カオスシンガース

あさきりゆうた

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歌魂を表明せよ!!

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 観客席にいたメンバー達は、或斗を先頭にして後ろについていき、観客席を退出した。少し館内を歩くと、リハーサル室という名札のついた扉の前まできた。リハーサル室からは、出番の近い団体の歌声が聞こえてくる。どうやら、しばしの間待ってから、カオスシンガースがこの部屋を使えるようだ。数分もすると、室内から人が動くような物音が聞こえてきた。そろそろかなと思うと、扉がゆっくりと開き、ぞろぞろと人が出てくる。おばさん方が多いようなので、多分ママさんコーラスの団体かと思う。

「お疲れ様です、演奏頑張ってくださいね♪」

 或斗がおばさん方に向かって愛想良く挨拶した。それに続いて、自分を含むメンバー達もお疲れ様ですと挨拶した。おばさんの多くからお疲れ様ですという声が多く飛び交った。

「学生さんたちかしら、美男子美女揃いね~♪」

「うふふ、奥さん方も十分魅力的ですよ、オシャレの参考にしたいくらいです♪」

「まあ、お上手です事♪」

 或斗のトーク力っぱねえな。こういう会話は自分にはできん。まあ、自分が異性にこんなこといっても、気持ち悪いって言われそうだしな。
「そこの僕、あたしと今夜どうかしら?」

 多分このおばさん自分に話しかけたんだよな。えぇと、おばさまからナンパされちまった! どう反応すりゃあいいんだよこんなの!
 
「冗談よ僕! 固まっちゃって可愛いわね! げひゃひゃひゃ!」

 ……これだからおばさんは嫌いだ。ついていけないよこのテンション。

「セーム君、おばちゃんには人気だね♪」

「るせえ聖」

 おばさんたちも立ち去り、リハーサル室へとメンバー達は入った。
 中へ入ると5人には広すぎる空間が広がり、ピアノが一台置いてある。シンプルな部屋ではあるが、何か音楽を漂わせる空気が漂っている。

「なんか、この部屋にいるだけで音楽やっている感じがするね! アニメや漫画でしか見たことない世界を味わっているってかんじだよ!」

 聖が明るいテンションで発言した。なんも意識せずに天然で言った言葉だとは思うが、こういうのは場の雰囲気が良くなっていいと思う。

「……なんか特別な部屋にいる感じだ」

「あたしは、ふ~ん、こんなかんじの部屋か~って思ってるけどな」

「今後はこの部屋をいつもの空間と思えるほどにお世話になると思うわよ。アトリオでは結構音楽のイベントがあるからね。せば、時間が限られているから、軽くブレスの練習してから歌の練習にいくわね」

 或斗がそういうと、す~っと息を吸い始めた。他のみんなも続いて息を吸う。

すっすっすっす――――――

 こういうブレスの時間って、自然と集中力を高める事ができるな。ここにくるまでテンションがあがっていたが、自然と落ち着いてきていた。

「ブレス終わったら、h音をつけて歌を軽く歌いましょうね」

ほ~ふ~はっほ~♪

 本番だから普通に歌った方がいいんじゃないかと一瞬思ったが、h音をつけて歌って気付いた。喉の負担が軽い。ちょっと前に或斗が話した本番前は最高のコンディションに持って行く事が大事という話につながってくる。メンバーも歌いながらそれを実感しているかもしれない。

「では、本番のつもりで一曲だけさらっと行きましょうか! 景気づけセーム君のソロからね!」

「おぉう!」

 AKT高のレベルの高い合唱を聴いた後なので、自分の中にある歌の闘争心に火がついていた。

「ヤッホ~~~~~~♪
 
 うん! われながらいい歌声が出ている! 自分の歌で皆の士気を上げているって感じがしてすんごく気持ちいい!

「うん、絶好調ね! その調子で本番もいけばOKよ! ハイ皆も続いて!」

「ヤッホー!」
 
 普段は気の小さい自分だが、カオスシンガースの一員になったからか、歌に関してはむしろ勇ましい性格になってきた気がする。昔の自分なら、AKT高の歌を聞いたら、絶対プレッシャーを感じていたと思う。大学に入学したころの自分より、今の自分の方がより好きだ。
 
「OK! 良い感じよ! 続けていつの日か王子様にもよ!」

 自分も皆も普段通りに歌えている。今日は合唱祭という日だが、いつもの雰囲気の延長という感じである。一通り曲が歌い終わり、リハーサル終了の時間も近くなった。

「曲も一通り通したし、それじゃあ、カオスシンガース初の舞台! 皆! 今の皆の思いをありのまましゃべってみて!」

 ここで歌の練習は終えて、皆の士気をより高めるためにこういう事を行うか。なるほどな。

「……おれから」 

 すぅっと挙手をして真っ先に答えたのが意外にも馬上であった。

「……俺を合唱に誘ってくれたお前への感謝の気持ちを今日示したい……お前がいなかったら俺はよりつまらない男になっていたと思う……今日はベースとして最高の歌を歌う……以上だ……」

