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序章

第14話 バレリアの変化

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 レイ達が住む集落跡。

 すっかり日も暮れ、外は虫の声とそよ風になびく葉擦れの音だけが鳴っていた。

 居間に移動したアルとワンはテーブルの前に腰掛け、二人の帰りを今か今かと待ちわびている。

 ワンの部屋と比べ、広めに作られた居間には大きな窓があり外の様子が見渡せる。

 天井からはランプが吊るされており、室内はアルが想像していたよりも明るい。

 部屋の中心には縦長の大きなテーブルがあり、床の間には禍々しい黒い剣が置かれていた。

 アルはその剣を少し気にしつつも、ワンへと声をかける。

「マジで遅いな。 何かあったんじゃないのか?」

 夜道は煌々と輝く月に照らされていて、思ったよりも見通しは良い。

 とは言え、女性二人で歩くには危険では無いかとアルは感じていた。

「その心配はあるまい。 あの子らはお主が思っておる以上に強いからのぅ」

「まぁ…… 言われてみれば、そうだな……」

 ワンの言葉に納得するアル。

 実際にレイの怪力やバレリアの剣撃を目の当たりにしている為、納得するのも当然と言えた。

 開け放たれた大きな窓からは、そよ風が入り込む。

 しばらくすると、そよ風が入り込んでいた窓から、馬の蹄の音が聞こえてきた。

「おっ、帰ってきたようじゃのぉ」

 ワンは小さな声で「やれやれ」と言いつつ、玄関まで出迎えようとしていたが……

「おい! ちょっと待て」

 立ち上がるワンに、アルは自身の顔の左側をトントンと叩きながら声を掛ける。

「これ。 どうすんだよ…… 帰ってきて俺の顔がこんなになってたら驚くだろ……」

「ぷっ……。 ん、んん。 いやなに。 ワシに任せておけ」

「おっ、お前今笑っただろ! これお前のせいなんだからな!」

 必死に笑いを堪えるワンに、顔に描かれた模様を指差しながら抗議するアル。

 そんなやり取りをしていると、玄関の引き戸がガラガラと音を立てて開いた。

「ただいまー! 遅くなっちゃってごめんね! アルもお腹減ったでしょ?」

「ふぅ…… 疲れたぁ。 只今、戻りましたぁ主様ぁ」

 二人は荷物を玄関に置くと視線を下へ向け履物を脱ぎながら、そう告げる。

 脱ぎ終えた二人が居間へ入ると、その視線は変わり果てた顔をしたアルへと向けられた。

「なっ、何その顔……」

 若干、引きつった顔をし冷めた口調で話すレイ。

 それとは対象的に、バレリアは興味津々な様子を見せていた。

「おぉ。 何か…… 格好良いような…… これは主様が?」

「そうじゃろ? 如何にもワシが描いたものじゃ」

「そうじゃろじゃねーよ!」

 関心するバレリアに、誇らしげなワン。

 即座にツッコミを入れるアルを、冷めた目で見ていたレイは……

「それで…… これは何かな?」

 レイの鋭い視線が、じろりとワンへ突き刺さる。

「んん! これか。 これはな。 【数字の烙印】の力を強める、術式じゃ」

 ワンは真顔でそう答えると、バレリアは小さく「おぉ……」と呟いていた。

「えっ? 本当に? そうなのアル?」

 懐疑的な表情で尋ねるレイに、アルは少し悲しそうな表情で答えた。

「うん…… そうみたいよ……」

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 レイ達が買ってきた惣菜や飲み物、酒が居間のテーブルへと並べられた。

 肉を甘辛く煮た料理や、魚の姿揚げ。

 野菜や肉の餡が詰まった饅頭のようなもの。

 他にも様々な珍味が並ぶ食卓は、やや、野菜の品数が少ないように感じられる。

 アルは並べられた料理を見て、四人ではとても食べ切れないように思えた。

「まぁ、積もる話もあるじゃろうが。 まずは飯じゃ飯」

 縦長のテーブルの左端にアル、その横にはレイが座っていた。

 レイの向かいにバレリアが座ると、ワンは無言でアルの近くの上座へ座る。

「いや…… 何か近いんすけど……」

 自分の側へと座るワンへ、少し不満そうな表情で声を掛けるアル。

「まぁまぁ。 すぐ分かるから、見ておれ」

 ワンは若干呆れた様子で、アルへ返答した。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「いっただきまーす」

