傷を舐め合うJK日常百合物語

八澤

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初夏、別荘の記憶

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「暑い~~~~~!!!」

 レイは悲鳴を上げた。アホ面で口を大きく開いて喚く。はぁ~と盛大なため息をついた後、普段の表情に戻った。汗一つかいていない、涼しい顔に。

「いや、そんな騒ぐほどアツくないでしょ」

 放課後。
 私たちは後者の狭間でダラダラとだべっていた。このまま帰宅するのも味気なく、かといってどこか寄るのも月末でお小遣いが厳しい(byレイ)ので、二人きりになれるかつ誰にも邪魔されないこの場所がベストだった。

 6月に入り梅雨が明けた時期。けどそこまで気温は高くない。この空間は密閉されているようで、結構風通りが良く、クーラーの効いている教室には流石に負けるけど、過ごせないほど暑いってわけじゃないわ。

「──練習してんの」レイは小気味よく笑って言った。
「練習?」「そ、だってまだ夏は本気出してない。この暑さも、嵐の前の静けさみたいな、一瞬の安らぎなのさ」
「よくわからないけどなるほど。私は適当に頷いた」
「おい、地の文みたいなこと言うな。つまりね、このあと7月、8月はここの空間が歪むほどの熱で蒸されるの……。入っただけで丸焼きになっちゃう」
「確かに」焼けたレイの肌は美味しそうじゃない。
「だからその気温に備えて練習中。少しでも暑さを紛らすために」
「7月はともかく、8月は夏休みだから学校入らないでしょ」

 私が指摘すると、レイはビクン! と硬直して「そだった……」と大げさに項垂れた。

「まぁ赤点取って補修するなら来るけどね」
「行くか?」「行かない」「サクラ赤点じゃないの?」「赤点じゃない」「肯定の『じゃない』?」「……否定です。ってかレイ赤点取ったの?」

 レイは首を横に振った。レイは結構ちゃらんぽらんな部分があるので成績も同じく──と当初は思ったけど、平均点以上は取っていた記憶がある。因みに、成績に関しては私もレイと大体同じくらい。

「……サクラ、もしも次のテストで赤点取ったら一緒に補修参加しよっ!」
「絶対にイヤ。あ、レイが補修終わるまでここで待っていてあげるわ。アイスでも食べながら」
「はぁ、ずるい! 私にもアイス買ってよ。ってか今買え」
「さっき奢ったでしょう」「記憶にないぞ」「じゃあその頬についた痕は何!?」「こ、これは……」

 レイはこっちが驚くほど動揺しながら頬を触った。「って何もついてないじゃん!」

「そんな動揺して、私に隠し事なんか絶対にできないわね」
「──サクラにだけは絶対に言われたくないセリフだ!」

 レイは何故か唐突に私の手を握った後、そのまま力尽きるように横になり、私の膝に頭を乗せる。私たちが座るスペースには汚れないように、とシートを二人で買って広げてるからまぁ汚れないけど。

 人の生首がごろん……と私の膝の上に転がるのはなかなか来るモノがある。それがレイの頭部と来たら尚更ね。

「ねぇ」
「ん?」
「少し首の位置が高いから太腿凹ませて」「はいはい……いや無理だから」「お安い御用じゃないって顔するから期待して損した」

 サラサラと擬音を鳴らしそうなほど煌めくレイの頭髪が、私の膝を擽るように撫でた。膝に頭部を擦り付けるように蠢かす。可愛い……。ずっと私の太腿の上でゴロゴロさせたいけど、むず痒くなるような感触で笑いそうになるので、レイの顎を掴んで捉える。
 ──ピリピリする。触れた肌から冷気のような感触が指に響き渡る。この気温だとひんやりするので心地いい。

「……ごろごろごろ」
「え、何?」
「猫のマネだよ」「え?」「知らないの? 猫ってゴロゴロ鳴くんだよ」
「へぇ」
「知らんのかい。猫飼った時にゴロゴロ鳴ったら……え、これ病気かしら? ってなるよ」
「飼わないし」

