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扇風機、サクラを駄目にするレイ 01
しおりを挟むクーラーを付けたはずなのに、妙に温い……。
ベッドに寝転びながらグォォォと唸るクーラーを眺める。もちろん冷房に設定した。六月半ばに誤って暖房をつけてしまうほどアホじゃないわ、と自負している。けど確認──うん、冷房だ。二十四度に設定している。
生暖かい……。
じわっと汗が滲む感覚が止まらない。ふと床に降り立つと……あれ、冷たいわ。足元が妙にスースーするじゃない。……確か冷気は下に降りてくるはず。つまち、丁度ベッドの高さ以下に冷気が留まっている。
試しに、床に体育座りをしてみた。
……涼しい。
ベッドに戻ると温かい空気が私を待ち受けていた。まだ暑くなりたての六月でこの感覚なのだから、これが七月、八月と続いたら……って考えるだけで恐ろしいわ──。
その瞬間、ふとレイを思い出す。
レイのあの感触。
触れた瞬間に味わうピリピリとした冷たさ──。
眠る時だけでも、ひんやりするレイに抱きまくらにして……って私を暖房扱いするレイと同じ思考に陥ってるじゃない! 頭を左右に振った。普段「サクラ~」と抱きついてぬくぬくしてくるレイは可愛いけど、私まで「レイ~」って抱きつくのはなんかプライドが許さないし、想像するだけで恥ずかしい……。
それに、私がレイに抱きついたらレイは滅茶苦茶イジってくるわね。
ベッドの上に置いてあったスマホが震えた。──果たせるかな、レイからメッセージが届いている。謀ったようなタイミングに驚く。あの子は色々と察しが良いというか、まさか私の思考を読み取っている? と思うことも多々あり、実は……なんて、もう暑さで頭がやられたの? と自分にツッコミを入れる。
『暇!』
の後にくまたんスタンプが続いている。いつものメッセージ。無視しようかなとも思うけど既読ついちゃったし、面倒くさいと感じつつ返事をする。
「サクラんち行っていい?」
「ムリ」
「なんで!?」
私は扇風機を買う旨を伝えると、レイはついてくると答えた。家電量販店を内包している最寄りのショッピングモールを指定し、そこで落ち合うことにする。
☆★☆★
「暑いぃ……」
「そうね」
「もう歩けません……」
「ねぇ……暑いんでしょ? 私の体温高いって知ってるのなら……あぁ、もうベタベタするな!」
ショッピングモールに辿り着くと、レイがダラダラと汗を零しながら私にまとわりついてきた。引き剥がそうとしてもまるで磁石のようにひっついてくる。私はレイの頭部を抑えつけながら入店した。
その瞬間、冷気が全身の温度を根こそぎ奪うようで気持ちいい……。ひんやりとした心地良さに浸っていると、レイは「ふぇぇ」とおかしな声を上げてビクビク震えながら涼んでいる。
「はぁ……生き返る。サクラ暑いから余計辛かったよ」
「それはどうも悪うございました」
私はレイを置き去りにするよう歩を進めると、レイはそれを予想していたのかぴったり私と同じ速度で進む。なんか手を握ろうとしてくるのでスマホを取り出し、時間を確認する……フリをした。レイはあからさまに驚くような表情を浮かべたけど、私は無視してエスカレータに乗る。
レイの方を向こうとした瞬間ぎゅっと手を掴まれる。「隙有り!」とレイが戯けた声で言う。
「いちいち触れるな。ただでさえ暑いんだから」
「でも私の指ってひんやり冷たくて気持ちいでしょ?」
「……ひんやりってよりかは、なんかぞわっとするわ」「非道い! そういうこと言うならもう触んないよ」
それは困る──と思った瞬間、私の感情が顔に出たのか、レイはニヤニヤと笑みを浮かべる。なんかこれ以上反論しても揚げ足盗られるように反撃食らうので、私は溜息をついてスマホを覗き、目星をつけていた扇風機の情報を眺めることにした。
