傷を舐め合うJK日常百合物語

八澤

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崩壊した世界、ふたりきり 03

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「とりあえず公園から出ようか。いつまでもここに突っ立ってるわけにもいかないし」
「そ、そうね」

 確かにあれこれ考えるだけで解決するとは思えない。
 私は……レイの手をぎゅっと握っていた。
 怖い、と思ったから。レイに揶揄されると思ったけど、レイも同じ想いを抱いているのか、強く握り返してくれる。
 もう片方を前方へ突き出しながらゆっくりと進む。

「サクラ、何で腕伸ばしてるの?」
「もしかしたらこの穴は次世代VRみたいな装置で、周りは全て映像かもしれないわ。この公園に見えるのは私たちをぐるりと一周囲んだスクリーンの映像なのよ。そう考えると穴に降りた」「落ちた」「はずなのにまた同じ公園に居るのも説明がつく。ここはその次世代VRの実験場で、ホントは一般人の立ち入りが禁止されているのだけど、何かの手違いがあってそれが解かれてしまった」
「色々穴だらけの理論だけど(穴だけに!)、えっとハシゴが消えたのは?」
「きっとステルス迷彩的なモノが施されてスクリーンに溶け込んでいるのよ」
「ハシゴに?」
「ハシゴと隣接するスクリーンにも。周りの風景を取り込んで描写するの! なんかゲームで見たことあるわ!」
「うーん、でも私たちの世界はそこまで科学技術進んでないと思うけどなぁ」
「あと数歩進めば壁に触れて、作業員の方がどうやって迷い込んだんだ? って助けてくれて、絶対に他言無用だからね、と釘を差されてしばらくの間は監視される生活が始まるに違いないわ!」
「サクラの瞳、希望でキラキラしてる。眩しいよ。安易に絶望で濁らせたくない」

 あざ笑うレイを無視し、私は助けてください助けてください……と仄かに忍び寄る恐怖から目を逸しながら、私の完璧過ぎる理論を信じた。
 が、あきらかに穴よりも広い距離を進み、そして公園の入口に到達してしまい、私の腕は自然と垂れ落ちる。

「はぁぁ……」
「あらら~サクラちゃんの説は外れちゃったようですね~」
「きっと、私たちは……同じ夢を、見ていたの」
「夢説はさっき終わったじゃん」
「違うわ、私たちが公園に入った時に、きっとこの公園には幻覚を見せる気体が充満していて、例えば酸欠に近い状態に自然と陥ってしまう。その最中、私たちは穴という幻覚を見た」
「でも私は中に入ったよ」
「入ってないのよ。きっと地面に落ちているだけのくまたんタオルを掴んの。穴なんて初めから存在しない。私はなんか一緒に気絶したのよ、間違いない!」
「声めっちゃ震えてる……」

 一歩公園から足を外に出した瞬間、ふわりと全身を撫でられるような不気味な感覚を覚えた。
 咄嗟にレイを見つめると、「なんか、今ね?」と多分私と同じ気配のようなモノを感じたのか、少しだけ怯えた表情を魅せる。けど、私は何も感じてませんけど! って顔で早足で進む。レイと手を繋がっているから、レイも早足で私に合わせる。私たちは路地を抜けて大通りに到着した。

「誰もいないね」
「えぇ」シーン、と擬音が聴こえてきそうなほど静寂に包まれている。
「電話かかる?」「圏外だと思う。レイも?」「同じく圏外」
「……きっと私たちの携帯会社に問題が発生して、電波が乱れているのよ」
「あ、確かにそれはあるかも」

 電波が届かないのも超常現象に巻き込まれたのではなく、携帯会社が原因に違いないとまた希望を抱く。
 ネットに繋がらず、電話すらかけることのできないスマホの無力感は結構な割合の絶望を私に与えていた。常に繋がり、あらゆる情報を引き出せるインターネットから遮断された恐怖。そして何より、ソーシャルゲームの日刊クエストを消化できないという焦り……。

「あの、さ……」
「ん?」
「サクラがなんかまた希望抱いて、そしてそれを打ち砕くようでちょっと申し訳ないのだけど」
「……勿体ぶって何よ」
「スマホの時間がね、今……ちょうど9時を回ったところだった」
「……あ、あ、朝の? もう朝、早いわね」
「あ~その反応は実は知ってたね。21時、だよ」
「ありえないわ」
「じゃあサクラのスマホも見せて」

