傷を舐め合うJK日常百合物語

八澤

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寒空の下、終わらない行列 01

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「ねぇねぇねぇ! これ見て!」
「ん?」

 今年最後の授業が終わり、う~~んと腕を伸ばして脱力した時だった。
 レイがドタバタ慌てた様子で私の机の前に現れ、スマホを差し出す。
 そこには「また……くまたん」が表示されていた。

「なんとなんと、まさかの限定品が発売されるとのことです」
「ふうん、買うの?」
「限定品だよ! 買うっきゃない!」「頑張って。……お金は出さないわよ」
「ケチ……嘘冗談! じゃなくてぇ、違うのサクラ、あのね買わなくていいから一緒に行こう」
「はいはい、どこまで行けばいいのでしょうか?」「コミッケ」
「……コミッケ?」

 私がオウム返しをすると、レイは力強く頷いた。

「毎年開催される、全国のありとあらゆるオタクが集結するという、あのコミッケです」
「あぁ 聞いたことがあるわ。確か夏と冬に開かれるというアレね」
「知ってるなら話は早い。そこで限定品を販売するんだって!」
「私も同行しろと?」
「頼む! ほらほら私が目をキラキラさせるからこれでもうあれでしょう、口では渋るクセに体は正直になっちゃうんだよね?」
「……余裕ないのね」
「だって明日開催だもん!」

 目をキラキラさせながら手をスリスリさせてさらにぎゅ~~って体を私に押し付けてくる。まだ何か足りないデスカ? って顔してくるのが腹立つわね。私の胸の内を察して行動するのはまぁ手っ取り早くて助かるけど、もう少しスリスリされたいので渋るフリを続けた。

☆★☆★

 ──コミッケ。
 毎年夏と冬に開催されるオタクの祭典、って検索したら出てきた。まぁ漫画やアニメで時々姿を表すのでなんとなく何をしているのか、知っている。薄い本を販売したり(頒布という)、コスプレしたり、と超大規模なお祭り。実は前々から少し興味があったけど、実際に行ってみたいと思うことは無かった。家から会場までそれなりに距離がある。以前レイと小規模な同人誌即売会には参加している。あれの大ボスみたいなモノだと一応想像はついた。

 レイに誘われ、まぁ一度くらいは参加してもいいかな、と思った。けど、調べれば調べるほど、意識の高すぎる心構えや、事前準備、夏と冬の過酷な環境下での行列などなど、なんか怖くなってくるんだけど。

 しかし、私の隣で会場限定販売となるくまたん時計(3000円くらいの置き時計)を手に入れようと息巻いているレイに、やっぱり辞めましょう……とは言えない。それに、一人で行ったら? と投げやりに返せば、レイはきっと怒涛の勢いで私を巻き込もうとするだろう。……その反応を目論んで、敢えて冷めた態度を取るのも……と考えたけど、楽しそうなレイに水を指すのは気が引けるわね。

「会場で集合するの?」
「絶対無理。もう人が滅茶苦茶居るんだって。最寄り駅もウジャウジャ居るから、いつもの待ち合わせに……しぃ…ぁ…ぅでよろしく」
「……くぐもった声で言うな」
「始発でお願いします」
「絶対無理。起きれないわ」「じゃあ会場が10時だから、電車で一時間くらいか、8時半くらいに集合しよ」
「それなら……。でもいいの、なんかほら、徹夜組とか居るんでしょ。みんな始発の電車を乗り継ぎ、長時間並んで会場に入り、目当てのモノを手に入れる。……ってここの書いてるわ」
「くまたんは、多分大丈夫だから……」

 レイは遣る瀬無く言い放つ。
 
「なるほど、熾烈な争奪戦に巻き込まれるほど人気は無い、と」
「え、営業力は凄いの! 今回だって公式から販売されるんだよ。やばくない!? でもまぁそこまで人気無いし、最終日に行くのならともかく、初日だったら大丈夫そうじゃん」
「その判断が悲劇の引き金に──」
「じゃあ始発」
「休日に起きれる自信無い。一人で行きなさい」
「一人は怖い。とりあえず、8時半ね」