 レイとバレリアの声が、居間の中にこだまする。

 食事が始まった途端、レイとバレリアは物凄い勢いで料理を口へと運んでいく。

 下品な食べ方という訳ではないが、驚くのはその速さだ。

 その様子を、木をくり抜いて作られたコップでちびちびと酒を飲みながら眺めるワン。

「なるほど…… そーいう事ね……」

 いつもの光景なのか落ち着くワンに対し、初めて見るその光景にアルは唖然としている。

 永遠に続くかと思えたその光景も、しばらくすると終わりを迎えようとしていた。

「ふぅ。 食べた食べたぁ。 あっ、アルー! そこのお菓子取ってー」

「えっ? まだ食うの?」

「当然! デザートは別腹でしょ! あっ、あとそこのコップに入ったジュースも! 早く早く」

「はいはい」

 言われるがままに給仕をこなしていくアルは、ふと二人へ視線を向ける。

 レイの細い体、バレリアの小さい体のどこにあの料理が消えたのか不思議に思っていた。

 二人の食事が大方済んだ食卓には、まだ多少の料理が残されていた。

 アルはそれらを食べながら、何気なくバレリアの方へと視線を向けた。

「なに? なんか用?」

「えっ、いや。 何でも」

 食事中、何度かバレリアから視線が送られる事に気付いていたアル。

 しかし、その視線が何を意味するかは分かりかねていた。

「ふぅ。 ごちそうさんでしたって…… それ。 大丈夫か?」

「あっ、レイちゃん。 まさか……」

 食事を終えたアルがレイの方へと視線を向けると、赤い顔のレイがテーブルに突っ伏していた。

 バレリアはレイが口をつけていたコップに鼻を近づけ、クンクンと匂う。

「やっぱり…… アル! レイちゃんに酒飲ませるなよな!」

「えっ? あっ、悪い。 レイに取れって言われたからさ」

(今、アルって言ったよな? あれぇ? さっきまで、テメーとかだったのに……)

 少し不思議に思ったアルだったが、そんなアルをよそにバレリアは……

「……とりあえず、レイちゃんを部屋に運んでやってよ」

 居間からは、レイとバレリアのと思わしき部屋が見える。

 一方はぬいぐるみだらけの部屋。

 もう一方は本だらけの部屋といった様子だ。

 バレリアはその部屋の方を顎で示し、アルに対しそう告げた。

「えっ? 俺が?」

「当たり前だろ。 他に誰が居るんだよ」

 少し不満そうなバレリアだったが、アルにはその心境が理解出来ないでいた。

(おいおい…… さっきまでは、レイに話しかけるだけで不満そうだったろうが! 触った途端に、暴れだすとかは辞めてくれよ……)

 アルは立ち上がり、レイを軽く揺すって見るが反応は無い。

 ……ただの酔っぱらいのようだ。

「仕方ねーなぁ…… よっ……  っと……」

 テーブルに突っ伏すレイの膝に腕を回し、横抱きに持ち上げるアル。

 レイからは花のような香水の香りに混じって、僅かながら酒の匂いがするのを感じ取った。

(むむ…… 意外と軽いな…… っと…… バレリアの様子は……)

 チラッとバレリアへ視線を向けると、彼女は何かを我慢しているような様子を見せていた。

(こっ、こえーな。 まぁ…… レイを抱いてるし、後ろから襲いかかってくるような事は……)

 そんな事を思いながら、アルは沢山のぬいぐるみが置かれた部屋へと歩を進める。

「そっちじゃねー。 隣だ」

 そっぽを向き、少し頬を赤らめながらアルに声を掛けるバレリア。

「えっ? あっ、あぁ。 隣ね」

 アルは本だらけの部屋に敷かれた布団へレイを寝かしつけると……

「ふぅ… やれやれだな……」

 そう呟きながら、居間へと戻る。

「レイちゃんに変な事しなかっただろうな?」

「する訳ねーだろ!」

 売り言葉に買い言葉といった感じだろうか?

 アルの返答を聞いたバレリアは……

「ふん。 まぁいいや。 とりあえず、ちょっと付き合ってよ」

 バレリアはスッと立ち上がると、床の間に飾られた黒い剣を右手に握る。

 そして左手で酒瓶を持つと、そのまま外へと出ていってしまった。

「えぇぇ…… なになに。 めっちゃ怖いんすけど……」

 不安そうな表情でアルは、チラリとワンに視線を向ける。

 酒のせいか、少し酔ったように頬と鼻を赤らめるワンは……

「まぁ、大丈夫じゃろ。 どうせ攻撃、当たらんのだし」

「いや…… 無責任過ぎるだろ。 何とかしてよ」

「無理」

 ニヤッと笑いながら、無責任に突き放すワンを少し睨みつつも、外へと向かうアル。

「あっ、そうじゃ」

「えっ? なになに?」

 何か打開策があるのかと期待したアルは、即座に振り返るが……

「家は壊さなんでくれよ」

「…………」

 居間には、静寂が広がっていた。
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