右手は繋がったまま……。
レイと出会ってから二ヶ月以上が経過し、今ではこうして手をつないでしまう。最初は気恥ずかしく、馴れ馴れしいので無下に手を払っていたけど、レイのしつこさに根負けし、嫌悪感は薄れてしまった。むしろ、今はこうして繋がっている方がなんか安心するというか……。
「扇風機、家に無いの?」
「あるけど、リビング用だから」
「あ、でも部屋にクーラーあるじゃん。なのに扇風機を求めるなんて……贅沢! 冷房に貪欲!」
「冷気が部屋の中を循環してくれないのよ」
「そうなの? 冷気って上に溜まるんだっけ?」
「下。だから床だけなんか冷えちゃって、ベッドまで上がってきてくれないのよ」
「じゃあ床で寝たら?」
「私はベッドで眠りたいの」
「ほんとほんと、サクラって人んち泊まりきても図々しくベッド使うよね」
「いや、あんたがお客様はベッドにって言ったんじゃない。しかも自分は床に布団敷いて寝ますって言ったのに、ベッドに潜り込んでくるし……」
「サクラが、一人で眠るの寂しいって体全体を使って表現してくるから」
「してません」
「それに夜中さぁ~」
ぎゅっとレイは私の指に力を込めるようにして何かを言いかける。ぞっと胸が震えた。以前レイの家に泊まった時、夜中目が覚めると目の前にレイが居て、私は……レイをぎゅぅっと抱きしめていた。
レイに埋もれる感触が逡巡する──。
何故、抱きついてしまうのか。
そんなの……レイが可愛いから。
可愛すぎるから……。
普段のころころ切り替わる表情も愛らしいけど、寝顔もときめくほど可愛らしくて、私は我慢できなかった。
「……レイ?」
「あ、家電コーナーだよ」
レイはあっけらかんとした顔で私を誘うように離れた。さっきまであんなに固執していた指をいとも簡単に外す。私の指先にレイの感触がまるで残り香のように漂ってる気がした。
☆★☆★
「お目当ての扇風機あった?」
「……ない」
「はぁ、だから最初から通販で買えばよかったのに」
やれやれ、とレイは大げさな仕草で答える。そんなこと一度も聞いてない、と睨み、もう一度店内を散策するも見当たらない。店員にも声をかけたけど、今はもう取り扱ってはいないとのこと。
「あらら、残念。別の買えば? 見てみて、これ小さくて可愛い!」
「……小さすぎる。もっと大きくて機能がそれなりに揃っていてあと可愛い感じのが」
「扇風機に可愛いを求めるか~」「あんたが先に可愛いって言ったんでしょ?」
「あっ、じゃあこれは!」
レイが指差す扇風機は、近未来的なデザインのお洒落な羽の無い扇風機だ。楕円を引き伸ばした形状のリングから、どういう仕組か不明だけど風が吹いている。
「これが部屋にあるだけで部屋のインテリアポイントがぐっとあがるよ。形も丸みを帯びてなんか可愛い。どうです、お客様にぴったりの商品だと思いますけど」
「確かに……」
レイの言う通り、今は色々デザインが工夫された機種もあり、これがあれば私の殺風景な部屋も少しお洒落になる気がした。レイは穴に手を出し入れして騒いでる。恥ずかしいから辞めろ。
「でも値段」
「え、ひぇ……。二十くまたんフィギュア分。うわ……こっちの小さいのもなかなか良いお値段しますのでございますね~」
「流石にこの値段を出すなら普通の扇風機を買うわ」
「いいの? ホントは欲しいんでしょ!」とレイは私の手をぎゅっと掴む。「……別に」「嘘、欲しいと思ってる!」「まぁ、そうね」「今これ買わないと絶対に後悔するよ」「……だったらお金貸して」「絶対ヤダ。ってか無理。この前くまたんグッズを購入したから財布の中空っぽ!」レイは笑みを浮かべてそう答えた。若干自慢げで、それがなんか腹立たしい。
