カオスシンガース

あさきりゆうた

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ソロは自分!?

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 今日は、市内で行われる夏の合唱祭へ向けての練習を行う。しかし、いつもより気が乗らない。というのも先日の宅飲みで、決まった事が原因なのだ。



「私の考えとして、この1年間はみんなの基礎をしっかりさせていくための活動をしたいと思っているの。身体能力、歌唱技術の、人前で歌う度胸をつけさせたいわ」

 酒の力もあり、いつもより自分の意見を言いやすい気持ちであった。
「なるほど、今このメンバーに高度な合唱をやれというのはキツイよな。合唱素人の自分でも、合唱を上手く歌う事が難しいというのは感覚的に分かる。この1年、基礎固めをやるのには賛成する」

「……基礎は大事……そして具体的にどうする?」

 馬上がぼそりとつぶやく。

「実はね、市内で行われる夏の合唱祭に出ようと思っているの。内容は文字通り、気軽に合唱を楽しもうっていうお祭りで、歌の上手い・下手関係なしに色んな人が出てるわ。人前で歌うから適度な緊張感もある。だから歌のモチベーションも高くなるし、ステージで歌うという経験もつめるから、ちょうどいいイベントだと思うの」

 或斗はこの時点でかなりしっかりした考えを持っているみたいだ。

「ちなみによ~、歌う曲も決まってんのか? 祭りらしく音頭でもいくかぁ? けっけっけ!」

 左京が完全に酔っ払いの親父である。酒のせいで、女らしいところがひとかけらもない感じだ。

「それも面白そうだけど、既に曲は決まっているの。難易度も低いし、皆がよく知っている楽しい曲だから合唱祭にはぴったりよ」

 そう言って或斗は立ち上がり、棚から楽譜とCDを取り出して皆に配った。その楽譜を見てみると……曲名を見て察した。これ、絶対嫌な予感する!

「曲名はヤッホー! 昔アニメで小人さん達の集団がヤッホー! ヤッホー! と歌うのはみんな見たことあるでしょ。この曲なら大人も子供も知っているから楽しみやすいと思うの。それにみんなよく聴いたことがあるから比較的覚えやすい曲だわ。後この楽譜にSoloって書いてあるでしょ」

 見ると、楽譜にSoloと書いてあるところがある。これってソロ、多分一人で歌うって意味だよな?

「Soloっていうのは一人で歌うところ。大変名誉であるメロディよ。さて、この大変名誉なお仕事を任せたい人がいるの」

 小人達の歌、そしてソロ。なんとなくこの後の展開が予想できてしまう。どうか自分の予想がはずれて欲しい。

ぽん

 馬上が自分の肩に手を乗せる。

「……頑張れ」

「え? 馬上なんだよその頑張れって!」

「なぁにいってんだ! 小人にいっちゃんぴったりなのはセームだろ!」

「おい、左京まで何言ってんだ!」

「セームくんふぁいほひっはふ!」

 聖は酔いすぎてろれつが回ってない。何を言っているのかよく分からん。

「皆、察しが良くて助かるわ♪ セームくん、あなたにやってもらいたいと思っているの」

 まあ、こういう展開になると予想していたんだよな。小人の歌だから自分が何かしらやらされるだろうと。そしてSoloのお話が出た。自分は困難・不幸・試練の神様に愛されているから、自分にやらせるんじゃないかな~と。

「無理! 合唱初心者にいきなりソロはきつくないですか!! 絶対失敗するよ~!!」

 泣きそうな声でやりたくない思いをこめながら或斗に伝えた。その意思をわかってくれるだろうか?

「う~ん、合唱祭とはいってもね、あなたが失敗すると、カオスシンガース全体が歌の下手な集まりと思われるのよね。だから失敗はしないでね♪」

「お前は鬼か――――――っ!!」

「まあ、お情けとして、音取りに役立つと思って楽譜といっしょにCDも渡したわよ。ちなみに全員にもCDがわたっているわ」

 本当にせめてものお情けである。

「合唱の練習というのは基本、みんなの声を合わせるのをメインにする時間なの。だから、練習日以外に自分でちゃんと音取りをして、一人でもその歌を満足に歌える状態まで持っていくこと。これは合唱団では常識的な事よ」

