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虐めていた元同級生が再会したらヤクザになっていた件2
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目移りすることなく、その闇を凌駕する深黒の両眼に、男を映し出し、偽りなく綻ぶ。
たったそれだけの仕草が、幼い男の内側をひとたび弾ませ、さわやかな春風が舞い散る花びらを連れ、鮮やかに吹き抜ける。
「───ずっと、何があっても一緒だからな」
そう永遠の約束を口にされれば、更なる豊かさで、男をこれでもかと満たす。
少しでも他人と関われば、男が常に釘付けにされる夜空を閉じ込めたような黒瞳を不安げに揺らし、男の意識を奪うように、攻撃的な態度をとる。
男は眞白の話しを気が済むまで、耳を傾け聞き入ることが出来たが、男が側に置いた適当な同級生達は、そうでは無かったようで、興味が無さそうに欠伸を零す態度を見せた。しかしそれで良かった。眞白の高尚さを知るのは自分だけで良かったのだから。
最初こそ会話で男の気を引こうとしていたものの、周りのその態度を汲み取った眞白の聲は段々と小さなものとなり、遂にはその口は閉じられ、不安に揺れた黒瞳だけが、真っ直ぐに男を射抜く。
気の引き方など、幼い子供にはまだ勝手が分からず、限られていた。
そして眞白は会話以外の、正当な方法を知らぬまま、気を立てていた。
お前の方が身長が高いのだからと荷物を持たされることから始まり、俺の母親が与えたものなのだからとお菓子を取り上げ、またある時は課題を奪っていった。
縋るような瞳と、顔色の優れない蒼白さで、眞白曰く虐めを男に加えた。
その姿は男の嗜虐心を刺激するとともに、乾いた心臓をなみなみと潤わせた。
恐れ、慄きながらも、それでも身勝手な行動をし、契りを反故にした男の視線を奪うために、孤軍奮闘する。
眞白が行動すればするほど、ずっと何があっても一緒だという眞白の言葉は真実実を帯びていき、眞白の中の自分の大きさを知っては、悦に浸る。
男が何をしても、見放さない眞白同様、男は眞白の行動、態度、言葉、全てを肯定し、延いては愛していた。
それが自分への愛着だということを、男は当時から真に理解していたからである。
眞白の癇癪のような態度は、男への愛情表現の一つであり、また男の存在意義そのものですらあった。
求められていることを痛感出来たのだから。
眞白は男の視線を独占する為に、日々悪辣な挑戦に身を投じてみせたが、実のところ非情になりきれてはいなかった。
無理矢理強要された荷物持ちは、殆ど空に等しい軽いもので、奪われたお菓子は飽きたと半分すぐに返却され、課題は答え合わせに使用されており、これらを虐めと捉えたことは無かった。
罪悪感など、抱く必要が無いというのに。男は心地好い愛情を、愛着を、しかと受け取っていたのだから。
どんなに状況が変化しようとも、揺らぐことのない不変な契りをみせる眞白。
ここまで誠実で、堅実で、律儀な人間は他に居なかった。
ずっと一緒に居てくれるものだと、まさに信じていた。
しかし、突如眞白は何も言わず、忽然と姿を消した。空になった寂寞とした家だけを残し、跡形もなく姿をくらませた。
何度呼び鈴を鳴らしても応答どころか、気配すら感じぬ寂寥感。妙な胸騒ぎと共に裏手に回り覗いたリビング。
男が目にしたものは、家具が一切取り払われた、あまりにも寂然とした家中だった。
「眞白くん……?」
脳がじんわりと熱を持ち、昏倒してしまいそうな強い目眩が襲う。
異常をきたしたような微弱に震える指先で硝子窓に触れる。生活感を失わせた白い部屋を、拒絶するように白みかける視界で何とか捉える。
───何が起きているのか。
事態を把握するには、あまりにも衝撃的過ぎた。
覚束無い足取りで男は、奇麗とは言えない自身のアパートへと帰宅し、ヒステリックを起こし空き缶を投げつける母親に目もくれず、部屋に引き篭もり、先程得たばかりの家の様子を何度も思い返した。
翌日担任から引越したことが、正式に告げられ、男は事態を漸く呑み込んだ。
周りに群れを成した同級生達は代わる代わる「良かったね」「これで安心だね」「いなくなって清々したね」などと口にしたが、見当違いにも程があった。
吊り上がった目尻を少しだけゆるめ、ずっと一緒だと云った眞白の微笑みが浮かぶ。
次いで虚脱感と銷魂が立つ気力すら剥奪してみせた。
最初こそ受け入れ難く消化出来ずにいた現実が、時間の経過とともに徐々に輪郭を得始める。
「……何があっても、ずっと一緒だと云ったのに」
燦然と耀く玲瓏な白藍に翳りがうまれる。男は漸く冴えた脳で失ったことに気付く。
脱力感や絶望は焚べられ、猛火となって、やがて原動力へと変貌する。
眞白が男を見つけ、育てたのだ。
眞白だけが、男の唯一であったのに。
手酷い裏切りだった。自分の元から姿を消すなど。それも一言もなく。こんな手酷い裏切りが、赦されるはずがない。
自分達は一緒にいなければならないのだから。
離れることなどあってはならないのだ。
男は右側に位置する唇下の黒子を撫で、空席になった席を飽く程眺めながら、消えた半身に思いを馳せた。
「捜さないと」
*.。.:*・゜*.:*・゜
当時小学生の男に出来ることは余りにも少なく、またなにかに没頭するには家庭環境は悲惨そのものであった。
