傷を舐め合うJK日常百合物語

八澤

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距離感、膜

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 無性にレイのことが恋しくて堪らない時がある。ムズムズするというか、私の理性がゆっくりと溶かされて、何かに突き動かされてしまうなんか生々しい感覚──。
 その頻度が増えた。
 レイの……あのピリピリした感触を味わいたい欲求がこみ上げてくる。

 以前、レイに挑発されるみたいに断続的な刺激を与えられ、気がつけばレイの肩に自ら顎を載せてしまうほど程切羽詰まってしまうこともあった。なんか自分でも意味不明だけど、私の迷いがレイによって一つ一つまるで玉ねぎの皮のように剥がされて、中身が丸見えになってしまう。比喩じゃなくて、文字通りレイは私の中身を見透かしている。

 けど最近は、そこから更に進んだ気が、する。レイに唆されなくても、妙な距離感置かれてやきもきしなくても、一歩大きくジャンプするみたいに私の中の一線を飛び越えて(変な意味じゃないわ……)レイに擦り寄っていた。ただ、相変わらず私からレイに触れるのは……手を握るのはなんか勇気が必要だった。何故なら──もしも拒絶されたら……なんておかしなことを考えてしまうから。

 拒絶?
 レイが?
 私のことを?
 ありえない。ってかレイから握ってくるんだから私から握っても大丈夫でしょう、って一生懸命自己暗示する同様しまくりの私が笑えないじゃない。で、色々頭の中で感情が渦巻き、迷い戸惑いながらもせーの! って歯を食いしばりながら優しく握る。レイは私しかわからないほど一瞬硬直した後に強く握り返してくれる。レイと出会ってからもう一年近くが経過している。それでも未だにこうして手を軽く握り返してくれるだけで心が跳ね上がるほど嬉しい。
 傷を撫でられるととびっきりに嬉しい。
 そんな自分が怖い怖い、絶対レイに知られちゃマズイわ。けど、まるで私の意図を理解しているかのようにスリスリしてくる。

「ねぇ、今日泊まりに行ってもいいかしら?」

 以前は次の日に学校の無い金曜日か土曜日だったのに、今はもう……一週間経過するのが待てなくて、先週は我慢したから今週は大丈夫よね? って感じで水曜日辺りには聴いてしまう。「いいよ」レイのお母さんが今日は仕事で遅いというのはリサーチ済だ。一人はつまんないってレイがよく口にする、だから一緒に遊んであげる。二人で。まぁ別にレイのお母さんが居てもいいけど(私にも優しいし面白い人だから)、でもやっぱりレイと二人で過ごしたい。

 誰にも邪魔されずに。
 私の過ごす時間の中にレイの存在が欲しい。
 私との時間を共有して欲しい──。

 レイのお母さんを邪魔者扱いするなんて厚かましい人間って私が怖いわ。でもまぁ私の家に泊まる時も、お手伝いさんが居ると今日はもう早く帰っていいですよ、って声をかけたくなるから……お互い様だ、いやなんかこの言葉の使い方絶対違うわ。

「ご飯どうする? あ、今日はハンバーガー買ってこうよ」
「いいわよ。そういえば最近食べてなかったわね」
「でしょ! あとあと、泊まるなら映画も借りよう」
「えぇ」
「怖いヤツだぞ」
「だーめ」
「あのさ、そろそろホラー系も解禁しようよ」
「だってあんたが……」
「サクラをおいおい泣かしたことに関しては海よりも深く反省してるって。今のうちに慣れとかないと、テレビとかで偶然ホラー系の話見ちゃったら夜眠れないよ!」

 その時はレイと一緒に寝るから、と声に出しそうになってギリギリのところで思いとどまる。が、レイは瞳を大きく開いて私を見つめて、「ふーん」とまるで私の想いを見透かしているかのように睨んでくる。

「別に、眠れるし」
「へぇ……。じゃあこの前突然夜中にいつもの五倍以上長電話してきたのは何故ですか?」
「そんな長時間かけてないし……。ただ暇だったから」

 嘘をつくな、と言わんばかりにレイは私を睨みながら手をぎゅっと握る。……確かに先日レイに普段よりも長めに電話をかけたのは、話題になった漫画を購入して読んでみたところ予想以上にホラーな描写があり、ベッドに入るも眠れなくなってしまったからだ。

