傷を舐め合うJK日常百合物語

八澤

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追跡、恐怖 03

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「……違います。私はロマンを抱いているだけなので、実際には真っ先に逃げるタイプです」
「悪魔、鬼!」ってか今私の考えていたこと……。
「それは置いといて、あのお化けに思い知らせてやろう。──私達がただのJKじゃないってことをさ」
「何言ってるの? ただのJKよ」
「だって……異世界のスキル──限定的だけど、使えるよね?」

 レイは打撃音が響き渡る扉を見つめながら声を出す。私はこの子余裕っぽい顔してるのに頭がイカれてしまったのかしら……と恐怖を抱く。

「レイ、もうちょっと私でもわかる言葉を使いなさい」
「だ、か、らぁ~忘れたの? ……いや、私もなんかずっと忘れていたんだよね……ってか夢みたいに記憶がふわふわしていた。でもあのお化けを目の当たりにした途端、何だか色々思い出して来たというか──」
「何を?」
「異世界。ほら、私とサクラで私達の世界とは違う世界に飛ばされたじゃん。で、私は召喚士、サクラは魔法剣士で冒険したでしょ?」
「……ゲームの話?」

 レイはぎゅっと手を握る。
 真っ直ぐに私を見つめて、スマホを掲げた。そこには何故か青白く発光しているアプリのアイコンが表示されている。

 その瞬間、握りしめられた指先が、私の中で何かをゆっくりと持ち上げるような感覚を味わう。召喚士、魔法剣士、……魔法、エーテル、異世界、ドラゴン──とまるで今まで忘れていたはずの記憶がゴボゴボと音を鳴らして蘇る。ナニコレ……。まるで目覚めた瞬間にすぐ忘れてしまうはずの夢の記憶が、鮮明に思い出せたような気持ち……。
 ゾワゾワと、掌に残る傷を縫うような痛みと共に──。

「思い出した?」
「あの……けど、待って……そんなどういうこと?」

 レイは簡単に説明する。
 ──私達はある日学校の帰りに異世界に迷い込んでしまった。そこは剣と魔法が当たり前に存在し、アニメや漫画、小説家になろうに載っているようなファンタジーな世界。エーテルと呼ばれる魔力を備える人間と魔物が生きている。私は魔法剣士、レイは召喚士となって二人でパーティを組み、どうにか現実世界に戻ってくるために冒険した──。
 ぎゅっと手を握られながら説明を受けると、何だかそんな気がしてきた。

 青白く光るアプリも……そうよ、あの世界だと何故かこのアプリだけが起動できて、それで色々な情報を確認できた。──『勇者を○せ<ブレイブ・ストライク>』、通称ブレストは私がハマっているソーシャルゲーム。

 異世界に飛ばされて、冒険して、再びこの世界を選んだ。
 そんな大事なことを、私は今まで忘れていたの?

「忘れていたというか、あまりに現実味が無さ過ぎて、夢の話……みたいな感じで私もさっきまで信じていなかったよ」
「あの追跡者に感化されて記憶が蘇った、の?」
「多分……」
「え、待ちなさいよ、レイは……異世界の力を使って、あの追跡者と戦えと言いたいわけ? 無理無理無理よ!」

 私はぴょんぴょんしながらレイに懇願した。ホント、もうロマン求めて自分を犠牲に……嗚呼でもレイが消えてしまうのは耐えられない──。だから私は……、ズキズキズキ! と痛みのような刺激が脳裏に走る。

「あ~まずその追跡者、お化けとか名前が駄目なんだよ。余計怖くなるし。もっと可愛い呼び方しよう」
「貞…」「それ駄目」「じゃあ…”アレ”」「何でそっち系の!? あぁ、この前観たんだっけ……」

 レイにVSと書いてるからアクションだよ、と騙されて観てしまったホラー映画。有名な幽霊に狙われた登場人物が、別の幽霊の呪いを受けることで解決できるのでは? とトンデモ理論をぶち上げて物語は進む。下水道の中に引きずり込まれそうな幽霊が、逆にその下水道と繋がっている井戸を経由することで引きずり返ししたところは圧巻だった。

「伽倻…」
「だからそういう系は駄目だった。もっとラブリーな雰囲気にしよう。うーん見た目は内臓っぽいよね」
「腸から手足がにょきにょき……」
「……よし『ぞう☆モツ子♪』はどう?」
「語呂が良い!」
「ね、途端になんかモテカワガーリーな雰囲気出て怖くなくなったでしょ?」

 今にも扉を蹴破ろうとしている
──可愛い? え、レイのセンスに追いつけない。ってか今そんなこと議論してる場合じゃない!