中学生に上がると同時に、男女問わず花を売り、資金集めに明け暮れ、高校生に上がる頃、一人にするなと泣き崩れ、喚いた母親を置き、家を出た。
その間も眞白を捜索することは出来たが、居場所を特定したとして、今の男にはそこまでが限界であり、離れないという契りを達成するには、力不足で、不十分だと判断し、敢えて捜索することはしなかった。
胸中は複雑に縺れ、裏切りへの憤懣やるかたない気持ちと、失ったことへの離愁、又は憂苦、それぞれあらゆる感情で織り成しをみせていた。
気持ちは常に前のめりに、眞白を捜索するよう号哭を揚げていた。
然し悩乱する[[rb:暇 > いとま]]はなかった。故に、胸中はどれだけ複雑に何重もの糸で織り成されようとも、脳内は随分と平静なもので、正気を保ち、明瞭だった。
判断を鈍らせることが、遠回りになることを嫌という程自覚し、また時間の流れは何故自分達は離ればなれにならなければならなかったのか───、自然と意識は根幹へと向けられ、追いかける能力に欠けた自身も、そして堕落した不自由な家庭環境も、眞白を連れ去り、そのまま引き離した眞白の血を分けた父母等も、男にとっては赦し難い罪業であり、両者の取り巻く状況への改善が望ましいことを悟らせた。
一言も交わすことなく離別した眞白も然る事乍ら、連れ去り、引き離した父母等への想いは一等強いもので、身を焼くような怨毒を抱かせた。
断じて赦される行動ではなく、罪業を犯す不埒な者達から、擁護しなければならなかった。
憐憫からか、男に良くしてくれてはいたが、だからと言ってそれが罪業に目を瞑る理由にはなり得ない。
蛮行に及ぶ咎人達の元から一刻も早く眞白を引き離す必要が有り、その為、男自身の環境を整える必要があった。
急いては事を仕損じる、緩緩で構わない、確実であるならば。
───嗚呼、はやく逢いたい。怨めしい。苦しい。淋しい。逢いたい。胸を焼き焦がす想いは素直なもので、それでも己の目的の達成の為、複雑な胸内を封じ、確実性を選択する。
強い想いに反応するように、白藍が濃くなる。
男は今可能な、眞白の名前を心底大切そうに音でなぞった。
*.。.:*・゜*.:*・゜
転機は高校二年に進級し、初夏に突入した、梅雨最中の頃だった。
大抵男は花を売る相手の家に居ることが多く、借りている安いアパートには必要最低限としてしか活用していなかった。
透明なビニール傘に、透明な雨粒が次々と打ち込まれる。翳り暗い曇天模様のせいか、肌寒い日だった。
荷物と、着替えをする為に立ち寄ろうと傘をたたみながら、アパートの鉄製の外階段を登る。耳障りな高い音が、歩く度に雨音と混ざり響いた。
階段を登りきり、数歩進んでから、足が止まる。
「お帰り」と、男の部屋の扉の前に居る人物が云った。
「初めまして?」
見慣れない人物だった。
しかし見慣れぬ人物の足元で蹲っている淡い亜麻色の髪を持つ女性には大いに見覚えがあった。縁を切ったはずの───母親だった。
伝った雨粒が、石突から流れ落ち、コンクリートに染みを作る。はふりと吹嘘をもらせば、白息が泳ぐ。
男は直線にくり抜かれたように、屋根と手摺に挟まれ覗く外の景色を一瞥し、それから困ったように微笑んだ。
「その女性絡みですか」
見知らぬ人物は三人居り、お帰りと云った同じ人物が頷いた。
「察しがいいのは助かるよ。[[rb:三枝 > さえぐさ]]だ、宜しくな」
「三枝さん、残念ですが、その女性とは縁を切っています。他を当たって下さい」
「他、なんてないだろ。冷たいな、母親だろ?」
三枝に髪を掴まれ、顔が上がり、久方振りに男は腕を拘束された生みの親の顔を確かめた。
痩せ、生気もさほど感じられないが、相も変わらず男と同じ貌を有していた。虚ろな白藍の瞳には、恐怖が詰め込まれていた。痩せ細った肩を、憐れなほど震わせ、か細い聲で助けてと洩らす。
「要件はなんでしょう」
瞬きと共に、視線は興味なさげに外され、髪を掴む三枝へと戻される。
「これから父親のことは聞いてるか?」
これ、と三枝は母親を揺らした。
「興味がありません」
しかし、と。男は三枝の後ろで、俯瞰するように佇む壮年の男に目を遣る。ほんのりと色気を増長させるように皺が良い塩梅で刻まれた貌には、右側の目許と、口許、男と全く同じ場所に黒子があった。揃う役者に、遺伝子が見せているのであろう共通点。導かれる事実は誰が見ても明白であった。
それを肯定するように、三枝は聞いてもいないのに体を少し壮年の男に傾け、続けた。
「こちらにいる来栖組現組長、来栖 嘉利さんがお前の父親だ」
驚きはなく、そうだろうなという認める気持ちの方が遥かに上回った。
男は小首を傾げる。
「───それで一堂に会したわけですが、なんの意味が?」
男はちらりと、腕にしていた時計を確認した。約束の時間が迫っていた。
「実はなぁ、本妻側妻含め親父の実子達が全員、亡くなられた。理由はそれぞれあるが、問題は跡継ぎがいなくなってしまったってことだ。後継者は来栖家の血が入っていることが条件でなぁ……そこで白羽の矢が立ったのが、お前だ」
抑揚の無い声で身勝手なことを語り、三枝は逃げようとする母親を蹴り倒した。呼吸の縺れる醜い音が母親の口から吐き出される。良く視線を這わせれば、母親の身体には痣がかなり沢山つくられていた。
「この女は、親父に散々面倒見てもらっておきながら、金を盗んで逃亡。どうしようもない女だよ。でもな親父が男児を産んでいたことを思い出した。DNA検査はするとして、この面影だ、まず親父の実子で間違いないだろう」
