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約束の卵
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しおりを挟む最強のプログラムを完璧に滑りきった親慶は期待に震える体を宥めながら得点板をまだかまだかと焦る気持ちで見つめていた、次の瞬間──割れんばかりの歓声に親慶は目を見開いたまま固まり、その視線の先、見たことのない数字が自分の名前を暫定トップだった義経の上に押し上げた。
親慶は溢れ出る涙を止められるはずもなく興奮して背中を叩く神楽に抱き付き声を上げ、泣いた。どんな大会でも練習でも涙を見せたことのない親慶の涙に神楽も堪えきれず目元を押さえ肩を震わせた。
それからキスアンドクライから移動することになっても親慶の嗚咽は止まらず、本来受けるはずのインタビューすら受けられずリンク脇のスタッフ用のベンチに座らされ一生分の涙が流れてるのかと不安になるほど泣きじゃくっている最中に湊和の演技は終わり、神楽といつの間にか隣に座っていた義経に支えられながら運命を告げる得点板を見つめる。
そしてそこに映し出された結果に親慶は再び嗚咽を溢し崩れ落ちた。祝福の歓声に掻き消される事のない親慶の咽び泣く声に、義経は親慶の背中を擦りながら何度も何度も腕で自分の目元を拭い続け、神楽も堪らず溢れる涙を手の甲で拭い続ける。
まるで大切な人を失ったかのように泣き続ける親慶の姿は今まで笑顔の裏に押さえていた屈辱と無冠の無念さが溢れ出たものにも感じられた。
それからしばらく泣き続けた後、大会主催者に促され親慶はスタッフに両脇を支えられ控え室まで運ばれた。
その後は親慶が落ち着くのを待ってから表彰式、そして通例通り上位三名の記者会見が開かれた。三位の選手が淡々とインタビューに答えた後、二位の義経に矛先が変わる。
「二位おめでとうございます、古河選手。今のお気持ちはいかがでしょう」
「ありがとうございます。今は…ちょっと目が痛いです…。自己ベストを出せたので今回は勝てるかななんて自惚れていたんですけど…それ以上にビックリすることがあったので…えっと…目が痛いです…」
支離滅裂な義経の回答に記者からは笑いが起こるが、義経は早々にマイクを置き隣で俯く親慶を横目で伺った。
「では…今大会の主役、弁天選手。優勝、それから世界ベスト更新おめでとうございます!今の心境をお願いします」
「……あー…その、ありがとうございます…。今は…俺もなんでか分からないけど目が痛いです…」
義経同様、記者の笑いを誘うと親慶も苦笑する。
「えっと…なにがなんだか今でも理解できてないんですけど…たしかに昨日、自分で金メダル取ると言ったんですけど…今回は出来すぎというか、本当にびっくりしてます…」
「コーチ、それから古河選手と泣き崩れる姿がとても印象的でしたが?」
「今まで泣くのは自分らしくないと思っていて、人前では泣かないようにしてたんですけど…あの、明日の新聞に俺が泣いてる写真は絶対使わないでもらいたいんですが…」
そう記者に目配せすると記者もカメラマンも皆が笑いながら一様に首を振り「無理無理」と拒否を示す。
「そうですよね……あぁ嫌だ!!」
上半身を机に倒し大袈裟に駄々をこねる親慶の姿に会見場は笑いに包まれる。そして空気を読みながら女性記者に新たな質問を投げ掛けられると、親慶は諦めたように笑みを溢した。
「弁天選手が以前からおっしゃっていた『もったいない』話をお伺いしてよろしいでしょうか?」
「そうですよね………その、俺、本気でスケートを諦めて辞めようと思った時がありまして…」
そう言いながら、親慶は当時を思い出すように瞼を閉じた。
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