「で、ぞう☆モツ子♪をやっつけようよ。私達の記憶が戻ってるし、このアプリが光ってるからエーテルが反応してるんだよ」エーテル、それはあの異世界で魔力のようなモノだ。
「……確かに。でも推測でしょ?」
「うーん私感覚でわかる系スキル持ってたからなぁ。召喚できればもっと詳しくわかると思う」

 ──レイは攻撃系のスキルを殆ど持っていなかったけど、敵味方の能力増減バフや敵の能力を確認できるサポート系のスキルを豊富に覚えた、と記憶が上書きされるように思い出す。

「あ、でもこっちの世界だと全くエーテル回復できてないから、出せても一瞬だと思う。クラちゃん出せるかなぁ」
「クラちゃん……嗚呼、あのクラゲ」

 ──レイならクラゲね! レイのジョブは召喚士と判明し、村のモンスター契約所にレイと一緒に向かった。まるで元の世界の市役所のような事務的なモンスター契約所で、手に入れたマテリアルを使ってモンスターを出現させる。私はレイの手を繋ぎながらレイならクラゲね! と思い続けていた。で、現れたモンスターは巨大なクラゲ、だった。透明な体は時々キラリと虹色に輝き、まるでレイの頭部がゆらゆらと浮かんでいるようで可愛い。宙を泳ぎ、レイ曰く意識が無い存在なのでレイの分身のような生物だった。名前はクラちゃん(私はもっと素敵な名前『穏やかジェリィ・ムーン』をオススメしたけど断られた)。

「スキル『蒼脚、分析』でぞう☆モツ子♪を丸裸にする。その後にサクラがアレ使ってさ……」
「アナイアレイターツインズ?」私が使用していたSSR武器。光と闇の属性を備えた相反する二刀の刃。併せ持って全属性への特効形態に合体変形できるけどエーテルの消費が半端ないのよね……。
「あれ持ってけないって駄目だったじゃん。私が言っているのはサクラの……中に入っちゃった奴」
「星欠片<◆☆★☆◆>のこと?」「そうそうそれそれチート」
「使えるかわからないわ。一瞬だけなら……けど」「ん?」「あれ物凄く痛いのよっ」

 ──異世界で偶然手に入れたUR級の装備。色々あって私の体内に残ってしまった。私のトラウマを喰うように吸収して武器へと変形し、圧倒的な破壊力で攻撃する……。

「私攻撃できないし、この状況を打破するには……。それに私達生き残れないよ。あの──ぞう☆モツ子♪ちゃんに殺されちゃう」
「うぅぅ……」
「覚悟を決めて、サクラ。もう迷ってる暇なんて無いから」
「……レイ」
「大丈夫、ほら……えっと傷が無いほうか」レイは傷の無い手をゆっくりと握ってくれる。痺れる感触が今だけは強い安心感を私に与えた。「私が手を繋いであげるから」

 レイはニッコリ笑みを浮かべて言う。まるで手を繋げば世界が滅んで大丈夫だと言わんばかりに。でもその通りで、もしも世界かレイのどちらかを選択すると問われたら私は迷いなく──。

☆★☆★

「『蒼脚、分析』」

 レイが唱えた途端、レイの隣にぼわっと半透明の物体が浮かび上がる。本当に出現した! ふわふわとまるで音のような何かを漂わせて、ひゅんと触手を広げた。付近の生物に触手をぶつけて、その情報を抜き取るレイの十八番。けど、以前と異なり、クラちゃんの姿にブロックノイズが交じるように不安定だった。

「やっぱりこっちの世界と相性悪いんだね」
「で、どうなの?」
「ふふっ、ばっちり。ぞう☆モツ子♪のステータスが判明したよ」

------------------
名■:ぞう☆モツ子♪

タ■プ:霊
■別 :?
弱点 :?


 筋力    A
 魔■    S
 ■■    ■
 速力    C

スキル:

 ■■■■■■■■■■■■■
 ■■■■
 ■■■■■■■
 ■■■

特徴:

 ■亡した母親と子ども■■■■■されたエネ■■■■■■■■■■に形を残している存在。憎し■■懐きながら放出され■■■■ギーのた■■、人間に強い恨みを抱■■■■。人■■誘い込む狩場を形■■、そ■■迷い■■■人間を捉■、エ■■■■■■い取る。人間の強い意識に反■■■■め、恐怖■抱かせるよう行動■■。先の老婆の出■■音を■■■■襲撃■恐怖心を煽り■■■■めの演出■■■。