悪天候は深まり、曇天が刹那光ると、神解けがあたりに響いた。雨脚が強まる。
「つまり穴埋めの為に、今の今まで逢いに来ることも無かった、無関心の筈の他人同然の僕を迎えに来たと」
「血は繋がってるさ」
「僕は重要視している部分ではありません。虫が良すぎると思いませんか。断ったら?」
「そうだなぁ……親父はこんな女の顔みたくないだろうし……母親の国の金持ちにでも二人とも売って強制送還かな。売れれば国はどこでも構わないが、逃げてきた母国のほうが、涙が出るほど嬉しいだろ。どのみち、日本には居させないさ」
「……はぁ、まあ、それは困りますね」
男の野望は、ここにあるのだから。
「承諾してくれるなら、母親もお前も売らないという約束はできる」
「お金」
「は?」
「僕はここを離れるつもりがないのでその保証と、お金の稼ぎ方を教えてくれるなら、まあ、承諾します」
とんでもない、非現実な話しだという自覚はあったが、ここで売られ、日本を離れる訳にはいかなかった。男は何があっても日本に居なければならなかった。男は日本にしか未練がない。裏社会に興味は無かった。関わるつもりなどなかった。けれども眞白と離れてしまうくらいならば、その誘いにも甘んじて受ける。眞白と離れたくないという一心で、男は裏社会に足を踏み入れることを承諾する。
全ては眞白と再会するときのために。
「稼げるよ、何でも犠牲に出来るなら」
「なら良いです、貴方達に着いて行きます」
いつまでも花を売り続けるわけにもいかない。売られる訳にもいかない。ここで敢え無くなる訳にもいかない。
金を稼げるなら、喩え前途遼遠でも三枝達の申し出は、目的達成まで最短のように思え、魅力的ですらあった。
「最初は母親の盗んだ金の返済からだから、タダ働きだけどな」
男は口許の黒子を撫で、首を振った。看過できぬ言葉だった。
「───何故僕が?母の不始末は母に取らせてください。母は女性ですし、年増ではありますが、その見た目ならある程度誤魔化しは利くでしょう。まだ稼ぎ方はいくらかあるはずです。仕事を斡旋してあげてください」
三枝は片眉を上げ、口を開きかけたが、静観していたはずの嘉利が動きを見せた。
「───なら私からお前に最初の仕事を命じる。その女にお前が仕事を与えろ」
対峙した壮年の男は、威圧感に溢れており、硬く強い双眼をしていた。
「───分かりました」
男は試されていると察知しながら、壮麗に微笑んで、頷いた。
「じゃあ話しも纏まったことだし、移動しようか。外に車を待たせてある」
変わりますよと、男は三枝が支えていた喚く母親の口許をガムテープを借りて封じ、引き摺り、嘉利が乗った車とは違う車に乗車する。
「高校生が身に付けるにしては、随分良い時計してるんだな。あんなボロ屋に住んでるから金なんてないものだと思ったが」
シートに座ることなく、足許に座らせられていた母親の貌を、右手で前髪をかきあげ検分していた男の手を見ながら、三枝は云った。
「嗚呼……これですか、買って頂いたものです。それより母はもう少し肉を付けさせた方が良さそうです。その方が売れるでしょう」
云って、それから男は約束を思い出し、断りの電話を掛けた。
男は躊躇うことなく裏社会へと足を踏み入れ、初仕事に母親へ仕事を贈った。
それから後継者候補は男以外にも集められていたりと紆余曲折を経て、若頭まで上り詰めた。気付けば二十八という年齢になっていた。
そろそろ良いだろうと、満を持して眞白を捜索し、偶然の出逢いを演出した。
数十年振りの再会に、男の複雑な胸中は実に容易く蕩け、喜悦と愛しさで満たされた。長年の日々が報われるように、多幸感で満たされる。
あんなにも憤懣やるかたなかった気持ちは、眞白の存在を前に、霧のように消失し、仕方なかったとさえ思えた。
悪いのは眞白ではない。男の力不足、眞白の父母等による暴挙の果てであり、眞白は従うしか無かったのだと、愛おしむ心が正当化させた。
性格は随分と落ち着きを払っていたけれど、眞白に変わりはなかった。
決めた事はやり遂げようとすると意志の強さは変わらずで、顔を今にも倒れてしまいそうなほど蒼褪めさせながらも、眞白は過去について謝罪した。
男とは認識の差があった。
虐められていたなんて思ったことは一度もなかった。その謝罪はあまりにも見当外れだった。
けれどもその優しさといじらしさに、男は再度心を奪われた。家庭環境が男をそう創り上げたのか、男は愛情を試す癖があった。それが本物であるのか否か。態と試すような真似をしていたのは男の方だと言うのに、長年に渡り引き摺り、男の事を胸に秘め留めていてくれたと思うと、胸の内は弾けそうなほど欣喜雀躍と高鳴った。
忘れられているのではないか、過去として葬り去られてしまっているのではないか、そんな憂慮が過ぎらなかったわけではない。
こんなに嬉しいことはなかった。
眞白は赦してくれるのかと云った。
赦さないはずがなかった。そもそも眞白が抱えるほど、罪など眞白にはなかった。
しかしそれを敢えて教えるほど男は生温くもなかった。罪悪感というものは最も自由を奪うものだと理解していた。利用しない手はなかった。
罪悪感が今度こそ、離れぬという契りを反故しない為の枷となってくれるのなら、それに越したことは無く、迷いなく沈黙を選ぶ。
男は赦した。男を置き離別したことも、眞白が赦されたがっていることに対しても、すべて、言葉の通り。眞白がそう、望んだのだから。