「はぁ、サクラちゃんの稚拙な嘘なんて余裕で看破できるから素直になろうぜ、な?」

 うりうり~っと言いながら私の頬を指でつつく。辞めなさいって口では言うけど、こうしてレイに弄られるのもなんか嬉しい。「まぁレイの言うことも一理あるわね。レイに脅かされたおかげで余計怖がっているだけかもしれないわ。改めて見たら普通に楽しめることもなくないかもしれないわね」

 敢えてそう答えると、レイは水を得た魚のように身を乗り出して笑い始める。瞳の中に濁った悪意が漂っているじゃない……。なんて悪魔的な笑みなのかしら。可愛い……。

「あれ、いいの? フラグ立てて、そんな調子コいてると痛い目あうよ!」
「ホラー系が見たいんでしょ? ってか、レイってホラー好きなの?」
「可もなく不可もなく……。でもね」そこれでレイは瞳をキラリ! と輝かせた。あまりの眩さにゾクゾクと震えが止まらない。「私は、サクラが恐怖に怯えてビクビク小動物みたいに哀れに震える姿を見るのが……好き」

 耳元で囁く。
 思わず仰け反るも、指が繋がっているので離れないじゃない。
 レイの瞳はどろりと濁っている気がした。恐怖を覚える。逃げ出したい衝動にかられるも、そんな私の想いすら凌駕するレイの愛らしさに包まれた。

「変態!」私は吐き捨てるように言った。
「大丈夫、マッドサイエンティストな感じじゃなくて、もっと純粋。サクラならどんな反応するんだろう! って謎に挑む探究心と好奇心の塊なんだよ」
「余計恐ろしいわ」

 身震いしながらビデオ屋さんに立ち寄る。初めてレイと一緒に入った時と比べてあきらかにお客さんが少ない気がする。昨今の動画配信サービスの影響なのかしら。便利と度々聞くんで私もそろそろ利用したいと思いつつ、レイと道草食うスペースが減るのはなんかやるせないから手を出せないのよね。

 レイが手にした作品は、私でも知ってるようなキャラクターが作品の垣根を超えて共演するホラー映画だった。執拗に作品のジャケットを私に見せてくるのがうざい。私は足早にDVDが入ったケースだけをレジに持っていき、レイを置いてくように店を後にする。

☆★☆★

「サクラちゃん、サクラちゃん……怖かったらレイお姉さんに抱きついていいんだぞ!」
「ちゃんは辞めて。ってかお姉さんぶって、ホントすぐ調子に乗るんだから」
「あっれ……。そういうこと言っていいの? 今日夜中にトイレ行きたくなっても一緒にいかねぇぞ?」
「……なるほどね、妙にお茶を勧めてきたのはそのため……か」
「今更気づいても遅い。ゴボゴボ喉鳴らしてお茶飲みまくってやんの。ケケケ、ヒヒヒ、クケクケ」

 レイは借りてきたDVDを再生しながら体を震わせて不気味に微笑む。まだ飲んだばかりだから催してはいないけど、緊張を紛らわすために結構飲んだので就寝前にトイレに向かってしまうだろう。もしも我慢して行かなかったら絶対夜中起きてしまうわ。

「一人で行けるわよ」
「はぁ……サクラが瞳に涙貯めてお願いレイ……起きて、起きなさいよ……と声かけてくるのを全力で無視するの楽しみ──」

 レイはガハガハ笑いながら私の隣に座る。私たち二人分の体重でソファがぐぐっと沈む。スカートからはみ出る太腿同士が触れ合う。

「お風呂は見てから入るか」
「そうね、二時間だから9時には終わるでしょうし」
「一人ずつ入ろうね」
「もちろん」
「ちなみにこっちのお化けは井戸の中から登場するよ。水場がトリガーでブクブクって……ぐぇ」
「黙れ……」レイの柔らかい頬を掴むと、テレビから不気味な笑い声が広がった。