 私は強引にポケットの中を弄られ、私の制止も虚しく電源ボタンを押され、「同じ、か……」と顔を顰めて言う。

「電波が届かないから時間も狂ったのよ」
「数分ならわかるけど、21時。流石にこの明るさで21時はねぇ──」
「数百年に一度太陽が近づいて……白夜みたいなことが発生したに違いないわ」
「やれやれサクラちゃん、いい加減諦めよ」
「諦める、な、何を?」
「現実から目を背けるのを……」
「真正面から挑んでるけど?」
「いい加減さ、今、私たちが居るこの場所というか、世界が何かおかしいって認めようよ」

 レイは立ち止まり、ため息混じりに言う。
 そのレイを照らすように、不気味な色合いの空が映り込む。夕焼けがドロドロに溶かしたような色合いに染まり、21時を過ぎているのに昼間のように明るい。夏を超えて、もう冬に差し掛かろうとしているから、この時間帯まで明るいのは絶対におかしい。
 わかってる。
 頭ではおかしいじゃない! ヤバイじゃない! うぎゃあああ! って納得できる。けど、したくないわ。だって……そう認めてしまったら、レイに言う通りこの狂った世界に私が存在することを認めてしまうことに他ならない。嗚呼、私たちは穴に落ちた瞬間、別の世界に移動してしまったのかしら──。

「とにかく、誰か人と会話しましょう。何か手がかりを見つける」
「私もそうしたいのは山々だけど、さっきから人っ子一人いないよね。これもおかしいぞ」
「あのコンビニに行きましょう。店員が居るはずだわ」

 しかし、コンビニの店内は真っ暗だった。
 扉は電気が通っているのか自動で開き、いつものBGMが鳴るけど、店内はびっくりするほど暗い。誰もいない。その異様な雰囲気に気圧され、私たちは何も言わずにコンビニを後にした。

「どうして誰も居ないのよ」
「私に訊いても無駄だよ」
「お腹痛くて、トイレに入ってる」「じゃあ確認する?」「イヤ」「なんでやねん!」「だって、もし居なかったら?」
「この世界には人間が存在しない、と思われます」
「そ、その結論に至るには早計過ぎるわよ! 道に人が居なくて、コンビニ店員が不在だからっていくらなんでもあまりに暴論!」
「まぁねー。でもなんかそんな感じしない?」
「滅茶苦茶しない」……嘘、滅茶苦茶する。気配というか、無機質過ぎるのよ。さっきから強烈な違和感が、熱波のように肌を擦っている。

 レイは微笑した後、私から手を離し、ふらりと辺りを見回す。商店街まで進んだところで「あっ」と表情を変え、すごすごと戻ってきた。

「何かあった?」
「うーん普通の写真屋さんでした」
「だったらどうして変な顔したの?」
「してない、けど……。あ、見に行くの? 行かない方がいいと思う、よ」
「何か……手がかりがあるかもしれないわ」

 けど、行かなければ良かったと後悔した。
 何故なら、写真屋さんは一見普通のどこにでもありそうな外観で、ショーケースに今まで撮ったであろう写真がいくつも並んでいるのだけど、その写真の全ての顔が……削り取られていたからだ。
 首から上を爪で引き裂いたように、ぐちゃぐちゃに千切れ、顔がわからない。
 ただ、皆笑っている気がした。
 笑顔の写真が並んでいる。
 そのどれも顔が潰れている──。

「レイぃぃぃ!」
「だから私はねぇ、サクラは見ない方がいいと伝えたんだよ」
「もっと羽交い締めにする感じで止めなさいよ!」「人のせいにするな。自業自得」「これ、これもう絶対ヤバイやつじゃない!」
「顔だけ裂かれてるのはなかなかエグい」
「偶然、突風が吹いて真空波が発生し、顔だけ切れちゃったのよ」
「……店内は真っ暗で人は居ない」「ツッコミしてよ!」「だって真空波理論はねぇわな。もうちょっと練って」「そういう能力を使う能力者が存在するかもしれないじゃない」「能力者? あははっ、サクラちゃんは漫画やWeb小説の読み過ぎですね」

