傷を舐め合うJK日常百合物語

八澤

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あの時、あなたは何を言いかけたの?

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 痛い……。
 痛い、痛い痛い……痛いッ!

 ギリギリと締め付けられる。
 誰かに思いっきり──手を握られてる。指が、砕けそう。

「痛い!」

 目を開けると……見慣れたブレザーの紺色。ぼやけた視界の焦点が合い、レイの首から肩が見える。
 私は、レイに寄りかかって眠っていた。
 ガタンッ
 と小さく揺れる。
 ここはバスの中で、私たちは一番奥の席に座り、肩を寄せ合って眠っている。

 ドクン、
 ドクン、
 ドクンドクンドクン!

 妙に跳ね上がる心臓を落ち着かせるために、私は深呼吸をした。胸が痛みを覚えるほど心臓が脈打っていた。それはレイに手を潰される勢いで握られているから……ってわけじゃないわね。

 恐怖。

 まるで何かが私の中に入り込んでいたようなおどろおどろしさ。身震いしてしまう。思わずレイに握られていない方の指を眺めた。握る、開く、握る……を繰り返す。自分の、私の体に決まっている。当たり前じゃない……当たり前。私は一体何を心配しているのよ──。

「んっ……」

 ぶるっとレイが震えた。
 僅かに瞳を開き、視線を散らした後、私の姿を確認して、再び目を瞑る。
 そして、狸寝入りを始めた。すぅすぅ……と妙に慣れた感じで。私がレイと一緒に眠って、時々夜中起きるとこんな感じの寝息を立てるレイが居る。そういう時、私はレイ眠っているのね! この隙に──ってレイに抱きつく。

「……レイ」
「むにゃむにゃ」
「そんな綺麗な発音でむにゃむにゃ言うか! もう、起きてるんでしょ」
「ん、おはよう」
「おはよう、じゃないわよ。ってか、手を離して……痛い」
「え、だって──」

 レイは何かを言いかけて、ポカンと口を開けて動きが止まる。
 じっと私を見つめて。
 大きな瞳がキラリと輝く。

「レイ?」「サクラ、だよね?」「……何言ってんのよ」
「え、あっ……うん、サクラだ。私が寝たフリしているとそっと抱きついてくるいつものサクラだ!」
「だ、抱きつかないわよ」
「あれ……なんだろ……なんか夢、かなぁ~う~~~~ん」

 唸りながら体を伸ばすレイから目を離し、窓から外を眺める。
 トンネルを抜けると、ぱっと周りの世界が光を灯す。
 夕焼けに染まる街は灰色の人工物で構成されているとは思えないほど光を灯している。
 ──見覚えのある黄金色に染まっていた。
 ぞわっと、背筋が凍りつく。
 何故か、自分でもよくわからないけど、冷水を浴びるような恐怖に襲われる。レイを見やると、私に吊られるように外を眺めて、その瞳を僅かに見開いた。

「あのさ、ちょっと降りない?」
「どうして?」
「まだ、夕方だし」「すぐ暗く……」「ならないよ、ならない……。ね、ね……なんか、コンビニとか。コンビニ寄りたい!」「はぁ、コンビニッ!?」
「大きな声出さないでよ」

 レイに指摘されて口を抑える。自分でも何故声を大きくしたのか不思議だった。でもコンビニと聞いた瞬間、何かが私の中で蘇りそうな気がしたけど、何も……思い出せない。
 ってか、レイの指は離れず、私の指に絡みついてる。珍しく震えている。まるでレイから感情が流れ込んでくるかのように怖がっているとわかった。そんな気がしただけで、別に思考を読めたりなんかしないけどね──。

「髪、ボサボサだね」
「あんたも……ほら、珍しくアホ毛生えてる」それでも滅茶苦茶可愛いってヤバイわ……。
「少し寝ただけなのに」
「ホント……」

 電車が止まった。
 あははは──と私たちは乾いた笑いをかけあうと、そそくさと立ち上がり、外に出る。小走りから駆け足で。ドクンドクンっ! と心臓が音を響かせる。レイの手を強く強く握り返す。