 或斗が意表を突かれたかのような顔をしている。多分自分含め、女性陣も意外な一言にちょっと驚いていると思う。

「馬上君、ありがとう。とっても嬉しいわ。でもね、その言葉もったいないかな? そういうのはもっと大きい舞台で言っていいのよ」 

「……すまん」

「いやいや、謝らなくていいのよ。あなたの本音が聞けるようになったのは良い変化かなと思うの」

 あれ、馬上がちょっとうつむいている。なんか、あまり自分の態度やリアクションを見せたくない感じがある。

「もしかして照れてるの馬上君?」

 聖の質問に、馬上が無言でコクリとうなづいた。

「よしあたしはな! とにかく誰よりも一番上手く歌う事だ! AKT高の歌聴いたら燃えてきた!」

 左京が左手人差し指を立てて、1番を表現した。

「うん! その闘争心は大事よ! 私も左京ちゃんとおんなじこと思っていたの!」

 左京らしい意気込みだった……ってか、自分が思っていたことを言われてしまったぞ! やべえ、何を言おうかネタがない!

「次は私ね~、えっとね~、ちやほやされるようになりたい!」

 聖、もうちょいしまりのある事言えんのかな。

「ちやほやされる、これも一つのモチベーションの上げ方ね。皆も褒められると気持ちがいいでしょ? 聖ちゃんの言っている事は案外奥が深い発言よ」

 或斗の話でなぁるほどなぁと思った。そもそも歌おうっていう奴らの大半が俺は歌が上手いんだぜ!ってみんなに知らしめたい奴らばかりだと思っている。理由はまちまちだと思うが、大半の人がこれかなと思う。

「じゃあ次は私ね。今日はカオスシンガースの初めての人前の舞台! カオスシンガースの良さ、そして、皆の良い声を会場内の皆さんに知ってもらいたい! それを一番分かっていると私は自負している! だからこそ、今日はいっぱい気持ちをこめて歌うの!」

 自然と皆からおぉ~という声と拍手が鳴り響く。こういう皆を褒めながらの意気込み、なんか良い歌を歌いたくなるなって思った。そうだ、これを言おう!

「じゃあ……」

「はい、カオスシンガースさ~ん、リハーサル終了の時間で~す」

「あっ」

「……」

 二秒ほどの沈黙の時間が生まれた。
 なんともリアクションを外に出しづらい時である。

「えぇと、ゴメンね」
  
 或斗が両手を合わせて、自分に頭を下げた。

「いや、その、気にしなくていい」

 熱く燃え滾る気持ちを出せなかった自分の今の心は、不完全燃焼の煙のようだ。温度はぬるめで、嫌な臭い、そんな感じだ。

バシィン!

「あたぁ!」

 またも背中に強烈な衝撃と痛みが走った。

「これで気合入ったろ!」

 左京なりの痛い気遣いであった。後ろに目はないが、背中に掌の跡がくっきりのこり、煙が出ていそうだ。
 リハーサルが終了し、お着換えの時間だ。今回は合唱祭という事で、堅苦しい恰好ではないという事だ。問題はその衣装だ。衣装は聖が知り合いのつてでコスチュームを借りてきたと聞いている。その衣装に着替えた男子メンバー三人は、王子様、お姫様、小人と化した。周りで着替えている男性陣からかなりの注目が集まっている。今日は合唱祭ということで、カジュアルな恰好に着替える人が多いが、その中でも我らカオスシンガースの恰好は群を抜いている。

「皆似合っているわね♪」

「……うつくしいな、或斗」

「馬上君もカッコいいわよ! セーム君はまさに小人! その体はある意味才能ね!」

「嬉しくない……恥ずかしい……」

 人に注目される事になれていない自分は早くこの空間から抜け出したい気持ちであった。着替えが終わり、女子二人共合流だ。聖、左京も自分と同じ小人の格好だ。皆がそろい、いよいよカオスシンガースは舞台の裏へとやってきた。
 舞台の裏では、一つ前の団体の歌声が聞こえる。もちろんそれを邪魔しちゃいけないので静かにしている。あたりは薄暗く見知らぬ機器があちこちに並んでいる。なんともこの独特な雰囲気が隠れていた緊張感を引きずりだすようだ。
 
「私達の番そろそろね、よし行こう♪」
 
 或斗が笑顔でメンバー達を舞台表へと導いた。その笑顔で舞台へ運ぶ脚が少し軽くなった。徐々に光景が明るくなり、やがて、景色が一気に変わった。ステージには風格漂う巨大なパイプオルガン。客席は暗いながらもお客の姿がたくさんぎゅっと詰まった感じだ。どちらからも良く分からない圧力のオーラを感じる。そういえば、自分ソロだっけ? リハーサル室で歌ったのに、リハーサル室を抜けてからソロという自覚が抜けていた。なんだこの感覚、本当に自分大丈夫か?
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