☆★☆★

 コミッケ最寄り駅を降りて、少し進むと巨大な建造物が数百メートル先に聳えているのがわかる。真冬の寒波が吹き荒れると予報で出ていたので、ダウンコートにマフラー、インナーを重ね着して可能な限りの厚着をした。貼るタイプのカイロを足と腰に貼り、両ポケットにもそれぞれ入れてある。レイも、なんか普段の可愛い感じではなく、冬国生まれの母に借りたというマウンテンパーカーを着込み、シルエットがいかつい。でも可愛いから驚く。レイの可愛さ無限大。

「あ、手袋忘れた!」
「もう、ずっとポケットに手を突っ込んでなさい」
「へーい……そうだ」「な!?」「はぁ、暖かーい」

 レイは不意に私に近づくと、私の頬を両手で挟むように抑えてきた。一瞬のピリっとした感触と、レイの肌の冷たさはまるで氷を当てられたようでぞわっと体が震えた。

「ちょちょっと! 離して! レイ!」
「でも実は?」「冷たい! 怒るわよ」「へいへい……」

 頬がじんじんするじゃない……。
 思わず自分の頬を撫でたい衝動にかられるも、レイが密かに私を観察しているので、ぷいっと顔を背けて、会場を見やる。

「あの逆三角形の建物よね?」
「うん、結構近いかも。10分もあれば中に入れるのかな~」
「……だといいけど」

 果たせるかな、私の嫌な予感が的中した。
 会場までは歩いて10分ほどの距離だったけど、駅から大量に溢れ出る参加者がスタッフの方に先導されて列を形成していた。で、その列の先端が見えないほど長い。

「ひぇ……。サクラ、この列、ずっと先まで続いてる」
「一斉にこの人数が会場に押しかけたらパンクするだろうから、一旦外で調整しているみたいね」
「厚着してきて良かった。……ふふっ、サクラなんかモコモコで太ったみたい」
「あんたはこれから山にでも向かうのか、ってくらいの重装備ね」
「私、寒いの苦手だし。けどくまたんのために頑張る!」

 ──って意気込むレイだったけど、10分も極寒の地で身動きできずに居ると、ガタガタと震え始めた。

「サクラ、カイロ貸して……」
「もう貸したじゃない」「一つじゃ足りない」「もうこれしかない。私だって寒いの」「わかる。けど、サクラは寒さに耐性あるんだから、私をフォローしてやってくれ」
「断る……」
「悪魔、ケチ、ドケチ」「だからあれほどカイロを買え! って口酸っぱく言ったのに……」
「余計な出費は控えたかったの──」

 レイは溜息をつくと、「あ、そうだ!」と何かに気づいたのか、一瞬私に身を寄せた。カイロを奪う気? と身構えた私だったけど、レイは私のコートのポケットに腕を突っ込んできた。そして、私の手をぎゅっと握る。

「レイ!」
「あぅぅ、サクラの手暖かいでございます」
「ねぇ、傍から見たらおかしいから手を出して」「無理凍っちゃう~マジでヤバイです~サクラ様~」「はぁ、中入るまでよ」「助かる……。でもホントサクラは人間カイロだね。良かったね、履歴書に書けるよ」「書けるか!」

 ひやりと冷たく感じるも、すりすりとレイの指が絡まるとじわっと熱が漏れる。私のポケットの中で静かに熱が広がっていく。ぐっと掴まれてブルブル小刻みに震えてる様子から本当に寒いのかしら。両手を侵入させてきたら流石に拒否するけど、まぁ片手だけなら……。冷たいレイの指に、まるで侵食するかのように私の熱が伝わっていくのはなんか……嬉しい、かも。

 それにしてもまだ会場に入ることすらできないとは恐れ入ったわ。一応列は進むも、また別の場所に移動して、そこでしばらく待機。左右に救護所が立ち並んでいることから、この寒さに耐えきれずダウンしてしまう人が居るのね。冬がこれなら、夏はもっと辛いかも。まぁ人が多く身動きの取れないこの状態は過酷だから仕方ないわね。レイは相変わらず私の指を弄ぶようにモミモミしてる。焦れったくて擽ったいのに、心地良いから困る。あまりの寒さに私たちは会話することすら辞めているけど、繋がった手でそれぞれ想いを伝えているような感覚に囚われる。今も私が考えてることぜ~んぶレイに伝わっているのかもしれない……。

