Zazzy people

白い黒猫

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Doppelgänger

Ostinato

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 次の日、スッキリと目が覚めた。出発の準備を済ませ一階のホテルのレストランで田中を待つが現れない。
 電話をかけてみるが無反応。
 一人で朝食をとり、田中の部屋に向かうと目の前から艶やかな存在が歩いてきた。
「あら、お早う」
 朝に似合わない色気である。
「お早う、ここで会うなんて奇遇だな」
 イリーナはフフフと笑う。
「今日帰るのよね、気をつけて。
 今度ニューヨークに来られる時は連絡して、三人で飲みましょうね」
 この三人で飲んで何を話すのだろうか? とも思うが俺は笑みをつくり頷き、そのまま別れた。

 そして田中の部屋に行き呆然とすることになる。
 魂が抜かれたように焦点も合わず惚けた部下がそこにいた。
 トロンとして酔っているような表情。しかし酒臭くはないテーブルに視線をやるが怪しいドラックをした後はないようだ。
 そして部屋に残る女物の香り。咲き乱れる薔薇を思わせるその香りはどこか品はあり、安っぽい物ではない。そして今さっき嗅いだばかりの香りだ。
イリーナの香りである。
「田中!」
 頬を叩き名前を呼ぶと、田中は目に光を少し取り戻す。
「イリーナさ~ん、もっと」
 俺はその頬を更に強くはる。
「いいか、その色ボケした頭と身体をさっさとシャワーでシャキッとさせろ! さっさと準備しろ! 飛行機に乗り遅れるぞ!」
 田中は、まだ虚ろな様子でフラフラとバスルームに消えていった。
 一晩で男をすっかり腑抜けにするなんて、あの女は淫魔か何かの妖怪か? しかも田中はこういう方向には真面目で堅かった筈。
 昨晩あの女のいる所に田中を放置した俺も悪い。しかし童貞でもなくそれなりの経験を積んできている大人の男な筈。イリーナは相手にしたらヤバいのも本能で分かるのだろうとも思う。
 なのに何故喰われた?

 先に下に降りてチェックアウトを済ませ田中を待つ。ダメだ怒りがこみあげてくる。
 俺は電話を取り出し、手帳から昨日受け取ったコースターを取り出し電話をかける、
 なかなか出ないが、構う事なくそのまま鳴らし続ける。
『誰だよ! 朝からうるせぇな!』
 十年ぶりにはなろうかという兄の声が聞こえる。
「俺だ! お前さ、イリーナに言っといてくれない? 俺関連の人物には手を出すなと」
 十年ぶりに兄にかける言葉がこれというのもどうかとは思う。
『もしかしてイチか? 久しぶり、やはりお前コッチに来てたか』
 日本語でそんな言葉が返ってくる。呑気なその声にますます苛立つ。
「久しぶりじゃねえよ!
 お前の奥さんどういう女だよ!
 人の部下に何してくれるんだ! お陰でバカの腑抜けになっちまったじゃないか」
 賢史の笑い声が聞こえる。
『なんだ、あいつとも会ったのか? だったらお前がヤレば良かったのに。
 お前ならイリーナとやってもバカの腑抜けにもならないだろ』
 何故俺がイリーナと寝なかったのか理由は分かっていながら、態と賢史はからかいでそう言ってくる。
「……」
『そういえば、お前が昨晩やったティナからメールが来てたぞ!
 【最高の夜だったわ!
 まだ身体がジンジンして貴方を感じてる。
 帰国したら。また楽しみましょう】ってな!』
 イリーナは俺達をネガとポジ上手く言ったモノだ。他人に見せている姿は真逆でも、性根は同じ。
 同じモノを見て、同じ感覚を抱いているのだろう。
 それにらに対して返す反応が違うだけ。ニヤリとガキっぽい笑みで返すか、馬鹿にしたような冷たい視線を返すか。
 どちらにしても皮肉屋のひねくれ者。違いは、賢史はバイセクシャルで、俺はそうでないくらい。
 俺はあえて会社においてはエリートでクールな男を演じてきた。
 自分を偽る為というか、一般社会では常識人を気取る方が楽に生きられる。人が俺の外面にスッカリ騙されているのが楽しかったから。
 困った事にその外面も気に入っているし、それを演じ切るのが俺のくだらないこだわり。賢市である時はその役に徹して、仮面を脱いだ時は賢史オレとなるだけ。
「あぁ、宜しく言っといてくれ、いい女だったよ」
 フフという笑い声がする。
『気に入ったなら、今度来た時セッティングしてやるよ。
 そうだ、今から家に来ないか?』
 誘いの声が、単なる兄弟愛からの言葉ではないのを感じて気持ち悪い。
「もう帰る所だ」
『ならば、今度来るとき絶対連絡しろ!』
 珍しい事もあるもんだ、俺達は基本相手の動向を気にしない。むしろバッティングしないように別行動を心掛ける。
 どちらも流石に目の前でもう一人の自分が行動しているのを見る事は好まない。小っ恥ずかしいから。
 その代わり互いがそれぞれの知り合いと寝ようが何も言わない
「なんでだ?」
『紹介したいやつがいる』
 今迄、賢史の知り合いが勝手に俺に声をかけてきたことあっても、賢史が俺に誰か紹介をするなんて事はなかった。
「は?」
『お前を見て、写真撮りたいらしい』
 何言ってるのか?
「だったらお前を撮れば良いだろうに」
 フッと笑う声がする。
『お前が見たいらしい。カメラマンとして双子って面白い被写体なんだろう』
 面倒くさそうである。それにイリーナの別バージョンが出てこられても厄介だ。
 区別つかず勘違いされる分には良いが、見破られている相手というのは苦手なのだ。
「悪い、もう移動しなきゃいけないから切るぞ」
 俺は電話を強引に切り大きく息を吐く。電話するんじゃなかった。誰かごし接触するくらいが丁度良い距離感の兄。
 住所の書かれたコースターをゴミ箱に捨てようかとも思ったが踏みとどまり手帳に戻しもう一度溜息をついた。
 するとエレベーターからようやく田中が降りてくる。腰が辛そうな様子をどうかと思いながら見てしまう。
 俺は『大丈夫か?』なんて優しい言葉をかける気もないので視線だけで急げと促し、ボーイに荷物をタクシーに積んでもらう。
 非常に気まずそうにしている田中も乗せて空港へと向かった。完全に俺に戻る為に。
 賢史アイツの事は嫌いじゃないが、俺は一人で十分だ。だからアメリカと日本の距離が丁度良いのだろうう。


 ※   ※   ※

 Ostinato=同じ声域もしくは音域で一定の音形を反復する事
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