63 / 66
番外編~半径0メートルの箱庭生活
おでんの鍋はマイナスイオンが含まれている?
しおりを挟む
<i57645|1603>
今日は夕方上がる色校(印刷物の仕上がりをチェックするための物で色校正の略)を営業の代わりに私が動き、お客様の所に届ける事になった。
無事任務を終え建物から外にでると四時三十五分と微妙な時間。久しぶりにその会社の人とお会いしただけに話し込んでしまったのが不味かったようだ。
私がいる場所は会社より家の方が近い状況である。そして会社に戻るだけで五時を確実に越える。
今日せねばならぬ作業もない。上司と電話で相談した所『明日出来る事は明日やればいいからもう帰れ!』と言われ、直帰させてもらう事になった。
自由になり歩きだした私の頬に当たる風が、少し冷たくて気持ち良い。
先週まで意味不明なくらい暑く、なんとも悩ましい状態だった。
季節はようやく秋を思い出した。ジャケット姿でも、苦もなく活動出来るようになったのは嬉しい。
定時前に仕事から解放された事で、私のテンションも上がる。
通りがかった商店街で美味しそうな練り物屋さんがあった。そこで買い物をした段階で今夜のメニューは決定した。
『今夜は、お・で・ん ですよ~♪』
帰りの電車の中で夫である渚くんに予告メールを送信。スーパーで大根に蒟蒻にはんぺんに挽肉とキャベツを買って家へと急ぐ。
お米を研いで電気釜にセットしてスイッチを入れる。卵を四つお尻にヒビを入れてから鍋で茹でた。
別の鍋でキャベツもバラして茹でてざるにあげその鍋で輪切りにして隠し包丁を入れた大根を下ゆでする。
タマネギを刻んで挽肉と一緒に捏ねて丸めて、茹で上がったキャベツにくるんで干瓢で縛った。
茹で上がった卵をツルンと剥く。鍋にダシ汁を入れ練り物と意外の材料を土鍋に入れて一気に煮る。
豆腐とほうれん草があったので白和えを作っていると、おでんの鍋から良い香りが漂いってくる。大根も良い感じに煮えてきたので火を一旦止める。
そのタイミングで渚くんからカエルコールがある。おでんという事で電話の向こうでのテンションもなんか高い。そこで練り物を土鍋に投入し再び点火。
冷蔵庫にある野菜を適当に切って盛りつける。ジャコを散らして本当の意味での『気まぐれサラダ』を仕上げた。
ついでに日曜日に多めに作っておいたきんぴらゴボウを出してテーブルにおく。そんなことしていたら玄関のドアが開く音がした。
家中に漂っているおでんの香りを嬉しそうに嗅ぎながら渚くんは部屋に入ってくる。
結婚して一ヶ月経った。鍋は初めて。先週まで暑くてとてもじゃないけれど鍋にする気も起きなかった事もある。こうして一つの鍋を夫婦で突くのってなんか楽しいかもしれない。
二人で席につき、テーブルの上の土鍋の蓋をあけるとダシの香りのついた湯気がボワンと上がる。蒸気で若干潤った肌に見える渚くんは鍋の中を見て『アレ?』という顔をした。
「なんで、ロールキャベツが入っているの?」
渚くんの言葉に私は首を傾げる。
「え? 入れない? 家はいつもそうだったよ」
『フーン』といいつつ、渚くんは、お箸でロールキャベツを取り出し面白そうに見つめながらお皿にのせる。
「でも、美味しそうだからいいのでは? コレも手作り? 凄いね」
嬉しそうに渚くんはさらに、大根、卵、ゴボウ天などを次々お皿に入れていく。
そしてまずロールキャベツから食べる事にしたようだ。キャベツを引っ張ったことで、脱げて挽肉の塊が回転しながらお皿に転がる。キャベツを先に食べてからその後肉を食べて『旨い!』と言って笑った。
「あのさ、せっかく巻いたんだから、一緒に食べてよ。
お代官に手込めにされる村娘じゃないんだから、脱がさないでよ!」
大根にハフハフ言いながら齧り付いていた渚くんは、こっちをチラリと見る。
「いいじゃん、食べたら一緒だし。ロールキャベツって食べにくくない?
