カオスシンガース

あさきりゆうた

文字の大きさ
上 下
25 / 34

彼女のいない男にラブソングは歌えない

しおりを挟む
 今日は市内のコミュニティにて、老人ホームへのボランティア訪問コンサートの練習をする日である。発声練習を終わらせ、各自音取りをした楽譜を持って、練習へと入る。
 最初に練習する曲が「またあなたに恋してる」という曲である。

「これは、皆知っているわよね?」

 或斗が楽譜を持って皆に尋ねた。

「演歌歌手がCMで歌っているやつだよな。良く聴く事があるから音取りはしやすかったな」

「……個人的に男版の方が好き……」

 そういえばこの歌って男性版もあったんだよな。馬上は男性版の方が好きなのか。

「確か、ブランコで有名な二人が歌っている奴だよな! この歌聴くと、焼酎飲みたくなるってもんだな!」

 左京ならマジで飲みかねないな。

「う~んと、テキサスの暴れ馬かな?」

「……それはブロンコ」

 聖のよく分からんボケに、ツッコミを返せる馬上の知識の幅がすごいな。

「やっぱり皆が知っている曲の方が楽しみやすいし、お年寄り方が若かった頃から歌っている二人の歌だから、馴染みやすいと思ったの」

 こうして練習が始まった。

しゃわわ~♪

 難易度はそこまで高い歌ではないが、この曲は男性がメインで歌う曲のようだ。基本、合唱はソプラノといった女性陣がメロディの主役になることが多く、男性陣は引き立てる事が多い。この曲ではまるっきり逆なので、或斗、自分、馬上の歌う男性パートが大事になってくる。
 一通り歌い終わって或斗がコメントした。

「ここのメロディのところでtr~~~っていうのが楽譜に出てくるでしょ。意味説明出来る人いる?」

「……通称トリル……この記号がつけられた音符の音とその二度上の音とを……交互に素早く繰り返す……しかしどうすれば良いか……」

「馬上君の説明通りだけど、難しく理解しちゃっているわね」

「これってビブラートってこと?」

「そういうことよアデルちゃん。でも、ビブラートって合唱ではあまりやらないでって指導する人が多いの」

「あっ、それ分かる気がするな~。なんか声が綺麗になりづらい感じはある」

「そう。合唱だからこそ個々人の声を綺麗にまとめたい。だから指導者としては素直な声を出して欲しいと思っているの。でも、歌詞を見ると、トリルのところは、気持ちを爆発させて歌う感じがあるからビブラート少しぐらいはいいかなと思うの。じゃあそこを意識してメロディもう一回歌うわよ」

 しゃりら~~♪

 或斗の指摘通り歌ったら幾分か上手く聴こえるようになってきた。しかし或斗は何か言いたげな顔だ。

「この時点でまあまあ歌えてる。もうちょっと練習すれば本番で歌っても良いくらい。だけど、このままだともの足りないのよね」

「或斗もそう思ったか? あたし的に或斗を除いた野郎達の声が物足りない感があるんだよな」

「そう恋奈ちゃんの指摘通り。具体的には男性陣に感情がこもってないのよ。歌詞の内容を表現することに、抵抗感や恥じらいを持っているのかしら? そういうのは捨てる気で歌ってみて」

「……分かった……善処する」

「自分も同じく」

 確かに自分でも歌ってて感情を込められてないなというのは実感している。でも、込めたくても込められない気持ちの壁があるんだ。

「男性陣、今度は手で振りをつけて歌詞を表現する事を意識しながら歌ってみて」

 というわけで歌詞を表現するように歌ってみた。

ほららわ~♪

 歌詞の中に「朝露」、「風」、「光」といったワードが出てくる。手の振りで表現するのは難しいところだ。でも、なんとかこうにかそれを表現しながら歌ってみた。
 そして或斗がコメントする。

「馬上君は良くなったわね。その調子でより完成度を高めていって。セーム君に関しては、まだぎこちない感じがあるわね」

「アルちゃん、これって歌詞の内容的に、自分が片思いしていた子に再会して、その時の気持ちを歌った曲だよね? つまり……あっ、ごめんセーム君」

「謝るな聖! 余計に悲しくなるわ!」

「あぁ、そういう事ね」

「或斗も納得すんな!」

 そう、これが原因だ。こんな自分でも、片思いの子はいて、ひょんなことで再開してどきっとすることはあった。だが、自分は恋愛経験皆無だ!