 レイはじゃあ私はサクラの考えてること読み取る能力に目覚める! とかなんとかアホなことしてるので、もう一度そっと写真屋のショーウィンドウを眺める。

「はぁ……ショーウィンドウに顔を削った写真並べるなんて……」
「インパクト重視のお店なのかも」

 私は写真屋さんから距離を取り、深く息を吸い込んだ。肺に溜まった空気をゆっくりと吐き出す。落ち着いて、落ち着きなさい私! 少しでも気を抜いたらまた? 気を失う。

「うぅぅぅ……はぁ……ふぅ……」
「大丈夫?」
「厳しい、辛い……」
「もうホントビビリなんだから」

 レイはケラケラ笑いながら手を握ってくれる。今はその僅かな寒気でも安堵する。安堵するけど、ドキンドキン……と心臓が破裂しそうなほど脈を打っている。足に力が入らないじゃない……。立っているのがやっと──。

「ね、一応家に帰ってみる? ……あれ、サクラ?」
「動けない」
「へ?」
「腰が抜けて、駄目……レイ、お、おんぶして」
「イヤだ。サクラ重いし」
「お願い」
「あの写真程度で腰抜かしちゃうなんて、ぷぷぷ……サクラちゃん可愛い」
「レイこそどうして平気なのよ! もう穴から全部おかしいじゃない。空の色は狂ってるし、人はいないし、首の無い写真見て……私までおかしくなる……」
「いやほら私って現代っ子だからさ、漫画やアニメで予習してるから、こういう展開もなんとな~く対応できちゃうというか──慣れてる、みたいな」
「私だって現代っ子! なのにどうして……」
「知らんがな……」

 苦笑するレイに、よしよしと頭を撫でられて、若干嬉しいと感じた瞬間、ふっと音も無く、周りの色が薄れた。
 ……違う、不可思議な色合いを魅せていた空から、明かりが薄れた。
 部屋のライトを一段階下げたように、視界が一気に暗くなる。

「なに!?」
「うわ、暗くなった」
「そうね、21時は夜! 太陽が沈んで夜が訪れるのは自然の摂理──」「いくらなんでも急に暗くなりすぎだよ。ほらほら現実から目を逸しちゃ駄目!」
「無理……」
「お、また明るさが減ったね」
「けど街の……街灯や建物が全く光らないわよ」
「つまり、このままだと真っ暗になる」
「あわわわわ……もぉいやぁあ……」
「とりあえず、どこかの家に入っちゃおう。どうせ人居ないし、居たら謝れば──」「嗚呼、絶対ゾンビや怪物が居るわ」
「あ~なんか出てきそう」
「否定して!」
「自分で言ったんじゃん。ほら、歩いて」
「だから足が動かないの!」
「──仕方ないな」

 レイは突然私に抱き着いてきた。まずレイの温度に包まれる。次に柔らかい感触がひやりと私の肌を撫でる。そしてレイの匂い……。ドキンドキン、と揺れる心臓まで覆われるような安心感を覚えた。思わず私もレイを抱きしめてしまう。はぁ……とため息をつく。レイ……・。

「落ち着いた?」
「少し……」
「歩ける?」
「駄目、まだ……動かない」「もっと抱きしめよっか?」掠れた声が耳をくすぐる。思わず声が出そうになるのを必死に我慢して、私は……頷いていた。
 だって怖いし。
 怖いから、レイに抱きしめられて少し落ち着く必要があるじゃない! って言い訳がうるさい。
 レイは私の想いを読み取ったのか、くすくすと微笑み、更に身を押し付けるようにして抱きしめてくれた。暖かい。スカートから伸びる互いの膝が触れ合って、そこだけひやりとする。何度も、何度も……レイの肩に顔を押し付けて、深呼吸を繰り返す。なんか、このまま……眠れそう。

 その時だった。
 ぎゅぅぅぅうう! とお尻を掴まれる。

「んぁっ!」
「……変な声出すな」
「レ、レイが急に掴むから!」
「動く?」
「え? あ、足? ……動く、かも」
「ショック療法で動くかな~って触ったけど大成功!」
「……揉む前に言いなさいよ」
「それじゃあ意味無いじゃん。ってかサクラはお尻も弱いんだね」

 レイはくすくすと耳元で囁いた。時々聴く、レイのねっとり絡みつくような声色。耳から頭の中に染み渡る。ゾクゾクっと体が震える。どうしよう、今度は別の意味で動けないじゃない。また暗くなった。私の頬が赤く染まるのがわかる。弱いというか、急にお尻を揉まれて、しかも、片方の指が股の方に近づいたから驚いた……。

 抱き合いながら見つめ合う。
 殆どレイの顔が見えない……。
 キラキラと輝く瞳だけは妖艶に光を灯している。


//終
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