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白い黒猫

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Blue skinny cat

Tribute

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 ミアの母親は遺体の引き取りも拒否し、ニューヨークに来ることもしなかったようだ。

「そういう事なので遺体はコチラで処理する」
 そう報告してきた刑事のとの言葉にキレたイーラが引き取り俺達で葬儀した。
 葬式に来てくれる友達はいなかったのだろうか? 参列者は俺とイーラとロイの三人だけ。俺が知る限り最も寂しい葬式だった。
 神父の口から語られる事で『マリア・ホワイト』というのがミアの本名である事を知った。

『白いマリア?』

 なんて似合わない名前だったのかと笑ってしまう。

『青臭いミア』

 その方がピッタリだ。
 俺は祭壇に飾られたミアの写真に視線を向ける。
 ロイが以前喫茶店で撮った写真だ。少しむくれレンズを睨みつけるその顔は彼女は青い感じが良く出ていて絶妙だ。
 流石ロイが撮ったモノでその彼女の未熟さ若さといったものが魅力的に表現されている。
 俺が感じていミアそのもので、『マリア・ホワイト』という本名よりもそれはミアだった。

 聖書の言葉を語り続ける神父の声を聞きながら、俺はフーと大きく息を吐く。
 ロイとイーラがそんな俺を気遣うように視線を向ける。二人とも何故俺をそんなに心配しているのか?
 俺は苦笑するしかない。

「さあ、皆さんお別れの言葉をどうぞかけてあげてください」
 神父のそんな言葉が聞こえる。
 俺はどうしたものかと考えてしまう。こんな風に死んでしまったミアに、この俺がかけてやる言葉なんてあるのか?
 イーラもロイも棺の所に行くものの、言葉は無い。
 イーラは微笑み、死に化粧で少しは見れるようにしてもらったミアの冷たい顔を撫でる。
 ロイは優しく微笑み見つめながら花を詰める。
 俺は?
 棺の中を見てられなくて目を逸らす。その視線の先にオルガンが見えた。
 俺は棺から離れてオルガンの方へと歩いていく。そして徐に弾き始める。やったのはグノーのアヴェ・マリア。

 無信教者だから賛美歌なんて知らないし、葬送曲なんてしみったれたモノをやりたくなかったから。
 俺の曲に併せてイーラもアヴェ・マリアを歌い始めた。
 ロイはそっと椅子に戻りカメラを手に戻りミアの最期のイベントをフィルムに焼き付けていく。
 俺はイーラの歌声と、ロイのカメラのシャッター音を聴きながら感情を弾けさせる。
 ミア、どうだ? コレが一番だろ?
 俺はお前に出来るのはコレだけだ。お前が大好きなイーラの歌声で安らかに逝け!

 物も言わない動かないたった一人の観客を前にだが、気分はノッてくる。
 だんだんアヴェ・マリアは原曲を離れていき、ホワイト・マリアブルーミアという新しい曲が生まれていった。
 アレンジを超えた即興演奏だがイーラはハミングでアヴェ・マリアを被せていく所は流石。そして拍手も歓声も興る事もないギグが終了する。

 こんな人の死すら、糧にして創作をするなんてアーチストというのも阿漕な商売だと思う。
 結局俺は良く分からないミアへの感情を、音楽へとぶつけ、出来上がった曲を集めて一枚のアルバムにした。
 何曲かはイーラにもハミングで参加してもらい作ったのがBlue skinny cat。
 青い色調の空間の中、十字架を思わせる窓の影のある部屋でピアノを弾く俺。ロイの撮影した写真がジャケットのCDは自分でも驚く程売れた。

『Kenjiのピアノが泣いている。聴いていて魂を揺さぶられる一枚』

『Kenjiの真骨頂! それでいて新境地。彼らしいのに新しい』

 そんな感じで評されて俺は複雑な気持ちになる。
 しかしこの曲らがこうして評価される事は嬉しい。誰も知られることもなく青いまま死んでしまったミアを皆の心に少しは刻みつけられた気がした。
 その存在の欠片が生きていくような気持ちになり少し嬉しく感じたのは、偽善的な考えなのだろうか?
 ロイのアトリエに行った時に、人の死の上に作り上げたもので金儲け。その事の皮肉について漏らしてしまう。ロイは柔らかく笑う。
「そんなものだろ? 俺達の商売は。自分の喜怒哀楽、あらゆる感情を切り売りして金儲けしている」
 そう何でもないかのように言ってくる。
「そうだな」
 ロイの言葉で少し楽になる。いい意味でも悪い意味でも自分を晒して生きていくそれがアーチストという稼業である。
 そして、あの良く分からない激情も、音楽として晒けだしてみたらスッキリして平常心にもどった。
 胸のムカムカと一緒、吐き出してしまえばサッパリして、それで終わり。
 一人の人間の死が世界に与える影響なんてそんなものだ。
 彼女が生きていた時と死んでしまった後。世界は何一つ変わっちゃいない。相変わらずクレイジーで雑然としている。
 俺の生活も同じ、変わらす音楽にまみれて、酒とセックスでバカ騒して。そんな感じで変わらず。

