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34 港町トロス
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ふたりがたどり着いたのは、トロスという港町だった。
小さな湾に面した町で、商船の船着き場もある。町はそこそこ賑やかで、もうすぐ暗くなるというのに往来は混み合い、店は開いている。
オリヴィエが宿屋を探している間に、リシエは着替えを手に入れて戻ってきた。
「すべて断られたんですか?」
リシエの言葉に、オリヴィエは少々傷ついた。
顔は汚れ、髪には泥がつき、身なりは汚れている。全身とても汚い。おそらく悪臭もするに違いない。
「弱者の気持ちを味わった」
リシエは乱れたオリヴィエの前髪を整え、海と反対側を指さした。
「あそこに泊まりましょう」
「…………」
高い場所に、白い外壁の建物が見える。
「俺が交渉します。きっと清潔なお風呂に入れますよ」
リシエはそう言った後、胸を手で押さえた。
「痛むのか? 早くきちんと傷の手当てをしたほうがいい」
「大丈夫です。後で薬を飲みます」
オリヴィエはリシエが負った傷は自分に責任があると感じていたが、彼は「このくらいは慣れている」と言い張って、傷の様子を見せない。だから彼を早く休ませようと思い、近くの宿屋をあたってみたものの、ロンレム語をまくし立てられて(おそらく出て行けと言われたのだ)交渉どころではなかった。
これから向かう宿屋の交渉は難儀するのではないか。
リシエのコートはぼろぼろすぎる。
オリヴィエはそう思っていたのだが、その宿屋にあっさり入れた。
***
静かすぎる。
たまにバルコニーから隣を覗いてみるが、まだ灯りはついていない。
リシエは自分の部屋に倒れるように消えていった後、音沙汰がない。続き部屋の鍵は閉まったままだ。
宿屋の下男が運んできたワゴンの料理は、クローシュを取らずそのままにしてある。
オリヴィエは室内を歩き回った。
ロンレムの服は上衣が足下まであり、歩くたびに裾がやわらかく舞い上がる。
靴は柔らかくて傷だらけの足でも痛くない。
折りたたまれた状態のもう一揃えの衣服は、少し艶がある黒い生地だ。
着替えを忘れるぐらい具合が悪いのか、と心配したところで我に返る。
しばらく一緒にいたので仲間意識が芽生えてしまったのか。
そういう関係は悪くはないが、思いもよらない隙にキスをされるのは良いことではない。
オリヴィエはそう思って、天井を見上げた。
ふと見上げたのだが、そこにいてはいけないものと目が合う。
それは視線が合ったと同時に飛び回った。
オリヴィエはバルコニーに逃げ出し、柵を乗り越えて隣の部屋に侵入した。
薄明かりの中、長椅子から出ている二本の足が見える。
驚いて近寄ってみると、ブランケットを巻き付けた状態のリシエだった。
風呂に入ったようだが着替えがなかったのだ。肩と腕には傷の手当の跡があり布が巻かれていた。見えている範囲では汚れは落ち、髭はなくなっている。
オリヴィエが見つめていると、リシエは目を開いた。
「……開いてました?」
「バルコニーから入った」
リシエは笑った。
「不法侵入ですね」
「笑うな。大丈夫か?」
彼は手を顔に当てて、頷いた。
「鏃に毒が塗られていて、徐々に毒が回ったようです」
「平気そうに言うんじゃない。薬は足りているのか」
「はい。胸が痛んで動けませんでしたが、もう大丈夫そうです」
しかし、大丈夫そうではない。
「医者を呼んでもらうか?」
「大丈夫です」
オリヴィエはサイドテーブルに置かれている小瓶を持ち上げた。
「俺のこと気にかけてくれたんですね。まさか警部が来てくれるとは思いませんでした」
その言葉に、オリヴィエははっとした。
「……部屋を交換したい」
「何かでましたか?」
リシエは立ち上がって、続き部屋の鍵を開けた。
いますね、という声が聞こえた後、鋭い音がする。
オリヴィエが見に行くと、ハエたたきを使って床の上から物体を回収している。