 30分以上の盥回しを受けて、どうにか会場までの広い一本道に辿り着いた。列が解除され、あとは目の前の階段を上がるだけで到着となる。

「やっとだ……。長かったよう」
「早く中に入りましょう」
「そうだね、って……うぁまだ人がいっぱい居るんですけど……」

 階段を上がると、そこも人で埋め尽くされていた。目の前の看板には、カタログ販売中の文字。そして少し進んだところではあれは……コスプレ?

「あ、コスプレだ! この寒い中あんな薄着で……」
「あれって……」
「知ってるの?」「ゲームの……」

 私が遊んでいるスマホゲームのキャラクターのコスプレだった。もう少し近くで見たいと思ったけど、人がごった返した中を突き進むのは難しい。それに、レイのくまたんを先に買わないと──。

「サクラちゃんは私のことなんか置いてけぼりにしてコスプレまで猪突猛進して逸れると覚悟したけどよく堪えてくれました……」
「そんなことしたらあんた泣き叫ぶし」
「一人で怖がるのサクラでしょ~」
「一人怖いと誘ったのはあんたじゃない。コスプレってここでしか見れない気がするから、くまたんを購入したら少し見て回りましょう」
「うん。──買えたらね」

 レイしゃまるでこの先起こりうる出来事を知っているかのように意味深に言った。

☆★☆★

「企業ブースだから、こっちかな?」
「なんでよ! 東、でしょ! どうして西を目指すの!」
「ふふっ、冗談冗談」
「思いっきり向かおうとしてたじゃない」

 私は犬の手綱をぐいっと引き寄せるようにレイを掴む。
 ってか、まだ手を繋いでいる。もちろんポケットからは出したけど。もう建物の中に入れたので、寒さは安らぎ、繋いでいる必要は無いと思った。が、やはり人が多すぎて、もしも逸れてしまったら再開するのに時間がかかるだろう。だから、繋いでいるの、仕方なく……と言い訳がフワフワ頭の中に浮かび上がる。

 人の波に流されながらくまたん時計が販売されている企業ブースを目指す。東、と書かれた文字を都度確認しながら歩いていた。壁一面を覆うように広がるソーシャルゲームの広告に目を奪われたり、すれ違う私たちとは異なる重武装の方々に驚きながら。ここは、異空間、だと思った。この空間では、可愛いイラストやちょっと危うい衣装のキャラクターがところ狭しと広がっている。認められてるというか、当たり前だった。お祭り、とはまた違う高揚感にちょっと鼓動が早くなるのを感じていた。

「あとどれくらい?」
「東の7だから、あ! この先のエレベーターを降りたところっぽい」

 レイが指差す先に、大きく『東7』の文字が描かれているのが見える。途切れない人のうねりに押し流されないよう、私たちは一歩一歩突き進む。

「ここを降りたら……」「そこの通路を通り抜けた先かしら。あ、でもなんか迂回してくださいってスタッフさんが言ってるわよ」
「じゃあ一回こっちのホールに向かおう」

 大きなホールに出ると、そこも大量の人で溢れかえっていた。企業ブースとなり、私でも知ってるような漫画やアニメ、ソーシャルゲームのブースが立ち並び、そこに人が押し寄せている。グッズ……。私の遊んでるゲームも企業ブースで色々グッズを出していると知ったから、ちょっとだけ見てみたい、かも。まぁゲームしか興味無いからグッズ等はそこまで欲しくはないけどね。せっかくだから──。

「サクラも何か見たい?」
「まずはくまたん、でしょ?」
「うん」
「……そのあと少しだけ寄っていいかしら?」
「もちろん。──手に入れることができたらね」

 レイは不敵な笑顔を浮かべて口にする。

「いやさっきからなんで不穏なことを自分で言う」
「ふっふっふ、敢えて声に出して自分に言い聞かせて意識を高めてる。集中しているんだよ」

☆★☆★


//続く
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