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あなたの理由、存在
しおりを挟む「お、ちょうどバスが来たよ」
レイはウキウキと顔を綻ばせて私を見やる。指差す先にはプシュ~と音を鳴らして止まるバス。
……おかしい。
普段なら15分歩くの結構しんどいわね……とバスに足をかける私に「運賃が勿体無い! ブルジュワ!」と罵って邪魔してくるのに、今日は自ら私をバスに誘い込む。
「乗るの?」
「たまにはいいじゃん」
「……いや、先週雨が酷くて乗ったじゃない」
「週に一度くらいは、さ……」
「別にいいけど」
「もちろん自分の運賃は自分で払うよ、へへっ」
「へへっ、って言いながら鼻擦る人初めて見たわ」
レイはカードをかざし、ピッ! と音を鳴らしてバスに飛び乗る。スカートから下着見えそう。そんな躍動感のあるバスの乗り方があるのね、と感心しつつ、私もレイの後に続いた。
乗客は私たちだけだった。
レイは先に乗ったのにまだ座る席を決めかねているのか、ウロウロしてる。
──否、私をチラチラ眺めているわね。これは様子を窺っているのかしら?
何故?
今日のレイはなんかおかしい。妙に密着してくるし(普段の1.2倍)、お昼の時とか普段食べないようなホットドッグを美味しそうに頬張っていた。まぁ……ホットドッグを食べるレイはハムスターが餌をカリカリ食べるみたいで滅茶苦茶可愛いからいいんだけど、何を企んでいるのやら……。
「……なに?」
「ん?」
「さっさと座ったら?」
「サクラからお先にどうぞ~」「なんでよ」「今日はほら、サクラ・ファーストだから」「意味不明なんだけど」
「その……うん、サクラ・ファーストなんですよ」
「雑な理由で押し切ろうとしないで……」
「あ、一番後ろはダメ!」
最後列の長椅子に座ろうとしたけど、レイに塞がれた。
「広くてゆったりできるからいいじゃない」
「えっと、今日見た占いで、最後列は最凶ってテレビでやってたから」
「あんた占いは信じない~って言っていたクセに」
「ほら、サクラの星座占いだもん」
「……まぁいいけど。でもその前の席はタイヤの真上だから結構揺れるのよね」
「じゃあその一つ前にお座りますでしょうか? こちらでしたらサクラの敏感なお尻も満足いたしますと思いまするでございますが?」
「……はいはい」
なんかもう色々めんどうになり、レイに促されるまま席に近づく。もしや席にブー! と音が鳴るクッションなどが仕掛けられているのでは? と席をチェックしたけど何もないわね。それでも恐る恐る座った。……トラップは無し、と。
「よしっ」とレイは小声で言う。
「聞こえてるからね。一体何を企んでるの?」
レイは私の問い掛けに無視して座った。
私の一つ後ろの席に──。
てっきりレイが私の隣に座って、ふふふ、これで駅に付くまでの間、レイの柔らかさを堪能できるわ最高じゃない! と思っていただけに、期待を裏切られた感がして胸が疼く。ってか、私の後ろ……どうして? え、今日の私ってなんか──臭い?
「レイ?」
「あ、ほら出発するよ──」
私の言葉を塞ぐように、レイは言った。ブルルル……とバスが揺れ、ゆっくり前進する。振り返るとニヤニヤ不気味な笑みを浮かべるレイが映り込み、レイの真意が読めず私は動揺してしまう。
動揺を悟られまいと、窓から外を眺めた。
夕日が眩しい……。
沈む間際に魅せる黄昏色の世界に思わず目を奪われる……。キラキラ輝く街も美しいけど、そうそう夕日を纏うレイは本当に綺麗なのよね。輪郭に沿って黄昏色の線を描く姿はあまりに神々しく、拝んでしまう。もちろん両手を合わさないけど、胸の内で手を合わせて──。
布の擦れる音……。
レイが仕掛けて来たっ!
