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やっぱり好き
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しおりを挟む『オレ…チカが好きだ…好きなんだ…』
水平線から昇る太陽の光に照らされながら涙を溢す義経を、この世のなによりも綺麗だと親慶は思った。
『だから…』
『待てよっ!!』
手を伸ばした一寸先、すり抜けるように笑った義経の体は。
『ばいばい…チカ…』
『行くなっ!義経ぇ!!』
ゆっくりと、まるでスローモーションのように傾いて、朝日に輝く海へ吸い込まれていった…。
「ーーハイ、カァット!!オッケーです!」
心地好く響くその声にモニターを凝視していた二人は顔を見合わせた後、揃って安堵の表情を浮かべた。
***
どうしてこんな事態になっているかというと、事の始まりは二ヶ月前。
「お願いします!この通りです!!」
スケート場の事務室の脇、応接室のソファーに座った親慶と義経に向かって躊躇いもなく土下座までしている大の大人の姿を二人は困惑の面持ちで見つめていた。
突然、練習場に現れたこの男は親慶と義経に向かいドラマの出演を打診してきた。なんでも気難しい作家がこの二人が主演になるならと、わざわざ書き下ろした話を持ってきたそうだ。毎回高視聴率を叩きだす売れっ子作家が世間の話題を集めている二人を起用するとなれば昨今のテレビ業界を揺るがす事になると身ぶり手振りを交えて大袈裟に説明をしてくる。
「…いいですよ。お受けします」
「本当ですかっ?!」
「かぐっちゃん!!」
「神楽コーチ!!」
困惑のまま、一向に返事をしない二人を差し置いてコーヒーを啜りながら神楽が返事をすると両側から真逆の反応が返ってきて神楽は「面白いな」と心の中で呟いた。
「いいだろ?シーズンも終わったし、まぁ、ショーの練習とかはあるけど少し時間は空く訳だし。それにいい気分転換にもなるし、いい刺激にもなるだろ」
「でも!ドラマなんてやったことねぇし…」
「良かったな、演技の幅がますます広がるぞ?」
我関せずと淡々と話す神楽に、拒否権はないと察した二人は一度顔を見合わせた後、無言で項垂れ、それからは神楽の言いなりに契約書にサインを書かされ今に至るのだが。
「…」
親慶の気がかりは他にもある。
世界選手権の数日後、たまたま二人きりになったロッカールームで義経は親慶の方を見ることもなくぽつりと話し出した。
「…オレ、湊和くんにはついていかないで…日本に、残るから…」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉に、それでも親慶は躊躇いながら「そ、そうか…」と返事を返した。
気まずい…。
アイスショーの練習後も帰宅時間が重ならないようにわざとロッカーなどで時間を稼いだりして過ごしているという気まずい状況だというのに、ドラマの撮影中はキャンプ場にあるような小さなコテージにスタッフもなく二人きりで寝泊まりすることになっている。
契約書にサインした時に義経に気付かれずに親慶の肩を叩いた神楽が小さな声で「うまくやれよ?」と囁いた意味も親慶には分かっていたが、さすがにこれは拷問だろうと肩を落とすしかなかった。
義経が日本に残ると決心してからなんとなくぎこちなくなった二人の関係を神楽は神楽なりに手助けしてやろうという意味も込めて受けたこのドラマの話だったが…。
かぐっちゃんはきっと俺と義経が喧嘩かなんかしてると思って「これを機に仲直りしろよ」的な感じでこのドラマを受けたんだと思うんだけど…違うんだよ!!
「俺には湊和みてぇな包容力はねぇよ」とか「お幸せに」とか、挙げ句の果てに抱き締めてからの「バカ野郎」だぜ?!
恥ずかしすぎる…どう考えたって黒歴史だろ…。
いや、自暴自棄になって義経に「お前のことが好きだから行くな」とか言わなかっただけマシなのか…?!
いやいやいやいや…抱き締めてあんなこと言ったらもう好きだって言ったようなもんだよ…?
じゃあ義経的には「オレのこと好きなのに引き留めも出来ねぇのかよ、ヘタレ」とか思われてるとか?
…考えれば考えるほど訳が分からねぇ。
大体、義経は湊和のことが好きなんじゃなかったのか?
じゃあなんで一緒に着いて行かなかった?本人に訊く訳にもいかねぇし…。
かぐっちゃん、撮影見に来るとか言ってたのに全然来ないし…。(神楽は東儀に軟禁されたり記者会見したりと色々な対応に奔走していた時期です)
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