カオスシンガース

あさきりゆうた

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番外編:全国大会を目指してみた

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※筆者がガチで全国大会行った時の経験をもとに書いています。全国大会編は本作品の趣旨に反するところがあるので、番外編と位置付けております。以下本編です。





 私、岸或斗は今日の練習で重大な決断を下した。

「皆、ちょっと青春してみる気はない?」

「……恋愛?」

 馬上誠実が青春の予想を言った。

「それもありね、でも違うわ」

「全国大会だな!」

 左京恋奈が自信満々な態度で応えた。

「はい、恋奈ちゃん正解♪」

「え、全国大会だって!?」

 聖アデルが驚いた。

「そう、合唱の全国大会、全日本合唱コンクールに出るのよ!」

「また急だな。つうか、マジなら真っ先に自分がこのサークルを去るぞ……」

 塩川聖夢が後ろ向きな発言をする。

「まず簡単に説明するわよ。全日本合唱コンクールの第一歩として、AKT県大会。その次に東北大会、その次が全国大会よ。まあ、県大会に関しては、大学の合唱団は一般の合唱団とひっくるめて審査されるけど、頭数が数多くないから、ひどいやらかしさえなければ100%突破できるわ」

 やらかしというワードが出た途端、塩川聖夢に対し視線が集まった。
「おい、何で自分を見るんだよ」

「まあセーム君は前科持ちだからしょうがないよ♪」

「誰が前科持ちだ聖! 二度とソロで失敗してたまるか!」

「大丈夫よ。ソロはない曲を選ぶから」

「だって、よかったね♪」

 聖アデルが皮肉をたっぷりこめて笑顔で塩川聖夢に応えた。

「くそ、女じゃ無けりゃあひっぱたくとこだぞ……」

 ここから岸或斗が顔を引き締めた。

「断言しましょう。皆を全国大会に行かせて見せる自信はある! 私を信じてついてくればOKよ! といってもついていくにはかなり困難な道を通る! 後は皆の気持ち次第!」

「……行こう……合唱の新しい世界を見てみたい……」

 馬上誠実が或斗の提案に一番にのった。

「もちろん行くに決まってるだろ! 全国大会は男のロマンだ!!」

 左京恋奈が目を炎マークにしている。

「私全国大会行ってちやほやされたいからいく~♪」

 聖アデルは呑気な気持ちで全国大会行きを決心した。

「これで自分断ったら袋叩きだよな……」

 塩川聖夢も渋々と提案にのった。

「皆ありがとう! まず、参加するに当たって参加料を納めることが必要なの! 県や部門ごとに値段は微妙に違うけど、カオスシンガースであれば15,000円となる! さらに審査員の先生に楽譜を渡す必要もあるからその分のお金も含めると、ひとりあたりざっと10,000円足らず必要になる。これに関しては皆が毎月収めている部費の2,000円でまかなえるから安心してね」

「歌う曲はどうするんだ?」

 塩川聖夢が質問した。

「全日本合唱コンクールではどの団体も課題曲と自由曲を歌うから最低二曲ね。ちなみに、もう用意した二つの曲の楽譜があるの。楽譜を渡すから次の練習までに音取りするのよ!」

 岸或斗は全員に楽譜を渡した。

「アルちゃん、これって教会とかで歌う曲?」

「そうよアデルちゃん、今回は宗教曲で全国大会に挑むわよ!」

「……どうして宗教曲なんだ?」

 馬上誠実が質問した。

「ごめん、わたしの好みよ♪」

「いやいやマズイでしょそりゃ。例えばカオスシンガースのレベルに合わせたとか、一位狙いで難しい曲にしたとか、そういう理由じゃ無いのか?」

「言われなくてもその二つは考慮して選曲しているわ。多分、皆が限界以上に頑張れば歌えるようになり、かつこの宗教曲は完全に仕上げれば芸術に近い音楽になるわよ!」

「ところで或斗、CDはあるのか? 流石に楽譜見て音取りできるレベルに達してないからよ」

「駄目よ恋奈ちゃん、以前に言ったけどCDを聴いてしまうと、CDで聴いたイメージが頭の中でできあがってしまって、私達にしか出来ない音楽を作るのに邪魔になる! 今回に限って、これはタブーよ!」

「よっしゃあ! じゃあ気合い入れて毎日音取りと歌の練習だ!」

「それも駄目! 気合い入れるのは大歓迎だけど、問題は頑張りすぎる事。筋肉は壊れたら修復してより多くなるっていうけど、喉に関しては壊したら壊れたまま! 元には戻らないわ!」

「おす! 分かったぜ!」

 岸或斗と左京恋奈はまるで体育会系のような対応をした。

「提案なんだけどさ或斗、正直皆音取りを一人でやるのはCD抜きだとキツいと思うんだ。だから、或斗の協力のもと、音取りの練習できないかな……」

「ふむ、セーム君にしては良い提案ね。それが一番現実的かもね」

 塩川聖夢は岸或斗の発言に「どうもひっかかるな~」と言いたげな態度をとった。

「では、今日よりカオスシンガースは一日おきで練習することにします! 一日歌って一日休んでを繰り返していって、本番に臨むわよ!」

 こうして、カオスシンガース初の熱きドラマが繰り広げられるのであった。翌日より、岸或斗の容赦ない指導が始まった。

「セーム君! 考えて歌っているの? ただ音を出すだけなら機械と同じよ! あなたが機械じゃないとこを私の耳に聴かせなさい!」

「はい!」

 塩川聖夢は小心者なため、岸或斗から注意を受ける度にドキドキしていた。

「恋奈ちゃん! 声の大きい事はソロであればむしろ良いことだけど、合唱ではそうはいかない! 恋奈ちゃんが担当しているアルトパートのメロディ部分以外のところは他のパートを引き立てるように歌うこと! ソロでは無く合唱であることを意識しなさい!」

