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Blue skinny cat
Coda
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警察署に行った俺を待っていたのは一つの死体。それは暴行により判別も難しいくらい変形した顔に痣だらけの身体を持つ青い髪の女性のもの。
骨が折れているのだろう、明らかに可笑しな状態になった手足。単なる奇妙なモノでしかないソレを見せられて身元確認もなにもなかった。
ただボロボロになった服などと共に遺品の中にあった、『青』という手書き文字の入った俺の名刺。俺があの日買ってやったブレスレット。
その二つの遺品で、遺体が誰であるのかというのを嫌という程示していた。
本当のところ死体を見た瞬間目の前にいるのが誰かは分かっていたと思う。理解することを俺の感情が拒んだ。
「ミアという子で妻の友人だった。
ダウンタウンのジルバという喫茶店でウェイトレスやってーー」
俺はそう説明しながら、ミアの事を何も知らない事に気が付いた。そして彼女を過去形で語っている事を嫌という程実感する。
検屍によるとレイプの末、嬲り殺されて、金目のもの全て奪ったうえでゴミ箱に棄てられていたらしい。
彼女に残ったのは、ズタボロになった服。犯人が売っても二束三文にしかならないと判断したブレスレットと、まったく金にならない俺の名刺。
俺の目に焼き付いたのは無残な傷や痣でなく、腕に刻まれたばかりの『青』という漢字のタトゥー。
偶然ではあるものの、そこだけは痣にはなっておらず、鮮やかなブルーで、やけに存在感を放っていた。
ソレをみて俺は一瞬呼吸する事も忘れてしまう。
遺体にそのタトゥーがあるのを示された時の俺の感情はどう表現してよいのか分からない。
ミアが生きていて自慢げにそれを俺に見せてきたなら、馬鹿にして笑ってやることも出来ただろう。しかし今の状況は笑いとは真逆のベクトルに感情があり、その感情が俺を惑わせる。
その感情が呆れなのか怒りなのか哀しみなのかは分からない。
俺は整理つかない心を持て余し、遺体安置室を出て廊下にあった掃除道具を蹴飛ばし散らす。
「ケン!」
ロイが気付かうように俺に近付く。心配そうに見つめるロイに俺は笑いかける。
「別に何てことないさ。バカなガキが、その期待を裏切らずバカな死に方しただけだ。
このニューヨークではありきたりの出来事。
新聞記事にもならない程の些細な事。何でもない事だ!
そうだろ?」
俺の言葉に何も言わずロイはただ俺を抱きしめて子供をあやすように背中をさすり続けてくれた。
俺はロイに『何してるんだ、何ともないさ』と返そううとしたが言葉が出てこない。そのままその暖かいハグを受けつづけた。
電話でイーラに状況を説明すると、流石の彼女も絶句していた。俺より関係の深かった彼女は尚更ショックも大きかったんだろう。
そして調書をとるなど様々な手続き作業をして警察署を出ると、日付も変わり空も明らんでいた。
「わりい、ロイつまらない事に付き合わせて。今日は仕事あるんだよな?」
ロイは苦笑する。
「ケンのせいで寝不足になるのは、今に始まった事ではないだろ。アンタこそ仕事シッカリやれよ!」
コイツの口うるささは、なんでこんなに心地よいのだろうか? どうしようもなく優しくて俺の心に言葉がしみ込んでくる。
俺はなんかホッとして笑ってしまった。『当たり前だろ!』そう応え、タクシーで帰るロイを見送ってから、俺も着替える為に一旦家に戻る事にした。
ロイにああいったものの、仕事は俺が今の構成に違和感を感じるとゴネ出してしまった為に揉めてしまう。
結局グダグダになり荒れて殺伐とした状態で解散となる。
全く寝てない事もあるし、テンションがとにかく上がらない。頭の中がグニャグニャしていて気持ち悪い。
俺は飲みに出歩く気持ちにもなれずマネージャーに家まで送って貰い、サッサと寝る事にした。
家に帰ると、イーラがもう帰っていた。
何時から家にいるのか分からない。