彼はそれをダストボックスに投げ入れると、オリヴィエが置いておいた着替えを持って戻ってきた。
「君の部屋はそっちだ」
オリヴィエは戸を閉めた。
それから手近のランプに火を灯した。
この部屋は、先ほどいた部屋よりも狭く快適ではなさそうだ。
それを確認して、オリヴィエは続き部屋の戸を開いた。
ちょうどブランケットをはだけた状態のリシエが振り返り、苦笑した。
「警部、今度はのぞきですか?」
夜が更けても港近くの酒場は賑やかだった。
通りに酔っ払いが騒いでいるが、警察は巡回しているようには見えない。
「どうした? やはり酒を飲まないほうが良かったのではないか?」
町まで下りて酒場に入ってから、リシエの表情は不穏だ。リシエは何も言わずにグラスを空ける。ボトルが空になり、店主がやって来た。
「次は何をお飲みになりますか?」
「そうだな……」
目録にはたくさんの種類の銘柄が並んでいる。オリヴィエは悩んで追加を頼んだ。
店主が去って行くと、濃厚な香りが近づいてきてオリヴィエの隣に誰かが座った。
目の前を見ると、リシエの隣に若くて異国風の顔立ちの美しい女性が腰をかけていた。オリヴィエは手をとられて、自分の隣にも目鼻立ちが整った美しい女性が座っているのを確認した。
「あたしたち姉妹なの。あなたたちはエルアージェの人でしょ? 上品だからすぐにわかったわ」
店主が追加したボトルを持ってきた。それから頼んでいないボトルと軽食をテーブルに置いた。
店主はオリヴィエに目配せをした。
「娘なんです。一緒に飲んでやってください」
高いボトルばかり注文したので、金があると思われてしまったのかもしれないが、オリヴィエには所持金がない。リシエを見ると、若い娘に酒を注がれて話しかけられている。それを見て、オリヴィエは妹たちを思い出した。
「お仕事でここまで来られたんですか?」
話しかけられて、オリヴィエは頷いた。
「あたしはリオラ。あっちは妹のクオラ。あなたがとても美しいから、ここに入ってきたときからみんな注目しているの。お連れの方もハンサムだけどちょっと手強い感じ」
それを聞いて、オリヴィエは少し笑った。
「妹が苦戦しているのを初めて見たわ」
「彼はいま調子が悪いだけだ」
リオラは微笑んだ。
「あなたはいい人ね」
「そうでもない。君はこの辺りに盗賊が出入りしているのを見たことがあるか?」
「あるわ。たまに来ては飲み食い散らかして、女を漁っていくの。ただ、この町では騒がしいだけで悪さをしないから、盗賊だとわかっていても誰も何も言えないのよ。来て欲しくないわ」
「盗賊の頭の名前は?」
「知らない」
「そうか。ムエルヴァル・デロールという人物は知っているか?」
リオラは首を振った。
「質問タイムは終わりにして、飲みましょ」
飲みやすいと思って頼んだワインは、思ったとおり芳醇で軽やかだ。
上腕にはリオラの豊かな胸が当たっている。オリヴィエはリシエと目が合った。リオラが言うとおり、彼は前髪をかき上げたままだと一筋縄ではいかない感じがする。
クオラはリシエの気を引こうとして一生懸命だ。リオラはたしなめた。
「クオラ、何をやっているの?」
クオラは両手でリシエの顎を捕まえ、口づけた。濃厚なキスを目の前にして、オリヴィエは両目を瞬かせた。リシエはすぐにクオラを引き離した。オリヴィエはリオラの耳元で囁いた。
「リオラ、わたしは帰る。彼はここに預けていく」
「あたしはあなたがいいの」
「わたしの職業は警察だ」
想像通り、リオラは怯んだ。オリヴィエはリシエに手洗いだと言って外に出て、そのまま宿屋に向かって歩いて行った。通りを歩いていると、スリを見つけた。子どものようだった。酔っ払いの財布を抜き取っていった。街灯の傍にいる娼婦はなかなか客を取らない。断られた客は、近くにある娼館の客引きが連れて行く。
宿屋に戻る前に、埠頭に出て暗い海を眺めてみる。
マレーネのネックレスがこんな場所まで自分を連れてくるとは思わなかった。