☆★☆★

 自動ドアを通り抜けると、そこにはハキハキとした感じの店員が元気よく迎えてくれた。

「店員さん、居るね……」
「当たり前よ」
「お客さんもちらほらと」「夜中ならともかく、この時間帯は最低一人は居るわよ」「ってか、……うん、そうだけどさぁ~」

 普通の人間、よね?
 と疑問が何故か私の中に浮かび上がる。そっと観察してしまう。レイ以外の人間が存在することにほっと胸を撫で下ろす。レイも、だ。どこか安心するようなため息をつき、首にかけているくまたんのマフラータオルをぎゅっと強く結んだ。……それさえなければ──って若干苛立つ。
 レイがびくっ、と震えたけど、即座にマフラータオルを妬む私が不思議に思える。

 私たちは適当にジュースを選び、レイはレジにジュースを置いた瞬間にお金が無いとか喚くので奢って上げた。
 ──そのマフラータオルを手に入れるため、そして、そのあと駄菓子屋でレイは飴を購入して、その後にまた奢ったような……アレ、でもはっきりと記憶が無い。朧げに、私たちはコンビニで、商品を……えっと、購入した。でもやっぱり悪いなって思ったから、紙に書いて千円札を──。

「今日仕事で遅くなるって。……サクラんち泊まっていい?」レイはスマホを確認した後に問う。
「いいけど」

 コンビニを出て、夕焼けに包まれながら私たちはゆっくりと歩む。人の姿を見かけるたびにほっとする。けど私たちは手を離さない。時々外でも手を握るけど、それはなんかイチャイチャするというか、レイがふざけてサクラ! って抱きつく余韻、みたいなモノ。
 今は私たちの存在を確かめ合うために、そんな気分。
 この薄気味悪さ、なんか無機質で冷たいプラスチックみたいな不安が拭い取れない。
 レイのぴりっとする寒気だけが──私を安心させる。

「さっきから何をずっと考え込んでるの?」「ん……夢を見たかも」

 夢、と口にしたけど、そこまでふわふわとした感覚じゃなかった。
 私の体のあちこちに傷が残っているみたいに何かが残留している。さっきから、何か発生するたびに私の中でぐっと浮き上がってくるモノがあるけど、あと少しってところで、その感覚は泡となって消え失せてしまう。歯痒いと思いつつ、思い出さなくてよかった……と何故かほっと胸を撫で下ろす私も、存在する。

「へぇ、サクラも?」
「レイも?」
「なんかねぇ、サクラと一緒に冒険する物語を夢に見たんだ。ビビるサクラを私が導き、現われるゾンビや怪獣をバッタバッタとなぎ倒す。でもサクラは非道いんだよ、私を餌に一人逃げようとするの」
「しないわよ」「まぁ、私の方が足疾いから」「はいはい……」
「でね、途中で写真屋さんに──」「はぁ!? 首無しはトレンドなの!」

 思わず口走っていた。
 レイは「でたでた」と小馬鹿に笑いながらも途中で顔を強張らせる。ぎゅぅぅってレイが強く手を握ってくる。

「だから、急に大声出さないでよ~」
「レイがおかしなこと言うから」
「……写真屋が?」
「違う、夢とか……」「最初に言ったのはサクラじゃん」「けど、ゾンビとか……ゾンビ──」

 私たちはその後無言で進んだ。
 夕焼けに染まりながら。
 電車に乗り、運良く座ることができ、その間も手を重ねて──。

☆★☆★

「わぁ、これこれ! 久しぶり~」

 レイは私の部屋に入った途端、ビーズクッションに倒れ込んだ。ぐにゅって沈み込む。しばらく動かなくなった後、「す~~~~はぁぁぁぁぁぁ……サクラの匂いがする」
「キモいキモい」
「いっつもレイの匂い最高じゃない! ってクンクン嗅いでくるくせに」
「してないっての……はぁ」