*.。.:*・゜*.:*・゜
「ゃ、や、ぁ、あぁぁ……ッ」
───も、もう、イきたくない、鼻にかかる聲で眞白は懇願した。
「イきたいって云ったのは、眞白くんだよ」
散々耐えさせた後、打って変わり抑えつけることなく絶え間ない刺激を送れば、鈴口からたらたらと白濁を流し素直な反応を示す。
隘路を暴き、柔襞を掻き分け、吸い付く深奥を堪能すると、眞白の脇腹がビクリ……と小刻みに震え、更なる力で男のものを締め付ける。
融け合う錯覚を得るほど心地がよかった。触れ合う箇所はたまらなく熱を訴えていたけれど、その皮膚が爛れてしまいそうな熱さえ男には愛しい。
本当に、融けて混じり合い、境界線などなくなってしまえば良いのに。
普段より跳ねが衰えた水気を含む髪も、潤む三白眼も、間接照明が淡く照らす褐色の肌膚も、滲む汗すら、男の興奮を煽って仕方ない。
浅瀬よりも深いところを眞白は好むので、最奥を突くと、目を剥き、[[rb:頭 > かぶり]]を振って、かわいらしい嬌声を揚げた。
「がっぅ、ひ───ぉあ、あぁ……ッ」
シーツを掴み悶えるので、その手を取り、背中へと回させる。爪が男の柔肌に食い込む。この上なく幸福な瞬間だった。
背筋に甘い痺れが通る。もっと眞白の存在を刻み、側にいることの証明をしてくれたらいい。
甘い痛みを欲して、男は結腸の入口に侵入する。途端機能しない脚を差し置き、先程よりも腕が藻掻き、絵が刺された背中に更に力が込められる。
「───おっ、おっ!?が、ああ……」
普段からは考えられない、これ以上ないほど大きく見開かれた双眼から、透明な粒がほろほろと落ちて、褐色を濡らしていく。
「可愛い、眞白くん……」
深めの律動をおくると、腰が震え、眞白はまた達した。先程よりも薄くなった白濁を溢れさせながら。
「……ぁ、ぁう……、ぅ……」
「眞白くん、イクときはなんて言うんだっけ」
臀部を嗜めれば、身体がびくりと震える。
「ひっ───、ぁ、ぁ、ぇ、す、すき、すき、すきっ」
「うん、いい子」
「ん、んむぅ……」
肩で呼吸を繰り返す眞白の顔を掴み、男は唇を合わせる。
いつまでも不慣れな舌使いは、もどかしくも、どこか胸を躍らせる。
慎ましく出される舌を絡めとって、吸い付いき、最後は唇の感触を味わう。
離した唇が、艶やかに光る。吸い寄せられるように、男はまた唇を奪った。
好きという表現は安すぎると男は常々感じている。愛を超え、心を掌握されてしまっていると。
掌握それが正しいように感じる。
逃れたいとは思わない。ただ逃れようとした時、きっと逃れられないだろうと、本能で感じ取る。
「好きだよ」
唇を離した男が囁く。
軽すぎる言葉。けれど愛を伝える言葉はあまりにも限られている。だから軽い分、何度でも伝える。
「あと何回極められるかな」
ぐちりと、力をなくした眞白のものを掌で包み込む。
「や、やぁ、もうい、いけない、からッ」
「じゃあ気持ち良くなろうか」
まだ爆ぜていない灼熱を穿つ。
眞白は顎を仰け反らせ、背中をしならせた。逃げたくても、機能しない脚では逃げることも叶わない身体は、与えられる快楽を受け入れることしか出来ない。
男は際限がないと、自覚しながら貪る。長年求めていた人を確かめるように。
次第に眞白の瞳から光が失くなり、やがて緩緩と閉じられる。
乱れた呼吸を整えるように、男は深い溜息を吐いた。柔らかな内側はまだ吸い付いて、惜しむ気持ちを耐えながら引き抜く。
とろり……と、褐色の肌膚を穢すように、白濁が洩れる。その背徳感にまた興奮を憶えたが、背いて眞白を覗く。
閉じられた両目の睫毛が濡れていた。それを指の甲で拭い、軽い口付けをする。
「眞白くん」
髪を梳き、今度はまろい頬、そして雀斑へ。
いとけない寝顔に反する、情交特有の色香を放つ眞白は、どこか神聖で、危うい雰囲気を纏繞している。
男は無言で太腿を撫でる。
何度も、何度でも、心を奪い、捕らえる恐ろしい人。
男は偶に、眞白が恐ろしくなる。何故こんなにも自分を捕え離してはくれないのだろうと。その癖逃げようとする眞白には怨毒が漲る。自分がどれだけ男を掌握しているか自覚して欲しい。次失う時があるとするならば、一体自分はどうなってしまうのだろうと考えただけで、身の毛がよだつ。何故失ったら生きていけないことを理解してくれないのか。次こそ耐えられる自信はなかった。
けれど、と男は華やかに微笑う。
もうその心配はないのだから。今となっては全てが杞憂となった。
眞白は何処にも行かない。───行けない。
慣れるまでには時間がかかるだろう。それでも男が支えていけば良いだけのこと。反故されることの無い契りが漸く。
男の頬がほんのりと淡く色付く。
「───……眞白くんは、いつだって僕の心を攫うのが上手い」
初めて男を見つめ、男に窮屈でありながらも心地の良い執着と愛を与えてくれた得難い人。
愛されず、遠巻きにされた幼少期。
手を差しのべ、あたたかな存在意義と居場所を与えてくれたのは、眞白だった。
そんな人を好きにならないはずがないのだ。愛さないはずが。
───なんで俺だったんだ。
問われた疑問。
余りにも愚問だった。
男こそ問いたい。
「君以外、誰を愛せっていうの……」
男の心には、眞白に手を差し伸べられた刹那から、眞白しかいなかったというのに。
男にやわらかな感情を、心に咲く春を教えたのは眞白なのだ。
洗脳?否、男は心を奪われたにすぎない。
