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レイの歌声、膝枕 02
しおりを挟むえ、
私は、
今……レイに膝枕してもらっている? ニタニタと笑われながら……。ぼやけた視界が鮮明に写り、流石にこの状況は──マズい! となんか本能的なところで警告音が鳴り響くけど、レイがすっと私の顎を撫でると途端に動けなくなる。レイの指が触れた部分からピリピリと電撃が顎から私の頭部に侵食してくる。まるで脳からの命令を遮断されたかのように、私は身動き一つできず、レイの膝に頭を乗せて柔らかさを感じていた。
「どう、私の膝枕は?」
「……柔らかい。あっ、顔撫でないで」「わかった」「わかってるなら手を……く、擽ったい」ホントは擽ったいだけじゃなかった。膝枕を受け、レイを真下から見上げるアングルとレイの歌声で全身が撫でられた後に直に触れられると結構……困るかも。ゾクゾクする。心臓が全身に血液を大量に流し込む準備を始める。
「レイっ」
「ほらほら次の曲始まるよ」
レイの目つきが変わった。
レイは、癖みたいな動きで軽く自分の喉を触った後に、すぐに私の顎を擦り始める。猫を愛でるように。すりすりとレイの冷たい指になぞられるだけで体が震える。この状態であの歌を、──星屑ソラのデビュー曲を聴いてしまったら、私はどうなってしまうのか、考えると恐怖を覚えた。
僅かにレイの太腿が熱くなる。指先はこんなに冷たいのに、服を介してのレイの肌は一般的な温もりを備えている。
「ちょっと、そんなジロジロ私の顔見んなよぉ」
「見上げるとレイの顔が映っちゃうし」
「も~」
このアングルから歌うレイの表情もなかなか乙なものね。胸越しに映るのも……唆るというか。レイは不意に苦笑いすると、ぐいっと私の顔を掴むとそのままレイのお腹に押し付ける。
「ふがっ!?」
「見られるの恥ずいんで、私のお腹に顔埋めてろ」
「うぅ……」
セーター越しのレイのお腹が目の前に広がる。太腿とは異なる弾力を秘めている。レイって胸もお尻も柔らかいし、全身フニフニ人間なのね、と変なこと考える。……きゅっとレイの腹筋が硬くなった。私は……レイに押し付けられているから……とそれを言い訳にしながら、ぐっと顔をレイのお腹に寄せた。
レイが呼吸をするとお腹が膨らむ。セーターの匂いと、レイの香りが一気に鼻腔を通り抜けると過剰なレイ摂取で頭がクラっとする。いい匂い……。歌うレイの姿が見れないのは残念だけど、こうしてレイのお腹と太腿の感触を味わうのも最高ね。
前奏が聞こえる。
レイの呼吸が少し早くなる。私も、何故かレイと合わせて息を吸っていた。レイと一緒に呼吸をしていると、私はレイの一部に同化したような錯覚を覚える。我ながら恐ろしいこと考えるわね。レイに間違ってでも伝えたら確実に気持ち悪いと思われるので、絶対に言わないけど──。
ポンポンと頭を撫でられた。レイの細い指が頭皮に混ざり、指先で髪をクルクルと弄くる。その他愛ない刺激もこの密着度では身体の芯に響く。今、絶対私変な顔してるわ。笑みと怯えが入り混じった表情……。むず痒い。髪を弄られるだけでも結構頭に響く……。流石にピリピリはしないけど、でも……レイに触ってもらうと嬉しい──。
甘い快楽に浸っていると、不意にレイの歌声が耳に響いた。
張りのある声──。
心地よい……。
はぁ、
レイ……。
いつの間にか手を握られている。
傷、
を撫でられる──あ、違うわ、爪をそっと立てている。でもズブリって突き刺してこない。ただ触れているだけなのに、まるでレイの歌声が私の傷口に塗られていく感覚。
私はそれを身悶えしながら受容する。私の大事な部分をレイに晒す。
望んでいた。
何を?
多分、なんか、私の傷というか、そこにレイの感傷を上書きして、そう願っている。そんな私が恐い、けど、どうしようもできない。だってレイの歌声に私の体が支配されるのよ。理性や本能を超越したパワーにねじ伏せられる。動けない。凄まじい声の圧迫感に体が麻痺する。レイのお腹に触れて、ビリビリと響く音の振動を直に浴びながらは……。
体から変な汗が吹き出る。
心臓が壊れるように音を鳴らす。
どうしよう。
やばい。
困る。
これ以上は。
「あ、次はこれか──」
レイは、いつもの声色に戻り、ふっと全身から緊張が抜けた。すると私の意識が漣のように戻ってくる。少しでも気を抜けばまた私から離れてしまいそうだわ。
このメロディーはレイに初めて歌って貰った曲。
私が思わず涙した曲。
レイの声に。
そっとレイを見上げる。レイはぺろっと唇を舌で舐めた後、喉を軽くさすった。水を飲み、目を細める。みしり……と音が鳴るみたいに顔が一瞬強張る。この曲だけはレイの姿が変貌する。もちろんいつもと同じく可愛いけど、外側が裂けて中身が出てくるような雰囲気を纏う。どうして? 何故? と疑問が吹き出すけど、レイに黙ってよ、と言われるみたいに手を握られて何も言えない。実は問われたい?
