Zazzy people

白い黒猫

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Doppelgänger

Soli

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「自分がもう一人いたらな~」
 という言葉を言うヤツが結構いるが、俺はそういう気持ちが全く理解できない。
 考えても見て欲しい。自分がもう一人いるなんて状況はかなり気持ち悪い。そして言われるんだ。おい『高橋昨日お前、六本木歩いていただろ? 綺麗な女性と肩組んでいい感じだったな~羨ましい』とそう言われても俺は『はぁ?』というしかない。
 俺が知らないところで、自分が気儘に自由に生きているなんて気持ち悪い。
 目の前に自分そっくりな人がいて、知らない所で気ままに生きている。どちらも、どちらにしてもゾッとする。

 ニューヨークのホテルのバーで俺は仕事仲間と一緒に酒を飲んでいた。
 一つ大きな仕事をやりとげた後だけに、疲れた脳のしみるアルコールが堪らなく心地良く溜め息をつく。
 俺は苦労を共にした二人でささやかな祝杯をあげその時間を楽しんでいた。
「やはり切り込み方が違うというか、勉強になります」
「いや、お前がしっかり俺をフォローしてくれたから上手くいったんだ」
 いつもなら、苛めてからかうところだが、今日ばかりは誉めて彼の仕事を認めてやる。実際今日の彼は、それに値する仕事をしたから。
「あら、Kenji、今日は随分地味なタイプのに手出しているのね」
 そんな俺達の楽しい時間に水を差してくる人がいる。
 ニヤニヤと笑うその相手は、見知らぬ男で慣れ慣れしく俺の肩に手を回してくる。
 どこか女性的にしなを作ってくる所が気持ち悪い。俺はその手を払うと相手は驚いた顔をする。
「あれ? 機嫌悪い? 悪かったわ! 口説いている最中を邪魔しちゃって、でも今度遊んでね! そして熱い夜を楽しみましょう♪」
 相手は俺の睨むような視線をうけて、戸惑いながら逃げていった。俺はため息をつく。隣にいた男も唖然とした顔で俺を見ている。
「あの……今の知り合いですか?」
「……な、わけないだろ! 誰かと勘違いしてるんだろ! 西洋人は東洋人の顔の区別がついてないから」
 俺は吐き捨てるようにそう言うしかなかった。しかしその後もゲイっぽい男などがやたら声をかけてきた。

 俺はその度にそいつらを出切る限り冷淡に追い払う。折角の楽しかった時間が台無しである。そしてため息をつき顔を上げたら、そこに金髪で妖艶な女性がコチラを見つめていた。
 彼女のグリーンの瞳が俺を見て細められる。この女の名前はイリーナ。ロシア系アメリカ人のジャズシンガーで、困った事に俺の……。

「あら、珍しい人が。偶にはこういう場所にも来てみるものね」
 俺は顔を顰めそうになるのを耐えて、あえて笑みを返した。
「ごめんなさい、今日はもう帰ってくれる?」
 イリーナは俺の表情を気にする事もなく連れの男へ視線を動かす。
「え、イリーナ」
「今日はやはりと過ごしたいから」
 彼女はそう言ってチラリと俺を見て、連れの男を帰らせて俺の隣に席に勝手に座ってきた。こちらの連れはいきなりの美人の登場にもう完全に固まっている。そして俺を見る目がすっかり変わっている。
「そんな、俺になんて気を使って頂かなくても。あの方とおの話とか、あったのでしょうに」
 そう返すと彼女はフフフと笑う。
 真近で見ると本当にゴージャスな美人である。その髪、顔立ち、プロポーション。そしてそれを最大限に生かす服装と香り。
 自分の魅力を知っていてそれを存分に発揮している。