齧り付いたら中身だけが後ろからデロンと飛び出してきたり、キャベツが切れなかったり」
言っている事は分かるが、一生懸命巻いてつくった身としてはなんか悲しい。
しかし『美味しいねコレも』と満面の笑みでパクパク食べてくれるのは嬉しい。そんな食べ方でもツイ許してしまうのは、おでんのあるホクホクな空間だからかもしれない。
「あれ? 鶏肉は入っていないの? あと『ちくわぶ』は?」
渚くんはお玉で鍋の中を探りながら聞いてくる。
「鶏肉! それに『ちくわぶ』って?」
私が住んでいた福岡県では、おでんに牛すじを入れる場合があるのは知っていた。しかし鶏肉もおでんの具になるとは驚きである。そして『ちくわぶ』がイマイチ何なのかよく分からない。
「おでんといったら、『ちくわぶ』は入るでしょう」
二十数年生きてきたけれど、世の中にはまだまだ知らない事が多いようだ。
私の想定では、今日作ったおでんは四人分程度の分量だったと思う。実際大きめの鍋に山盛り状態だった。しかし気が付けばその中身は見る見るうちに渚くんの胃袋に消えていった。
鍋に入ったおでんをあらかた食べ尽くした渚くんは、改めて隣にあった小皿に目を向ける。そこにはほうれん草の白和えが盛り付けられている。何故か眉をよせ困ったような顔でそれに手を伸ばす。
「あのさ、ずっと思っていたんだけど、白和えって、豆腐入れなくても良くない? その方が美味しいし、豆腐は豆腐として単体で喰った方が旨いよ!」
唖然としている私の前で、渚くんは白和えを二口位で平らげてた後、同意を求めて笑ってくる。
「その方が手間掛からないし、一品増えるし。一石二鳥だよね! 今度から白和え作る時はソレで良いよ!」
『……白和えから豆腐抜いたら単なるお浸しじゃん!』
そう、ツッこむべきだったのだろう。 しかし唖然とし過ぎて出来なかった。
かくして、我が家のおでんは全国共通レギュラーメンバーとちくわぶと鶏肉が入ることになった。それに加えキャベツが具材として入った肉団子アンロールキャベツが入る。
存在意義を全否定された白和えは我が家の食卓から姿を消した。
今日は夕方上がる色校(印刷物の仕上がりをチェックするための物で色校正の略)を営業の代わりに私が動き、お客様の所に届ける事になった。
無事任務を終え建物から外にでると四時三十五分と微妙な時間。久しぶりにその会社の人とお会いしただけに話し込んでしまったのが不味かったようだ。
私がいる場所は会社より家の方が近い状況である。そして会社に戻るだけで五時を確実に越える。
今日せねばならぬ作業もない。上司と電話で相談した所『明日出来る事は明日やればいいからもう帰れ!』と言われ、直帰させてもらう事になった。
自由になり歩きだした私の頬に当たる風が、少し冷たくて気持ち良い。
先週まで意味不明なくらい暑く、なんとも悩ましい状態だった。
季節はようやく秋を思い出した。ジャケット姿でも、苦もなく活動出来るようになったのは嬉しい。
定時前に仕事から解放された事で、私のテンションも上がる。
通りがかった商店街で美味しそうな練り物屋さんがあった。そこで買い物をした段階で今夜のメニューは決定した。
『今夜は、お・で・ん ですよ~♪』
帰りの電車の中で夫である渚くんに予告メールを送信。スーパーで大根に蒟蒻にはんぺんに挽肉とキャベツを買って家へと急ぐ。
お米を研いで電気釜にセットしてスイッチを入れる。卵を四つお尻にヒビを入れてから鍋で茹でた。
別の鍋でキャベツもバラして茹でてざるにあげその鍋で輪切りにして隠し包丁を入れた大根を下ゆでする。
タマネギを刻んで挽肉と一緒に捏ねて丸めて、茹で上がったキャベツにくるんで干瓢で縛った。
茹で上がった卵をツルンと剥く。鍋にダシ汁を入れ練り物と意外の材料を土鍋に入れて一気に煮る。
豆腐とほうれん草があったので白和えを作っていると、おでんの鍋から良い香りが漂いってくる。大根も良い感じに煮えてきたので火を一旦止める。
そのタイミングで渚くんからカエルコールがある。おでんという事で電話の向こうでのテンションもなんか高い。そこで練り物を土鍋に投入し再び点火。
冷蔵庫にある野菜を適当に切って盛りつける。ジャコを散らして本当の意味での『気まぐれサラダ』を仕上げた。
ついでに日曜日に多めに作っておいたきんぴらゴボウを出してテーブルにおく。そんなことしていたら玄関のドアが開く音がした。
家中に漂っているおでんの香りを嬉しそうに嗅ぎながら渚くんは部屋に入ってくる。
結婚して一ヶ月経った。鍋は初めて。先週まで暑くてとてもじゃないけれど鍋にする気も起きなかった事もある。こうして一つの鍋を夫婦で突くのってなんか楽しいかもしれない。
二人で席につき、テーブルの上の土鍋の蓋をあけるとダシの香りのついた湯気がボワンと上がる。蒸気で若干潤った肌に見える渚くんは鍋の中を見て『アレ?』という顔をした。
「なんで、ロールキャベツが入っているの?」
渚くんの言葉に私は首を傾げる。
「え? 入れない? 家はいつもそうだったよ」
『フーン』といいつつ、渚くんは、お箸でロールキャベツを取り出し面白そうに見つめながらお皿にのせる。
「でも、美味しそうだからいいのでは? コレも手作り? 凄いね」
嬉しそうに渚くんはさらに、大根、卵、ゴボウ天などを次々お皿に入れていく。
そしてまずロールキャベツから食べる事にしたようだ。キャベツを引っ張ったことで、脱げて挽肉の塊が回転しながらお皿に転がる。キャベツを先に食べてからその後肉を食べて『旨い!』と言って笑った。
「あのさ、せっかく巻いたんだから、一緒に食べてよ。
お代官に手込めにされる村娘じゃないんだから、脱がさないでよ!」
大根にハフハフ言いながら齧り付いていた渚くんは、こっちをチラリと見る。
「いいじゃん、食べたら一緒だし。ロールキャベツって食べにくくない?
