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お城奪還編

第32話 お姉ちゃんの元配下

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「アルゥーー。 とぉっっっても、不味い事になったかもぉぉ……」

 レイがそう話す少し前の事……

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 村一番の大きな通りは午前中の雨の影響か、あちらこちらに水たまりが出来ていた。

 普段なら多くの人が行き交っていたであろう通りは、今は閑散としている。

 それとは対象的に、通りに面した広場には多くの人の姿が見える。

 村の通り沿いで待つアルは馬車の荷台に腰掛け、高札に群がる群衆を見ていた。

「八公二民ねぇ…… そんなんじゃ、生きてけないだろ……」

 ゼニールが領地内に課した税金の比率は、通常では考えられない高税率。

 その布告を見た住民や旅人達が、不平不満を口にしていた。

「おっ、お待たせなのです!」

 少し息を切らしつつ、アルの元へと戻ってきたシナモン。

 その手には何かメモ書きしたような薄い木の板を持ち、アルに笑顔を向けていた。

「ご苦労さん! 首尾はどうだった?」

「バッチリなのです! まぁ商人である私にとっては、楽勝だったのですよ」

 シナモンには食料の相場と大量に買った場合の値引きについて、調べるように頼んでいたアル。

 自信満々な様子のシナモンを見て、少しだけ安堵していた。

「さすがだな! ちょっと見せてよ」

 アルはシナモンが持つ木の板を受け取り、そこに書かれている価格等を確認していく。

 シナモンはアルのその様子を確認すると目を瞑り、右人差し指を立てながら話し始める。

「どうやら、さすがのゼニールも食料だけは、いつも通りの租税にしたようなのです」

 そう言うとシナモンは少し眉間にシワを寄せ、呆れたように話を続ける。

「とは言え、以前の税率も非常に高額なのですけど……」

 アルはシナモンの話を流し聞きながら、小さく「うんうん」と頷いていた。

「じゃ、生活必需品以外が高税率って事か。 これじゃ結局、税収なんて増えないだろ……」

「なのです! ゼニールは、ちょっと頭がおかしいのですよ。 商人としては失格なのです」

「いや…… 領主だろ? 商人じゃないだろ……」

 アルはシナモンが自分を基準に判断していた事に、少し呆れた様子を見せた。

 一方のシナモンも小声で「やれやれなのです」と呟きながら、話を始める。

「知らないのですか? ゼニールは元々、武器商人なのですよ?」

 シナモンの言葉を聞いて、アルは少し驚きながら返答する。

「そうなの? いやっ、まぁ…… 前も言ったろ? 俺は記憶喪失だって」

「そう言えば言ってましたですね。 はぁ…… やれやれなのです」

 少し呆れた様子を見せつつ、シナモンはゼニールについての講釈を始めた。

「ゼニールは武器商人として、争ってる国の双方に武器を売ってたのです」

「まぁ…… 武器商人なら、そんなもんだろ」

 アルの言葉を無視するように、シナモンは話を続けていく。

「そして敗戦国の人々を奴隷として他国に売り、莫大な財産を築いていったです」

 シナモンはそう言うと、「最低の商人なのですよ」と憤りを見せる。

 アルはそんなシナモンの言葉を聞いて、少し意地悪な問いかけをしてみた。

「金の為なら何でもするのが商人だろ? 違うのか?」

「馬鹿にしないで欲しいのです! ウルスラ家は人の為の商いしかしないのです」

 シナモンは少し怒ったように、言葉を続ける。

「ウルスラ家の家訓は、【人身売買以外、何でも取り扱う信用信頼の商人】なのですよ」

 そう言うと拳を腰に当て、いわゆる力道山ポーズを取っていた。

 その姿を見て、アルは呆れたように頬を掻きながら

「いや…… そんな、無い胸を張られてもなぁ」

「んなっ! どこ見てるですか! このスケベ!!」

 アルの言葉に、少し顔を赤らめながら怒った様子を見せていた。

 そんな会話をしている二人の元へ、顔を伏せながら猛スピードで近づいてくる人影の姿が。

 その人影はアルが腰掛けていた馬車の影に隠れると、深い溜息を吐いていた。

「どうした? ちゃんと換金出来たか?」

 その人影の正体はレイ。

 レイはハァハァと息を切らしながら、アルヘ玉鋼を手渡した。

「出来て…… 無いって事か。 何かあったのか?」

 未だに息を切らすレイへ、シナモンが革袋で出来た水筒を渡すと……

「んぐんぐっ……  ぷはぁーーー。 あっ、ありがと、シナモンちゃん」

 ようやく一息ついたレイは、シナモンとアルヘ話かける。

「周りに追手みたいな人とか…… 居ないよね?」

 そう言われアルとシナモンは辺りを見回すが、これと言ってそういった人影は見えない。

「大丈夫なのですよ。 一体、何があったですか?」

 シナモンは少し不安そうな表情をレイに向け、訪ねた。

 するとレイは突然、泣き出しそうな表情に変わり「ごめーーん」と呟いた。

「どうしたんだよ。 何があった?」

 少し心配そうにアルが問いかけると、レイは表情を変えないまま冒頭の言葉が漏れた。

「アルゥーー。 とぉっっっても、不味い事になったかもぉぉ……」