------------------

「わぉ、めっちゃバグってるよぉ」
「全然わかんないじゃない!」
「スキルの部分は完全にわからんね。でもほら能力値は把握できたぞ」
「で、でもぉ……」
「サクラ、これだったらS級程度だよ」
「え──」
「手強い敵であるだろうけどさ、名前はぞう☆モツ子♪、能力はS級真ん中くらいのモンスターだと思ったら、どうにかやれそうじゃん?」
「そこまでわかると、そんな気がするわね」
「……強がるな、脚震えてるぞ」
「だって幽霊なんでしょ! タイプが霊!」
「まぁそこは気にするな。サクラに全てかかってるんだから腹括ってよ。大丈夫、サクラならできるよ」
「家の中で、出すの?」
「中はマズイから、一旦庭に出る。多分ぞう☆モツ子♪が追ってくるから、迎え撃つ」
「……もしも私が──出せなかったら?」「その時は、その時」「逃がさないから」「大丈夫、食べられる時は一緒だよ」

☆★☆★

 雨が降っている。
 豪雨。
 ビシビシと肌に打ち込まれる感触が熱のこもった体を冷やし、今だけは心地よい。制服がビショビショになってしまったけど、どうせ──いやいや大丈夫、生き残るのよ! と私は気合を入れる。

 ふぅ──。
 と深呼吸をした後に、裂かれた後の残る掌をそっと開いた。
 思い出せ、思い出すのよ~私!

 あの時の感覚、
 大丈夫私はできるできるできる! と思ったところでぐちゃぐちゃと足音が雨音に混じって聞こえてくる。ぬっとぞう☆モツ子♪の顔が飛び出てくる。瞳の無い顔がグルグルと異様に回転しながら、多分私達を眺めている。全身に鳥肌が立った。体が動かなくなる。蛇に睨まれるカエルってこんな感じなのかしら。

「サクラ! 走馬灯見るな」
「わ、わかってるわよ」
「出せそう?」
「今、出すわ」

 うぅぅぅ! と唸ったけど、出ない。嘘、もっと力を込めても……出ない!

「レイ……」
「ちょ、早く出せって!」
「出ないの!」
「さっきわかったわ! って顔して頷いてたじゃん!」
「これっぽっちも飛び出てこないわ」「クソデカう○こを全力で捻り出す時みたいな感じで踏ん張れ!」「やってるって! でも出ないの」「え、ふへへ、マジで
やってるの?」「嘘よ! 笑わないで!」「ってかクソとう○こって被ってるね」「レイ黙れ」「はーい」「あぁもう出てきてくれないぃ……」
「手、見せてよ」

 私はレイに掌を差し出す。
 傷跡は雨で濡れているだけ。一本も出てこない。あの時の気配や雰囲気などを一ミリも感じていなかった。

「来てる! ぞう☆モツ子♪ちゃんの体から伸びた手が私達を掴めようとウネウネしてる!」
「レイ、逃げましょう! ここは一旦距離を取って……って、庭が──」狭い。
「あるだけ十分だよ」
「あっあっ来た来た来た!」
「サクラ! 早くぎゃあぁぁ! ねぇねぇあの時はどんな感じだった?」「感じ?」「雰囲気とか、体に起こった変化とか、なんでもいいから!」「あの時は──」「サクラ!!」「痛かった」
「じゃあ──じゃあ……これは」

 レイは私の掌に広がる傷に爪を立てた。
 そして、「ごめんね」ゆっくりと押し込んだ。

 ズブリ、と爪が差し込まれた。
 痛い。
 痛いわ──。

 あの人は私がカッターで手を切った瞬間即座に私の下まで来てくれた本当に?
 押し込んで痛みで脂汗がどろっと顔から滑り落ちる時に一瞬だけ顔を上げたら誰もいなかった本当に?
 カッターを手に持った瞬間階段を登る音が微かに聞こえた本当に?
 あの人は、
 いつも表情を抑えていた。
 もちろん喜怒哀楽でしっかりと表情に変化が現れる。
 でも、それはなんかその仮面を付け替えているようで、私はまるで姉のように慕いながらも、どこか壁を感じていた。

 あっ、でもあの時は、あの時に初めて──にぃって頬を捻じ曲げた。笑顔。私が裂いた瞬間。刹那で消えた。でも、私の記憶に実は残っていた。

「笑っていたのかも」
「誰が」
「どうして」
「サクラ……出てきたよ」


 ぴゅっ

 と傷から真っ赤な線が吹き出た。痛い。懐かしい。赤い線はまるで血液のようだけど、色合いは蛍光色に近い。ヒュルヒュルと音も立てずに吹き出したその赤い線は、空中で形を描く。私のよく知っている姿。真っ赤な線に縁取られながら、その物体は鈍い銀色の輝きを灯す。