 鞄を置き、ベッドに座り込むと思わずため息がこぼれた。「すげぇ、まるでおっさんみたいなため息を吐き出した!」
「疲れたの」
「今日は体育とか無いのに?」
「レイも、でしょ?」

 問うと、レイは素直に頷いた。首に回してたマフラータオルを眺めると、素早く鞄に押し込んだ。まるで隠すように。
 さっきから、なんか普段よりも覇気を感じない。いつもは鬱陶しく感じるほど纏わりついてくるけど(それが超可愛いんだけどね)今は若干……怯えている感じ。空元気というか、普段よりもテンポ、リズムが噛み合わない。
 ……それは私もか。

「最近寝不足だからかな」
「ゲームは抑えてるわよ」「あれは抑えてる内に入らないよ」「だってフェスが近いし」
「ふ~ん、ま、次は私がギタギタにしてやるけど。今から冥土の土産のセリフ考えておきな」
「それ死亡フラグじゃない」
「私は乗り越えてみせる」

 レイは棒読みで言いながら、やはり疲れているのかクッションの上でゴロゴロと体を動かす。上向きに体を伸ばしても胸がしっかりと形を保っているのは流石ね、と思わず見惚れた。

「ねぇ、サクラ」
「ん?」慌てて視線を外す。
「こっち来てよ」「なんで」「寒い、温めて」わざとらしく震えた。
「そんなにガタガタ震えるほど寒くなかったでしょう」

 って言いながらレイの下に向かう私がなんか腹立つ。それを理解してるレイにも……。けど、抗えない。レイがカモ~ン! って手を降っていると、私はフラフラと向かってしまう。

 寒いってのはまぁ気温下がり始めたし、レイは体温低いし(多分)、私もレイの温もりを感じたいし──。
 言い訳を並べながら、レイの隣にボフンと収まる。レイは、私の胸元辺りに顔を寄せて、ぎゅっと抱きしめてくれる。柔らかい……。皮膚が触れ合うとぴりっと痺れるような感触を味わう。今まで感じていた怠慢感がすーっと薄れる。レイの頭部に顔を寄せて、シャンプーとレイの香りが入り混じった匂いをクンクンと嗅ぐ、嗅いでしまう……。肺の中がレイ成分で満たされる……。はぁぁぁぁぁ──最高。

「サクラ暖かい……」
「ぐりぐり顔擦り付けないで」
「とかなんとか言うけど受け入れてくれるんだよね~。サクラ優しい。可愛い、美人、あとあと」
「煽てても何も出ないわよ」「今度私が金欠の時に奢っていただこうと思いまして」「もうクジは駄目」
「そうだね、気をつける。でもさ、私誰かさんと同じで、熱くなると自分を理性で制御できないタイプだから」
「私は、自分で、払ってるから」
「寂しいこと言わないでよ。ほろほら、すりすりしてあげるから!」
「そんなので懐柔されるわけないでしょう」

 ──ギリギリだった。
 レイの柔らかい四肢がにゅるにゅると蠢き、私の体に絡まり合う。その感触でゾクゾクって体が震える。やばい、このままだと「もうしかたないわね!」とか口にしちゃいそう……。

 けど、今日は何故かそこそこ余裕があった。瀬戸際はその通りなんだけど、普段はもっと白目向く感じなのに、まだ舌を歯で噛む程度で済む。
 ……なんだろう、えっと、これは……その物足りない。

「サクラ」
「ん?」
「苦しいよ」「あ、ごめん」「締め付けすぎ」

 だってこんなモノじゃないから……。
 少ない、
 足りない、
 不十分、
 満たされない、
 欲しい。
 欲しい。
 欲しい……。
 もっと、もっと……欲しい。
 レイの刺激が──。