「いつでも会える人だからいいの。
 それに私は貴方と今夜はジックリ話したい。ずっと逢いたかったから」
 俺の腕に指を絡ませ、緑の目が細められて俺を見つめてきた。普通の男だったらもうこの状況にメロメロになるだろう。
 俺と一緒にいた田中は、惚けた顔でイリーナを見詰めている。せめて口くらい閉じろと言いたい。
の相手だけに、それほど積もる話もないでしょうし」
 俺の言葉にイリーナはクスクスと楽しそうに笑う。
「でしたら、挨拶から始めましょうか? 初めまして」
 そう言い俺の頬にキスをしてくる。俺も頬へのキスを返す。
「初めまして、で、連れもいるのでもういいかな?」
 俺はあえて冷たくそう言うと、イリーナは俺の腕に手を回しそっと抱きしめる。
「こうして会えたのも何かの縁、もっと会話を楽しみましょう。
 それに貴方には結婚式にも出て欲しかったけど、夫が連絡先を教えてくれなくて」
 俺はその言葉に笑ってしまう。
「そりゃアイツに聞いても無理だろ。アイツは俺の家の住所も電話番号も知らない」
 イリーナは目を丸くする。そして、俺はもうすっかり呆けたままになっている連れ事を思い出す。
「田中、この人は俺の兄の奥さんなんだ。コチラは俺の部下田中」
 イリーナはニッコリと田中に笑いかけ『cuteカワイイ』と小さく呟く。その笑みに危ないモノを感じ俺は苦笑する。
「俺の紹介はいるかな? 俺は高橋賢市」
「イリーナよ、イリーナ・ドストエーフスカヤ 貴方の義理姉になるのね。会えて嬉しいわ、イリーナと呼んで」
 イリーナの言葉に俺は苦笑いする。
「貴女は俺と賢史アイツを間違える事はないか」
 イリーナはフフフと笑う。
「流石にね目を閉じてても解るわ、匂いからして違うから」
 昔から賢史アイツの付ける香水の匂いが嫌いだったのを思い出す。
「その割に、裸のお付き合いをしてきたらしいお友達は俺とアイツを間違えてきたけどな」
 俺の言葉をイリーナは面白そうに聞いている。そして俺の手を取り掌を撫でてくる。その触り方がなんともエロい。
 オイオイ俺をまさか誘ってる? 流石にそれはないかと言い聞かせる。意味がない。
「身体だけ繋げているわけではないからね。見た瞬間分かったわ。
 でも間違えるのは無理もないわ。面白い程に賢史とよく似ている。
 顔や姿がというのではなくて、苦手な人への接し方、人の睨み方。
 でも手はまったく違うのね。音楽はやってないのね」
 面白い訳がない。俺は顔を顰める。

 この女の夫である賢史と俺は一卵性双生児である。顔だけはソックリだった。その為母親は『子育てが大変でゴチャゴチャと入れ違えるように育てちゃったのよね。
 もう本当はどちらが賢市でどちらが賢史なのか? 今となっては分からないのよね~』という笑えないギャグを良く言っていた。
 しかし物心ついてからは俺と兄を間違える人は殆どいなかったと思う。
 顔こそはソックリだが、性格は真逆だからだ。破天荒で余計な事ばかりする兄と、神経質で真面目過ぎる俺。
 いつも叱られ女子から非難され責められる兄と、頼られ褒められる俺。
 何故か成績はそんなに変わらずどちらも優秀、その事が周囲を不思議がらしていた。
 兄の賢史はだらしなく自分勝手で奔放。もう中学校時代から夜遊びを始め、音楽の世界にのめり込み家には殆どいない。
 それだけ遊んでもなぜか成績は悪くなかったので親も何も言わなかったから放置状態。
 それがますますヤツの気侭さを助長させた。そして親の希望の良い大学に行ったものの、退屈だといって勝手に大学を辞めた。そのままアメリカに飛び出してしまって、そのまま家族とも連絡を断ってしまう。

 Jazzピアニストでそれなりの名声はあるから生きているのは分かる。結婚したのも芸能ニュースで知った。
 流石に親には『結婚する事にした』と電話はかけてきたらしいが、それだけ。
 そんな感じで殆ど会話もしない他人に近い兄だからどうでも良い存在の筈だった。

 しかし困ったことに顔がソックリ。その為アイツが男女関係なく遊んだ相手が絡んでくるという迷惑だけを被っている状態。

 それだけにニューヨークは面倒な場所。
 今回も田中一人にはまだ不安があると海外出張にお守りとして来た。やはり怪しい輩が俺を兄と間違えて絡んできて辟易していた。
 女とだけ遊んでいるのなら兎も角、男とも遊んでいる節操なしの為、迷惑とウザさは倍以上。