暗闇の中で、男が歪に笑う。
頬を桜色に染め。
どうしても。
何があっても。
何と言われようとも。
「……君だったんだ」
たったそれだけの仕草が、幼い男の内側をひとたび弾ませ、さわやかな春風が舞い散る花びらを連れ、鮮やかに吹き抜ける。
「───ずっと、何があっても一緒だからな」
そう永遠の約束を口にされれば、更なる豊かさで、男をこれでもかと満たす。
少しでも他人と関われば、男が常に釘付けにされる夜空を閉じ込めたような黒瞳を不安げに揺らし、男の意識を奪うように、攻撃的な態度をとる。
男は眞白の話しを気が済むまで、耳を傾け聞き入ることが出来たが、男が側に置いた適当な同級生達は、そうでは無かったようで、興味が無さそうに欠伸を零す態度を見せた。しかしそれで良かった。眞白の高尚さを知るのは自分だけで良かったのだから。
最初こそ会話で男の気を引こうとしていたものの、周りのその態度を汲み取った眞白の聲は段々と小さなものとなり、遂にはその口は閉じられ、不安に揺れた黒瞳だけが、真っ直ぐに男を射抜く。
気の引き方など、幼い子供にはまだ勝手が分からず、限られていた。
そして眞白は会話以外の、正当な方法を知らぬまま、気を立てていた。
お前の方が身長が高いのだからと荷物を持たされることから始まり、俺の母親が与えたものなのだからとお菓子を取り上げ、またある時は課題を奪っていった。
縋るような瞳と、顔色の優れない蒼白さで、眞白曰く虐めを男に加えた。
その姿は男の嗜虐心を刺激するとともに、乾いた心臓をなみなみと潤わせた。
恐れ、慄きながらも、それでも身勝手な行動をし、契りを反故にした男の視線を奪うために、孤軍奮闘する。
眞白が行動すればするほど、ずっと何があっても一緒だという眞白の言葉は真実実を帯びていき、眞白の中の自分の大きさを知っては、悦に浸る。
男が何をしても、見放さない眞白同様、男は眞白の行動、態度、言葉、全てを肯定し、延いては愛していた。
それが自分への愛着だということを、男は当時から真に理解していたからである。
眞白の癇癪のような態度は、男への愛情表現の一つであり、また男の存在意義そのものですらあった。
求められていることを痛感出来たのだから。
眞白は男の視線を独占する為に、日々悪辣な挑戦に身を投じてみせたが、実のところ非情になりきれてはいなかった。
無理矢理強要された荷物持ちは、殆ど空に等しい軽いもので、奪われたお菓子は飽きたと半分すぐに返却され、課題は答え合わせに使用されており、これらを虐めと捉えたことは無かった。
罪悪感など、抱く必要が無いというのに。男は心地好い愛情を、愛着を、しかと受け取っていたのだから。
どんなに状況が変化しようとも、揺らぐことのない不変な契りをみせる眞白。
ここまで誠実で、堅実で、律儀な人間は他に居なかった。
ずっと一緒に居てくれるものだと、まさに信じていた。
しかし、突如眞白は何も言わず、忽然と姿を消した。空になった寂寞とした家だけを残し、跡形もなく姿をくらませた。
何度呼び鈴を鳴らしても応答どころか、気配すら感じぬ寂寥感。妙な胸騒ぎと共に裏手に回り覗いたリビング。
男が目にしたものは、家具が一切取り払われた、あまりにも寂然とした家中だった。
「眞白くん……?」
脳がじんわりと熱を持ち、昏倒してしまいそうな強い目眩が襲う。
異常をきたしたような微弱に震える指先で硝子窓に触れる。生活感を失わせた白い部屋を、拒絶するように白みかける視界で何とか捉える。
───何が起きているのか。
事態を把握するには、あまりにも衝撃的過ぎた。
覚束無い足取りで男は、奇麗とは言えない自身のアパートへと帰宅し、ヒステリックを起こし空き缶を投げつける母親に目もくれず、部屋に引き篭もり、先程得たばかりの家の様子を何度も思い返した。
翌日担任から引越したことが、正式に告げられ、男は事態を漸く呑み込んだ。
周りに群れを成した同級生達は代わる代わる「良かったね」「これで安心だね」「いなくなって清々したね」などと口にしたが、見当違いにも程があった。
吊り上がった目尻を少しだけゆるめ、ずっと一緒だと云った眞白の微笑みが浮かぶ。
次いで虚脱感と銷魂が立つ気力すら剥奪してみせた。
最初こそ受け入れ難く消化出来ずにいた現実が、時間の経過とともに徐々に輪郭を得始める。
「……何があっても、ずっと一緒だと云ったのに」
燦然と耀く玲瓏な白藍に翳りがうまれる。男は漸く冴えた脳で失ったことに気付く。
脱力感や絶望は焚べられ、猛火となって、やがて原動力へと変貌する。
眞白が男を見つけ、育てたのだ。
眞白だけが、男の唯一であったのに。
手酷い裏切りだった。自分の元から姿を消すなど。それも一言もなく。こんな手酷い裏切りが、赦されるはずがない。
自分達は一緒にいなければならないのだから。
離れることなどあってはならないのだ。
男は右側に位置する唇下の黒子を撫で、空席になった席を飽く程眺めながら、消えた半身に思いを馳せた。
「捜さないと」
*.。.:*・゜*.:*・゜
当時小学生の男に出来ることは余りにも少なく、またなにかに没頭するには家庭環境は悲惨そのものであった。
中学生に上がると同時に、男女問わず花を売り、資金集めに明け暮れ、高校生に上がる頃、一人にするなと泣き崩れ、喚いた母親を置き、家を出た。
その間も眞白を捜索することは出来たが、居場所を特定したとして、今の男にはそこまでが限界であり、離れないという契りを達成するには、力不足で、不十分だと判断し、敢えて捜索することはしなかった。