 トスン……と優しく地面に降り立ったそれは、銀色に輝くグランドピアノ、だった。

「……庭が狭くてごめんなさい」
「確かに縦向きに無理やり入っているわね」

 ピアノは縦に押し込まれる感じで出現した。ぞう☆モツ子♪と私達の間にあり、壁となっている。

「動かせる」
「多分。……相手はS級でしょ。ピアノだったら余裕で倒せる」

 私の掌から伸びる線に力を込めるように意志を巡らせた。すると、ピアノはぐぐぐっと唸るように震える。よし、行ける。ポタッ! と私の指先から溢れ落ちたのはまるで血液のような雫。レイに刺されたから? それとも……雨ね、そうよ、雨に決まっているじゃない。私の中に再び生まれた別の恐怖を押しのけるように、腕を振るう。

 操り人形。
 このピアノは私の意志に反応して行動する。ひゅっと宙に浮かぶと、そのまま凄まじい速度でぞう☆モツ子♪にぶち当たった。
 ぐわんッ! と空気が揺れる。
 ぞう☆モツ子♪はこんにちはぁぁあああああああああああああああああ!
 と叫んで震えている。突然獲物に反撃され、まだ理解が追いついていないのかしら。
 考えている時間は余裕は無いでしょ──。
 攻撃できるチャンスは少ないわ。
 レイのクラゲが一瞬で消えたのだから、私のピアノもあまり持たないはず。まぁ消えるのは有難いけど、それはぞう☆モツ子♪を倒してからにしてちょうだい。

 私のエーテルとトラウマを喰らいながらピアノは攻撃を続ける。ぞう☆モツ子♪は反撃しようと体から伸ばした無数の手をピアノに向けるけど、意に介さずに二回、三回と巨大な体で体当たりを続ける。
 その巨体がハンマーのようにぞう☆モツ子♪を押し潰す。
 凄まじい迫力に慄く。
 ピアノがその巨大な体躯を揺らすたびに、私の中で記憶が蘇る。……いや、あの時よりも更に鮮明に深く、私が忘れていた──忘れていた部分までもじわじわ込み上げてくる。

 ──刃の切っ先が皮膚を貫く。
 ──掌に集中する無数の神経が悲鳴のような痛みを生み出した。

「サクラ、戻ってきて」
「大丈夫」
「ごめんね……」
「これくらい平気よ。記憶だから実際痛いわけじゃない」

 ぐぅぅぁああああ!! って空気が音が響く。
 ぞう☆モツ子♪が呻いた。
 ピアノがぞう☆モツ子♪を押し潰すように攻撃を加えた後、ひゅん──と宙に浮かぶ。
 あっという間に上昇する。
 瞬く間に見えなくなった。
 と思ったら、空を覆っている黒々とした雲が私達を中心とするように円状に開けた。
 ピアノは空を舞っている。見えないはずなのに、その感覚が伝わってくる。私の傷から垂れ下がる真っ赤な線と繋がっているから。
 鮮やかな夕日。
 空の中心で何かがキラリと輝いた。
 ──瞬間、

 ひゅッ──ドッカァアアンッッ!!!!!

 空から落下してきたピアノがぞう☆モツ子♪に直撃した。
 重々しい衝撃が私達を打つ。
 ぎぃぃ……ぁぁ……とぞう☆モツ子♪は悲鳴を上げた後、動かなくなる。そして煙のように消えてしまった。

「……終わった」

 私の意志を読み取ったのか、ピアノはひゅっと縄が解けるように赤い線に戻り、私の傷に吸い込まれていく。

「なんか、凄かったですね、私もう二度とサクラさんに逆らえる気しません」とレイは敬礼している。
「はぁ、すごく疲れたわ……」
「ぞう☆モツ子♪の気配は無いし、空も晴れて──やった、いつもの穏やかな日常に戻ったよ!」

 レイに抱きつかれ、私はそのまま倒れそうになるのを必死に堪えて、家の中に戻るとソファに自分の体を放り投げるように落ちた。ダメだ、指一本も動かせない。久しぶりのピアン操作に、残り僅かなエーテルの消費、異世界の記憶が蘇ったことで体のキャパシティを超えている。ぐったりしながら深呼吸をしていると、その状態を待ち構えていたかのようにレイが抱きついてくる。

