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記憶、全ては夢
しおりを挟む目を覚ますと、ついレイを探してしまう。
シーツの上でふわふわ腕を泳がせて、レイの体に触れるのを待つ。あの柔らかいモチっとした感触を味わうのが好き、大好き──。
……あれ、当たらないわ。
どこ、どこよ……。
目を開けると、私の隣には誰もいない。枕元のスマホを確認すると夜中の二時。
真っ暗な部屋。
雨戸を閉めているので、星光すら差し込まない暗闇。
自分の腕すら見えないような世界で、レイを探す。……まぁスマホの明かりでそれなりに見えるんだけどね。
しかし、私の腕はベッドの端にたどり着いてしまった。目も暗闇に慣れて、部屋の中にレイが存在しないと認識する。
──レイ?
と思わず心の中で声をかけていた。もちろん返事なんか無い。はずなのに、「サクラ!」と返事するレイを期待している私は我ながらアホだ。だっていつもそんな感じで反応してくれるし……。いやいや寝惚けてるの? って苦笑しつつもレイが見当たらないので不安にかられる。
ドキドキ、と鼓動が早まる。
「シーーーン」って擬音が聞こえてきそうなほどの静寂だった。
ベッドの上で、私は不安から逃れるように体を丸める。なんかシーツを擦る音もやけに響くわね。微妙な肌寒さを覚え、毛布を掴む。……レイの匂い。レイのベッドなんだから当たり前。深呼吸をする。もちろんレイの匂いを嗅ぐために──。はぁ、効くぅぅ……。一瞬の浮遊感と幸福感で頭がクラクラする。
今日はレイの家に泊まり、一緒に眠った──はず。
思わずシーツに顔を埋めていた。
確認するために。
レイの情報、レイの存在していた証を……。
レイの匂い……。
レイの温度……。
レイの──。
怖くなった。
本当に、現実に、レイは存在するの? って。
いやいやこの匂いとか、ベッドに残った温もりとか、全部あるじゃない。そもそもここはレイの部屋でしょ。
って自分に訴えるのに、その声を掻き消す騒音のような恐怖が止まらない。
本当に?
本当に?
本当に──ここは、レイの部屋なの。例えば今までずっと私は夢を見ていて、レイは私の夢だけに存在して、私は実体のない人間と会話するタイプの可哀想な人で、部屋の飾りだってレイという人物を想定して私が自室を勝手に模様替えしたんじゃないの? 所狭しと並べられたくまたんのフィギュアもそういう設定を与えるためだけに、実は私が集めたとか……。
バカなの、私は?
何よその古典的なストーリィ、意味不明じゃないと一蹴したいけど、証明するためのレイが居ない。ってか夜中に消えるって、どうして? いつも隣に居るのに。……夜中にふと目覚めた時、隣でスゥスゥと寝息を立てるレイを確認するのが好き。レイの手をそっと掴み、ピリピリした感触を味わいながらレイの柔らかい体にそっと埋まるのが大好きだった。
不安が消えない。
むしろ私の恐怖を餌にしてブクブクと増大していた。なんでもいい、レイが居た証明を──とスマホを起動するも、電池残量ゼロの表示された後にぷっつりと消えてしまった。スマホってもう中毒というか、インターネットに接続するための人体の一部みたいな存在なので、起動してないと体の一部を喪失したみたいで心許無いわ。
ねぇ、レイ……。
レイは、私が思い描いた都合の良い人間なの? 私が心と体に傷を負い、現実から目を背けて生きる自分があまりに哀しくて、そんな私を保護するための自衛、的な存在? 嗚呼、だからレイは私の考えていること、全部わかっちゃうの? レイには絶対に知られたくない! と願うことも、私の手をぎゅっと握られた次の瞬間には全て悟っている。まるで私の心を読んでいるかのように。けどそれは、私が生み出した存在、だから──。
この匂い──実は私が適当に買ってきた甘い香水で、温度も自分の温度をレイと思い込んでいるだけ。記憶も……全部私が捏造しただけ──。
風切音を鳴らしながらネガティブ思考を頭の中で加速させるのに、体は金縛りに捕らわれたように動かない。
ドキン、ドキンドキンドキンッ! って鼓動が強まる。恐怖が体の中で這いずり回るのを感じる。ぎゅぅっとレイの残り香を纏うシーツを掴んだ。レイの指を掴むように。いつもレイが私の手を握ってくれるように。
「レイ……」
視界が滲んだ。
真っ暗なはずなのに、どろっと蕩けるように瞳に映るレイの部屋が歪む。レイ……と今度は心の中で声をかける。あなたは本当に存在するのよね? と訊く。その瞬間、記憶が逡巡する。深海魚を眺めながら泣きそうな顔を晒すレイも、それはもしかして鏡に映る私だったの?
