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Prime lense man
open aperture metering
しおりを挟む強い酒の酔いにも似た熱い畝りが身体の奥から沸き起こってくる。
「……ァ」
俺の口から思わず声が出る。身体を捩り全身に広かっていく快楽から逃げようとするが、更なる刺激が俺を追いかけてくる。
ペニスを優しくそれでいて的確に高めていく繊細な動きをする指。
それだけではもどかしいとも思える優しい動き。だが同時に胸を腹をと執拗に這っていく唇と舌の感触も伴っている。あっという間に俺の身体は熱くなっていく。
舌と同時に自分の肌を撫でていく柔らかい何か……。身体の熱の高まりと共に覚醒していく意識。噎せ返るような華やかな薔薇の香りが鼻腔を擽る。
目を開けた事で視界に飛び込んできたのは、スモーキーブルーの天井。それで今、自分は恋人の家の寝室にいる事を思い出す。夢と現実の狭間の中で与えられている快楽。
青に統一された部屋で微睡んでいるために夜の海に漂っているような錯覚を覚える。
次に目に入ったのは……眠っている自分の身体の上に覆いかぶさっている良い香りのする艶やかな黄金の髪。愛撫する事で揺れ俺の素肌を擽る柔らかな金の毛先……。
「ぉわっ!」
完全に覚醒し、悲鳴を上げ飛び起き、自分の上にいる人を押し退けた。
混乱と寝起きで鈍化し上手く作用しない四肢を必死に動かし、ベッドヘッドの方に後退する。何とか離れてから、自分の眠っていたキングサイズのベッドの上にいるもう一人の人物を睨みつけた。
見事な黄金の髪にエメラルドのような瞳をキラキラさせた美女が、艶やかに笑いかけてくる。
ガウン替わりに着ているシルクのキモノが肉感的で女性らしい身体を包み緩やかなラインを描いている。
はだけた胸元から見えるのは大きな二つの美しい膨らみ。鍛えていることもあるのだろう。かなりなボリュームがあるのに関わらず重力なんて関係ないように前面に突き出している。
普通の男ならその魅惑的な身体に誘われるように貪りつきに行く魅力があった。この女はイリーナ・ドストエーフスカヤ。大人気のJAZZシンガー。セクシーで張りのある歌声に加え、この美貌で人気を博している。
「あら、起きちゃったのね。
おはよう♥」
イリーナは俺に笑顔でそう挨拶してきた。
散々身体中淫らにまさぐっておいて、『起きちゃったのね』もない。そりゃ起きるだろう。俺は動揺から『おはよう』と挨拶を返す余裕もない。
「潤ませたそのアイスブルーの瞳……。
本当に唆る……なんてキュート♪」
蠱惑な笑みを浮かべ尚も迫ってくる相手から更に逃げるように。ブランケットを手繰り寄せ、身体を隠しベッドから転げ落ちるように出て離れる。
昨晩の激しいセックスの余韻で、身体に思ったように力がはいらない。とりあえず近くにあったソファーに逃げ相手と向き合う。
「この変態女! なんでいるんだ!」
ベッドの上の女は猫が毛繕いするように、自分の顔にかかった髪を搔きあげた。
「観光を楽しむ予定の都市にテロ予告が出てしまって……。
お陰でマネージャーに予定を切り上げ帰国させられてしまったのよ。
でもラッキーな事に、家に帰ったら貴方がいたの♪」
コチラにとってアンラッキーでしかない。
「何度も言ったよな? あんたとセックスするつもりは全くないって!」
相手が判明した途端に冷めていく身体を感じながら、冷たい声を返した。
彼女は首を傾げ緑の目を細めコチラを真っ直ぐ見つめてくる。
何度か仕事で接してきて、彼女を撮影した事があるから理解していた。イリーナは本当にどんな表情でも格好でも絵になる。
最高の被写体ではある。特にこうして人に迫っている時の表情は圧巻。見ている人誰もをゾワゾワとさせて、エロチックに狂わせてしまうような怪しい魅力のある表情をする。
俺はゲイの為に性的な意味では唆られない。しかしカメラマンとしての本能はかなり刺激される。手元にカメラがないのが残念にさえ思えた。
海の底を思わせる青い空間。滑らかな朱を基調として大胆に花があしらわれたキモノ。それらがイリーナの肌の白さと、美しく輝く黄金の髪を際立たてている。
これでライティングをもう少し上手い具合にすればそのまま撮影に使えそうなフォトジェニックな光景である。
しかし今は彼女の美しさに魅入って呑気に眺めている場合ではない。二人っきりの状態で、こういう妖艶な笑みを浮かべ自分に迫ってくるイリーナ。
コレほど俺にとって危険なシチュエーションはない。
しかもうっかり部屋の奥の方に逃げてしまった自分を呪うしかない。
まさか飛びかかって襲ってくるまではしないだろう。しかし二人きりという状況そのものが俺にとって脅威でしかない。
「貴方は女が抱けないだけでしょ?
だったら私に抱かれてみない? あの人と同じくらい貴方を燃えさせてイかせてあげる。
私が女であることが気になるなら目隠しとかして。
それはそれでまた楽しそうに思わない? どう? 貴方を最高に感じさせてあげるから」
「するか!!」
とんでもない提案に、俺は怒鳴り拒絶する。被写体としては最高な相手だが、イリーナのこういった所は俺にとってとてつもなく厄介。いつもはできる限り接触を避けていたのだが、忌々しい事にこの女は……。
「なんだ、また二人でじゃれあっているのか?