反射的に振り向こうとした時、私の首に何かが触れる。レイがシュルシュルと音を立てながら背後から私の首を抱え込むようにしがみついてきた。
「え!? ちょっと、レイ……何?」
「ふふっ」
ゾクゾクっと震える。
レイの息が耳に降り掛かってこそばゆい。振り返ろうにも私の顔をがっちりとホールドして、この状態で横に……レイの顔の方向に顔を向けたら当たってしまう。ゴチンッ、と骨と骨がぶち当たりそう。
「私が何をしてもサクラは私のことを嫌いになれないよ」
レイの囁く声が耳から頭の中にじんわりと響き渡る。途端に目眩を覚えるような快楽を覚えた。レイの感触や匂いもヤバイけど、こうして脳に直に声を当てられるとクラクラしてしまう……。耳元で「サクラサクラサクラサクラ!」と連呼されたら頭がおかしくなると思う。
「ちょ、っと何、さっきから……」
「私がサクラをそうせっ」ガタタンッ「ふぐぉう!?」
レイが何かを言いかけた瞬間、バスは大きく揺れた。するとレイが不気味な声を上げ、私にしがみつきながらピクピク痙攣し始める。
「い……いすぁ……」「いす、椅子?」「ぁぅぁぅ……どがん! って私のぉ……首に……突き刺さった──」
つまり、レイが一つ後ろの席から身を乗り出し、私にしがみついていたところで、バスが何かに乗り上げたのか大きく揺れた。その瞬間、バランスの崩れたレイを狙うかのように、椅子の背もたれの先が喉に突き刺さった。
「大丈夫?」
「首が……もげたぁ」「もげてない」「イメージ的には、首から上がね、ポーンとすっ飛んだよ」
レイが首を擦りながら涙目で私を睨んでいる。申し訳な──いや、私悪くないわよ! バスが赤信号で止まると、レイはとてちてと私の隣に座った。ぼふん! と椅子が揺れ、一瞬レイがべたりと張り付くように密着した後に離れた。それでも肩と肩が触れ合っている。これよこれ。あぁもうずっとくっつけばいいのに。私とレイにそれぞれ磁石の力が宿り、近づいたら無理やりにもでも接近してしまう──ってか、そんな能力が必要無いほど、毎日べったりしてるっての……。己の貪欲さに驚く。
「痛いよぉ~。首さすって~」
「自分で擦れるでしょう」「サクラのポカポカお手てがいい~ケホケホ」「わざとらしい咳」「苦しいよぉ……。サクラはこんなか弱い可哀想な私を見捨てる極悪非道なのかい?」
うるうるといつものように瞳を潤ませる。アホなこと企んでいた罰ね、全く。
両手を伸ばしてレイの首を擦る。まるでレイの首を絞めているようで、ちょっと怖い。レイも気づいたのか「今度は首を絞められている……」と震える。お望みなら……と首に力を込めるとレイはぶるんと震えた。人の首を掴むのは初めての感覚で、ドクンドクンごっくん! と蠢く生暖かい首は、なんか別の生物を捕まえているみたいで不気味。
「痣とかできてない?」
「ないない」
「強く打たれた反動で喉仏出てきちゃったらどうしよう……」
「そのアホな話題に真剣に答えなきゃダメ?」
「サクラは私の声が低くなってもいいの?」
「良くないけど」「良くないんだ!」「だって、レイの……歌声とか、高い声で響かせないと困るじゃない」もっとレイの歌声たくさん聴きたいのに──。「……そう?」
素になるな。
私も恥ずかしい。ってか歌だけじゃないし。レイの綺麗な声がもう聞けないのは辛い……。目と耳、どちらかを潰さなければならない状況に置かれたら、私は目を潰す、かも。あぁ、どっちも嫌!
