カオスシンガース

あさきりゆうた

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打ち砕いたトラウマ!!

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 今日は日曜日、音楽講座の発表会の日である。ちょっと緊張した気持ちがある。合唱祭での失敗をまた繰り返すのではないかという心配もある。だが、不思議と緊張がない。案外気楽な気持ちなのだ。
 音楽講座の開始時間となった。今日も講師の指示の元、土曜日にやったストレッチや発声練習を行った。

「では、発表会の時間まで、音楽科の生徒さんがつきますので、皆さん万全の歌を歌えるように準備して下さい」

 そうか、今日は誰と組むのだろうか? もしかして……
 
「はぁい♪ 今日はセームくんと一緒ね♪」

「やっぱ或斗か」

 発表の時間いっぱいまで、或斗と一緒に教育学部の音楽練習用の個室で練習することとなった。
 
「ちなみに何を歌うのかしら?」

「母って曲にしようと。何となく声が出しやすいし、メロディが気に入ったから」

「ああ、AKT出身の小松康介の曲ね。良い選曲するじゃない。私もセーム君ならこの曲がいいと思うわ。故郷の母を思い歌う哀愁感のある歌は、セーム君の暗い声質に合うわよ」

「暗い声質がひっかかるが、まあいいだろう」

「あら、ちょっと機嫌悪くしたの? でもこの歌は私、馬上君、恋奈ちゃん、アデルちゃんよりかはセーム君が歌った方が声質的にしっくり来るのよ」

「そういうもんなのかな?」

「そういうもんよ」

ぽろろろん♪

 或斗のピアノの伴走に合わせて『母』を歌った。そういえば或斗に初めて会った時もこの部屋で歌ったな。あれから色々とあった。自分は今まで白黒に近い日常を過ごしてきたが、カオスシンガースに入ってきてから、人生に色がつき始めた感じがある。そんなに長く生きているわけでないが、今この歌っている瞬間、本当に人生を生きている気持ちがするのだ。

「セーム君、初めて会った時よりも大分腕を上げたわね」

 一曲終わると或斗からお褒めの言葉が出た。

「珍しいな、もっとけなすイメージがあるからさ」

「そうね~~、ここの『い~つ~ま~で~も~』と歌う時に『で』だけ飛び出すようなのが気になるわね。原因は『で』って言う時って口を閉じるじゃない」

 試しに口の中を意識しながら「いつまでも」という言葉を喋る。確かに「で」で口を閉じる感覚がある。

「何も意識しないと、口を閉じたまま歌ってしまうから、『で』で口を開くことを意識してみてね」

 或斗の指示通りに歌ったら、さっきよりも流れる感じで歌えた。

「おお、良くなった!」

「音楽って言うのは音程やリズムだけじゃなくて、歌詞の言葉からくる難しさもあるの。この辺は、意外と音楽の専門書でも突っ込んでいないから、勉強になったわね」

「うん、目から鱗だ」

「さて、あまり歌いすぎて喉の調子崩すとあれだしこれぐらいにしましょうか」

「う~ん、不安になるな~~」

 どうもソロでまたやらかしかねないという気持ちがある。おまけに今回は「ヤッホー!」の時よりも長く歌う。岸或斗も自分の不安な気持ちを察しているようだ。

「あなたは歌に関しては人一倍プライドが高い。だからこそ本番で十二分に力を出せるアドバイスがあるの」

「頼む、聞かせてくれ」

「ここにいる誰よりも上手い歌を歌いたいと思うこと。これはお願いだ! という願望よりかは、やってやるぞ! 実現する意思を持つ。恋奈ちゃん風に言えば、気合いだ! 心の中で炎を燃やすんだ! って感じね」