「お前が、俺の音楽が変わったと言ってたが、それは当たり前だな」
 ロイは淡いブルーの瞳を細める。
「俺は常に刺激が必要なんだ。音を生み出す為に。その時どんな刺激を受けたかで発する音も変わってくるさ」
 ロイは顔を苦笑いしながら振りそして珈琲を飲む。
「そうなると、あの子が少し羨ましいな、ケンにそんな影響与え音を産みださせるなんて」
 俺はその言葉に、驚いてしまう。
「お前は、俺を刺激しまくりだろ! 俺を常に揺れ動かし続けている。
 お前が去った後なんてこれどころではなかったぞ!
 思い返してみたらfriendly eyeってその時期作ったアルバムだ」
 ロイは目を見開き、カァと顔を赤らめる。
 あのアルバムを発売した直後はどういう事か異様にモテた。何もしなくても相手から来てくれてそちらでも忙しかった事も思い出す。
 だがそれをここで言うとややこしくなるから言わないでおいた。
「え、アレはあの女と……」
 モゴモゴ言う感じが、いつものオトナっぽい雰囲気が嘘のように幼くなり可愛らしい。
 確かにそのヤリ放題の時期イーラに出会った。
 プロモーションの奴らが勝手にそれを利用して熱愛報道なんかの情報を流した。
 まるで彼女に捧げた曲であるかのように宣伝しやがっていたのを思い出す。
「イーラの刺激であんな音になるか? イーラとやってる時の音と明らかに違うだろ!」
 そう言うとロイは少しムッとした顔をする。
 イーラと作れるのはもっと生々しい成人指定の音だけだ。
 あいつは存在そのものがエロだから。俺は立ち上がりロイ側のソファに移動し隣に座り宥める。
「だったら次アルバム作る時、その前に別れるか?
 そしたらKenjiの素晴らしい新曲がまた聴けてファンとしては喜ばしい事だしな」
 拗ねた様子でそんな事いうロイを、俺は抱きしめる。
「やめてくれ、もう俺の前から居なくなるな!」
 少し慌てた俺をみて困ったようにロイは笑う。
 そして柔らかく抱きしめてくれる。
「居なくなるのはあんたたろ! すぐにフラフラして」
「でもお前の所に帰って来るだろ」
 ロイは笑を浮かべているものの、その淡い瞳に哀の色を滲ませる。
「俺の所だけじゃないだろ」
「でも俺はここがたまらなく好きなんだ。帰るのはお前の所だけだ」
 ロイは複雑な顔をする。
「そう言うならば、俺の所にこれからもちゃんと帰って来い。
 そして俺を誰よりも抱きしめてくれ」
 その言葉と身体の温かさが心地よい。
「だったら一緒に暮らすか? 俺の家に越してこいよ」
 ロイはその言葉に顔を上げてハッとしたような顔で俺を見つめる。
 しかし何故か顔を思いっきりゆがめる。
「ヤダよ! なんであんな危ない家なんて」
 最高だと思ったアイデアだったが、即効却下された。
 ミアの葬儀で色々関わった事で、結構仲良くなったと思っていたが甘かった。ロイのイーラけの苦手意識はまだまだ健在。
「それに俺は、お前をあの女となら共有する事は我慢するが、俺を二人に共有させるつもりはない」
 凄い心にクる事を言ってくるロイ。
 こんな可愛い恋人を手離せるわけもない。
「俺もそうだよ、お前を誰とも共有する気はない。
 俺だけのモノだ。誰にも渡す気はない。イーラにもな。
 俺だけがお前を、抱きしめキスしてイカしてやりたい。
 その瞳に、俺だけを映していたい」
「勝手だな」
 ロイは苦笑いする。
「勝手なのは分かっている。でもそれが俺だ。
 こんなに独占欲に駆り立てられる相手はお前だけだ」
 ロイのペールブルーの瞳が俺をジッと見つめてくる。
 俺をゾクゾクさせるこの眼差し。俺がキスしようとすると身体をひき目を細められる。
「……契約書を作るか!」
 契約書? この関係をどういう形で契約書にしたためる気だ?
 俺は意図を探る為にロイの表情を確認する。
 何か企んでいるとかいうのではなく穏やかな目をしている。
「……何の?」
 ロイは呆れた表情を見せる。
「写真使用の。その為に来たんだろ?」
 そう言えばそうだった。
 ジャケット用に使用したロイの写真の別バージョンの写真。それを今度はコンサート用ポスターに使用する為の許可を取るために此処に来たのだった。
 どういう訳か、ロイのスイッチが唐突にビジネスに戻ってたようだ。
 だったらサッサとお仕事終わらせそのスイッチを切り替える事にしよう。プライベートな時間を楽しむ為に。
 俺は笑い頷いた。ロイは俺の表情をチラっと見て細める。
「この後、友達のライブ撮影の仕事があるから」
 読まれていたようで、牽制されてしまう。
「ライブったら夜だろ? まだ時間ある。だからさっさと仕事終わらせよう」
 そう言いながら腰を撫でると、何故か溜息つかれてしまった。


 ※   ※   ※

 Tribute =亡くなった人を偲ぶ楽曲
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