ナターリアの家でアルミロに捕まり、盗賊の館でリシエに助け出され、そこからフォート城にたどり着き、ここまでやって来た。リシエと一緒に過ごして楽しかったと感じたことが意外だった。
それはもう戻って来ない。
早く帰って、家族を安心させなければならない。
オリヴィエはいつの間にか複数の人物に囲まれていた。
子どもの集団だ。子どもでも侮れない。凶器を持っている。
その集団の中で大柄の子どもが近づいて来た。
「おにいさん、いい服着てるね」
「船に乗って来たの? ひとり?」
「綺麗な顔をしてるから、バンさんに高く引き取ってもらえそう」
10人くらいだろうか。貧しい身なりの子どもたちだった。
オリヴィエは学生の頃、同じように子どもの集団に囲まれたことを思い出した。
下町でジョールからはぐれ、柄の悪い子どもたちに囲まれた。
逃げてランレイユの丘に着き、そこから見下ろす夕焼けが美しくて、時間を忘れて眺めていた。
逃げるのを助けてくれたのも貧しい子どもだった。
「やめるんだ」
厳しい声に、静まりかえる。
足音が近づいてきて、子どもたちは散り散りに逃げていった。
リシエはオリヴィエを見つめた。
「夜にひとりでこのような場所に来るのはやめてください」
治安の悪い場所にひとりで来たからなのか、酒場に置いていったからなのか、彼の機嫌は良くない。オリヴィエはそれをわかったうえで答えた。
「飲み過ぎたので風にあたりたかったんだ」
「どうしてひとりで出て行ったんですか」
「君はわたしのためにしばらく大変だっただろう。少し遊んだほうが良いのではないか」
「……俺はそういう遊びはしないと言いませんでしたっけ」
「聞いたかな? たまにはいいだろう。君は欲求不満を抱えている」
「俺が?」
リシエは頬を触って表情を曇らせる。
「わたしは部屋で飲み直す」
勇ましく足を踏み出したつもりが、その場に崩れ落ちそうになる。
このままこの場で寝てしまえば、先ほど見た路上の酔っ払いと一緒になる、と思ったところで両足が宙に浮いた。目を開くと神妙な顔つきのリシエを目が合う。リシエはオリヴィエを抱えたまま宿に向かって歩き出した。
小さな湾に面した町で、商船の船着き場もある。町はそこそこ賑やかで、もうすぐ暗くなるというのに往来は混み合い、店は開いている。
オリヴィエが宿屋を探している間に、リシエは着替えを手に入れて戻ってきた。
「すべて断られたんですか?」
リシエの言葉に、オリヴィエは少々傷ついた。
顔は汚れ、髪には泥がつき、身なりは汚れている。全身とても汚い。おそらく悪臭もするに違いない。
「弱者の気持ちを味わった」
リシエは乱れたオリヴィエの前髪を整え、海と反対側を指さした。
「あそこに泊まりましょう」
「…………」
高い場所に、白い外壁の建物が見える。
「俺が交渉します。きっと清潔なお風呂に入れますよ」
リシエはそう言った後、胸を手で押さえた。
「痛むのか? 早くきちんと傷の手当てをしたほうがいい」
「大丈夫です。後で薬を飲みます」
オリヴィエはリシエが負った傷は自分に責任があると感じていたが、彼は「このくらいは慣れている」と言い張って、傷の様子を見せない。だから彼を早く休ませようと思い、近くの宿屋をあたってみたものの、ロンレム語をまくし立てられて(おそらく出て行けと言われたのだ)交渉どころではなかった。
これから向かう宿屋の交渉は難儀するのではないか。
リシエのコートはぼろぼろすぎる。
オリヴィエはそう思っていたのだが、その宿屋にあっさり入れた。
***
静かすぎる。
たまにバルコニーから隣を覗いてみるが、まだ灯りはついていない。
リシエは自分の部屋に倒れるように消えていった後、音沙汰がない。続き部屋の鍵は閉まったままだ。
宿屋の下男が運んできたワゴンの料理は、クローシュを取らずそのままにしてある。
オリヴィエは室内を歩き回った。
ロンレムの服は上衣が足下まであり、歩くたびに裾がやわらかく舞い上がる。
靴は柔らかくて傷だらけの足でも痛くない。
折りたたまれた状態のもう一揃えの衣服は、少し艶がある黒い生地だ。