「誰だって歌詞の意味が分かる経験をしたわけではないのよ。でも、さもそういう経験をしましたと見せる役者のような面も歌には必要なの。セーム君はこの前、『母』のソロを上手く歌えていたでしょ。あれは一人暮らし故に、経験的に歌詞の意味が分かるから、表現もできていたのよ」

「あっ、なるほど。そういう見方もできるか」

「えっ、つまりセーム君はマザコンを恥じらいなく表現できていたってこと? お母さんを大事にする気持ちは分かるけど、ちょっとひくわ~」

「おい、マザコンと言うのはやめろや」

「せめてお母さん以外への女性にも愛を表現できればねえ……」

 合唱団に来て、まさか自分の恋愛経験のなさを突かれるとは思いもせんかった……。

 いつまでも自分のために一曲にこだわるというのも良くないので、次の曲の練習に入った。

「次はAKT県民歌の大いなるAKTをやるわよ!」

 この曲は以前教えて貰った曲である。県内ではかなり知名度の高い歌なのでお年寄りからも受けが良いこと間違いなしと言うことで歌うことになった。

「では、楽譜のcon allegrezzaを、セーム君説明して」

「確か、イタリア語で快活にって意味だったかな?」

「はい正解」

 或斗から質問が来ると予想はしていたので、楽譜に書かれている用語は練習までに全部調べておいたのだ。

「この曲は確かセーム君が講座で教わったから私よりも詳しいはずよ。だから分からないことはセーム君に質問してね」

「えっ? いやいや、そう言われてもだな」

「よしセーム、歌詞のしゅうれいむひなるってどういう意味だ?」

 左京が或斗の無茶ぶりに悪のりしてきた。

「国語の質問されてもな……多分すんごく素晴らしくて比べようがないってことじゃないかな」

「じゃあこのcalandoカランドってどういう意味かな? かな?」

 聖まで無茶ぶりにのってきやがった。

「段々速く、強くだったかな……」

「セーム先生、いい加減な事教えないで下さいね~♪ 段々遅く、弱くが正解ですよ~♪」

 答えの間違いを或斗が煽りスキル全快で指摘してきた。

「くそったれが、うろ覚えだったのが悔やまれる」

「まあこの辺でバトンタッチしようかしらね。じゃあ最初から歌っていくわよ~♪」

 AKT県民歌第三楽章「大いなるAKT」の練習が始まった。歌詞の内容はいかにAKTの自然がいかに素晴らしいかを歌っている。ある意味国を称える国家に近いイメージがある。壮大さ溢れるメロディでなかなか気持ちよく歌える感じだ。
 一通り歌い終わって或斗が止めた。

「ふむ、この手の歌だと恋奈ちゃんが合うわね。悪いけど、ソプラノとアルトをチェンジよ。つまりソプラノパートを恋奈ちゃん、アルトパートをアデルちゃんでいくわ」

「へへっ、あたしが主旋律か。無茶ぶりだが悪くはねえな!」

「え~~、せっかく音取りしてきたのに~~。それに低音出せるかな~~」

「ゴメンね二人とも、その代わりアルトパートは私も入ってサポートするからアデルちゃんも安心してね」

「それならいいっか♪」

 困っていた聖も或斗と歌えると分かって、かえって喜んでいるようだ。

「この曲に関してはAKT愛を持って頂戴ね。例えば歌詞に出てくる鳥界山ってこんな感じよ」

 或斗がスマホで鳥界山ちょうかいさんの画像を見せた。美しい紅葉や生い茂った色とりどりな植物が見える。

「……登山したくなるな……」

「こんな山ならしゅうれい何とかって大層なこと言いたくなるわけだ!」

 馬上と左京が感想を述べた。一方、あまり山に興味の湧かない層もいる。

「私インドア派だから~、あんまし分かんないな~」

「自分も同じく、山行っても面白さとか分かんないし、疲れるしな」

「やれやれ、自然の良さも分かる視野の広い人間になってもらいたいんだけどね……」

 或斗が自分達に呆れていた。

「あと、歌詞に出てくる女鹿半島おがはんとうはこんなので有名ね」

 或斗がスマホで女鹿半島おがはんとうに絡んだ画像を見せた。美しい日本海の風景が広がり、また特徴的な形をした岩もある。

「あっ、これガジラ岩~?」

 聖がうきうきとした感じで画像を見ている。

「そう、ガジラに見える岩、通称ガジラ岩で有名なのよ。他にも桶の中に魚介類と味噌ベースのつゆ、焼き石を入れて調理する焼き石桶鍋なんてのもあるわ」

「へぇ~、AKTはきりたんぼと火内地鶏ひないぢどり、ハタハタのイメージしかなかったけどそんなのもあるんだ」

「AKTの恵まれた自然があるからこその料理なのよ」

ぐぅ~

 どこからか空腹を知らせる腹の虫が鳴った。音の主は馬上である。

「夕方にこういう話すると……腹が減るな……」

「そうね、良い時間になったし練習終了しますか。今日やった二曲とも大体歌えているから本番までに完成度をより高めること。それと、次の練習は他の曲も練習するから音取りはきちんと行うこと。あと、早い内に問題点を一つ解決した方が良いわね」

ぎくり

「分かっているじゃないセーム君」

 問題点と聞いて自分のことかと思って反応したのがまずかった。 

「な、何のことだ?」

「とぼけない。『またあなたに恋してる』は君の恋愛経験のなさを補わないと上手く歌えないのよ」

「じゃあ、どうしようってんだよ」

「そうねぇ~、デートしましょうか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...