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親慶と義経のはなし。

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 あの日、神楽かぐら 愛灯あきとの計らい(?)によって無事に交際を始めた弁天べんてん 親慶ちかよし古河こが 義経よしつねだが………あれから一ヶ月、全く進展がない。シーズンオフの現在はいつもより少しだけ時間に余裕があるため、二人で過ごす時間も多くあるのだが深まったはずの関係は完全に足踏みをしていた。
 広く世間に顔が知られている二人では気楽に歩ける場所も時間も限られている。そんな理由わけでおのずと二人で過ごすのはどちらかの家になるのだが、そのたびに義経がガチガチに緊張してしまうためつられて親慶も緊張してしまう。
 俺も年頃の男の子だし?そういうことに興味あるし…ってか、興味しかないんだけど…。
 自分の願望を忠実に妄想をする親慶は隣に並ぶ義経を盗み見る。
「…」
 あの日以来、見つめ合ってキスどころか目が合うことすら希になったと親慶は心の中だけで溜め息を吐いた。
 正式に付き合う前に襲いかかった俺がいけないってことは充分に分かってるんだけど…付き合う前みたいにもっと自然に笑って欲しい。緊張してんのバレバレで無理やり笑おうとするからすっげぇ不自然な笑顔になってるし。
 渦巻く感情に、今度は盛大に溜め息を吐くと切実な願いが一緒に零れた。
「あの頃の可愛い義経に会いたい…」
 第三休憩室の長机に突っ伏して虚ろになる目に、それでも光を与えてくれるのは愛しい恋人で…ふと目線を上げると気持ち悪い虫でも見るような視線と重なった。
「…なに気持ちわりい事呟いてんだよ」
 自分を見下ろす視線は変わらないまま神楽が隣に座った瞬間、親慶は勢いよく体を起こした。
「聞いてよ、かぐっちゃん!俺もう義経不足で頭おかしくなりそう!!」
「あれだけ四六時中一緒にいて義経不足とかお前の頭どうなってんだ?」
 藁にも縋る思いで神楽に相談したのに目の前の神楽は一瞬驚いた後、心の底から呆れるような眼差しで俺を見つめてくる。
 競技を再開して眼鏡からコンタクトに変えたかぐっちゃんをやっと見慣れてきた。
「だってさぁ~~~…」
「なんか不満なのか?」
「不満つーか…」
 ごにょごにょと呟きながら横目で神楽を伺うが神楽が自分よりも義経を大事にしていることを理解している親慶はきっと自分の味方をしてくれないと諦めていた。その証拠に腕を組んで隣に座る神楽は親慶の話を聞く、というよりは親慶の不満を捩じ伏せるという圧を感じていた。
「…義経に…好きだなんて言わなきゃ良かったのかな…」
 その切実な呟きにようやく事態の深刻さを理解してくれた神楽は腕を解いて姿勢を直して話を聞く体勢になってくれた。
「外から見てる限りなんも変わってねぇように見えるけど、なんかあったのか?」
「…俺さぁ、義経のこと、その、無理矢理したじゃん?」
「まぁ…ヤリ逃げは別として、膠着状態を打破するために必要だったと思えばギリギリ許せると俺は思うが……義経はそれを怒ってんのか?」
「怒ってはないと思う…けど…」
 触れずらい話題を口ごもりながら進める親慶はいじいじと両手の指を組んだり回したりと落ち着かない。それに対して神楽は再び腕を組んで間違っても親慶と目が合わないように宙をさ迷わせていた。
「けど?」
「それを意識してるみたいで…二人でいるとあいつすっごい緊張してんの…」
「付き合い始めた時は嫌でも緊張すんのに、義経はお前にいつ襲われるか怯えてるっつー事か…」
「俺、基本的には義経の嫌がることしたくないし、いつだって笑ってて欲しいだけなのに…」
「前科があるから仕方ねぇといえば仕方ねぇよな」
「そうだよねぇ…うぅ~!!」
 はっ、と鼻で嗤う神楽に親慶は呟きと一緒に長い長い息を吐き出し再び机に突っ伏してバタバタと地団駄を踏んだ。
「…まぁ、義経とよく話し合え。そういうのが大事だろ、付き合うって」
 優しく諭すような声はまるで他人事ひとごとだと、親慶は恨めしげに神楽を見上げた。
「…」
「なんだよ」
「協力してよ」
「…」
「義経に聞いてきてぇ~…」
 机に突っ伏したまま両手を合わせて懇願する親慶に、神楽は小声で「面倒くせぇ…」と呟いた。しかし幼い頃から成長を見守ってきた二人のことが心配なのも事実。自分の甘さに溜め息を吐きながら情けない親慶を横目に見る。
「…分かった。とりあえず聞くだけは聞いてやる」
「ありがとう!かぐっちゃんのそういうとこ大好き!!」
 喜びに体を起こしながら神楽を見つめるといつもよりも優しい眼差しに親慶は素直に驚いた。その眼差しは自分にはほとんど向けられず、記憶にある中では義経にばかり向けられていたものだったからだ。
 しかし親慶はその嬉しさに、ふと気が緩んでしまった。
「かぐっちゃんと東儀コーチってなんで付き合い出したの?」
「………は?」
 ずっと気になってたことが口をついた。
 普段なら絶対に聞けない話だが、その眼差しが許してくれるんじゃないかと思ってしまったのだ。
 それに神楽は間の抜けた声を上げた。
「…なんでいきなりそんな話になるんだよ…」
「ごめん。ずっと気になってて…」
 何度目かの溜め息を吐いてこめかみに指を当てる神楽に親慶は萎縮するように机に伏せておそるおそるその姿を見上げる。
「あ~…別に特別話す事なんかねぇよ。普通に……普通だ」
「ふーん…」
 眉間に何本も皺を作って目を閉じる神楽の姿は突然何歳も老けたように見える。
「なんか、ごめんね…」
「心配してきて損した…じゃあな」
「あ、かぐっちゃん!もう一つ訊きたいんだけど…」
 ぶっきらぼうに席を立ってドアに手をかけたところで慌てて呼び止めると、振り返る神楽の視線はいつもどおり鋭いまま。親慶は一瞬怯んだが、先程の勢いも背中を押して積年の悩みが口をついて飛び出した。
「…かぐっちゃんってさぁ!童貞?」
 ずっと訊きたかったこと。…だって気になるじゃん?
 背中に嫌な汗を感じながら神楽の返事を待つ親慶との間にはなんとも冷たく張り詰めた空気が流れ、親慶は呼吸が止まった。
 見つめる神楽の目は死んだ魚のように光がない。
 そうしてしばらく膠着状態が続いた後、にっこりと、決して目は笑っていない絶対零度の笑顔で親慶を射殺してから。
「想像に任せる」
 昔のアメリカ映画のように立てた親指で首を切った後、「くたばれ」という代わりにその親指をぐりんと逆さまに落としてから部屋を出ていった。
 ドアが閉まった後、ようやく呼吸が再開出来た親慶ははっと息を吸い込み長く吐き出すのと一緒にもう何度目かに机に倒れ込み「聞かなきゃ良かった…」と後悔するのだった。
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