着替えを忘れるぐらい具合が悪いのか、と心配したところで我に返る。
しばらく一緒にいたので仲間意識が芽生えてしまったのか。
そういう関係は悪くはないが、思いもよらない隙にキスをされるのは良いことではない。
オリヴィエはそう思って、天井を見上げた。
ふと見上げたのだが、そこにいてはいけないものと目が合う。
それは視線が合ったと同時に飛び回った。
オリヴィエはバルコニーに逃げ出し、柵を乗り越えて隣の部屋に侵入した。
薄明かりの中、長椅子から出ている二本の足が見える。
驚いて近寄ってみると、ブランケットを巻き付けた状態のリシエだった。
風呂に入ったようだが着替えがなかったのだ。肩と腕には傷の手当の跡があり布が巻かれていた。見えている範囲では汚れは落ち、髭はなくなっている。
オリヴィエが見つめていると、リシエは目を開いた。
「……開いてました?」
「バルコニーから入った」
リシエは笑った。
「不法侵入ですね」
「笑うな。大丈夫か?」
彼は手を顔に当てて、頷いた。
「鏃に毒が塗られていて、徐々に毒が回ったようです」
「平気そうに言うんじゃない。薬は足りているのか」
「はい。胸が痛んで動けませんでしたが、もう大丈夫そうです」
しかし、大丈夫そうではない。
「医者を呼んでもらうか?」
「大丈夫です」
オリヴィエはサイドテーブルに置かれている小瓶を持ち上げた。
「俺のこと気にかけてくれたんですね。まさか警部が来てくれるとは思いませんでした」
その言葉に、オリヴィエははっとした。
「……部屋を交換したい」
「何かでましたか?」
リシエは立ち上がって、続き部屋の鍵を開けた。
いますね、という声が聞こえた後、鋭い音がする。
オリヴィエが見に行くと、ハエたたきを使って床の上から物体を回収している。
彼はそれをダストボックスに投げ入れると、オリヴィエが置いておいた着替えを持って戻ってきた。
「君の部屋はそっちだ」
オリヴィエは戸を閉めた。
それから手近のランプに火を灯した。
この部屋は、先ほどいた部屋よりも狭く快適ではなさそうだ。
それを確認して、オリヴィエは続き部屋の戸を開いた。
ちょうどブランケットをはだけた状態のリシエが振り返り、苦笑した。
「警部、今度はのぞきですか?」
夜が更けても港近くの酒場は賑やかだった。
通りに酔っ払いが騒いでいるが、警察は巡回しているようには見えない。
「どうした? やはり酒を飲まないほうが良かったのではないか?」
町まで下りて酒場に入ってから、リシエの表情は不穏だ。リシエは何も言わずにグラスを空ける。ボトルが空になり、店主がやって来た。
「次は何をお飲みになりますか?」
「そうだな……」
目録にはたくさんの種類の銘柄が並んでいる。オリヴィエは悩んで追加を頼んだ。
店主が去って行くと、濃厚な香りが近づいてきてオリヴィエの隣に誰かが座った。
目の前を見ると、リシエの隣に若くて異国風の顔立ちの美しい女性が腰をかけていた。オリヴィエは手をとられて、自分の隣にも目鼻立ちが整った美しい女性が座っているのを確認した。
「あたしたち姉妹なの。あなたたちはエルアージェの人でしょ? 上品だからすぐにわかったわ」
店主が追加したボトルを持ってきた。それから頼んでいないボトルと軽食をテーブルに置いた。
店主はオリヴィエに目配せをした。
「娘なんです。一緒に飲んでやってください」
高いボトルばかり注文したので、金があると思われてしまったのかもしれないが、オリヴィエには所持金がない。リシエを見ると、若い娘に酒を注がれて話しかけられている。それを見て、オリヴィエは妹たちを思い出した。
「お仕事でここまで来られたんですか?」
話しかけられて、オリヴィエは頷いた。
「あたしはリオラ。あっちは妹のクオラ。あなたがとても美しいから、ここに入ってきたときからみんな注目しているの。お連れの方もハンサムだけどちょっと手強い感じ」
それを聞いて、オリヴィエは少し笑った。
「妹が苦戦しているのを初めて見たわ」