「もういいよ」
「いいの?」
「だってなんかサクラの指から色々感情が伝わってくる気がするから……」「せっかく擦って上げているのに」「ありがとうございやした~」
憎たらしい顔で答えるので思わずそのまま握りそうになる。
「それより、どうして背後から首を絞めたの?」
「別に絞めてないよ」
「じゃあ何?」
「この前見たアニメで……」レイはポツリと口にする。
「アニメ?」
予期していなかった言葉にオウム返しをしてしまう。
「そ。夜中まで起きてたら始まってね、そこで女の子が女の子にさ、こーして、まぁさっきの私みたいに背後から抱きついてさ、色々重要そーなことを語る意味深なシーンがあったんだ」
「それを、再現、しようと──」
「どんな感じなのかな~って疑問に思ったの」「そう」「けどサクラに首絞められた……」「過程も述べろ」
アニメ。
私の知らない作品ね、きっと。
……まぁ話題になる映画くらいなら知ってるけど、夕方や夜中に放送しているようなアニメは私は興味無かった。最近漫画や小説で読むことはあるけど。
「サクラってアニメとか見ないの?」
「興味無いというか、見るタイミングが無いのよね。あんたに連れて行かれた映画くらい」
「あぁ、サクラが号泣した奴ねぇ」「そう……じゃないわよ。レイでしょ」
不自然なレイの涙──。
ただ、あの時はどうしてレイが泣いてしまったのか見当もつかなかったけど、今は理由が何となく──ふわっとした形として理解できるような気がする。
「そだっけ。ま、私って感情性豊かで実はナイーブで天然で小悪魔系女子だからさ」
「……そうですか」後半は置いといて、感情性豊かじゃない人って存在するの? って常々思う。
「ツッコんでよ。違うじゃない、レイは愛らしさと美貌と麗しさも兼ね備えているじゃない! って。……さんはい!」「ちがうじゃないれいはあいらしさとびぼうとうるわしさもかねそなえてるじゃない」「もっと心を込めて。私の心がジーンと震える感じでさ」「少し黙れ」
へ~い、とレイは頷きながらそっと手を握ってくる。
このタイミング──。
一瞬気の抜けた、はぁ疲れる……って内心思った隙を突く癒着。
冷気とは異なる寒気に身震いしてしまう。温もりとは異なる痺れる感覚。けど、安心するから不思議。
返事に戸惑う。かといって何も言わないのも焦れったい……。その狭間の矛盾した私の指を掴まれた。ぎゅっと……。指が入り込んでくる。どうにもできない。仕方ないわね、って風を私は装ってるけど、本当は……嗚呼、嬉しくて堪らない。汗が滲むように快感が全身から垂れてくる。レイの何かが指を伝って私の中に侵入してくるみたい……。単純過ぎる私になんか憐れむけど、レイが愛らしいから仕方ないじゃない。
「その、アニメで……」私はどうにか声を振り絞って声を出す。
「ん?」
「背後から抱きしめて、何を伝えたの?」
「なんだっけ……」
「気になる」
「……忘れた」「出た」「まぁまぁスマホで探せば見れると思うよ」
ニヒヒっ、とレイは小気味よく微笑む。
この顔は覚えているわね。
挑発? されると俄然見てみたい衝動にかられる。
「じゃあもう一度してあげよっか?」「やっぱり覚えてるじゃない」「──思い出すかも」「走ってる最中は立ち上がらないでね」「あ、抱きしても欲しいんだ!」「だから、気になるのよ」
我ながら下手くそな嘘……。
レイが顔を滅茶苦茶歪ませて嘲笑ってる。
ほら、止まったから、さっさと行きなさい──と私は目で威圧する。
レイが立ち上がろうとした。が、最寄り駅まで残す一つのバス停だったのだけど、大量に乗客が入ってきた。レイはそのまま座る。
「人が多すぎるよ」
「そうね」「残念?」「……なんで?」「気になるんでしょ?」「えぇ」
気になるはもちろんだけど、先程の背後から抱きしめられるのはなかなか新鮮だった。もう一度味わいたい、と密かに願っている私が居た。……レイに見透かされて理解する。
すると、レイは微笑んだ後、不意に両手を広げて私を抱きしめる。そのまま寄りかかってきた。
「びっくりした」
「だってサクラが物欲しそうな顔するから……つい」
「抱きついて来ないで」「いつもは喜ぶのに?」「人、居るし」「居なければいいの?」
「そうじゃなくて……」
ダメだ、レイに勝てない……。
私は観念してそのままレイに抱き締められる。恥ずかしいけど、周りの人は私たちに無関心なのか、それとも無邪気にじゃれ合う女子高校生に興味が無いのか、何もリアクションしない。から、いいのかしら。いいわよね……。レイに拘束されるとその圧力だけで脳がぐじゅぐじゅに溶けていくのがわかる。耐えられない。レイの感触に流される。ってかただ抱き着かれているだけで、さっきとは全然違うのに満足する自分が嫌になる。レイに抱き着かれたら何でもいいの?
トドメに手を掴まれる。ふふっ、とレイは鼻で笑う。私は何も言い返せず、逃げるように窓から外を眺める。
でも、トンネルに入ってしまった。窓にレイの笑顔が映り込み、見つめられて、もう完全に逃げ場が無いと悟る。
//終
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