「おす!!」

 左京恋奈は岸或斗の指導でいつも以上に気合いが入っている。

「馬上君、ここは流れるように歌いなさい。今のあなたの歌い方はごりおしな感じがする。つまり下手くそよ!」

「……全力で善処する」

 馬上誠実はいつも通りの対応である。

「アデルちゃんはわりとセンスがあるから大体のところはそつなく歌えているわ。ただし、声が続かなくてカンニングブレスするところが多すぎる! 一人でソプラノ歌うんだから声が続くように、身体トレーニングしときなさいよ!」

「ふぇええん」

 聖アデルは今にも泣きそうである。
 このように、岸或斗は悪いところをはっきり言うスタイルで、サークルメンバーの精神を削っていた。奇跡的に誰も脱落すること無く、県大会の日を迎えた! この日まで辛く厳しい練習をやってきたメンバー達は、県大会の時点で高い完成度の歌を歌っていた! 誰しもが大学・一般部門で最優秀賞を取ると思っていた! だが!



「東北大会は行きは決めたけど、二番手の優秀賞となりました……」

 岸或斗が大層不機嫌な状態で、他のメンバーは下手に怒らせないように気をつけている。

「最優秀賞の団体は正直、賞にすらならないレベルの歌だったわねぇセーム君?」

「そ、その通りです!」

 塩川聖夢は大層びびりながら応えた。

「……あの団体の中に、骨折して松葉杖をつきながら歌っていた男性がいたのが原因かしらねぇアデルちゃん?」

「そ、そうだよ!」

 聖アデルがおびえながら涙目で応えた。

「審査は所詮人がやるもの。だから互角の実力の団体がいても、審査員の好みで決まる。それに何度も泣かされた経験はある。それは百歩譲って納得するわ。今回は、歌そのものの良さでは無く、歌う姿勢を評価された……納得いかないわよねえ馬上君?」

 馬上誠実は無言でこくりと頷いた。

「まともに音楽を評価できない審査員の資格を剥奪できないものかしらねぇ恋奈ちゃん?」

「よっしゃ! ならうちのじいちゃんの圧力でやめさせてやっか!」

「ありがとう、そうしてもらえると気が少し晴れるわ」

 左京恋奈の対応で少し岸或斗の機嫌が良くなり、メンバーがほっとした。

「理由は何にせよ、私たちの方が格下とみなされたのは事実。ならば、今度はそんなハンデの差をひっくり返すほどの合唱をしましょう!!」

「おぉ――――――っ!!」

 こうして、カオスシンガースは県大会の屈辱を胸に東北大会へ向けて気合いを入れるのであった。



 全日本合唱コンクール東北大会行きを決めたカオスシンガースは市内のコミュニティにて会議をはじめていた。

「東北大会は山形県で行われます。AKT県から山形までの交通費、宿泊費、それらを合計すると一人当たり3万円ってところね」

 この金額を出すに当たって、まず交通手段で苦労した。
 はじめに高速バスで調べた結果、一回仙台まで行ってから、山形まで行くルートで遠回りルートとなる。新幹線を使っても同様で、仙台に一度寄る遠回りルートであった。電車だと10時間以上乗るコースで、翌日に疲れを持ち越しかねないので却下となった。車で直接行く方法もあったが、運転免許・車を持っている人は誰一人いない。

「貸し切りバスでいきましょう。五人だから小型でいいし、値段も数万円程度よ」

 というわけで行きと帰りは貸し切りバスと言うことになった。県内の観光会社に連絡し、見積もりを送って貰い、安い会社を使うことになった。 
 あと、宿に関しては或斗がすんなりと決めていたみたいだ。

「会場から近い、コンビニが近い、シングル料金が安い、それらを総合したホテルを東北大会の会場が分かった時点で決めたわ。ちなみに早期予約で割引よ」

 なるべくリーズナブルなプランにしたとはいえ、皆が毎月収めている部費の2000円でまかないきれず、一人追加で10,000円払うことになった。

「皆、東北大会からが本番よ! 更に気合い入れて練習するわ!」

「おぉ――――――っ!!」

 練習は激しく、時には反発するメンバーも出た。

「もうやだ~~~~っ! 歌いたくな~~~~いっ!!」

 練習を休んだ塩川聖夢に連絡するとこんな返事が返ってきた。

「くそったれ! なんでやってもやってもこの部分が上手く歌えねえんだよ!!」

 左京恋奈は越えられない技術の壁を乗り切れずに苦しんでいた。

「……俺より上手いベース来ないもんかな……」

 馬上は他のメンバーより技術的に劣っており自信をなくしていた。

「楽しくないよ! こんなの音楽じゃない! コンクールなんて大嫌い!」

 聖アデルが泣きながら自分の意見を言った。

「もう駄目かしらね……サークルの長失格だわ……」

 岸或斗もまた、サークルのメンバーの不協和音をどうにもできず苦しんでいた。
 東北大会前のAKT県で練習できる最期の日に、カオスシンガースのメンバーは誰一人来なかった。
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