「……苦しい」
「ありがとう、サクラ。それとごめんね、私があの時に変な道に誘い込まなければこんなことにならずに済んだのに」
「そうよ、反省しろ」
「見て、私の目──」「ん」「泣きそうでしょ。めっちゃ反省してるんですよ。だから許して」

 ウルウルとまるでチワワのように瞳を潤ませている。今日二度目じゃない。反省なんて絶対嘘だろうけど、あまりの可愛さにどうでもよくなってしまう私に呆れる。レイの胸元に顔を寄せ、そっとしがみついて脱力する。うぅ……レイの柔らかさ最高。今日なんか頑張ったんだからレイを味わっても許される気がする。

「掌……爪で傷を押しちゃったけど、痛くない?」
「やっぱり痛いかも」

 レイは私の頭を撫でながら不安げな声で問う。
 もう……痛みは無かった。それよりも疲れている。思い出した記憶も段々と薄れているというか、また思い出したくもない記憶へと変化していた。

「だから……擦って」
「傷を?」
「うん」
「──いつもみたいに?」
「えぇ」

 レイがにぃっと笑っているのが感じ取れる。
 私も擦ってと口走ってしまったことに驚く。

 レイの細い指が私の指に絡みついた。すりすりと互いの皮膚が擦れる感触が狂おしいほど好き。私よりも低い体温。ぐっしょり濡れた制服だからか、余計冷たい。痺れる。ゆっくりと傷を擦る。一瞬だけ爪を立てた。びくっと反応してしまう。体のあちこちからじわっと熱が生まれた。

「ふふっ」

 私の傷跡にレイが上書きされる感覚。
 ぐさっと刺された時は痛かったけど、ある種の快感を覚えていた。
 脳まで響くような痛みのはずなのに、妙に癖になる……気がする。あまりに変態過ぎて絶対レイには言えないけど。いや、レイのことだから私の思考を読み取ってまた思いっきり刺してくる……かも。

 私が期待を込めてレイの顔を見つめた時、レイはスマホを弄りながら「あっ」と声を上げる。

「何?」
「なんか……アプリがまだ光ってる」
「え?」

 レイがくるりと掌を回してスマホを私に見せつけた。そこには先程と同じくアプリのアイコンが青白く光っていた。
 ──普段の生活でブレストのアプリアイコンが光ることは無い。
 ──あの異世界に迷い込んだ時と、今回のぞう☆モツ子♪が出現した時だけ。

 ……つまり、




































 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてくださいたすけてください

 にたくない苦しい
 にたくない息ができない
 にたくない体がふやける
 にたくない食われる
 にたくない何も見えない
 にたくない さないで
 にたくない ぬのは怖い
 にたくない笑って読んでないで
 にたくないお前に言ってるんだよ
 にたくない
 にたくない救って
 さないで さないで して して して して してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください してください


 ──コツン、コツン。

「え?」
「あら、光が消えたわよ」
「ホントだ。はぁ……じゃあもう本当に大丈夫なのかな。でも今何か音がしたような」
「うん……」
「サクラ寝ないでよ! ってか私達制服ビショビショじゃん! ほら、とにかく服脱いで、シャワー無理? じゃあせめてパジャマに着替えて」
「ん……」

 レイは無理やり私を引き剥がすと、制服を奪い取る。私に抵抗できる力は無かった。

「乾くかな~。あ、扉壊れてないよね……。ってぎゃぁ!」
「な……に?」
「すごーい! ねぇねぇ扉にびっしり手の跡が残ってる!」
「ぞう☆モツ子♪……でしょ」

 消耗しているので、恐怖するまで意識が向かわなかった。レイにパジャマに着替えさせられた後、そのままソファで再びレイにしがみつく。微睡みに落ちる間、何故か頭の中で星屑ソラの楽曲が流れていた。

☆★☆★

 数日が経過し、私達は(私は嫌がったけど)再びあの商店街の路地に向かうことにした。
 しかし、路地は疎か、路地までの商店街が一部消えている。いや、元からこの形、だったかもしれないわ。私達が訪れたラーメン屋や喫茶店もこの方向には無い。あの路地に繋がる商店街から、既にぞう☆モツ子♪の作り出した幻想だったのかみしれない。

 それと、エーテルを消費してのスキルはもう発動できなかった。レイのクラゲや私の……ピアノも。記憶も再び薄れ始めた。思い出すことも難しい。有難いと思いつつ、ピアノを出す時にレイに傷つけられた感触が時々欲しいと願ってしまう。レイと手を結ぶ時に強く願う。でもレイは何も反応、してくれないのね──。


//終
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