齧り付いたら中身だけが後ろからデロンと飛び出してきたり、キャベツが切れなかったり」
言っている事は分かるが、一生懸命巻いてつくった身としてはなんか悲しい。
しかし『美味しいねコレも』と満面の笑みでパクパク食べてくれるのは嬉しい。そんな食べ方でもツイ許してしまうのは、おでんのあるホクホクな空間だからかもしれない。
「あれ? 鶏肉は入っていないの? あと『ちくわぶ』は?」
渚くんはお玉で鍋の中を探りながら聞いてくる。
「鶏肉! それに『ちくわぶ』って?」
私が住んでいた福岡県では、おでんに牛すじを入れる場合があるのは知っていた。しかし鶏肉もおでんの具になるとは驚きである。そして『ちくわぶ』がイマイチ何なのかよく分からない。
「おでんといったら、『ちくわぶ』は入るでしょう」
二十数年生きてきたけれど、世の中にはまだまだ知らない事が多いようだ。
私の想定では、今日作ったおでんは四人分程度の分量だったと思う。実際大きめの鍋に山盛り状態だった。しかし気が付けばその中身は見る見るうちに渚くんの胃袋に消えていった。
鍋に入ったおでんをあらかた食べ尽くした渚くんは、改めて隣にあった小皿に目を向ける。そこにはほうれん草の白和えが盛り付けられている。何故か眉をよせ困ったような顔でそれに手を伸ばす。
「あのさ、ずっと思っていたんだけど、白和えって、豆腐入れなくても良くない? その方が美味しいし、豆腐は豆腐として単体で喰った方が旨いよ!」
唖然としている私の前で、渚くんは白和えを二口位で平らげてた後、同意を求めて笑ってくる。
「その方が手間掛からないし、一品増えるし。一石二鳥だよね! 今度から白和え作る時はソレで良いよ!」
『……白和えから豆腐抜いたら単なるお浸しじゃん!』
そう、ツッこむべきだったのだろう。 しかし唖然とし過ぎて出来なかった。
かくして、我が家のおでんは全国共通レギュラーメンバーとちくわぶと鶏肉が入ることになった。それに加えキャベツが具材として入った肉団子アンロールキャベツが入る。
存在意義を全否定された白和えは我が家の食卓から姿を消した。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
どうぞご勝手になさってくださいまし
志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。
辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。
やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。
アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。
風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。
しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。
ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。
ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。
ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。
果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか……
他サイトでも公開しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACより転載しています。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
思い出を売った女
志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。
それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。
浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。
浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。
全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。
ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。
あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。
R15は保険です
他サイトでも公開しています
表紙は写真ACより引用しました
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
余命一年と宣告されたので、好きな子脅して付き合うことにした。
蒼真まこ
ライト文芸
「オレの寿命、あと一年なんだって。だから彼女になってよ。一年間だけ」
幼い頃からずっと好きだったすみれに告白した、余命宣告と共に。
そんな告白は、脅しのようなものだけれど、それでもかまわなかった。
大好きなすみれに幸せになってもらうためなら、オレはどんな男にでもなってやるさ──。
運命にあがくように、ひたむきに生きる健と幼なじみの二人。切ない恋と青春の物語。
登場人物紹介
中山 健(たかやま たける)
心臓の病により、幼い頃から病弱だった。高校一年。
人に弱音をあまり吐かず、いじっぱりで気が強いところがあるが、自分より周囲の人間の幸せを願う優しい少年。
沢村 すみれ(さわむら すみれ)
幼なじみの少女。健と同じクラス。
病に苦しむ健を、ずっと心配してきた。
佐々木 信(ささき しん)
幼なじみの少年。長身で力も強いが、少し気弱なところがある。
※ノベマにも掲載しております。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる