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親慶と義経のはなし。

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「…なんや密室で内緒話なんて妬けるわぁ…」
    コンコンと指で窓ガラスを叩かれると年甲斐もなく拗ねた表情の竜太が中を覗き込んでいた。
「お?打合せ終わったのか?」
    神楽はその表情に笑みを溢すと窓を開けながら竜太を見上げる。一体いつから何処に隠れていたのだろうと疑問には思った神楽だったが可愛い後輩達の笑顔など妄想していたものだから頭が浮かれて表情にも出ていたのだろう竜太がわずかに訝しんだのを感じた。
「…さっきな。アキと一緒に帰れる思うてウキウキで車に向かったらなんやイケメンとええ雰囲気で声かけれんかったわ…」
    わざとらしく悪態を吐く竜太に神楽はドアに体重を預けながら笑う。
「ちょっと相談にのってただけだ。内容が内容だから人がいる所で迂闊に話せなくてな」
「まぁ、なんとなく想像できるけど?それでもイケメンと二人きりは妬けるわ…」
「あんたの中で俺って信用ないのな?」
    くすくす笑いながら嫌味な物言いをすれば「そういう訳やないけどぉ…」なんて可愛い子ぶった返事が返ってきて神楽はさらに笑ってしまう。
「…なぁ、あんたも俺の事可愛いとか思ったりすんのな」
    普段から恥ずかしげもなく「綺麗だ」と囁く竜太が自分のことを可愛いと思うことがあるのかと純粋に疑問に思ったのだ。竜太はそれまでの優しい眼差しの中に少しばかりの雄の匂いを纏わせながらさらに車の中を覗き込む。「あ、マズい…」本能がそう警鐘を鳴らした瞬間、竜太の口角が妖しく上がったのが見えた。
「アキはいつでも可愛ええよ」
「そう、なのか?」
    二人きりの時にしか見せないその色香に神楽の心臓は早くなり、悟られないように顔を逸らすがそのせいで唇に近付いた耳に竜太の吐息が触れる。背中にぞくりと電気が走る感覚に身体の熱が上がった神楽は慣らされ感度の良くなった体を恨めしく思いながら万が一にも熱を孕んだ吐息や声を漏らすわけにはいかないと奥歯を強く噛み締めた。
「綺麗やし格好ええ…」
「っ!ちょ…待っ…!!」
    その神楽の努力を知ってか知らずか今度は吐息どころか唇が耳に触れる。なんとか声を押し殺し肩を跳ねさせただけに留めたが車に入り込んできた竜太の手を頬を宛がわれ固定されてしまえば神楽には抵抗する間もなかった。
「世界中の賛辞をいつだってアキに思うてるよ」
    わざとらしくリップ音を立てて軽く耳を食まれると神楽は堪らずに竜太の顔を押し剥がした。
「分かったから!!………分かったから…ちょっと待て…」
「運転席を譲ってくれるんなら、家まで待ちますよ?お姫様」
    赤く染まる顔を隠しながら声を荒げ睨み付けると竜太は子供のように満面の笑みを浮かべながらウインク付で投げキッスを神楽に向けた。それを受けて神楽は竜太が何故こんなことをしたのか理解した。
「っ!!…っとに、性格わりぃな、あんた!!」
    単純なことだ。自分の恋人が見目の良い後輩と密会した挙げ句投げキッスなどされていればちょっとしたお仕置きをしてやろうとイタズラ心がうずくというもの。
    赤く染まった顔を手で隠しながら乱暴に運転席から這い出ると腰を強い力で引かれ神楽の体はぶつかるように竜太に抱き寄せられた。
「おい、っ!!」
「良かった…」
「なにが?!」
「イケメンが来るまでアキの顔色が悪かったんが気になっとったんよ。今は顔色も良くなっていつもどおりの美人さんや」
「…親慶が来る前から見てたのかよ!……問題ねぇよ…ちょっと古傷が痛んだだけだ…」
    くしゃりと頭を撫でてから頬に滑る手の温もりに神楽は顔が熱くなり目線を逸らしてぶっきらぼうに返事をする。
「……そか。アキが辛い時はいつでもすぐに飛んで行くから絶対に俺を呼んでや?」
    頬を離れる指先に名残惜しさを感じたことは気のせいだと頭を振って竜太を睨み付け解放を要求すると竜太の唇は妖しく弧を描く。
「とりあえず、帰ったらたっぷり愛灯の魅力を囁いたるよ。もちろんベッドの中で、な…」
「しつこいって!誰かに見られたらどうすんだよっ!!」
「もうみんな帰って誰もおらんて」
    神楽の反応が面白いのだろう密着させたまま竜太は再び唇を神楽の耳に近付け一方的に情事の約束を取り付けると、慌てる神楽をよそに運転席に乗り込んでしまう。神楽は釈然としないまま足早に助手席に回り込むと竜太から離れるように窓ガラスに額を押し付け拗ねた顔を外に向けた。
    竜太はそんな反応すら愛しく、自分に背中を向ける神楽の頭を撫でると笑みを湛えながら車を発進させた。



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