わからない。
色々と。
私の存在とかも、なんか不安になる。この世界とか、宇宙の中に星が浮かび、私はそこに住んでいる。って聞いただけで、実際に私が見て実感したわけじゃない。全て嘘の可能性だってある。例えば、太陽なんてモノは存在せず、人工衛星のような明かりが浮かんでいるとか。それとも、宇宙の彼方には私たちでは認識もできないような巨大生物が存在して、私たちを管理しているのかも。ほら、私の体内の白血球とかも自分達が人間の体に住んでいるなんてこれっぽっちも理解していないはず。それと同じ──。狂った思考が止まらず、実は私はどこかのWeb小説投稿サイトに載っている物語に登場する人物の一人に過ぎないのでは? となんかメタっぽいことまで考えていた──。
ジャー。
トイレの水が流れる音がベッド越しに聞こえた。
途端にはぁぁぁ~と盛大な溜息をつく。ぬるま湯に首元まで浸かるような安堵感が全身を包み込む。
トイレ? そう言えば寝る前にお茶を飲みまくっていたわね。
一階を小走りで進む音が響き、今度はリビングで水道が出る音。水でも一杯飲んでいるのかしら。ごくごく、と喉を鳴らす音まで聞こえそうだわ。
ふふっ、と笑いながらレイが帰ってきたら声をかけようと思った。けど、私は敢えて寝たふりをすることにした。
私が眠っているところにレイが戻ってきたら、何をするのか気になったので……。
レイを騙すようでなんか悪いけど、ってか私もよくやられるから、そのお返しよ!
私は深呼吸を繰り返して心臓の脈を平常時に戻す。レイは感が鋭いので、抱きついてきてあれ、サクラの脈がおかしい、実は起きてる!? と気づく可能性が高いわ。
トントントントン!
階段を上がる音が聞こえた。レイの足音。一瞬緊張してから、はぁ……と脱力する。完璧な狸寝入りね。これならレイに気づかれることは無いはず。
キィィ。
扉が開いた。
「ふぁぁ……ねむ」とレイが欠伸しながら入ってきた。テーブルの上にスマホを置き、ゆっくりとベッドに上がる。「あ、毛布独り占めにしてる。返せ~」と言いながら私の体から毛布を剥ぎ取る。いつも独り占めするのはあんたじゃない、とツッコミそうになったけど堪える。
「はぁ……。……ん、サ、ク、ラ、起きとるか~い?」
まさかもう気づかれたの?
いや、そんなはずがない。まるで少年マンガに登場する強者のように私の呼吸の変化や筋肉の伸縮具合で気づくとかは流石にありえないわよね? スリスリと指を擦られる。手を掴むと私の思考を読めるとか、そんな能力持っていたら流石に気づかれるけど──。
「……なんだ、寝てるの」
ほっと胸を撫で下ろした瞬間、「ふぅぅぅう」とレイが耳に息を吹きかけてくる。けど私は必死に堪えた。それは読んでいたわ。どうせレイのことだから私が起きていることを想定し、何かしらフェイントを仕掛けてくる、と。出会ったばかりの私だったら引っかかっていたと思うけど、鍛えられた私はその程度では崩れないわ。
「反応しないな。起きてたらはぁぅぅぅ!! 耳は弱点なのよ~でももっと触って~ってうねうねするのに」しねぇよ!
今度は私の頬をツンツンと指先でつついてくる。しつこい……。こんなの起きるでしょ……と思いながら堪えていると、レイも飽きたのか触るのを辞めた。
ふぅ、と一息つきたいところだけど、バレそうなので必死に耐える。
「あっ、そうだ」
ニヒヒ、とレイが悪戯っぽい笑顔を浮かべているのが目を瞑ってもわかる。
次は何を仕掛けてくるのか──。
「おいで、サクラ」
レイは小声で私を呼ぶ。
突然何なの? 戸惑っていると、「ほらサクラ~」とレイはまるで犬を呼び寄せるように私を呼び続ける。
「あれ、いつもならモゾモゾしながら来るのに」ボソリと言う。
……何それ。
え、待って、つまり私は夜中寝ている間、レイに呼ばれると無意識の内にレイの下に体を移動させているの?
「おいで~サクラ~」
あ、あぁ……これはちょっとヤバいかも……。
レイの甘い声を耳で浴びていると確かにレイの下に向かいたい衝動にかれれる。どうしよう……レイが呼んでるし、呼びかけられたらいつもレイに身を寄せているのなら、今も同じく近寄っても問題無いのよね……。
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手が解けていたので、レイの背中に回し、そっと抱きしめる。自分からレイの胸に、レイの体に私の体を埋めた。レイの感触を肌で感じるたびに快楽が頭の中で吹き出る。もう止められない……。理性がなんか警告音っぽいのを発している気がするけど今は邪魔。ドクドクドクと微かに聞こえるレイの心音を聞くと安心した。こんなこと眠っている時に毎回されていたなんて、睡眠中の意識の無い私に嫉妬した。
「ふふっ、今日はいつもより抱きついてくるね」
その言葉に風前の灯火だった理性が我に返る。このままでは起きていると悟られてしまう。その場合は、レイは離れてしまうわ! もっと控えめに、だけども気付かれないように。
「ま、サクラが眠っている時に呼び寄せたことなんて一度も無いんだけどね──」
クスクスとレイは笑う。
笑う……。
笑う。
爆笑。
滅茶苦茶笑ってる!
やられた。
そんな気はした。どう見ても罠じゃない、とわかってはいた。本当よ。けど、抗えなかった。レイに、レイに……抱き締められると思うと、居ても立ってもいられない、理性で制御できない衝動にかられた……。
もうどうにでもなれ、私はレイの感触を味わいたいのよ! と自棄になりながらしがみついた。腰に回した手に力を込めて、足も絡めて──。
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嬉しい、とはまた異なる感情。歓喜、それも違う。ただの快感──が私の中で渦巻きのように巡った。
響くレイの心音を子守唄にしながら、眠りに落ちる。
//終
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