イーラはコートを脱ぐ事もしないままソファーに座り俯き顔を手で覆っていた。
俺の気配を感じたのかイーラはユックリと顔を上げる。
アイメイクもグシャグシャになったイーラに俺は微笑んだ。出来るだけ優しい笑顔で。
青い瞳の淵が泣きすぎたのか怒りの為なのか真っ赤に染まっている。
俺もコートのままイーラの隣に腰掛け、その身体を抱き締めた。
「あの子に……会ってきた」
腕の中でイーラはそうつぶやく。
本当は今日までパリに滞在してショッピングを楽しむ予定だった。だが電話受けていても立ってもいられなくなり戻ってきたのだろう。
しかし一人であのミアに会いにいくとは……俺を呼び出せば良かったのに。
「だから言っただろ? 野良猫をむやみに拾ってくるなと、面倒事ばかりおこすから」
俺は泣きじゃくるイーラの背中を撫で続ける。
「イーラ、折角の綺麗な顔も台無しだぞ、そのお化けメイクをなんとかしないか?」
イーラは顔を上げ泣きながらフフと笑う。
二人で風呂に入り身体を洗いあい、羊水にいる双子のように浴槽で身体を寄せ合う。
互いの体温と脈動を確かめあうだけのハグ。
「賢史、ゴメンネ」
イーラが唐突にそんな事言ってくる。
「何がだ?」
「貴方にミアを逢わせた事。優しい貴方にあの子という重荷を背負わせてしまった」
俺はその言葉に、笑ってしまう。
「俺が優しい? お前と違う。何とも思ってないよ。
ムカツキはしても、今回の事で涙の一滴も出やしない。
あんなチッコイガキの存在なんて、俺の中で豆よりもチッポケで、探すのに苦労するくらいだ」
イーラは俺を見つめ俺の頭を慰めるように頭をなでながら優しく笑う。そして柔らかく抱きしめてくる。
何故イーラが俺を慰めるような動作をしてくるのか? 逆だろうに。
俺もイーラを慰めるように抱き締める。その夜は二人とも色々疲れ過ぎていた。二人でただ寄り添ってそのまま眠りについた。
※ ※ ※
Coda =楽曲のエンディング部分
骨が折れているのだろう、明らかに可笑しな状態になった手足。単なる奇妙なモノでしかないソレを見せられて身元確認もなにもなかった。
ただボロボロになった服などと共に遺品の中にあった、『青』という手書き文字の入った俺の名刺。俺があの日買ってやったブレスレット。
その二つの遺品で、遺体が誰であるのかというのを嫌という程示していた。
本当のところ死体を見た瞬間目の前にいるのが誰かは分かっていたと思う。理解することを俺の感情が拒んだ。
「ミアという子で妻の友人だった。
ダウンタウンのジルバという喫茶店でウェイトレスやってーー」
俺はそう説明しながら、ミアの事を何も知らない事に気が付いた。そして彼女を過去形で語っている事を嫌という程実感する。
検屍によるとレイプの末、嬲り殺されて、金目のもの全て奪ったうえでゴミ箱に棄てられていたらしい。
彼女に残ったのは、ズタボロになった服。犯人が売っても二束三文にしかならないと判断したブレスレットと、まったく金にならない俺の名刺。
俺の目に焼き付いたのは無残な傷や痣でなく、腕に刻まれたばかりの『青』という漢字のタトゥー。
偶然ではあるものの、そこだけは痣にはなっておらず、鮮やかなブルーで、やけに存在感を放っていた。
ソレをみて俺は一瞬呼吸する事も忘れてしまう。
遺体にそのタトゥーがあるのを示された時の俺の感情はどう表現してよいのか分からない。
ミアが生きていて自慢げにそれを俺に見せてきたなら、馬鹿にして笑ってやることも出来ただろう。しかし今の状況は笑いとは真逆のベクトルに感情があり、その感情が俺を惑わせる。
その感情が呆れなのか怒りなのか哀しみなのかは分からない。
俺は整理つかない心を持て余し、遺体安置室を出て廊下にあった掃除道具を蹴飛ばし散らす。
「ケン!」
ロイが気付かうように俺に近付く。心配そうに見つめるロイに俺は笑いかける。
「別に何てことないさ。バカなガキが、その期待を裏切らずバカな死に方しただけだ。
このニューヨークではありきたりの出来事。
新聞記事にもならない程の些細な事。何でもない事だ!