 レイはやれやれ……と呆れた顔をした後、手を垂直に伸ばして──私の胸を触ろうとしてきた。寸前で掴むと、ぎゅっと手を握られる。

「触るな」
「ケチ!」
「すぐ触ろうとして。自分の立派な胸があるでしょうに。そっち揉みなさい」
「もう飽きたよ」「だからって人の触らないの。次触ろうとしたら私があんたの揉むから」
「サクラなら……いいよ」一瞬溜めてから言う。
「その返しも飽きました」
「って言いながら動揺してるクセに~」

 ぎゅっと握ってる手に力を込められる。まるで私の意思を読み取るように……。実際その通りだから困る。顔に出てないわよね、と必死に顔を強張らせる。レイはそんな私の想いすら理解してるようで、にぃっと不気味に……けど可愛い笑顔を魅せつける。

「でももうすぐ夏休みか~」
「なんか予定でもあるの?」
「特に……。きっとダラダラ時間だけが流れていくのでしょう。部活入ってないから蒸し暑い体育館の中で体動かすという地獄を味合わずに済む」
「あれ凄いわよね。外の部活も炎天下の中運動して、絶対熱中症になるわよ。日焼けもするし」
「サクラはその陶器のような透き通るお肌を黒くしちゃ駄目だよ」
「レイも日焼けしたら……けど、それも結構似合う?」
「私焼けてもあまり黒くならないからな。真っ赤になるだけで辛いよ」

 小麦色に染まったレイも……なかなか可愛いじゃない、と妄想していた。小麦色の肌に描かれる日焼けの後とか……水着の──いやいやいやいやいやいや! 何変な想像してるの!

「急に頭を振ってどうした?」
「な、なんでもないわ」
「はぁ、どうせスケベェな妄想したんでしょう……」「してません」「サクラがその言い方する時は絶対してるからなぁ。ってかそう言うサクラは予定あるの?」

 夏休み──。
 去年までは、
 私には、

「サクラ~」
「ん」
「今度は呆けた顔したどうしたの?」「別に」「またえっちなこと考えたんでしょ」「えぇ」「否定してよ。ホントにどうしたの?」
「ちょっと思い出してね」
「何を?」
「私、夏休みは毎年……避暑地の別荘に行っていたの。その時の思い出──」

 別荘。
 と言った瞬間、レイの顔が硬直した。けどすぐに動き出し、ゴクンと唾を飲み込んだ後「先に申しておくぞ。いいか、いいな、あのね、一般ピープルはな、別荘なんて豪勢なモンは所持しておらんのだ。私にね、レイは別荘持ってるじゃない? と当たり前のように聞かれても嗚呼浮世離れしたゆるふわ能天気お嬢様野郎だから仕方ねぇなぁ~って自分制しながらも流せるけど(器デカい!)、クラスの誰かに同じ質問したらコイツ糞金持ちナメクジだなイジメたろ! って虐められて机とか外に放り投げられちゃうから気をつけてね……」
「しないから、そんな心配しないでいいわ」……別荘は普通持ってない、なるほど。
「別荘なんて友達の口から出るとは夢にも思いませんでしたでございますわ~」

 レイはよっと起き上がると、う~んと伸びをする。

「でもいいなぁ~別荘か。小説や漫画でしか聞いたことのない概念だ」
「そんなに良い物じゃないわよ」
「それ、例えるならキャビア食ったこと無い人のあれそんなに美味しくないわよ、って言うのと同じだぞ。こちとら夢を語ってるんだから水差すんじゃない」「キャビアは美味しいわよ」「味を知ってる喋り方だ。イ、イクラの方が美味しいもん!」「イクラももちろん美味しいけど……」
「ねぇ~~ナチュラルに煽るの辞めろ!」
「別に煽ってなんか……はいはい、威嚇しないで」

 レイは犬のようにガルルル! と唸っているけど、その顔の愛らしさからまるでチワワかポメラニアン系の子犬が一生懸命唸っているようで可愛さしかない。

「別荘にプールとかあるの?」
「無いわよ」
「牛や羊が戯れているほど広い庭は? そこでバーベキューとかするの?」
「ないない」
「じゃあ何があるのさ」
「──ピアノ」