「面白い訳ないだろ、俺はそれで苦労してきた。
 貴女こそなんであんな最低な男と結婚した?
 貴女はそれこそ相手なんてよりどりみどりだろうに!」
 イリーナはフフと笑う。
「だから、賢史を選んだの。最高の夫よ。クールだしセクシー、それにsexの相性もバッチリ。言う事無いでしょ?
 貴方は賢史と寝た事ある? そしたら分かるわよ」
 やはりコイツは兄と同類だ。イっちゃったクレイジーアーチストである。享楽的で能天気。倫理観といった概念をもってやしない。
「私が私である事を当たり前としてくれるしね。互いに互いを楽しめる」
 笑ってしまう。
「すげえな、俺には無理だ。アイツを楽しむなんて」
 イリーナのグリーンの目が面白そうに俺を見ている。
「でも、嫌いじゃないのでしょ? 賢史が」
 俺は顔を横に振る。
「アーチストとしては悪くない。寧ろ最高だろう。
 遠くで見ている分には面白くて好きだ。
 しかしアンタみたいに理解は出来ない。
 一緒に生まれ同じように育ち同じ日本語を喋っていても言葉が通じない。
 双子には何か特別な繋がりがあると言うけど、ソレは嘘だ。アイツと俺は真逆」
 イリーナは華やかな色のカクテルを一口飲んだ。濡れた唇、飲み物を嚥下することで動く喉。それれの全てが色っぽい。
「写真のネガとポジって真逆な画像のようだけど、同じ写真を作り出す」
 俺はその言葉に笑ってしまう。
「アンタは何なんだ、そのフイルムの絵をよりわかり易くするプリントか?」
 イリーナはニヤリと笑う。
「その立ち位置もいいわね、それかフイルムに科学反応を起こさせる現像液も楽しそう」
 そう言いながら顔を近づけキスしてきた。唇にそして舌を絡ませる濃厚なヤツを。
 俺もその動きに合わせて彼女の熱い舌に自分のものを絡める。イリーナが飲んでいたカクテル【キスオブファイヤー】の味がした。横で田中が慌てている気配を感じる。
 唇が離れるが顔同士の距離はまだ近い。間近にあるグリーンの輝く瞳を見詰めながら俺は笑う。
「すごく変な気分だな」
 イリーナも笑う。目眩がする程の妖艶なその顔が微笑む。彼女の身体から薔薇を思わせる香水の香りがいした。
 花の女王とも言うべき華やかな薔薇のその香りが良く似合っている。
「私もよ」
 再びキスをしようとしてくるのを避け彼女の頬にキスをしてから。絡んでいたイーラの腕をソッと外す。
「女とキスしているというより、自分とキスしているみたいで気持ち悪い」
 イリーナは俺の言葉に驚いた顔をするが、笑い出す。
「そうなのかもね。
 でもその背徳感が楽しくない?
 私は燃える。部屋にいかない?」
 俺は肩を竦める。
賢史アイツとは同じ女から出てきたが、同じ女の中に入るは辞めておこう」
 俺の言葉に、イリーナは以外とアッサリ離れた。
「あら、残念ね」
 言葉程残念そうではない。賢史と一緒。行動に深い意味はない楽しんでいるだけなのだ。
「俺は明日午前中の飛行機で帰国なんで引き上げる事にするよ、今日は会えて楽しかったよ」
 そう言って俺は一人部屋に帰ろうとするとイリーナが呼び止める。
 バーテンダーにペンを求めコースターにサラサラと何か文字を書く。
「兄弟なんだから、知っておいて損はないでしょ? 賢史のニューヨークの住所と電話番号と携帯番号」
 俺は差し出されたそのコースターを受け取り別れの挨拶をして別れた。
 エレベーターに乗っていると、ブラウンヘアーの女がコチラを見てくる。なかなかな美人で知的な中にもエロさがある。
「あら、今日は珍しい格好しているのね。そんなスーツ珍しくない?」
 女の問いかけてに俺は振り返る。
「仕事でね」
「何の仕事なのやら」
 腕を絡ませてくる女に俺はニヤリとした笑いを返した。


 
 ※   ※   ※

 Soli=ソロの複数形の事

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