「いや、自分そんなキャラじゃないしな……」

「つべこべ言わず人様のアドバイスを素直に受け入れろ!!」

「はいいい!!!」

 唐突に岸或斗が左京を思わせる怖さを見せつけたので、本能に従い或斗の指示を守ることを決意した。

「では健闘を祈る!」

 練習時間は終わり、ソロ発表の時間となった。



「これより発表会を始めます。では、最初にどなたからいきますかね?」

 講師の先生から特に誰から行くようにという指示もない。おじさん、おばさん方はトップバッターを嫌がっている。ここは、漢気を見せて自分から……無理だ。

「先生、まず我々から歌うのはいかがでしょうか?」

「ふむ、いいでしょう。では音楽科の生徒さんから歌いましょうか」

 或斗が講師に提案し、音楽科の生徒から歌うことになった。

は~ひ~は~♪

 音楽科の生徒の歌は、昨日聞いた時よりも、完成度の高いものとなっていて、良い歌だと思えた。昨日は緊張しているのか、ちょっと音程が怪しいなと思うところがあったからな。ここ数ヶ月合唱練習をやっているおかげか、声楽家が歌いそうな曲の良さが分かるようになった気がする。合唱やる前にカラオケしか興味のなかった自分では一生良さに目覚めなかっただろう。

「では、音楽科の生徒さんが終わりましたので、次は受講生の方々に歌って貰いましょう」

「はい!」

 勢いで手を上げてしまった。我ながら似合わない事をしたと思うが、発表で歌うのを躊躇しているおじさん、おばさん方を見てたらいてもたってもいられなくなった。あの人達とは違うところを見せなきゃ、音楽科の生徒と張り合える歌は歌えない!
 教室に置いてあるピアノのそばまで来た。歌う部屋は結構広い。後を考えずに大きく広く歌うことを意識しよう!

ふ~る~さ~と~の~♪

 自分が思った以上に響く声が出せている。とても気持ちよい。歌うのってこんなに気持ち良いものだったのか。今この空間は自分が作り上げているといった感覚になってきた。もっとよりよい空間にしよう! 感情とか抑揚とか強弱をつけて、自分の本能のままに歌うんだ!

パチパチパチパチ

「素晴らしい響きでした。うちの学生さんにも負けないものでしたね」

 自分の歌をたたえる拍手。そして講師からのお褒めの言葉。
 これでソロのトラウマから解消された……。



「音楽科の生徒よりかはちょっと荒々しい感じだったかな……」

「何言ってるのよ! 音楽科の生徒は講座のためにかなり練習してきたのよ! 土日だけであれだけ歌えれば大したもんよ!」

 今日はカオスシンガースの練習に久々に参加する日だ。途中或斗に出会い、この前の音楽講座の事について話していた。
 一週間ほどではあるが、それでも久々にカオスシンガースに顔を出すのは緊張するな。さぼったし、休ませて貰ったし、酷い事言われるんじゃないかな……。
 いつものコミュニティにつき、或斗といっしょに練習室へと入った。

「よう! 待っていたぜセーム!」

「……おかえり」

「もう、来なくて心配したんだよ!」

 左京、馬上、聖から意外にも暖かく迎えられた。

「悪い皆、心配かけた」

「じゃあ、発声練習済ませたら、セーム君の復帰の挨拶として一曲歌ってよ」

「なにぃ!? 無茶ぶり!」

「日曜日の時みたいに歌えばOKよ♪ 皆を驚かせてやろういう気持ちで歌ってやりなさい」



 発声練習が終わり、自分が日曜日に歌ったソロを披露した。歌い終わった後のメンバーの表情がもはや驚きそのものだった。

「うおおお! 上手いじゃねえかこの野郎! どこで特訓したんだよ!」

「凄い! 次のソロはこれでいこうよセーム君!」

「……great」

 左京、聖、馬上の三人から称賛の言葉が出た。

「よしこれで完全にソロへのリベンジは果たしたかな……」

「いいや、まだよ!」

「へ?」

 或斗から思わぬ言葉が出てきた。

「セームくん、真のリベンジのチャンスを与えるわ!」

「まさか、より難しい歌を歌わせるんじゃないだろうな……」

「ええど或斗! セームの限界を極限まで引き出してやろうぜ!」

 左京は他人事だと思って、酔っ払いのおっさんのノリではやしたてた。

「やはり大勢の人前で歌ってこそ、つまりコンサートでソロを成功させてこそ、真のリベンジよ!」

「コンサート!?」

「そう、ただのコンサートじゃないわ! 出張コンサートを行いましょう!!」
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