カオスシンガース

あさきりゆうた

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何のために歌うのか

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 今日はAKTにしては珍しく天気が良く、おてんとさんも顔を出している。現在のAKTは真夏で、外なんか出たくない日だが、今自分は自転車を漕ぎながらとある場所へと向かっている。市内の羽後午島駅付近にある老人ホームである。今日はここでカオスシンガースによる訪問ボランティアコンサートが行われる。

キキィ

 ブレーキを効かせて老人ホーム付近のコンビニに自転車を止めた。事前に、現地集合前に近場で集まろうという話になっていたからだ。


「遅いわよセーム君」

 或斗の声が聞こえてきた。もう自分以外のメンバーが集まっていたのだ。

「そんなに遅かったか?」

 腕時計を確認してみると、集合時間10分前である。

「……気にするな、俺達が早く到着しすぎただけだ……」

 馬上が自分に気を遣ってくれた。

「今日のコンサートに関しては、優劣を競い合う相手はいない。でも、今日の出来次第では今後のカオスシンガースの躍進に大きく係わってくる。だから決して気を抜かないようにね」

「おう!」

「は~い♪」

「……分かった」

「了解」

「……私達一応合唱団なのに、言葉もタイミングもバラバラな返事がかえってきたわね……」

「まさにカオスシンガースだな」

 そう独り言を言って、自分に注目が集まった。自分が悪いことを言ったのかと不安になってきた。

「え、なんか自分地雷踏んだか?」

「いいえ、むしろナイスフォローよ。返事の仕方で一瞬、大丈夫かと思ったけど。それもカオスシンガースの個性だと思ったら安心したわ」

「そ、そうか、思ったことを言っただけだったんだが……」

 自分は何も意図してなかったが、案外ファインプレーだったようだ。


「おはようございまーす♪」

 或斗を先頭に老人ホーム内へと入り、元気よく挨拶する。職員さんも挨拶で対応をした。

「おはようございます。岸さん、それに塩川さんもお久しぶりね~~」

「後藤さんもどうも、声楽講座の時以来ですね」

「着替えや準備はこちらの空いているお部屋をお使い下さい」

「いえいえ、各自準備はしてきましたので大丈夫です」

 そう、或斗の言う通り、各自準備は済ませてきたのだ。訪問先で準備は出来ないと仮定し、発声練習や準備体操を各自行ってきた。自分がここに来るのが他のメンバーよりも遅れた理由が、準備を集合直前の時間まで粘っていたからである。

「では、せめて少し休憩なさってからでも」

「後藤さん、お気遣いありがとうございます」

 訪問客向けの一室へと案内され、メンバー全員に冷えた麦茶を提供された。

ゴクゴクゴク

「ふぅ~、旨い麦茶だぜ! かわり!」

 左京があっという間に麦茶を飲み干した。

「飲み過ぎないようにね。歌につかえるわよ」 

「じゃあ二杯までにしとくか!」

 そう言って左京は二杯目も三秒ほどで飲み干した。

「後藤さん、よろしければこちらを受け取って下さい」

 或斗が後藤さんに渡したのは、名刺である。各メンバーの名前とパート名、そしてカオスシンガースの連絡先やSNSのアカウントも書かれている。

「また何かあればこちらへご連絡下さいな」

「わざわざありがとうございますね」

 演奏をするだけでなく営業活動もきちんと行うあたりは流石である。

「こちらが今日演奏する曲のパンフレットです」

 パンフレットには曲名と、各メンバーを漫画っぽく描いたキャラが描かれている。これに関しては、聖がさくっと作ったものらしい。白黒印刷であるが、なかなか良く出来たパンフレットである。