その後適当に店内を散策し、レイがマッサージチェアで恍惚とした表情を浮かべてる間、予算二千円オーバーだけどそこそこの扇風機を妥協して購入した。
「結構でかいね」「まぁギリギリ持てるんじゃない」
私がレイを見つめて答えると、レイはきょとんした顔を晒す。
「……え、私が?」
「冗談。タクシー呼ぶから、それに乗って帰るわよ」「え、タクシー!? 勿体無い。このまま家まで持ち帰ったら?」
「この暑さの中は死ぬ。……レイが持ってくれるっていうのなら別だけど」
「……呼ぼう」
「あ、レイはこのまま帰る?」「ううん、サクラんちで扇風機堪能する」「帰る?」「……なんで帰そうとするの!」「レイが居ると部屋の温度上がりそう」「大人しくするから……お願い、新品の扇風機が動く様を体験したいの」
タクシーを呼び、ショッピングモールを出た瞬間、むわっとする熱気に包まれる。異常な暑さ。レイは店内に戻ろうとするので私が置き去りにするよう進むと慌てて追いかけてくる。
それより……扇風機が意外と重たいわね。取っ手を付けてもらい、どうにか両手で掴んで運んでいるけど、もう腕が悲鳴を上げている。レイの安っぽい挑発に乗り、持って帰ると宣言しないで良かった……。
「サクラ大丈夫?」
「予想以上に重たいわ」
「……頑張れ! サクラ、頑張れ!」
「運ぶの手伝ってくれたりしてもいいのよ」「あ~ぁ、そういう悟ってちゃんは良くないなぁ~サクラさんよ。あのね、助けて欲しいのなら、ちゃんと相手の顔と目を見てお願いします助けてくださいと言いましょう」
「……レイ以外だったら即頼めるのに」「瞳をキラキラさせて、レイ様~お願いシますぅ!って」「どっかの誰かさんみたいなこと恥ずかしくてできるか」
「だってアレするとサクラは文句垂れつつ了承してくれちゃうから、ついね」「……本人に言うな」
「まぁまぁ、それよかホントに重いの? そういうフリをして私の良心を刺激させて代わりに持たせよう……って極悪非道なこと考えてないよね? 言っとくけど私はサクラの思考全部お見通しなのだよ」
「考えてません。ごめん、あの信号までで良いからちょっと変わってくれると、大変助かります……」「……レイ様って言え」「小声でぼそって言うな。ってレイ様に固執し過ぎって……はいはい、レイ様お願い申し上げます」
「しっかたないなぁ~」
ふっふーん! と鼻息荒くレイは私から扇風機を受け取るとスタスタと歩き始めた。この細い体躯のどこに力があるのってくらい驚くほど普段通りに歩いている。この子、以外と運動神経抜群なのよね。体力も無限にあるし……。当初は同じく運動苦手と思っていただけにちょっと疎外感を覚えた。けど、最近は体育の授業では運動部相手に果敢に挑むレイの姿を応援し、レイが勝利したりすると自分のことのように嬉しくなったりしていた。
「余裕ね」
「全然! 重くて今にも指が裂けそうだけど、サクラのために必死です」
「ありがと助かるマジ感謝」「せめて感情を込めて」「……で、その信号の前の……そう、そこでいい」
「下ろしていい?」
私が頷くとレイはそっと地面に扇風機の入った箱を置いた。その瞬間、まるで私たちを待ち構えていたかのように、一台のタクシーが止まった。
「ありがとう、レイ。わざわざタクシーの待ち合わせ場所まで運んでくれて」
「──謀られた」
「ついでにトランクに入れて頂戴」
「──なんて巧みな……それでいて人の良心につけ込む残虐性」
レイは文句を言いながらもトランクまで扇風機を運び、二人で一緒に詰め込んだ。
☆★☆★
//続く
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