 口にした瞬間、まるで走馬灯のように当時の記憶が蘇った。

☆★☆★

 記憶──。
 一年前。
 夏休み。
 毎年決まって私は別荘に向かい、その二階にある部屋の中に居た。猛暑だけどクーラーが不要なほど涼しくて、毎年別荘に訪れるだけで生き返るような気持ちになる。
 でも、
 今年は、違った。

 汗が止まらなかった。
 タラタラと額や肩から汗が滑り落ちていくのがわかる。
 暑いからじゃないわ。
 精神的なストレスを浴びて、私の体から汗が絞り出されている気分。
 ふぅ
 ふぅ
 ふぅ──って、まるで声に出すみたいに深呼吸を繰り返す。そうしないと、上手く呼吸ができない気がしたから。








 無邪気に聞かれた。
 問われた。
 まるで幼い子供が小首を傾げて聴くみたいに。
 母だった。
 私の母は、私と殆ど同じくらいの身長で、顔も姉妹に見間違えるほど子供っぽくて、表情だけじゃなくて内面も健やかな子供みたいで、──友達の母親が大人っぽくて驚いた記憶がふよふよと私の中に残っている。

 鍵盤に触れる指が震えそうになる。最初の音からミスるわけにはいかないから、懸命に堪えて、息を整えようともがく。


















 母と出会えるのは年に数回で、時期はまちまちだった。寂しいと思うことはもちろんあるけど、それ以上に世界中でピアノを弾く姿に憧れていた。私も、いつか母のようなピアニストになる! と夢を抱いていた。

 夏休みの別荘は、母と長い時間を過ごせる空間だった。
 私は、ここで毎年母に一年の成果を披露する。
 私のピアノがどれだけ上達したのか、
 私のピアノの音が変わったか、
 母のピアノとの差を知るために、
 私のピアノが、夢に到達するにはあまりにも力不足ということを、母に、そして私に思い知らせるために。

 最後の演奏だった。
 私にとって。
 だってこの後に、私は──。

☆★☆★

「サクラ、またぼけ~っとしてるよ」

 レイのやや大きな声ではっと我に返る。その瞬間、目の前にレイの大きな瞳が浮いていることに気づいた。

「ちょ、顔近い」
「だってじっと見ても反応しないから……」
「なんか疲れてるのかも。今日はもう帰りましょう」
「うん」

 とレイは頷きながら、私の隣に座った。
 ぎゅっと、手を握る。

「っ!?」
「え、痛かった?」

 レイの指が私の掌の傷に触れた瞬間、何かが迸るような衝撃を味わった。痛み──じゃない。けど、それに近しい感覚。

「ううん」
「まだ痛いのかと思った」
「痕が残ってるだけで、痛みは無いわよ」
「ふーん」
「……あのね、だからと言って、そう触っていいわけじゃないの」

 爪でぐにぐにと感触を楽しむようにレイは傷を触っている。傷を抉るなんてコイツには人の心が無いのかしら。

「じゃあ舐めていい?」
「そうじゃなくて……。レイ?」

 立ち上がろうと力を込めようとした瞬間、逆に少し引き寄せられる。レイの顔が私の肩の上を通過し、私の耳元に近づいた。

「ねぇ」とレイが囁く。響く声色はいつも会話する時と違う。ねっとりとした音に染まっている。呼ばれただけで、私の全身が炙られる気がした。体が動きを止める。囁くレイの声を聞こうと命令が下る。

「な、何?」
「サクラの別荘、私も泊まってみたいな」
「え……」
「今年の夏休み、一緒にお泊りしよう。ね、いいでしょ?」

 去年の一件から、今年は別荘に集まる雰囲気はなかった。まぁ遊びに行こうと思えば、大丈夫な気がする。

「いいけど」

 頷くと、レイはくすくすと私の耳元で微笑んだ。すっと体が寄せられ、太腿から体の側面が密着する。レイの温度がじわっと伝わってくる。何も言えず、行動もできず、ただただレイから浴びる何かを受ける。
 頭の中にぐっしょりと染み渡る声色に胸がざわつく。ぎゅっと握られた指の感触が心地よくて、私はその指に自ら傷を擦りつけた。スリスリ──。


//終
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