傷を舐め合うJK日常百合物語

八澤

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映画鑑賞、レイの涙 02

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 ようやく劇場内の証明が消え、スクリーンにCMが流れ始めた。当たり前だけど、始まるとさっきまでベラベラうるさかったレイが大人しくなるからなんかおかしい。そっとレイを見ると――目が合う。同じタイミングで見つめ合い、一瞬硬直してしまう。

 その隙を付くように、レイはきゅっと私の手を握った。
 握った時には指の間にレイの指が入り込む。
 そのまま抑えつけられてしまった。
 ――心細いの? とレイの目が問いかけてくる。そんなわけないでしょ、と返したいところだけど、レイの指の感触で私の内側がマッサージされるかのように解される。グニグニとおかしな振動がこそばゆい。私はその感触から逃げるためスクリーンに視線を向けた。お決まりの映画の盗撮、ダウンロードを警告する映像が流れた。

☆★☆★

 映画は……面白かった。私は彼女ら登場人物のストーリーは全くもって知らないので、推察しつつ物語の展開を追いかけていたのでなかなか骨が折れる。ただ、”子供向け”を言い訳にするような甘い展開は無く、肌がひりつくようなシビアな壁が登場人物たちに立ちはだかる。それでも彼女らは仲間と自分を信じて立ち向かい、見事壁を打ち破る物語は心地よい達成感と爽快感もあり、気がつけば私は夢中で鑑賞していた。

 物語のラスト、映画オリジナル(だと思う)キャラと別れを惜しみ、主人公たちは元の世界に戻るのだった――。
 ……うんうん、いい話じゃない。
 もしも私が幼い頃に見ていたら掬い取れないようなキャラクター達の心理描写も理解できて、一段と強く感動を受けてしまった。夢を諦めず、立ち向かう姿が眩しくて格好良くて、でもちょっとだけ――辛い。
 ヤバイかも、気を抜いたら涙が……と思ってそっとレイを見た時――。

「うぅ……ひぐっ……ぅう……はうっ」
「え、嘘」
「……ぐずっ……ひぅっ……うぇ?」

 なんとレイはびっくりするほど号泣していた。
 瞳の端から涙を零す……って感じではなく、ボロボロと大粒の涙が瞳から落下している。顔はぐちゃぐちゃに歪み、化粧が落ちるとかそんなレベルじゃなかった。少しくらい泣いても可愛い顔してるはずなのに、いや可愛いけど、結構汚いわ。
 ぎゅぅうう! と手を潰される勢いで掴まれる。

「ちょ、痛い!」
「……サ、サクラもぉ……な、いてん……じゃん」
「いや、感動はしたわ。でもレイちょっと大丈夫?」
「うう……ん……ぜん……ぜん、へぇ……きぃ、だよ!」
「涙止まらないし。あの、そんなに感動しちゃった?」
「予想……ね、してた……よりか……は……はぁ……ふぅ……はぁ……」
「とりあえず、外のトイレに向かいましょう。目立つから」

 私はレイを引きずるようにして劇場の外に出て、付近のトイレに向かった。トイレに人影は無く、とりあえずレイが落ち着くまで宥めることにした。が、私が「あの子たち最後は仲直りできてよかったね」や「二人とも最後は最強になったのよね」など、私が感動したシーンについて語るとレイの琴線に触れるのか、更に酷く号泣してしまう。時々トイレに訪れたお客さんが大丈夫? と声をかけてくれて、映画見て泣いてしまったんです、と伝えると皆苦笑いしていた。

「はぁ……はぁぁ……ふぅ~」
「レイ、平気?」
「……少し、落ち着いた、かも……」
「涙は止まったようね」

 途中で擦ってしまったのか、両目は真っ赤に充血していた。

「あらら、これは明日腫れるわ」
「うぅ、皆に心配されちゃう」「映画見て泣いたって素直に言えばいいじゃない」「ううん、黙ってる。そして何かあったのかも……と妖しい雰囲気漂わせる」
「代わりに私が答えておくから。感受性豊かな子だから、泣いちゃったのよ、って」
「いやでもあれは泣くよぉ」
「……まぁ、気持ちはわかるわ。あぁもう……ほらいい加減泣き止んでよ。まだあのシーンが良かったって言ってないのに」
「サクラぁ~」
「はいはい……」

 それからしばらく経過し、ようやくレイは落ち着きを取り戻した。トイレから出てカフェに入り、奥の人が少ない辺りに向かった。レイをベンチに座らせ、レイのためにコーヒーを注文して席に戻る。レイに渡すとゴクゴクと飲み干した。ブラックを――。

「――ん、うッ! ぶへッ! ……な、なななんで~。私……苦いの苦手言ってるじゃん!」
「だから砂糖入れなさいよ、って言う前にあんたが飲んだの」
「うぇ……泣きっ面に……ブラックコーヒー……うぅぅぅ」
「はいはい、私のココア上げるから」

 恨めしげに私を睨むので、ココアを渡す。レイはちびちびと舐めるように飲み始めた。とにかく、普段の元気は取り戻したようでほっと落ち着くけど、まさかあれほど号泣するとは――。