「彼はいま調子が悪いだけだ」
リオラは微笑んだ。
「あなたはいい人ね」
「そうでもない。君はこの辺りに盗賊が出入りしているのを見たことがあるか?」
「あるわ。たまに来ては飲み食い散らかして、女を漁っていくの。ただ、この町では騒がしいだけで悪さをしないから、盗賊だとわかっていても誰も何も言えないのよ。来て欲しくないわ」
「盗賊の頭の名前は?」
「知らない」
「そうか。ムエルヴァル・デロールという人物は知っているか?」
リオラは首を振った。
「質問タイムは終わりにして、飲みましょ」
飲みやすいと思って頼んだワインは、思ったとおり芳醇で軽やかだ。
上腕にはリオラの豊かな胸が当たっている。オリヴィエはリシエと目が合った。リオラが言うとおり、彼は前髪をかき上げたままだと一筋縄ではいかない感じがする。
クオラはリシエの気を引こうとして一生懸命だ。リオラはたしなめた。
「クオラ、何をやっているの?」
クオラは両手でリシエの顎を捕まえ、口づけた。濃厚なキスを目の前にして、オリヴィエは両目を瞬かせた。リシエはすぐにクオラを引き離した。オリヴィエはリオラの耳元で囁いた。
「リオラ、わたしは帰る。彼はここに預けていく」
「あたしはあなたがいいの」
「わたしの職業は警察だ」
想像通り、リオラは怯んだ。オリヴィエはリシエに手洗いだと言って外に出て、そのまま宿屋に向かって歩いて行った。通りを歩いていると、スリを見つけた。子どものようだった。酔っ払いの財布を抜き取っていった。街灯の傍にいる娼婦はなかなか客を取らない。断られた客は、近くにある娼館の客引きが連れて行く。
宿屋に戻る前に、埠頭に出て暗い海を眺めてみる。
マレーネのネックレスがこんな場所まで自分を連れてくるとは思わなかった。
ナターリアの家でアルミロに捕まり、盗賊の館でリシエに助け出され、そこからフォート城にたどり着き、ここまでやって来た。リシエと一緒に過ごして楽しかったと感じたことが意外だった。
それはもう戻って来ない。
早く帰って、家族を安心させなければならない。
オリヴィエはいつの間にか複数の人物に囲まれていた。
子どもの集団だ。子どもでも侮れない。凶器を持っている。
その集団の中で大柄の子どもが近づいて来た。
「おにいさん、いい服着てるね」
「船に乗って来たの? ひとり?」
「綺麗な顔をしてるから、バンさんに高く引き取ってもらえそう」
10人くらいだろうか。貧しい身なりの子どもたちだった。
オリヴィエは学生の頃、同じように子どもの集団に囲まれたことを思い出した。
下町でジョールからはぐれ、柄の悪い子どもたちに囲まれた。
逃げてランレイユの丘に着き、そこから見下ろす夕焼けが美しくて、時間を忘れて眺めていた。
逃げるのを助けてくれたのも貧しい子どもだった。
「やめるんだ」
厳しい声に、静まりかえる。
足音が近づいてきて、子どもたちは散り散りに逃げていった。
リシエはオリヴィエを見つめた。
「夜にひとりでこのような場所に来るのはやめてください」
治安の悪い場所にひとりで来たからなのか、酒場に置いていったからなのか、彼の機嫌は良くない。オリヴィエはそれをわかったうえで答えた。
「飲み過ぎたので風にあたりたかったんだ」
「どうしてひとりで出て行ったんですか」
「君はわたしのためにしばらく大変だっただろう。少し遊んだほうが良いのではないか」
「……俺はそういう遊びはしないと言いませんでしたっけ」
「聞いたかな? たまにはいいだろう。君は欲求不満を抱えている」
「俺が?」
リシエは頬を触って表情を曇らせる。
「わたしは部屋で飲み直す」
勇ましく足を踏み出したつもりが、その場に崩れ落ちそうになる。
このままこの場で寝てしまえば、先ほど見た路上の酔っ払いと一緒になる、と思ったところで両足が宙に浮いた。目を開くと神妙な顔つきのリシエを目が合う。リシエはオリヴィエを抱えたまま宿に向かって歩き出した。
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