イーラ、ロイをからかうのはやめろと言っているだろ。コイツは真面目で、とてもシャイだから」
少し外国人訛りのある低い落ち着いた声が聞こえる。声をかけられたイリーナはドアの方に視線を動かした。イリーナの意識が俺から逸れた事に少しだけホッとする。
廊下からの灯りでシルエットで黒く塗りつぶされていたその人物。部屋に入ってくることで、愛しい男の姿へと変化していく。
アジアの人間らしく黒い髪に黒い瞳。それがなんともエスニックでミステリアスな魅力と、彼の男らしさを引き立てている。
大きくはないが二重で釣り上がった瞳、高すぎず通った鼻筋、薄くシャープな感じのする唇。
ピアニストであることで靭やかについた腕の筋肉。大きくてゴツゴツした指。
廊下の明かりから離れたことで寝室の柔らかい灯に照らされ見えてくる恋人の身体のパーツの一つ一つ。
俺の視線がそれらの姿を捉え心のフィルムに記録していく。
彼のなんてことのない動作の一つ一つを見入ってしまった。それは俺がどうしようもなくこの男に惚れているからだろう。
彼は今世界で活躍している、最高にホットなJAZZピアニストKenjiこと高橋賢史。演奏は勿論、彼自身にもどうしようもなく人を惹き付ける何かがある。
賢史とはCDジャケット撮影をきっかけに知り合った。彼はその時から強烈な印象を俺に残す。
彼を一目見た時、俺の中で何かハマった音がした。これはカメラマンをしている俺の独自な感覚で、素敵な被写体との出会いを本能で感じる事。
対象の美醜や性別は関係なく、人間どころか生物である必要はない。その目の前にあるモノを俺の目で切り取り、撮ってやりたいという強すぎる創作欲求。対象への激しい愛着。
分かり易く言えば料理人が最高の食材を目の前にした時の興奮と悦びというのだろうか?
冷めているようで激しい情熱を秘めた黒い瞳。俺に対してニヤリと癖のある感じで笑いかけてくる唇。
決して二枚目という訳ではないのだが、強く相手に印象を残す。黒い瞳も角度によって様々な表情を作り出し俺をドキドキさせた。
この男を自分のカメラで内面を暴き捕らえ閉じ込めていつまでも眺めていたい。そんな誘惑に駆られた。
俺の指示でポーズや目線を変えさせ少しずつ違う賢史を引き出していく。ソレをカメラで捕らえて行くことに強烈な歓喜と興奮を覚えた。
カメラの前で賢史もノッてきているようで、俺に向かってガンガンと自分を晒し見せつけていく。こういう相手との波長の合う仕事は楽しくとてつもなく気持ち良く興奮する。
このような撮影はそうあることではない。
勿論プロであるからどんな相手が来ても良い写真を撮るように努める。そして素晴らしいと言われる作品を生み出してきた。
しかしコチラの撮りたいという気持ちと、相手の見せたいという気持ちが合致した時。共に作品を作り上げるという空気の中で作られた作品は別格になる。それがまさにその時で、悦びに心が震え興奮した。
どちらかと言うと内向的な自分が、無心になり、そして己を曝け出し表現出来るのがカメラだった。カメラを通して世界を見て、カメラを通してこうして人と強く繋がり会える。
それだけにこのように撮影という時間を共に楽しめるモデルとの出会いが嬉くてたまらないのだ。
指示をしたことでカメラのレンズ越しではあるものの、俺を真っすぐ捕らえるように見詰めてきた黒い瞳。
そこに感じる目が眩むような色気、男気に身体がゾワゾワとする。その興奮をそのままに俺は賢史を写真に閉じ込め支配する。その快感に俺は歓喜した。
『お前の眼……最高だな。
俺のハートを真っすぐ貫くようなその視線。
すっげぇクル。
もっと俺を感じさせてくれよ』
撮影の後、激情の時間の余韻で放心している俺に近付き賢史はそう囁いてきた。そのまま誘われるままに彼のマンションに連れ込まれる。
撮影での興奮も冷めやらぬまま、会話も殆ど交わす事もなくキスをして抱き合いベッドになだれ込んだ。
人の心を激しく揺さぶるピアノを演奏する賢史の指は、俺の身体と心をあっという間に裸にした。
癖のあるアクセントの言葉。肌の上を繊細でいて大胆に愛撫していく指。俺の身体だけでなく心までも蕩かせていくネットリとした舌遣い。
あっという間に身体も燃え上がり絶頂を迎えてしまう。
放心している所を彼の硬いペニスで身体を一気に貫ぬきそのまま激しく動かされる。俺は声をあげ仰け反り震えるしかなかった。
もうまともな言葉を紡ぐ事も出来ない。翻弄され嬌声をあげ賢史に縋りつき、更に貪欲に相手を求めてしまう。
セックスに関してはそれまで冷静で淡白過ぎて『物足りない』と、付き合ってきた男に言われていた。そんな俺ががここまで乱れ、あられもない姿を晒した事はない。
そんな俺に賢史は呆れる事も引くこともなく『お前、最高だ!』『カワイイ、もっと俺を感じろ』と囁きながら更に俺を狂わしていく。
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浮気症の賢史に対してというより、浮気されることで醜く歪んでいく自分自身に耐えきれなかった。一年で飛び出し彼の元から逃げた。自分の心を守る為に。
※ ※ ※
タイトルの【Prime lense】は単焦点レンズの意味となってます。
サブタイトルの【open aperture metering】開放測光の事。
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