そうだろ?」
俺の言葉に何も言わずロイはただ俺を抱きしめて子供をあやすように背中をさすり続けてくれた。
俺はロイに『何してるんだ、何ともないさ』と返そううとしたが言葉が出てこない。そのままその暖かいハグを受けつづけた。
電話でイーラに状況を説明すると、流石の彼女も絶句していた。俺より関係の深かった彼女は尚更ショックも大きかったんだろう。
そして調書をとるなど様々な手続き作業をして警察署を出ると、日付も変わり空も明らんでいた。
「わりい、ロイつまらない事に付き合わせて。今日は仕事あるんだよな?」
ロイは苦笑する。
「ケンのせいで寝不足になるのは、今に始まった事ではないだろ。アンタこそ仕事シッカリやれよ!」
コイツの口うるささは、なんでこんなに心地よいのだろうか? どうしようもなく優しくて俺の心に言葉がしみ込んでくる。
俺はなんかホッとして笑ってしまった。『当たり前だろ!』そう応え、タクシーで帰るロイを見送ってから、俺も着替える為に一旦家に戻る事にした。
ロイにああいったものの、仕事は俺が今の構成に違和感を感じるとゴネ出してしまった為に揉めてしまう。
結局グダグダになり荒れて殺伐とした状態で解散となる。
全く寝てない事もあるし、テンションがとにかく上がらない。頭の中がグニャグニャしていて気持ち悪い。
俺は飲みに出歩く気持ちにもなれずマネージャーに家まで送って貰い、サッサと寝る事にした。
家に帰ると、イーラがもう帰っていた。
何時から家にいるのか分からない。
イーラはコートを脱ぐ事もしないままソファーに座り俯き顔を手で覆っていた。
俺の気配を感じたのかイーラはユックリと顔を上げる。
アイメイクもグシャグシャになったイーラに俺は微笑んだ。出来るだけ優しい笑顔で。
青い瞳の淵が泣きすぎたのか怒りの為なのか真っ赤に染まっている。
俺もコートのままイーラの隣に腰掛け、その身体を抱き締めた。
「あの子に……会ってきた」
腕の中でイーラはそうつぶやく。
本当は今日までパリに滞在してショッピングを楽しむ予定だった。だが電話受けていても立ってもいられなくなり戻ってきたのだろう。
しかし一人であのミアに会いにいくとは……俺を呼び出せば良かったのに。
「だから言っただろ? 野良猫をむやみに拾ってくるなと、面倒事ばかりおこすから」
俺は泣きじゃくるイーラの背中を撫で続ける。
「イーラ、折角の綺麗な顔も台無しだぞ、そのお化けメイクをなんとかしないか?」
イーラは顔を上げ泣きながらフフと笑う。
二人で風呂に入り身体を洗いあい、羊水にいる双子のように浴槽で身体を寄せ合う。
互いの体温と脈動を確かめあうだけのハグ。
「賢史、ゴメンネ」
イーラが唐突にそんな事言ってくる。
「何がだ?」
「貴方にミアを逢わせた事。優しい貴方にあの子という重荷を背負わせてしまった」
俺はその言葉に、笑ってしまう。
「俺が優しい? お前と違う。何とも思ってないよ。
ムカツキはしても、今回の事で涙の一滴も出やしない。
あんなチッコイガキの存在なんて、俺の中で豆よりもチッポケで、探すのに苦労するくらいだ」
イーラは俺を見つめ俺の頭を慰めるように頭をなでながら優しく笑う。そして柔らかく抱きしめてくる。
何故イーラが俺を慰めるような動作をしてくるのか? 逆だろうに。
俺もイーラを慰めるように抱き締める。その夜は二人とも色々疲れ過ぎていた。二人でただ寄り添ってそのまま眠りについた。
※ ※ ※
Coda =楽曲のエンディング部分
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