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親慶と義経のはなし。

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「お前がこんな小さい時から見てきたんだから、話せる分は全部話して楽になれよ。もちろん内緒にして欲しい事は親慶にも話さねぇから安心しろ」
「…オレ、そんなに小さかった?」
「これぐらいだっただろ」
    座ったまま自分の胸辺りに掌を下に向けて線を引くように左右に振る神楽に義経は思わず笑うと神楽はなおも微笑み返してくれる。
「…」
    そうだった。
    チカの後を付いて回るようになったオレを神楽くんはいつも微笑みながら見守ってくれていた。フィギュアスケート界のトップをひたすら走り続けてた神楽くんに憧れていたオレは自分の存在を知ってもらいたくてよく振りを真似してたっけ。神楽くんって昔からオレに優しかったな…。
    幼い頃から共に過ごしてきた親慶に言わせれば『今でもかぐっちゃんは義経をえこひいきしてる!』と声を荒げるに違いないと、想像して静かに笑みを溢した後、ゆっくりと顔を上げた。
    少しだけ…甘えてもいいのかな…。
    目元に浮かんだ涙を手の甲で拭っておそるおそる神楽の隣に腰を下ろしながら義経は口を開く。
「あのさ…チカって…………かっこ良くない…?」
「あ?」
「怖い…」
    悩みを切り出すと近い距離で鋭く睨み付けられてしまい義経は素早くベンチの端に逃げ体を硬直させた。
    チカはいつもこんな怖い思いしてたのか…。
    神楽に睨まれるのは親慶の役目で義経は隣で二人のやり取りを笑っているのが日常だったが、初めての恐怖に義経の頭は真っ白になっていた。
「悪い…切り出し方が斬新過ぎて思わず素が出たわ」
「なんて言ったらいいか分からなくて…」
    ぺち、と自分の頬を軽く叩いていつもの優しい声音に戻った神楽に義経は安堵しながら返事をする。
「確かに背も高いし、見た目はかっこいいとは思うが…それが理由なのか?」
「隣にいるのが…オレでいいのかなぁとは思ってる」
    思案するような仕草をする神楽に悩みを吐き出すと返ってくるだろう反応が怖くなり視線を下げたが、その視界の端で神楽が顔を手で覆ったのが分かった。
    やっぱり呆れられちゃうよね…。
    親慶がモデルとして活動を始めた頃から義経は小柄な自分と比べてしまいその度に憂鬱になっていた。さらに恋人となった今、街頭のポスターや雑誌などで隣に並ぶ女性モデルと自分を比べてしまえば激しい劣等感に襲われ、落ち込む自身が情けなくなりさらに暗澹としてしまう。
    …もちろん、チカを避ける理由はそれだけじゃないんだけど…。
「変な話してごめんね。こんなことで悩むなんて、やっぱりバカだよね…」
    自虐を含んで無理やりに笑えば無意識に溜め息が溢れた。話を終わらせようと義経が顔を上げると神楽はまだ顔を手で隠したまま肩を震わせていた。
「…笑いたいなら声抑えなくていいよ?」
    恥ずかしくて顔を覆いたいのはこちらの方だと心の中で悪態をつきながら神楽の反応を伺っていると、ようやく顔を覆っていた手を外し、そこでようやく神楽が笑っていた訳ではないことに気付いた。
「悪い。笑ってた訳じゃなくて…感動してたんだ。お前もそんな事考えるようになったんだなって」
「神楽くんってときどき変だよね…」
「子供の成長ってすげぇな!」
    目をキラキラと輝かせる神楽は義経の言葉を無視しながら今度は腕を組んで感動を噛みしめるように何度も頷きを繰り返す。神楽はしばしば義経を我が子のように表現することがあるが、その度に義経は『神楽くんにとってオレってどんな存在なんだろう』と考えることがあった。
「話逸らして悪かった。まず、お前だって世界で戦ってんだから十分凄いって自覚持っていいと思うし、自信持ってていいと思うぞ?お前がそんなかっこいいと思ってる親慶に選ばれたんだからな」
「オレが…選ばれた?」
「そうだろ?親慶はお前の事好きで好きでしょうがないんだから」
「それは…」
「だから自信持っていい。お前はアイツの隣で笑ってていいんだよ」
    憧れの神楽に真っ直ぐに見つめられながらはっきりと言い切られてしまえば、義経の中に巣くっていた劣等感は簡単に取り払われてしまい義経は驚いた。
「オレがチカと並んで歩いてても…おかしくない?」
「有り得ねぇよ。お前と親慶は一緒にいるべきだってずっと思って──」
「どうかした?」
「…いや。とにかくお前らは一緒にいていいんだよ」
「うん…。ありがと」
    話しながらなにかに気付いたような表情で言葉に詰まった神楽を不思議に思ったが、その言葉はいとも簡単に義経の胸を軽くしてくれた。
「それで?それだけか?お前の中で引っ掛かってたのは?」
「……じつは…」
    親慶から話を聞いていた核心を催促すれば口ごもる義経は再び俯き膝に置いてた手でジャージを強く握り締めた。躊躇われることは分かっていた神楽は肩をすくませ硬直する義経を急かすことはせず自分から口を開く決心がつくのを静かに見守っていた。義経はその姿を横目で伺う。
    いくら優しくて自分の味方になってくれる神楽くんでもこんなこと言ったら引かれちゃうよね……でも…。 
「聞いてほしい!……きっと神楽くんにしか…話せないし…」
    弾かれたように顔を上げたその強い眼差しに意志の固さを感じ取った神楽は優しく微笑んでから幼い頃にしたように頭を撫でると義経は再び目頭が熱くなるのを感じた。義経は自分を落ち着かせるために細く息を吐いてから胸につかえていた悩みを吐き出し始めた。


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