 薄暗い部屋の中で、そっとレイを見やると瞳だけがキラキラと輝き、私をじっと見つめている。
 何か言いたげで、でも絶対に口にしない顔。
 まるで私の心理を読み取っているようで怖くて、けど……それが心地良い、とか思っている。鼻で私の首筋辺りを擦り、くすぐったい……。
 けどそれも生々しさが足りないの。
 もっと、
 強く、
 皮膚を貫いて、ずぶりって、臓腑に食らいつくような刺激が欲しい。
 その瞬間に、レイに手を握られた。
 
「痛いッ」
「あ、ごめん」「まだ痛む」「あ、私が刺した傷か……」「手のひらの傷ってホント痛いのよ」「まぁ指は無数の感覚神経の集合体だからね~」

 あの時にレイが盛り上がりすぎて、……あの時。
 痛みと共に記憶が蘇りそうなのに、その先が空っぽだった。何か残っていたはずの感覚……。
 う……でも、私の体に残るニュルニュルした感触がうざったい。
 レイのピリっとした感覚の先で蠢いている。
 普段の数倍強くて意識が焼け切れそうな記憶だけがある。

 ──不意に、レイの指が私の耳に触れた。
 むにゅって耳が潰されて、その刺激に「ぅわっ」と変な声が漏れる。

「サクラの耳柔らかくて、こうして揉むとすーぐ暖かくなるから好き」
「ちょっと、レイ」
「反対もいい?」「駄目」

 私は傷のついた指でレイの指を掴む。遮ったようで、ホントはレイの指を掴みたかったから。ぎゅっと絡めて、私の思考がレイに繋がるように想いを重ねて。安心する。するけど……もっと、もっと……レイ──。

「じゃあ──食べていい?」
「いや、意味がわからな──え、ひゃ!?」

 私の返事を待たずに、はむって感触が耳からビクン! と響き渡る。レイの唾液の含まれた口内に耳が吸い込まれ、ニュルニュルって舌が──あ、あぁあああ……。

「んっ……ぁ」
「あはは、めっちゃビクビクしてる」

 レイの唾液が混じった舌で耳が襲われ、その滑りのある響きが、気持ちいい……。
 じわっと体に熱が広がるのがわかる。
 思わず逃げようと体がもがくけど、ぎゅっと手を握られて行き場を失う。
 なんか……違う気がするけど、嗚呼、近しい感触に、ヤバイ……このまま……は、レイ──。

「あれ、いつもはイヤがるのに堪えてるね……どしたの?」
「べ、別に……」
「辞めなさい~って喚くのに、小さな声で呻いているだけ。イヤじゃないの?」
「え、え……」
「ふ~~」
「ひぃ……」
「心臓も高鳴ってるし、なんか……あまり味は、甘くないけど……けど、サクラの耳は美味しいよ」

 甘い──。
 私の口の中に唾液が溢れた。条件反射的に、何か私の中でスイッチが押し込まれたみたいに……。
 思い出せない。
 でも知っている。
 記憶に無いはずなのに、体が覚えている。
 真っ暗な中で、
 誰も存在しない世界の中で、
 街のど真ん中で……
 私は、
 私たちは……。
 レイは私の耳から離れ、そのまま上半身を少しだけ持ち上げる。じっと私を見下ろす。ほんの少しの間見つめ合った後、レイがゆっくりと降りてくる。
 ──ちゅっ
 と、レイの唇が私の額に触れた。横になり、今度はレイが私を抱きしめる。明かりの無い真っ暗な部屋の中で、レイの匂いや温度、鼓動を強く感じる。それらが余韻のように響き渡り、とある歌が聞こえて、そしてその前に、レイはふと思いつめた顔で私を見つめた。

◆  ねぇ、サクラ。私、サクラに触れると── ◇

「ねぇ、レイ……」
「ん?」
「あの時、あなたは何を言いかけたの?」


//終
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