カオスシンガース

あさきりゆうた

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初めてのコンサート♪

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 本番の時間となった。後藤さんがカオスシンガースメンバーを演奏場所まで誘導してくれた。老人ホーム内の広いスペースへと案内され、そこにはご老人方が集まっていた。まだまだ元気そうな方もいるが、今にも倒れそうな方も中にはいる。まずは後藤さんが挨拶をする流れとなった。

「今日は皆様へのボランティアでAKT大学の学生さん方がコンサートをひらいてくれます。私は大学内でカオスシンガースの岸さん、塩川さんの歌を聴きましたが素晴らしいものでした。他の三名方もお二人に勝るとも劣らない力を持っていると思われます。今日の演奏を是非楽しんで下さい」

 後藤さんは或斗へと挨拶の流れをつなげた。

「皆様はじめまして、カオスシンガース代表の岸或斗です。本日は私達にコンサートの場を設けていただき大変感謝しております。カオスシンガースは今年生まれた新生合唱団あります。県内ではまだまだマイナーではありますが、団員一人一人がどこの合唱団にも負けないポテンシャルと誇りを持っていると自負しております。今日は皆様に楽しんでいただけるように最大限の力を出して演奏しますので、最期まで温かい目、もとい暖かい耳で聴いていただけたらな思います」

ハハハハハ

 おじいさん、おばあさん方から自然な笑いが出てきた。こういうのを見ると自分も自然と笑顔になってくる。これって、或斗が観客の笑いだけでなく、メンバーの緊張をほぐすことも計算にいれていたんじゃないかな? もしそうだとしたら凄いと思う。

「一曲目は焼酎のCMでお馴染みの『またあなたに恋してる』です。バリービンビンが歌っていることで有名ですね。この曲では、かつて恋した人が時を経て、また自分の目の前に現れて、あの時の恋の気持ちが熱く蘇る、そんな思いを表現しています。ここにいる皆様方はそんな恋愛経験があるかと思われます。我々も皆様の人生経験に負けじと、再会で思い出される恋の思いを歌で伝えていきたいと思います」
 
 或斗の出だしのスピーチは非常に受けが良かった。おじいさん・おばあさん・職員の顔つきでよく分かる。大半の人様のスピーチを無関心で聞く自分が感心したくらいだ。
 或斗の指揮で曲がスタートされた。

あ~~あ~~う~~♪

 出だしの響きは好調である。歌いながら全員練習通りの事ができていると思った。或斗は本番前に、老人ホーム内の響きはどうなるか気にしていたのだが、悪くない音楽がこの空間で出来ていると思う。馬上、或斗は普通に歌えているし、自分もデート効果? により練習時よりも上手く歌えるようになっていた。女声担当の左京と聖の声も良く響き、主役の男性パートの声を崩さないように上手く歌えている感じだ。

あ~~~~~~♪♪

 一曲目が終わり、或斗が軽く観客にお辞儀をした。

パチパチパチパチ

 送られる拍手の感じが合唱祭の時と違っていた。言うならば、親しめるようで、かつ暖かみがある拍手だ。なんとも心地よい拍手である。 或斗が二曲目へのスピーチを始めた。

「一曲目から暖かい拍手ありがとうございます。お気に召していただけたようで光栄でございます。皆様の期待に応えられるよう、二曲目の良い旅立ちも張り切っていきます。この歌は色んな歌手に歌われた名曲であります。我々もこの歌を歌った歴代の歌手達に負けない合唱をできたらなと思います」



 これまたコンサート前の打ち合わせの時まで時間はさかのぼる。

「二曲目の選曲は『良い旅立ち』。これについては『またあなたに恋してる』同様、お年寄り受けも良いし、合唱祭でも歌われる程のメジャーな曲だから選んだわ。それにこの歌は有名だから、皆も聞いたこと事があると思うの。だから音取りもしやすく身につけやすいと思う」

 或斗が軽く選曲の理由を説明してくれた。特にこの曲は練習でも苦戦することなく皆歌いこなしていた。あえて難しかったところをあげるなら、この曲に関しては別れの寂しさを表現したもので、いかにそれを感情表現できるかというところであた。ちなみに自分の声質が暗いためか、意識していなくても自分は他のメンバーよりかは上手く歌えていたようだった。