「……ところでCDがない楽譜とかはどうするんだ?」

「馬上君、それよ。本来なら楽譜を見て音取りをするのが理想なの。CDの曲を耳に入れちゃうと、私達の音楽を作るのに邪魔になることがあるわ」

「猿まねになるってことか?」

「そう、左京ちゃん正解。CDを聞いたらこの曲はこう歌うんだと頭が思ってしまって、猿真似になってしまうのよ。皆は素人だからはじめは猿真似で上手くなっても良いと思う。それが早く上手くなる方法でもあるから。ただ、ある程度上手くなったら猿真似でなく、自分の音楽を作る意識も持つようにしてね」



 とまあこんなやり取りが宅飲み中にあり、今日は自分がソロとして歌う練習日なのだ。もう憂鬱だ、行きたくねえ、とは思いつつ足は練習場所へと向かい、いつものメンバーが集まったのである。

「さて、みんな集まったわね。それじゃあまず体操・ストレッチから始めるわよ。恋奈ちゃん、お願いね」

「んじゃ、やんぞー!」

 左京の指示で体を動かしていく。宅飲みで左京は身体トレーニングの大切さを訴えた。その結果、彼女がサークル内の身体トレーニング担当になったのだ。今日も前回同様のストレッチ、軽い声の出し方も行い、本格的な練習がスタートされた。

「今日練習する『ヤッホー』はみんなも知っているとおり元気な曲よ。だから会場に響く歌い方を重点的に練習するわ。まずは、セームくん、ちょっとあくびして」

「いや、昨日はたっぷり寝たから眠くないぞ」

「やれ」

 瞬間的に危険を察知し、素直にその指示に従うことにした。

「はい、ふぁぁ!!」

「はい、口を大きく開けた状態で止める!」

 或斗の指示に従ったが、これを維持するのかなりつらいぞ! 口付近の筋肉が痛い!

「セームくんのこ汚い口を見てみると、喉奥が開いているわよね。よく歌う際に、大きく口を開けると響く声になりやすいとか言うけど、厳密には喉奥を大きく開けると響く声になるのよ。あくびをした時がまさに喉奥がよく開いた状態なの。要するに、いい歌を歌うなら、あくびの感覚を思い出して口を開けることね」

 まだか或斗――――――っ!! こちとら限界だよ!!

「あっ、ごめんね、口閉じていいわよ」

 やっと、口を閉じれた。口を大きく開けたままにしたせいか、顔とか首の筋肉が痛い感じがちょっとある。

「なるへそ~、こうか、ふあ゛ぁ゛」

 左京は乙女の恥じらいとかなさげに、口を大きく開けた。

「……」

 馬上は無言で普通に口を開けた。まあ、馬上が恥ずかしがるイメージがあまりないし、通常運転だな。

「わ、わたしはちょっと、顎外れそうだし、は、恥ずかしいし……」

 聖は乙女らしい反応をした。これが普通の反応だわな。

「アデルちゃん、力のある声楽家さんは女性でも、人に見られたら恥ずかしくなるような顔をしながら歌っているのよ。それはまさしく顔芸といってもいいくらい! あくび顔ぐらい平気で人に見せるぐらいでいきましょう。それに、恥ずかしいという気持ちは本番で自分の実力を十二分に出せない要因にもなるわ。逆に考えれば、そういう恥じらいを捨てれば歌は上手くなるってこと、わかったかな?」

「……好きな事を話す時のお前になればいいだけだ」

「あっ、そうか、分かったよ」

 つまり自重しない聖になれ、恥じらいとか問題なくなるぜと馬上はソフトに言ったのだろう。

「あと、えくぼを上げる、つまり笑った顔を作るのも良いと言われているわ。やってみるとわかるんだけど、気持ち声が明るくなる感じがあるし、『ヤッホー!』だったら笑顔で歌った方が合うでしょ」

 或斗がとびっきりの良い笑顔を作ると、皆も笑顔を作り始めた。自分も笑った時の感覚を思い出しながら顔を作ってみた。

「うん、大体の人の笑顔は良いわね、セームくんは……気持ち悪い」

「ちょっと待ったぁ! なんで自分だけ!」

「周りを見なさいな」

 周りを見てみると、左京はスポーツマンらしい笑顔、聖は可愛らしい笑顔、馬上は似つかしくない爽やかな笑顔をしている!