「では、私の方で入居者の方に渡しておきますね」

「では、お時間までこちらの部屋で準備してよろしいですか?」

「はいはい、では私がいても邪魔ですので失礼しますね」

 後藤さんはカオスンシガースに気を遣って部屋の外へ出た。そして或斗の表情が変わった。

「さて、本番の前に皆の意気込みを発表して貰うわ」

 合唱祭の本番前にやった事と同じ事を今回もやるのか。ならば今回のトップバッターは自分がやるべきだ。自分がアイコンタクトで或斗に語り、或斗もそれを分かったようだ。

「セーム君からどうぞ」

「よし! え~~っと、皆も知っての通り自分は合唱祭のソロで失敗をした。だから今回は、ソロの汚名返上・名誉挽回を目標としようとした。でもそれじゃあ駄目だと思い、それはあくまで通過点とすることにしました! ズバリ目標は打倒或斗! 皆との合唱はもちろんのこと、一番良いソロを歌う事を宣言します!」

パチパチパチ

 メンバーが思っていた以上に、自分が立派な意気込みを発表したもんだから、感心の拍手が送られた。多分前回の合唱祭同様、こういう事もあるかなと思って、前もってスピーチの練習をした甲斐があったというもんだ。

「よっ期待しているぜセーム! 次はあたしだ!」

 次なる意気込みの発表は左京である。

「一曲入魂! 今回はじいさん・ばあさんのハートをキャッチできるように、心のキャッチボールってもんを意識して歌ってやるぜ! あたしは勢いとか熱さに任せて歌っちまうからよ、じいさん・ばあさんでもキャッチしやすいボールを投げられるように心がけてみるぜ!」

パチパチパチ

 左京から、自分とはまた違った方向性で立派な意見が出てきた。こういう意気込みを聞くと、自分のモチベーションもより上がっていく感じがある。

「次はアデルちゃんいきま~~す♪ え~~っとね、アニメみたいなストーリーをカオスシンガースで創り上げたい! 今日の演奏で大成功を収めるのはもちろんのこと、今日を機にカオスシンガースの人気も上げて、やがては全国訪問コンサートなんてのも行えるぐらいのカオスシンガースになって、皆といっぱい歌えたら良いなって思います!」

パチパチパチ

 自分も意気込みは結構でかめに出た方だが、聖の方がよりスケールのでかい意気込みで驚いた。

「じゃあ……トリは或斗だから次は俺か……すまん……言おうと思ったネタがことごとく今の三人とかぶってしまった……」

「え~~、こういうのってセーム君あたりの役割じゃないの?」

「なにメタな事言ってんだよ聖」

「さてはセーム、おめえこうなることを狙ってトップで意気込みを語りやがったな、ずるがしこい奴だなおめえ~」

 左京がコツコツと軽く肘鉄をしてきた。

「馬上君、カオスシンガースの宣伝をテーマにして意気込みを語ったらどう?」

 困った馬上に或斗が助け船を出した。

「それは思った……しかし或斗の口から言うべきではないだろうか?」

「じゃあこういうのはどう? 馬上君が考えていたことが全て他の四人が考えていたことと同じだった。つまり、馬上君が皆をよく見て、心をわかっていた。これって合唱には大事な事よ」

 馬上の表情が明るくなった。

「そうだな……俺はベースとしての役割を果たし皆を支える……正直、人目につかない地味な仕事だ……でもそこに誇りを持っている……俺が教えた医学面から見た声楽知識が今日の皆の演奏に役立つと信じ……今日の演奏も皆を声を聞きながらベースとしてメインを引き立てるよう努力する……」

パチパチパチ

 まさかの馬上の意気込み中止かと思われたが、結果的にここまでの三人の意気込みに負けないものとなった。

「私がしめる番ね♪ 今日はカオスシンガースの宣伝を主な目的としたコンサートです。でも忘れないで欲しいのが、『音楽』よ! 歌っている私達が楽しみ、観客も楽しませてこそ、結果として宣伝も上手くいくと思っている! サークルの長としての意気込みは以上です」

パチパチパチ

 拍手を或斗が途中で止める素振りを見せた。まだ何か言うつもりだろうか。その何かは大方予想がついていた。他の三人も予想はついているだろう。

「一歌手としての意気込み! 今日は、セーム君には勝つつもりで全力でいくわよ! だからあなたも本気の本気を引き出しなさい!」

 この意気込みにちゃんと返事をしなければいけないと思った。

「よし負けんぞ!!」

 
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