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きょうだいの話。②
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四年前。その日もとくに変わらない日常だった。竜太との交際はまだ不慣れではあるが先日二十歳の誕生日と同時に紆余曲折はあったものの無事に純潔(?)を捧げることも出来た。そして、この物理的にも価格的にも高すぎる部屋に帰宅することにも慣れた頃、疲弊した体を引き摺りながらエレベーターを降り部屋まで敷かれた赤い絨毯を歩きながらもう何度目か分からない溜め息を吐いた。
今日は少し練習し過ぎた…。
まだ夕刻だというのにいつもより重く感じる足をかろうじて動かし、竜太と共に生活している部屋に辿り着くなり靴を脱ぎ捨てると電気も付けずに体をベッドに投げ出した。
竜太は…今日遅くなるんだっけ?服、着替えてぇけど体動かねぇ……駄目だ、眠ぃ…。
いつも一緒に帰宅する恋人は打ち合わせがあるためにスケート場に残してきた。帰って来たままの格好でベッドに倒れ込んでいるなんて育ちの良い竜太に怒られてしまうだろうかとは思ってはいるものの、あいにく神楽の体は休止モードに突入してしまっている。俯せに倒れ込んだまま思考もすぐに停止し重い瞼を閉じた。
それから数時間後、神楽は体に妙な違和感を覚えて目を覚ました。帰って来た頃にはまだうっすらと青が残るオレンジの空にはすっかりと夜の帳が下りていた。
「…んっ…」
なんか変な感じ…なにかが俺の体を触ってる…?
衣擦れの音に人のものだと思われる荒い呼吸、何者かが俯せに寝ている自分の腰辺りに馬乗りになっている圧迫感に冷たい指先が背中から脇腹にかけて無遠慮に動き回っている。視覚が奪われているせいか他の感覚がやけに鋭敏に情報を伝えてくる。
甘い匂い…。
寝起きで上手く回らない頭で状況を把握しようとサイドテーブルに投げたスマホを手探りで探すがなかなか見つからない。自分が部屋に帰って来た時間も、それからどれ程の時間眠っていたのかも分からない。しかし、黒も色濃くなろうとしているこんな時間にセキュリティも強固なこの部屋で男の自分の体をまさぐるような馬鹿は神楽には一人しか思い当たらなかった。
「っ、おい!竜太…疲れてんだからやめ………え?」
「はぁはぁ、はっ…竜兄の匂い…」
「っ!!……ちょっ!待っ、待て!!」
自由の利かない体を捻りながら後ろ手に回して男に触れた。髪の感触に声、それは恋人のものと違い神楽の知らないものだった。神楽は再びサイドテーブルに手を伸ばしたが、そこに置いてあるはずの照明のリモコンを探すが見つからない。代わりにスマホが手にぶつかったので慌ててライトをつけて相手の顔を照らすとそこで改めて驚愕した。
「え…………誰…です、か?」
その男はライトで照らされているにも関わらずとくに気にすることもなく神楽の体をまさぐりながら髪や項の匂いを嗅いでいた。神楽は恐怖を感じ手足をバタバタと暴れさせるが男はびくともせず神楽の首元に顔を埋めている。
「ちょっ!本当に誰なんだ?!」
「おっと!おんまり手荒な事はしたくないので大人しくしててもらえますかぁ、神楽愛灯さん?」
「なんで俺の名前…」
恐怖を振り払いながら腰に乗っている侵入者を落とそうと勢いよく寝返りを打ちベッドから逃げようとするが、腕を押さえ込まれ阻まれてしまう。
背中越しにスマホのライトと月明かりだけの頼りない光だけでかろうじて見えた男の顔に神楽は全く見覚えがなく、行き過ぎた熱狂的なファンかストーカーだと確信し身構えるが俯せに馬乗りになられているこの状況はどう考えても分が悪すぎる。
「誰なんだよ、本当に…」
それでも神楽は虚勢を張るが後ろの男はくすくすと笑い声を漏らすのみ。
「貴方は僕の事を知らないと思いますけどぉ、僕は貴方の事を良く知っています」
「っ!やめろ!!」
強く腕を引かれ謎の男に背中から抱き締められたかと思った瞬間、神楽の手首にぴりっとした痛みが走り思わず身を捩るが手際よく後ろで拘束されてしまった腕では為す術もなく支えられていた体は乱暴にベッドに投げ捨てられた。
「2歳からフィギュアスケートを始めるとすぐに頭角をあらわし魅了する者の異名を持ち、現在は絶対王者と呼ばれ名声を欲しいままにしている。プライベートではコーチである東儀竜太と恋人で同棲中…こんな感じで合ってますかぁ?」
「なんでっ…!!」
こいつ、竜太との関係まで知ってやがる…。
目だけで振り返り竜太との関係まで知っている謎の男を睨み付けるが男はくすくすと笑い続けるだけでまるで効果がない。しかし竜太との関係も知られている以上、そちらにも危害が及ぶのではないかと不安に駆られた神楽は大人しく相手の出方を見ることにした。神楽に抵抗の意志がないと分かった男はなおも腰に馬乗りになったまま神楽に覆い被さるようにゆっくりと体を倒してくる。神楽の耳に男の息がかかり、神楽は反射的に肩を震わせる。
「安心して下さい。さっきも言ったとおり手荒な真似をする気はないんです。だから大人しくしてて下さいねぇ」
「ぅわ!なにし…っ!!」
「大人しくしててくれればぁ、なにも怖い事しませんし、体を傷付けたりとかもしないので」
「なにを…」
無理やり仰向けに返され再び馬乗りになると縛られたまま体に潰される両腕が痛みを訴える。だが、男はそんなこと気にもせず息を荒くしながら恍惚の表情で神楽を見下ろしその行動とは裏腹に優しく頬に手を添えてくる。
月明かりに照らされた男はエメラルドを思わせる綺麗な翠の瞳を赤い縁取りの眼鏡の奥に潜ませ知的な雰囲気を纏わせていた。白い肌に映える肩まで伸びた藤色の髪はまるで本の中から抜け出てきたような神秘的な姿に白いワイシャツに品のいいネクタイ、黒のスーツのパンツに白衣を羽織る男からは先程からの粗暴な行動が想像も出来ず、神楽はさらに困惑していく。
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