☆★☆★

「なんか思ったよりも怖くなかったわ。やっぱり前回は耐性が無かったからね、うんうん……」
「おまっ……マジか」
「ん?」
「おい見ろ、ほら……サクラさんめっちゃ手震えとるがな……。さっきからぎゅぅぅぅっと握って離さないし。しかもお化けが突撃するたびに悲鳴上げて私にしがみついてくるし……」
「記憶に無い」
「あんたは都合の悪い記憶を消してるんです。うぅぅ……私は上映中何度圧死されかけたことか……。サクラさ、ビビると私を締める癖やめたほうがいいよ。そろそろ私が真っ二つになる。締められるとね、なんか怖い記憶が蘇る気がするし……」

 私はレイのお腹辺りに顔を寄せながら別にそんな抱きついてなんか……と否定しようとしたけど、今まさにレイにしがみつく私に気づいた。ホントに無意識。映画に集中していた。叫ぶのも……盛り上げる箇所で何度か息を飲んだけど、それだけ。

「何言っとんねん! ぎゃぁぁあ! と耳に響く野太い声で絶叫してたがな」
「か細い悲鳴くらいよ……」ってか今私声に出した? 無意識の内に?
「客観的に自分を見よう。はぁ、次映画見る時は近くにカメラ設置しよ! で、サクラがパニックになる姿を見せつけて私こんなにうるさい? て反省させてやる」
「はいはいわかりましたどうぞご自由に」

 レイは殆ど氷水のジュースを飲み干して、お腹に巻き付く私の手を外そうとする。しかし、私の手は何故か離れない。自分でも驚くほどレイに密着している。指がぎゅっとレイのシャツを握りしめている。

「……おい」
「まだ……いいじゃない」
「お風呂入らないと」
「明日でいいんじゃない」
「大丈夫だってお風呂の中からぬぼっとお化けが……あっ……痛い痛い痛いぃぃいい! 締めないでぇ……」
「いいから、まだ座ってなさいって」
「やれやれ仕方ないなぁ」

 レイはニヒヒっと意味深な笑みを浮かべてソファに横になった。私の手を掴み「もっとこっち来てよ」と誘い込む。私は……うん、と頷いてレイの胸元辺りまで体を捩りながら接近して、抱きつく。

「やっぱサクラには定期的に怖い話見せよう」
「なんでよ!」
「だって~いつも以上にくっついてくるんだもん」
「……さ、寒いから」
「てめぇの方が体温上だろうが! ま、今日はそーいうことにしてやろうかな」

 レイの揶揄する声に思わず反論しようとしたけど、ぎゅっと抱きしめられて顔がレイの胸に埋まり、声が出せなかった。
 や、
 やわらぁぁ……ぁ……あぁ……ァ……。
 意識が溶ける。
 レイの匂いと暖かさと柔らかさとあといろいろななにかがあたまのなかにあふれてとろとろとろとろとろとろ──。
 すりすり、と頭を撫でられる。レイの指が私の髪を梳いて、その感触すら心地いいわ。

 レイの柔らかい感触に埋まりながら、ふとこうして抱き合う距離感が近づいた気がする。
 以前までは、レイと出会ってからの数ヶ月は、既にこんな感じで一緒に眠っていた。
 レイを抱きしめて。
 レイに抱きしめられながら。
 けど、でもその頃は……まだ壁──いや、そんなに拒絶感は無いけど、今と比べたら薄い薄い膜のようなモノが私達の間に広がっている。数ミリにも満たない厚さだけど、しがみついて深くじゃれ合うと肌に張り付くような感触。

 それが消えたのは──。
 感じなくなったのは、その膜がぺろっと捲れるように私達の肌が、私の中にレイの冷気がまた一段階深く切り込んでくるようになったのは……。

 猛暑の中で、
 再び聴くあの音色と、私の隣に立つレイを眺める母の無邪気な視線。
 別荘の思い出。
 
 すっと私の髪がレイの指で梳かれる。
 何度も。
 まるで私の記憶を絡みとるように。でも、逆効果だった。むしろ余計に、鮮明に、あの時感じた絶望感が綺麗に剥ぎ取られて、薄れていた記憶が蘇る。


//終
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