う~~い~~おえ~~♪

 聖、左京、或斗が女声パートを担当し、物悲しい響きを表現した。それを壊さないように馬上と自分の男性パートも波長を合わせるように上手く歌っていく。

あ~~あ~~♪♪

 一番盛り上がるメロディの部分である。基本地味目に歌う男性パートの音楽も、ここでは少し美味しい音楽となる。自然とテンションが上がるがそれを抑えなければならない。あくまで主役は女声である。自分はこのメロディ部分で抑えをきかせず、或斗に何回か練習で指摘された事がある。何回も指摘されたおかげで、本番ではあまりでしゃばらない歌い方が出来た。

パチパチパチパチ

 二曲目もまずまずの出来で、施設のおじいさん・おばあさん方も良い反応を示している。
 さて、事前の打ち合わせで、一曲目、二曲目と懐メロが続くので、三曲目は雰囲気を変えるための選曲となった。

(セーム君、準備はOK?)

 或斗がひそひそ声で言ってきた。そう、三曲目は自分の歌う『母』である。ここからは或斗に変わり、自分がスピーチすることになる。

「え~二曲目の良い旅立ち楽しんでいただけたでしょうか? え~っと、楽しんでいただけるよう我々カオスシンガースも十分練習してきました」

(早く次の曲の説明入った方がいいんじゃねえか)

 左京からひそひそ声でアドバイスが飛んできた。一曲目の或斗のスピーチを意識しすぎてしまい、良いスピーチをしようと意識しすぎてしまった感じがある。ここは開き直ってしまった方が良いかもしれない。

「次の三曲目はAKT出身の小松康介の作曲した『母』になります。説明は私が喋り下手なため、歌で十二分にさせていただきます!」

「おぉ――――――っ!」

 え? なんか盛り上がる事言ったか自分? もう自分の言葉で説明するより自分の歌を聴いて貰った方が早いかなと思ってやけくそ気味に言ったんだが……。まあいい、今日は或斗に負けない、負けないんだという思いをこめて歌おう。
 そして身体の状態も意識だ。足は肩幅ほど開く。自身の足の前方に重心を置く。お尻を締める。歌いやすい顎の角度を意識する。声を出す前に口の形を作ることを意識する。よし、いくぞ!

ふ~る~さ~と~の~♪

 我ながら良い出だしで、良い響きである。ここにいるおじいさん・おばあさん方が自分の歌を感心して聴いている。とても気持ち良い。自分の歌を聴いてもらえるというのはこんなにも気持ちの良いものなのか。

か~な~しも~♪

 ソロを失敗した自分がまだいるかなと思っていたが、いつの間にか消滅していたようだ。自分の実力を十二分に出したソロが歌えたと思った。

パチパチ! パチパチ! パチパチ!

 おじいさん・おばあさん方の拍手の質が違っている。これは上手い歌を聴いた時の感心を表現したものだ。つまり、自分の歌を良いものだと認められたのだ。とても嬉しく、とても誇らしく感じた。
 そして今回で自分のトラウマを完全に粉砕しきったのだ。
 或斗が再度スピーチに戻った。

「団員セーム君に熱い拍手をありがとうございます! まさに彼は歌で『母』を表現してくれました! 彼はこれでもまだまだ発展途上国です。次に皆様に会う時はより上手くなっている可能性大です!」

「なっ!?」

 或斗のやつ、他人事だと思って自分のハードルを上げやがったな。動揺する自分の反応を見ておじいさん・おばあさんから笑いが生まれた。

(今聴いているお客さんが……お前のファンになってくれる……或斗はそう信じているんだよ……)

 馬上がひそひそと話し、或斗へのフォローを入れてくれた。

(自分には或斗が営業目的で言っているようにしか思えんがな)

 或斗が地獄耳でこちらの話を理解し、自分の方を見ている。

(何か言ったかな~?)

 笑顔ながらも、明らかに怒る寸前のオーラを出している。すかさずごまかしの言葉を考えた。

(いえ! 或斗は今日も綺麗だな~っと)

(そう、ならいいわ)
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