私の震える指から伸びる問いかけを潰すようにレイは声を出した。
ズガンっ! と頭に衝撃が走る。野太い振動に意識が混濁して、私はレイのお腹に顔を埋めてそれを耐える。さっきとは違う。初めて歌って貰った時とも違う感情が声から私に襲いかかる。
レイから突き放される。
こんな近い距離に居るのに。一ミリだって離れていないのに──。
嗚呼、本当に凄いわ。
レイの声に、改めてそう思う。納得する。確信する。思い知る。
カラオケが上手い人とは違う、……幼い頃、母に連れられて、母の友人の声楽のレッスンを見たことがあるけど、その一流の人と遜色ない完成度、美しさ、……レイの方が凄い、かも? 流石にそれは言い過ぎ……じゃないわ。
ifの世界。
もしも、って考えてしまう。
レイが、
こんな田舎の小さなカラオケのワンルームじゃなくて、もっと大きな舞台に立ち、大勢の観客がレイの歌声に耳を傾け、壮大なバックミュージック共に空を突き抜けるような歌声を響かせる。そのビジョンが私の中に鮮明に浮かび上がった。汗を滴らせながらもにぃっと最高の笑みを浮かべるレイに観客が熱狂する。その中で私は、一人佇んでレイを見つめる。こんな大勢の人間に感動を与え、一人の個としての圧倒的なパフォーマンスを魅せつける存在感。まるで私の母のようだった。巨大なホールの中であの小さな体でピアノを操り、無数の視線を一点に掌握する。ブラボー! の歓声と共に、誰もが立ち上がり、称賛の拍手を送る。あれが、私のお母さんなのよ。凄いでしょう! うん、昔は嬉しかった。だって私も母のようになると思っていたから。いつの日か──。でも違った。私は、成れなかった。代わりにあの人は私が立つはずだった場所に居て、そうなると全てが憎たらしくて苦しくて情けなくて辛くて──。
レイのこと、密かにプロダクション等に履歴書を送りつけようと思っている。だって、そうすれば絶対に合格するわ。レイのポテンシャルならあっという間に歌手にたどり着ける。あの星屑ソラよりも凄い歌手になる。この曲だって正直星屑ソラよりもレイの方が魅力的だもの。で、ステージに立つレイを見て、私は
私は
私は?
私は
あの子、私の友人なのよ、と誇らしくて、自慢するだけで、運良く仲良く成れただけの普通の人。
でもそうよね、芸能人になったら私みたいな何も才能も無くて自分から夢から無理やり逃げた人間とは距離を置く、はず。レイはそんな子じゃない、って私の中の私は声を荒げるけど、私たちの間に深い溝ができたら……もう今みたいにいつも一緒に過ごせない。
自分でおかしな妄想しておきながら、それを必死に否定する私が存在する。
私がとても醜い人間だと理解できて、体がボロボロと崩れ落ちるような恐怖を覚えた。
勝手に履歴書送るなんて……絶対にしないし、それ以前に……レイが誰か私以外の人間と一緒にカラオケに行って欲しくない、と懇願していた。僅かな可能性も消し去りたい。レイが、私の元から離れないように、レイにはもしかしたら私とは違う世界に向かうことのできる可能性を秘めているかもしれないのに、私はそれから見て見ぬ振りをして、別の道に進むのを全力で阻止する──。
だって、
レイの声は……
ううん、
レイのすべてを、
私だけに、
へぇ……。
そんなこと思うのね。私が捻り出したシンプルな答えに思わず身震いする。でもその思いは私の中で病魔みたいに巣食っている。レイに触れるたびに、レイの感触を味わうたびに育ち、私からレイを逃さないように、と意思を私に訴えてくる。なんか否定したいけど、できない私がホント嫌。
「けほけほ……」
レイは突然咳をして、私ははっと我に返る。レイは歌を辞め、水をごくごくと飲み始めた。
「だ、大丈夫なの?」歌わせすぎて、喉を? と怖くなる。
「むせただけ。はぁ……ってかサクラも歌おうよ~。喉痛くなる」
「……そうね、たしかにレイばかり歌わせすぎたわ」
私はレイの膝枕から離れると、マイクを手にする。そして、ふと「でもレイって歌の才能あるわ、本当に。歌手とか目指してもいいんじゃない? 母の知り合いにプロダクションの人が居るから、手っ取り早くオーディションだけでも受けさせてもらうこともできるわよ」滑らかに口から飛び出る。何故こんなことを口にしたのか、その真意は自分でもわからない。
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と私の目をまっすぐ見つめながら言った。「だから絶対に歌手とか目指さない──」
そこでレイは言葉を切ったけど、その先にまだ何か余韻のようなモノが響いてくる。まるで、私の想いに声をかけてくれるような感覚に戸惑った。
//終
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