胸中は複雑に縺れ、裏切りへの憤懣やるかたない気持ちと、失ったことへの離愁、又は憂苦、それぞれあらゆる感情で織り成しをみせていた。
気持ちは常に前のめりに、眞白を捜索するよう号哭を揚げていた。
然し悩乱する[[rb:暇 > いとま]]はなかった。故に、胸中はどれだけ複雑に何重もの糸で織り成されようとも、脳内は随分と平静なもので、正気を保ち、明瞭だった。
判断を鈍らせることが、遠回りになることを嫌という程自覚し、また時間の流れは何故自分達は離ればなれにならなければならなかったのか───、自然と意識は根幹へと向けられ、追いかける能力に欠けた自身も、そして堕落した不自由な家庭環境も、眞白を連れ去り、そのまま引き離した眞白の血を分けた父母等も、男にとっては赦し難い罪業であり、両者の取り巻く状況への改善が望ましいことを悟らせた。
一言も交わすことなく離別した眞白も然る事乍ら、連れ去り、引き離した父母等への想いは一等強いもので、身を焼くような怨毒を抱かせた。
断じて赦される行動ではなく、罪業を犯す不埒な者達から、擁護しなければならなかった。
憐憫からか、男に良くしてくれてはいたが、だからと言ってそれが罪業に目を瞑る理由にはなり得ない。
蛮行に及ぶ咎人達の元から一刻も早く眞白を引き離す必要が有り、その為、男自身の環境を整える必要があった。
急いては事を仕損じる、緩緩で構わない、確実であるならば。
───嗚呼、はやく逢いたい。怨めしい。苦しい。淋しい。逢いたい。胸を焼き焦がす想いは素直なもので、それでも己の目的の達成の為、複雑な胸内を封じ、確実性を選択する。
強い想いに反応するように、白藍が濃くなる。
男は今可能な、眞白の名前を心底大切そうに音でなぞった。
*.。.:*・゜*.:*・゜
転機は高校二年に進級し、初夏に突入した、梅雨最中の頃だった。
大抵男は花を売る相手の家に居ることが多く、借りている安いアパートには必要最低限としてしか活用していなかった。
透明なビニール傘に、透明な雨粒が次々と打ち込まれる。翳り暗い曇天模様のせいか、肌寒い日だった。
荷物と、着替えをする為に立ち寄ろうと傘をたたみながら、アパートの鉄製の外階段を登る。耳障りな高い音が、歩く度に雨音と混ざり響いた。
階段を登りきり、数歩進んでから、足が止まる。
「お帰り」と、男の部屋の扉の前に居る人物が云った。
「初めまして?」
見慣れない人物だった。
しかし見慣れぬ人物の足元で蹲っている淡い亜麻色の髪を持つ女性には大いに見覚えがあった。縁を切ったはずの───母親だった。
伝った雨粒が、石突から流れ落ち、コンクリートに染みを作る。はふりと吹嘘をもらせば、白息が泳ぐ。
男は直線にくり抜かれたように、屋根と手摺に挟まれ覗く外の景色を一瞥し、それから困ったように微笑んだ。
「その女性絡みですか」
見知らぬ人物は三人居り、お帰りと云った同じ人物が頷いた。
「察しがいいのは助かるよ。[[rb:三枝 > さえぐさ]]だ、宜しくな」
「三枝さん、残念ですが、その女性とは縁を切っています。他を当たって下さい」
「他、なんてないだろ。冷たいな、母親だろ?」
三枝に髪を掴まれ、顔が上がり、久方振りに男は腕を拘束された生みの親の顔を確かめた。
痩せ、生気もさほど感じられないが、相も変わらず男と同じ貌を有していた。虚ろな白藍の瞳には、恐怖が詰め込まれていた。痩せ細った肩を、憐れなほど震わせ、か細い聲で助けてと洩らす。
「要件はなんでしょう」
瞬きと共に、視線は興味なさげに外され、髪を掴む三枝へと戻される。
「これから父親のことは聞いてるか?」
これ、と三枝は母親を揺らした。
「興味がありません」
しかし、と。男は三枝の後ろで、俯瞰するように佇む壮年の男に目を遣る。ほんのりと色気を増長させるように皺が良い塩梅で刻まれた貌には、右側の目許と、口許、男と全く同じ場所に黒子があった。揃う役者に、遺伝子が見せているのであろう共通点。導かれる事実は誰が見ても明白であった。
それを肯定するように、三枝は聞いてもいないのに体を少し壮年の男に傾け、続けた。
「こちらにいる来栖組現組長、来栖 嘉利さんがお前の父親だ」
驚きはなく、そうだろうなという認める気持ちの方が遥かに上回った。
男は小首を傾げる。
「───それで一堂に会したわけですが、なんの意味が?」
男はちらりと、腕にしていた時計を確認した。約束の時間が迫っていた。
「実はなぁ、本妻側妻含め親父の実子達が全員、亡くなられた。理由はそれぞれあるが、問題は跡継ぎがいなくなってしまったってことだ。後継者は来栖家の血が入っていることが条件でなぁ……そこで白羽の矢が立ったのが、お前だ」
抑揚の無い声で身勝手なことを語り、三枝は逃げようとする母親を蹴り倒した。呼吸の縺れる醜い音が母親の口から吐き出される。良く視線を這わせれば、母親の身体には痣がかなり沢山つくられていた。
「この女は、親父に散々面倒見てもらっておきながら、金を盗んで逃亡。どうしようもない女だよ。でもな親父が男児を産んでいたことを思い出した。DNA検査はするとして、この面影だ、まず親父の実子で間違いないだろう」
悪天候は深まり、曇天が刹那光ると、神解けがあたりに響いた。雨脚が強まる。
「つまり穴埋めの為に、今の今まで逢いに来ることも無かった、無関心の筈の他人同然の僕を迎えに来たと」
「血は繋がってるさ」