「なあ、みんなでセームをくすぐれば笑顔が作れるんじゃねえか、へへへへ」

 左京がいかにも悪そうな顔をしている。

「あっ、それいいね賛成~♪」

 聖が面白そうだから私も~といった感じでのってきた。

「あっ、それいいね賛成♪ じゃねぇーよ! こっちは反対だぁ!」

「あら、可愛い女の子達にくすぐられるなんて、もしかしたら二度とない経験かもしれないわよ。こういうのを業界ではご褒美っていうんでしょう。ありがとうございますって感謝しなさい」

「……頑張れ」

 馬上は遠くから自分を見ている。

「馬上! 頼むから見捨てないでくれ――――――っ!!」

「皆、かかれー!」

 或斗、聖、左京が手をわきわきしながら、獣の目で襲いかかかってきた!!

「ひひふひははほほ!!ひゃはー!!!やめれー!!!ふひーいいひひ!!!」

 数分間、体の至るところをくすぐられた。どさくさに紛れて、乳首をつかれたり、胸や尻をもまれたりとセクハラも多大に受けた。しばらくの間、精神的なダメージと、腹筋のダメージに苦しみ、回復に少し時間を要した。女の子がもうお嫁にいけないってよく言うけど、その気持ちがわかった気がする。



 もはや自分は満身創痍である。しかし、練習はいつも通り行われる。
「さて、今日はソルフェージュを使って発声練習をしましょうか。最初のページを開いて」

 ソルフェージュか。そういえば以前もらったけどパラパラ見ただけで全然使ってなかったな。自分の持っているソルフェージュの見た目は新品同様に綺麗な状態だ。

「なあ、曲名が一度・二度ってなっているんだけど、どういう意味だこれ? 体温を一度・二度上げるくらいの気持ちで歌えってことか?」

「……体温が異常に変化したら医者として俺が見よう」

 左京と馬上が漫才を開始した。

「馬上くん、恋奈ちゃんのボケに、更にボケを重ねなくてもいいわよ。この『度』っていうのは音の変化を表す言葉ね。例えばドの音の次がドだと一度。次がレだったら二度になるの」

 説明を受けてから楽譜を見ると、なるほどと思った。音がド・ド・レ・ミ・ミといった感じで変化する単調なメロディだ。

「ちなみに今日練習するヤッホー! のソロは八度。八度は音を外しやすいから注意よ」

 おい、プレッシャーでかいのに更に追い打ちをかけるんじゃねえよ。

「じゃあこのハ長調ってな~に? 」

 今度は聖が質問をしてきた。

「簡単に言うと、ドレミファソラシからなる曲ね。どういう音からなる曲かによってまた名前が変わるわ」

 自分も気になる点があったので質問してみる事にした。

「質問多くて申し訳ないけど、眉毛に点がついたマークあるよな、これってなんだ?」

「それはフェルマータよ。意味は複数あるけど、この楽譜だと四分音符についているから、任意の長さで伸ばしてもいいという意味になるわ。四分音符だから二分音符や全音符の長さで歌うのがいいかな? あと、楽譜の読み方を知らない人が多いわね。ゆとり教育の弊害かしらね」

 自分が過去に受けた授業の記憶を思い出してみると、確かにこういった音楽知識を学ぶ機会って本当になかった気がする。

「音楽記号の辞典もあったほうがいいわね。ちなみに買うならCD付きがいいかな。小難しい言葉の説明読むより、実際に音を聞いたほうが飲み込みが早いわ。百聞は一見にしかずって言葉あるけど、音楽ではその逆よ。じゃあ、しゃべってばかりもあれだからそろそろ始めますか」

ぱん ぱん ぱん

 ということでようやくフェルマータを使った発声が始まった。或斗が手を叩きながら、四分音符のリズムを正確に叩いてくれるので、歌いやすかった。でも本番ではこんなことはもちろんできないだろうから、今のうちに耳で覚えなければいけないと思った。ちょっと、音程がずれたり、綺麗じゃない音も少し周りから聞こえてくる。

「ちょっとしたミスは気にしないわよ! 初心者に全部意識して歌えって言うのは難しいからね! まずは自分の声を綺麗に響かせる事を意識してね!」

 そう言われて、先程教わったあくびや笑顔を意識したおかげか、自分もみんなも気持ち明るく、楽に声を出せてる感じがある。

「これで発声練習終了! いよいよ、歌の練習いくわよ!」
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