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親慶と義経のはなし。

7*

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「…嫌じゃない?」
「…ぅ、ん…」
    心臓が痛いくらいに脈打って、それが伝わってしまうのが怖くてさらに体を離すと羞恥に伏せた義経の睫毛が儚げに揺れて、親指が無意識に義経の少しだけカサついた唇をなぞる。
「キス…したい…」
「っ!」
「ぁ…悪い…」
    生まれ出た情欲が考える間もなく口から溢れ落ちて、反射的に謝っても後の祭り。目の前の義経は顔を真っ赤に沸騰させたまま驚きのあまりに硬直したまま動かない。
    義経を前にすると自制心という名のブレーキが容易く壊れてしまうことに恐怖を感じながら名残惜しくも親指を離すと、顔を隠すためにもう一度硬直する小さな体を抱き締めた。どちらのものとも分からない、いつもより早い鼓動が静かに二人の熱を煽っていく。
「本当はめちゃくちゃ義経とキスしたいけど…義経、こういうの苦手だろ?だからちゃんと待つよ。義経が俺とキスしたいなぁ、って思ってくれるまで」
「…」
「…ちゃんと…待てると思うから…信じて…?」
    想いを吐き出した瞬間、抱き締める腕に力を込めると義経が俯くのが分かり親慶は必死に言葉を取り繕った。自分の気持ちだけではなく義経の気持ちも大事にしたいと伝えたかったのだが、最後の方は正直、自分でも本当に待てるのかと自信をなくしてしまった。しかし怖がらせて嫌われるなどと想像もしたくなくて戒めるために自身にボディーブローをくらわせたつもりで下っ腹にぐっと力を込めた。自分の意思を無下にされて無理やりキスやそれ以上のことをされるのは義経にしたらとても怖いものだろうから。
「時々はこんな風に抱き締めて『義経チャージ』させて?そうすれば俺はいくらでも待てるから。これぐらいなら大丈夫?」
「…平気…」
「良かっ」
「キス…も…」
「え…」
    親慶の声を遮る微かな声に、聞き間違いかと思い義経の顔を覗き込むと相変わらず俯いたまま目はくるくると泳いで、いつの間にか握られていた親慶の服は義経の手の中でさらに皺を強くしていく。
「……いいの?」
「チカの、キス……嫌いじゃないし…」
「…今…していい?」
「…」
    義経からの返事は聞こえず俯いているため表情も分からなかったが、本当に微かに首が縦に動くが見えて親慶は少しだけ体を屈めて義経に視線を合わせると緊張から固く閉じられた唇に自分のそれを重ね合わせた。自分よりも高めの温もりを感じてからすぐに唇を離すと吐息が重なった気がした。義経の表情を窺いながらもう一度おそるおそる、今度は柔らかい唇に吸い付く。
「…ん…っ…」
    唇にキスすんの久しぶり…。
    お互いの気持ちを再認識したあの日からキスするチャンスは何回もあったが、その度に義経は全身を緊張させ梅干しでも食べたのかと聞きたくなるほど強く顔中皺くちゃになるまで力を込めるから唇にするのを躊躇っておでこやほっぺなど可愛いキスを繰り返してきた。
    いま考えると俺お年頃なのに偉くない?
    そんなことを考える大人な余裕を感じつつも少し強めに義経の腰を抱き寄せるが、胸に添えられていた義経の腕に力が入ったのを感じ慌てて腰に回した腕を緩めた。
「…」
    本当は全然余裕なんてないっ!!
    再び暴走して義経を傷付けるなんてことは間違ってもしたくないと親慶は余計なことを考えながら意識を散らし、もう一度義経を抱き締める腕に力を込めてから肩に顔を埋めた。ふぅーふぅーと荒い呼吸を何度も繰り返す。なけなしの理性を掻き集めながら自分を抑えるのに必死だ。
    興奮しすぎてかっこわりぃ…。
    これ以上義経を抱き締めていたらなけなしの理性が本当に限界だと悟った親慶は義経の体を離すと部屋の奥へ進んだ。
「えっ、と…ゲームするか?!何が良い?この前の続きで──」
    あえて義経の顔を見ないようにテレビの脇の棚を大袈裟な音を立てながらゲームを探すフリをする。
「続き…」
    がちゃがちゃと五月蝿い音に紛れてなにか聞こえた気がして親慶はゆっくりと振り向いた。
「え…?」
「続き……した…っ、……しな、いの…?」
    続く言葉は思いもしないもので親慶は思わず手に取ったポータブルゲーム機を床に落としながら義経の言葉を噛み砕いて考察していた。
 …っていうか、いま、義経…『続きしたい』って言いかけたよな?『続き』って……ゲームのじゃない…よな…?
    義経はジャージの上着をぎゅっと握り締めて横の床を見つめているから赤く染まってる耳がよく見えた。
「…えっと…続きって…」
「…」
    立ち上がって義経の前に戻り、触れた頬はいつもより熱い。
「そんな顔してそんなこと言われたら…都合よく期待するぞ?」
「ぁ……っ……ぃ…イヤじゃ…ない、から…」
「っ…!!」
「った!ぇ…?」
    途切れ途切れに紡がれる義経の言葉を理解した瞬間、その細い肩を再びドアに押し付けてギリギリの所で義経の頭の上に肘をついて頭突きをするように額を合わせた。
「…チ、カ…?」
「ごめん…」
「っ、ん!ぁ…ぅ、ん…」
    啄むように何度も何度も唇を食むと義経のいつもの真ん丸な目が熱に溶けていくのが心地よくて、それから何度か感触を味わった後、ゆっくりと唇を離し生理的な涙に濡れる瞳を見つめる。
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