「僕は重要視している部分ではありません。虫が良すぎると思いませんか。断ったら?」
「そうだなぁ……親父はこんな女の顔みたくないだろうし……母親の国の金持ちにでも二人とも売って強制送還かな。売れれば国はどこでも構わないが、逃げてきた母国のほうが、涙が出るほど嬉しいだろ。どのみち、日本には居させないさ」
「……はぁ、まあ、それは困りますね」
男の野望は、ここにあるのだから。
「承諾してくれるなら、母親もお前も売らないという約束はできる」
「お金」
「は?」
「僕はここを離れるつもりがないのでその保証と、お金の稼ぎ方を教えてくれるなら、まあ、承諾します」
とんでもない、非現実な話しだという自覚はあったが、ここで売られ、日本を離れる訳にはいかなかった。男は何があっても日本に居なければならなかった。男は日本にしか未練がない。裏社会に興味は無かった。関わるつもりなどなかった。けれども眞白と離れてしまうくらいならば、その誘いにも甘んじて受ける。眞白と離れたくないという一心で、男は裏社会に足を踏み入れることを承諾する。
全ては眞白と再会するときのために。
「稼げるよ、何でも犠牲に出来るなら」
「なら良いです、貴方達に着いて行きます」
いつまでも花を売り続けるわけにもいかない。売られる訳にもいかない。ここで敢え無くなる訳にもいかない。
金を稼げるなら、喩え前途遼遠でも三枝達の申し出は、目的達成まで最短のように思え、魅力的ですらあった。
「最初は母親の盗んだ金の返済からだから、タダ働きだけどな」
男は口許の黒子を撫で、首を振った。看過できぬ言葉だった。
「───何故僕が?母の不始末は母に取らせてください。母は女性ですし、年増ではありますが、その見た目ならある程度誤魔化しは利くでしょう。まだ稼ぎ方はいくらかあるはずです。仕事を斡旋してあげてください」
三枝は片眉を上げ、口を開きかけたが、静観していたはずの嘉利が動きを見せた。
「───なら私からお前に最初の仕事を命じる。その女にお前が仕事を与えろ」
対峙した壮年の男は、威圧感に溢れており、硬く強い双眼をしていた。
「───分かりました」
男は試されていると察知しながら、壮麗に微笑んで、頷いた。
「じゃあ話しも纏まったことだし、移動しようか。外に車を待たせてある」
変わりますよと、男は三枝が支えていた喚く母親の口許をガムテープを借りて封じ、引き摺り、嘉利が乗った車とは違う車に乗車する。
「高校生が身に付けるにしては、随分良い時計してるんだな。あんなボロ屋に住んでるから金なんてないものだと思ったが」
シートに座ることなく、足許に座らせられていた母親の貌を、右手で前髪をかきあげ検分していた男の手を見ながら、三枝は云った。
「嗚呼……これですか、買って頂いたものです。それより母はもう少し肉を付けさせた方が良さそうです。その方が売れるでしょう」
云って、それから男は約束を思い出し、断りの電話を掛けた。
男は躊躇うことなく裏社会へと足を踏み入れ、初仕事に母親へ仕事を贈った。
それから後継者候補は男以外にも集められていたりと紆余曲折を経て、若頭まで上り詰めた。気付けば二十八という年齢になっていた。
そろそろ良いだろうと、満を持して眞白を捜索し、偶然の出逢いを演出した。
数十年振りの再会に、男の複雑な胸中は実に容易く蕩け、喜悦と愛しさで満たされた。長年の日々が報われるように、多幸感で満たされる。
あんなにも憤懣やるかたなかった気持ちは、眞白の存在を前に、霧のように消失し、仕方なかったとさえ思えた。
悪いのは眞白ではない。男の力不足、眞白の父母等による暴挙の果てであり、眞白は従うしか無かったのだと、愛おしむ心が正当化させた。
性格は随分と落ち着きを払っていたけれど、眞白に変わりはなかった。
決めた事はやり遂げようとすると意志の強さは変わらずで、顔を今にも倒れてしまいそうなほど蒼褪めさせながらも、眞白は過去について謝罪した。
男とは認識の差があった。
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けれどもその優しさといじらしさに、男は再度心を奪われた。家庭環境が男をそう創り上げたのか、男は愛情を試す癖があった。それが本物であるのか否か。態と試すような真似をしていたのは男の方だと言うのに、長年に渡り引き摺り、男の事を胸に秘め留めていてくれたと思うと、胸の内は弾けそうなほど欣喜雀躍と高鳴った。
忘れられているのではないか、過去として葬り去られてしまっているのではないか、そんな憂慮が過ぎらなかったわけではない。
こんなに嬉しいことはなかった。
眞白は赦してくれるのかと云った。
赦さないはずがなかった。そもそも眞白が抱えるほど、罪など眞白にはなかった。
しかしそれを敢えて教えるほど男は生温くもなかった。罪悪感というものは最も自由を奪うものだと理解していた。利用しない手はなかった。
罪悪感が今度こそ、離れぬという契りを反故しない為の枷となってくれるのなら、それに越したことは無く、迷いなく沈黙を選ぶ。
男は赦した。男を置き離別したことも、眞白が赦されたがっていることに対しても、すべて、言葉の通り。眞白がそう、望んだのだから。
*.。.:*・゜*.:*・゜
「ゃ、や、ぁ、あぁぁ……ッ」
───も、もう、イきたくない、鼻にかかる聲で眞白は懇願した。
「イきたいって云ったのは、眞白くんだよ」