 今にも泣き出しそうなレイの表情を見て、アルは困惑した表情に変わる。

「なんだよ。 何があったか話してみろって」

 レイは静かに頷くと、事の経緯を話し始める。

「あっ、あのね。 えっと…… 怒らないで聞いてね」

 話し始めたレイは少し涙声になり、非常に聞き取りにくい言葉を発していた。

 その為、シナモンとアルが補足や確認をしつつ、レイの話をまとめていく。

 レイの話を要約すると、こうなった。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 ・村の買い取り屋の類は、全てゼニールに接収されていた
 ・ゼニールは武器の原料となる鉄には課税していない
 ・それどころか、通常より高く買い取るらしい
 ・しかし売却するには十八歳以上で、身分証が必要
 ・レイは身分証が無く、怪しまれた。
 ・人を呼ばれ、怖くなったレイは店主を突き飛ばして逃げてきた

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 という事らしい。

「ううっ…… ごめんなさぁい……」

 泣きそうなウルウルとした瞳でアルを見つめるレイ。

 アルはレイの頭をポンポンと撫でながら

「いやっ…… そんな気にしなくても…… っていうか、泣くなよ……」

 少し呆れつつも、自分が行かせた事に罪悪感を覚えるアル。

 そんな二人の様子を見ていたシナモンは、レイとアルに言葉をかける。

「やはり予想通り、十八歳以上じゃないと駄目なのですね」

「いやっ、知ってたなら言えよ……」

「むむっ。 私はてっきり知ってると思ってたですよ」

 少し不満そうなシナモンは更に不満げな表情を深め、言葉を続ける。

「というか…… 身分証、持ってないのですか? 一体、どうなってるですか……」

 少し呆れたように話すシナモンに、レイは悲しそうな顔で返答する。

「だってぇ…… 私、子供の頃から、ずっとあそこに住んでたしぃ……」

「ごっ、ごめんなさいなのです。 レイ様を責めてる訳では無いのですよ」

 レイの表情を見て、焦った様子でレイを宥めるシナモン。

 二人の様子を見ていたアルは、何かを思案しながら話しかけた。

「実際、身分証があってもレイはまだ、十八じゃないかも知れないしなぁ」

 アルの言葉を聞いて、レイは無言でコクコクと頷く。

 シナモンは、ハッとした表情でアルへと……

「あっ! じゃ、アルさんの身分証…… も。 もしかして持ってないのですか?」

「えっ? あぁ。 持ってる訳無いだろ」

 即答で答えるアルに、シナモンはガックリとした様子を見せていた。

「記憶も仕事も家も無く、身分証も無いなんて…… そんな人居るですか……」

(すまんな…… ここに居るぞ……)

 消え入りそうな声で呟くシナモンに、ガックリと落ち込むレイ。

 二人の様子を他所にアルは顎を右手で触ると、少し上を向きながら思い出していた。

(そういや爺さんが「ワシとバレリアは元々帝国の住民」って、言ってたよなぁ)

 そしてチラッとレイへ視線を向け、考えを巡らせていく。

(つまり、レイは違うって訳だ。 となると、身分証ってのを手に入れるか……)

 少し考えつつもアルは、シナモンとレイに言葉をかけた。

「なぁ。 居ないのか?」

「居ないって…… 誰がなのです?」

 キョトンとした表情に変わったレイとシナモンへ、アルが言葉を続ける。

「知り合い。 身分証持ってる、大人の知り合いとか」

(今夜の食料すら確保出来てないのに、今から身分証を発行してもらうってのは手間だよな)

 そんな事を考えつつ、二人の返答を待つアル。

 シナモンは何かを思い出すように、眉間にシワを寄せて考えこむ。

「居ないのですよ。 この辺はウルスラ商業都市とは、あまり交易もしてないのです」

 そして小さく「はぁ……」と溜息を吐くと、気不味そうに言葉を続けた。

「お役に立てなくて申し訳ないのです」

 シュンとするシナモンの様子を見て、アルは機嫌を取るようにフォローする。

「そんな気にするなって。 まぁ急な事だから、仕方ないよな」

 そう言うと、アルは同じく気不味そうにしていたレイにも声をかけた。

「レイは…… たまにはこの村にも来てたんだろ?」

「えっ? うん。 買い物に来る程度だったけど……」

「って事は知り合いは……」

 言葉の続きを言おうとしたアルだったが、レイの気不味そうな様子を見て、言うのを思い留まる。

「だよなぁ…… となると……」

 アルは他の打開策を考えよう思案する。

(身分証も駄目。 知り合いも駄目…… となると……)

 アルは馬車に腰掛けたまま足を組み、腕を組みながら思案しつつ、ふとレイへと視線を向ける。

 シュンとするレイの姿を見て、アルは思い出したようにレイへ言葉をかけた。

「バレリアは? ワンの爺さんでも良いけど。 あいつらの知り合いとか居ないのか?」

 アルの言葉を聞いたレイは、ハッとした表情に変わる。

 そしてその表情が、明るいものへと変わっていった。

「居る! 居るよ! お姉ちゃんの元配下だったっていうオジサンが!」

 そう言うとレイは、村の通りから一本入った裏路地の入り口を指差した。
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