多大な被害を被っていた。いい加減うんざりだと抗議をするも蘭獅側からは的外れな返事が帰ってくるだけでさらに疲弊するだけなので竜太側は泣き寝入りするばかりだ。
    そもそも蘭獅に対して我関せずを決め込んでいる四辻 悠樹ヨツと蘭獅の意思を尊重しているという悪く言えば放任主義の睦風 真帆ムツの二人を護衛につけていることが問題だろうと前々から思っていた一弥だが、それを指摘すれば自分があのやりたい放題な蘭獅の護衛につけられる可能性がある。そして神楽にしか興味のない目の前の男がそれを阻止してくれとも思えず…我が身可愛さに一弥は根本的な問題から目を背け蘭獅の襲来を許しているという状況だ。
「とりあえず、ヨツ達と情報の共有を密にして…この部屋の鍵は最新のに付け替えとくわ」
「ほんま、宝の持ち腐れや…」
「…」
    日本にいた頃、様々な利権や欲望渦巻く東儀の家から追い出されるようにアメリカへ渡った蘭獅はその天才ぶりをいかんなく発揮し、医療の分野で様々な研究を重ね社会に貢献し東儀の名前をさらに世間に広めた。蘭獅いわく「東儀には思うところはあるけどウタや竜兄のためになるから」と恨みがあるはずの東儀のために仕事をするのは問題ないらしい。
    しかし蘭獅はその忙しい合間に盗聴器やカメラの改良もしていたらしい。
    その頭の良さを他の犯罪に使っていないだけマシか…被害に遭うのはボンだけやし。
    呆れながら楽観的にそう考えた一弥はふと先ほどの蘭獅の様子を思い出していた。
「あれ?そういえば蘭獅のやつボンが来たのにあんまり喜んでなかった気が………」
    常ならば竜太の姿を見つけた瞬間に飛びかかる蘭獅が今回はそんなそぶりも見せず、それどころか神楽の方へ向かいあまつさえアメリカへ連れていこうとさえしていた。
    竜太以外の人間を『霊長類ヒト科ヒト』としか思っていないあの蘭獅が、だ。
    背中に嫌な汗が流れるのを感じながら恐る恐る竜太の方へ向くと竜太は疲労しか感じさせない表情で返してくる。蘭獅の違和感には気付いていないようだ。
「…なんや、面倒な事になった気ぃするわ…」
    出来れば巻き込まれたくない一弥だが、放っておけば東儀の人間を巻き込んでの全面戦争に発展しそうな状況を救世主メシアに相談しておこうと自分が平和に過ごすための作戦を密かに練り始めたのだった。



◆    ◆    ◆



 あの時、本当に無意識に僕は「邪魔物」と呟いた。

 部屋から担ぎ出され長いガラス張りの廊下を彩る夜景に見向きもせずギャアギャアと騒ぎながらムツに担がれた状態で暴れる蘭獅は妙に冷静な頭で先ほどの自分の行動と思考を分析していた。
 あの時、声ではまだ竜兄しか判別出来なかったのに…大好きなはずの竜兄を邪魔物だと思うなんて。
 それにフィギュアスケートにひたむきに向き合い初心で純粋な神楽をあのように変えたのは自分ではなく竜太だという事実が悔しいとも思った。
 あの時、胸の中に生まれた感情は嫉妬。今までなら竜兄の寵愛を受けている神楽愛灯さんに対してで疑いようのないものなのに…おそらく今回感じた感情は竜兄に対してのものだった。
「竜兄より興味深い人なんて初めてだ…」
 ぽつり溢した想いはムツの耳にすら届くことなくそのまま空気に流されていった。
 不可解な自身の心理状態を分析することに集中していたのか一階のロビーに向かうエレベーターに乗せられる頃には蘭獅は眠ってしまったのかと思うほど静かになった。分析があらかた終わると蘭獅はムツに担がれているこの状況に不満と屈辱を感じハムスターのように両頬を膨らませていた。
 あの蘭獅がこの状況で大人しくしているはずがないと様子が気になったムツの背中を覗きこんだヨツはむくれた蘭獅の顔を確認すると堪える気もなく「ぶはっ!!」と吹き出した。
「…喧嘩売ってるの?」
「ははっ、悪い悪いっ!!お前があんまり可愛い顔してるから思わず吹き出しちゃったよ!」
    蘭獅に睨まれたところでヨツはまったく気にもとめず、それどころか腹を抱えて笑いを止める気すらない。それに比例して蘭獅の額には青筋が浮かびアイツを止めろと訴えるようにムツの胸を膝で蹴るとムツは面倒くさそうに溜め息を吐いた。
「おい、四の字…その辺にしとけ…」
    低い声で諫めるとムツは両手で口を押さえ今にも吹き出しそうな笑いをかろうじてこらえながら大袈裟に頭を上下に振ると、タイミング良く開いたエレベーターのドアから廊下に飛び出した。そして、近くの壁に手をつき肩を大きく揺らすヨツにムツは再び溜め息を吐いた。
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