「何でニヤニヤしてんの?」
「うーん、以外と感受性豊かなのねぇ~と思って」
「私喜怒哀楽激しいってよく言われるからね」
「号泣する姿、意外だったわ」「だって泣けるし」「まぁ気持ちはわかるけど」「あ、思い出したら……うぅぅ……はぁ……ほんとねぇ。なんか、感情移入しちゃったんだよね」
「そんなに?」
「うん……だってさ」

 しかし、レイはそれ以上語らない。不意に周りの音が私たちに入り込んでくるほど、静けさを感じた。
 ……何、この間は。

 レイはココアを飲み、「あち……火傷した」と舌を見せ、溜息をつく。
「……だってさ?」
「ダメ、また思い出したら泣きそう……」

 それきりレイはこの話題を喋ることを拒むように私から視線を外し、鞄をゴソゴソとあさり始める。中から私が取ってあげた人形を取り出す。

「この子さ……」レイはライバルキャラを指で挟みながら続ける。「なんかサクラに似てるよね」
「そんな凄まじい髪型してないわよ」「雰囲気が。……猫っぽい感じが」
「それだったらこっちの主人公はレイに似てるわ」
「え、ホント」
「元気でアホっぽいところが」
「私あんないおっちょこちょいじゃないけど~」「いやいや、私何度そのライバルに共感したか……。調子に乗って何かやらかす度にわかる、わかるわ……って想いながら見てた」
「そうかなぁ。ま、私、実はそういうキャラ演じてるんですけどね」不敵な笑みを浮かべるけどスルーする。
「あと、なんか犬っぽいところが似てる」「ほんと? ねぇ、私ってどんな犬に見える? 雑種は無し」「……チワワ」「理由はわかるから言わんでいいや。でも、最後仲直りして本当に安心した」
「えぇ、私も――」

 物語中盤で喧嘩してしまった二人はギスギスしながらも次第に互いの思いに気づき、クライマックスでお互いの気持ちをぶつけ合い、最後は告白まがいの発言で仲直りしたのだった。……二人とも女の子だけど、なんか最近の作品って凄いのね、とちょっとドキドキした。

「じゃあ……こっちあげるよ」
「じゃあ、って何?」「ん、サクラに似てるから」「まぁ……くれるのなら貰うけど」
「え、こっちの方が良かった? 私にそっくりな子を?」
 レイは驚愕した表情を浮かべる。「そうじゃないわよ」

 本当?

 と私の中から声が聴こえてくる。実は、レイそっくりな子が欲しかったんじゃないの? って――。でも私はそんな気持ちはおくびにも出さず、レイからライバルの子を受け取る。が、指に乗るところでテーブルに落としてしまった。慌てて拾おうとしたけど、レイの指が一瞬早く、私の指に重なった。

「あーやっぱり、私はこっちの方がいいかも」「え?」
 レイはライバルの子をポケットに入れると、代わりに主人公の子を差し出す。
「ダメ?」
「……どっちでもいいけど」

 と答えながら、内心ちょっと嬉しい。

☆★☆★

 レイと別れ、自宅に戻り、ベッドに倒れ込む。
 ポケットから人形を取り出し、指先でくりくりと弄る。……レイに似てる、は嘘じゃなかった。天真爛漫なところや、アホっぽいけどなんか憎めない愛らしさ、とか……。

 何故、レイは号泣したのか。

 胸の内側に溜まった感情がドロドロと溢れ出たような姿、初めて見た。感受性豊か……何言ってるんだか。レイはそういうフリをしているだけ。とんでもなく精巧な仮面を被っている。いや、もう体の一部で顔に癒着しているのかもしれない。私や他の子とは異なる、別種の感覚。レイから私とは異なる雰囲気を感じることがあり、それが結構怖くて、そして寂しいと思うことがあった。
 だから、今日のレイの姿になんか安心した。

 同じ人間なんだ、って。
 ただ、レイが思わず吐露しかけた言葉の続きが気になった。何を言いかけたのか。
 どうして、言わないのか。
 私に、言ってくれないのか──。
 まだ、私は、レイにとって、その段階の関係ではない、ってこと? それとも誰にも打ち明けず、このまま過ごすのか。そんなのレイ自身が決めることで、私は正直どっちでもいいけど、気にならないって言ったら嘘になる。

 教えて欲しい。
 けど、もしそれで……何か、引き出してはいけないレイの真実が飛び出してきたら。
 そしてそれが、私に襲いかかってきたら?
 ――何考えてるのよ。
 と笑った。
 笑いながら、今日ずっとレイに掴まれていた指の感触を思い出す。主人公の子が夢を諦める、印象的なシーンで、レイの指は震えていた。私に縋るように指を合わせていた。痛いくらいに。
 私は人形を指で包みながら、目を閉じる。トクトクと微かな心音が、私の指先から聞こえる気がした。

☆★☆★

「おはよう、サクラ!」
「おはよう」

 ポン! と肩を叩かれ、返事をして振り返ると頬に指が突き刺さる。レイは時々やる。当初は何するのよ、と反応したけど最近は慣れてしまった。指先からピリピリと痺れるような感触を味わう。

「サクラ、昨日渡した人形を私だと思って握り締めながら寝てくれた?」
「しないわよ」

 ――それっぽい行為をしながら眠ったので、私はドキリと胸が高鳴るのを感じていた。レイは私の反応を愉しげに観察している。


//終
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