散々耐えさせた後、打って変わり抑えつけることなく絶え間ない刺激を送れば、鈴口からたらたらと白濁を流し素直な反応を示す。
隘路を暴き、柔襞を掻き分け、吸い付く深奥を堪能すると、眞白の脇腹がビクリ……と小刻みに震え、更なる力で男のものを締め付ける。
融け合う錯覚を得るほど心地がよかった。触れ合う箇所はたまらなく熱を訴えていたけれど、その皮膚が爛れてしまいそうな熱さえ男には愛しい。
本当に、融けて混じり合い、境界線などなくなってしまえば良いのに。
普段より跳ねが衰えた水気を含む髪も、潤む三白眼も、間接照明が淡く照らす褐色の肌膚も、滲む汗すら、男の興奮を煽って仕方ない。
浅瀬よりも深いところを眞白は好むので、最奥を突くと、目を剥き、[[rb:頭 > かぶり]]を振って、かわいらしい嬌声を揚げた。
「がっぅ、ひ───ぉあ、あぁ……ッ」
シーツを掴み悶えるので、その手を取り、背中へと回させる。爪が男の柔肌に食い込む。この上なく幸福な瞬間だった。
背筋に甘い痺れが通る。もっと眞白の存在を刻み、側にいることの証明をしてくれたらいい。
甘い痛みを欲して、男は結腸の入口に侵入する。途端機能しない脚を差し置き、先程よりも腕が藻掻き、絵が刺された背中に更に力が込められる。
「───おっ、おっ!?が、ああ……」
普段からは考えられない、これ以上ないほど大きく見開かれた双眼から、透明な粒がほろほろと落ちて、褐色を濡らしていく。
「可愛い、眞白くん……」
深めの律動をおくると、腰が震え、眞白はまた達した。先程よりも薄くなった白濁を溢れさせながら。
「……ぁ、ぁう……、ぅ……」
「眞白くん、イクときはなんて言うんだっけ」
臀部を嗜めれば、身体がびくりと震える。
「ひっ───、ぁ、ぁ、ぇ、す、すき、すき、すきっ」
「うん、いい子」
「ん、んむぅ……」
肩で呼吸を繰り返す眞白の顔を掴み、男は唇を合わせる。
いつまでも不慣れな舌使いは、もどかしくも、どこか胸を躍らせる。
慎ましく出される舌を絡めとって、吸い付いき、最後は唇の感触を味わう。
離した唇が、艶やかに光る。吸い寄せられるように、男はまた唇を奪った。
好きという表現は安すぎると男は常々感じている。愛を超え、心を掌握されてしまっていると。
掌握それが正しいように感じる。
逃れたいとは思わない。ただ逃れようとした時、きっと逃れられないだろうと、本能で感じ取る。
「好きだよ」
唇を離した男が囁く。
軽すぎる言葉。けれど愛を伝える言葉はあまりにも限られている。だから軽い分、何度でも伝える。
「あと何回極められるかな」
ぐちりと、力をなくした眞白のものを掌で包み込む。
「や、やぁ、もうい、いけない、からッ」
「じゃあ気持ち良くなろうか」
まだ爆ぜていない灼熱を穿つ。
眞白は顎を仰け反らせ、背中をしならせた。逃げたくても、機能しない脚では逃げることも叶わない身体は、与えられる快楽を受け入れることしか出来ない。
男は際限がないと、自覚しながら貪る。長年求めていた人を確かめるように。
次第に眞白の瞳から光が失くなり、やがて緩緩と閉じられる。
乱れた呼吸を整えるように、男は深い溜息を吐いた。柔らかな内側はまだ吸い付いて、惜しむ気持ちを耐えながら引き抜く。
とろり……と、褐色の肌膚を穢すように、白濁が洩れる。その背徳感にまた興奮を憶えたが、背いて眞白を覗く。
閉じられた両目の睫毛が濡れていた。それを指の甲で拭い、軽い口付けをする。
「眞白くん」
髪を梳き、今度はまろい頬、そして雀斑へ。
いとけない寝顔に反する、情交特有の色香を放つ眞白は、どこか神聖で、危うい雰囲気を纏繞している。
男は無言で太腿を撫でる。
何度も、何度でも、心を奪い、捕らえる恐ろしい人。
男は偶に、眞白が恐ろしくなる。何故こんなにも自分を捕え離してはくれないのだろうと。その癖逃げようとする眞白には怨毒が漲る。自分がどれだけ男を掌握しているか自覚して欲しい。次失う時があるとするならば、一体自分はどうなってしまうのだろうと考えただけで、身の毛がよだつ。何故失ったら生きていけないことを理解してくれないのか。次こそ耐えられる自信はなかった。
けれど、と男は華やかに微笑う。
もうその心配はないのだから。今となっては全てが杞憂となった。
眞白は何処にも行かない。───行けない。
慣れるまでには時間がかかるだろう。それでも男が支えていけば良いだけのこと。反故されることの無い契りが漸く。
男の頬がほんのりと淡く色付く。
「───……眞白くんは、いつだって僕の心を攫うのが上手い」
初めて男を見つめ、男に窮屈でありながらも心地の良い執着と愛を与えてくれた得難い人。
愛されず、遠巻きにされた幼少期。
手を差しのべ、あたたかな存在意義と居場所を与えてくれたのは、眞白だった。
そんな人を好きにならないはずがないのだ。愛さないはずが。
───なんで俺だったんだ。
問われた疑問。
余りにも愚問だった。
男こそ問いたい。
「君以外、誰を愛せっていうの……」
男の心には、眞白に手を差し伸べられた刹那から、眞白しかいなかったというのに。
男にやわらかな感情を、心に咲く春を教えたのは眞白なのだ。
洗脳?否、男は心を奪われたにすぎない。
暗闇の中で、男が歪に笑う。
頬を桜色に染め。
どうしても。
何があっても。
何と言われようとも。
「……君だったんだ」
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