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白い黒猫

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Blue skinny cat

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 海外に飛び回る忙しい日が続く。ロイはロイで西海岸での仕事でニューヨークを離れていた為に、久しぶりのデート。
 ロイの友人の個展を見て、カフェで二人の時間を楽しんでいた。今日はイーラが海外で仕事しているのを知っている事もあり、ロイはとても幸せそうである。
 一般的な意味で愛人が本妻を恐れるという感覚とは少し異なり、俺に関係なくロイはイーラに怯えている。
 あれから撮影依頼やデートの誘いをイーラからされ、ロイはかなり困惑しているようだ。
 ロイのとった対応は、デートは拒絶。撮影もプライベートフォトは拒否し、メイクや照明など第三者も関わるイーラの仕事のみ受ける。
 写真使用の契約について話し合う時も弁護士と同伴で外の喫茶店を使う徹底ぶり。個室に二人になる事を尽く避けている。
 何故か第三者に俺が入っていないようで、俺とのデート中にイーラが来ても逃げてしまう。
「あんたとあの女と三人しかいない空間は、あの女と二人っきりの状況より危ない空間だろ!」
 そうロイはいう。
「別にどちらもそう怖がる要素はないだろ? 俺とはこうして一緒に楽しんでいるのに。それに俺はイーラと一緒に暮らしているが、危ない目にあった事もないぞ!」
 俺は隣に座るロイの頬を撫でて親指の先で唇を撫でる。
「あんたはあの女とセットになると、滅茶苦茶タチの悪い存在になる。淫乱で最悪なド変態に」
 俺はその言葉に苦笑して、首を横に振る。
「お前だって満更ではないくせに、イーラがいる時のお前は最高だ。イーラ以上に淫らで、可愛くてドロド……」
 そこまで言った所で真っ赤になったロイに叩かれた。
「だから嫌なんだ、俺の醜い部分を晒すから……」
「醜くないよ、最高に綺麗だよ、お前は」
 否定の言葉を出そうとするロイを笑顔でさえぎる。
「そうさせているのは俺だしな。
 最低のヤツだとは分かってるが、もうこの年で変えられない。俺は俺で居続けるしかない。
 でもお前は優しいから、そんなどうしようもない所まで俺を愛してくれる。
 そして俺は、お前がそうして嫉妬したり拗ねたりするところも、堪らないんだ。お前の全ての感情が俺を喜ばせる」
 ロイは口をパクパクさせて真っ赤になって目を逸らす。そしてアレっという顔をする。
 ロイが見つめる窓の外を見ると、そこには赤毛の少女が立っていてこちらを楽しそうに見ていた。
 黒いタンクトッブに、スリットの入りまくったTシャツ。真っ赤なフェイクレザーのミニスカートに網タイツ。
 俺が彼女に気付くと彼女は動きそのまま店に入ってきて俺の横に座りピトっとくっつく。ミアである。
「なになに? ケンジー浮気?」
 俺にもたれかかってそんなとんでもないこと聞いてくる。案の定ロイは傷ついたように顔を顰める。
「浮気じゃねえ、コイツは俺の大切な彼氏! 恋人だ」
 そう紹介するがミアはキョトンとする。
「だって。結婚している人が他所で恋人作るのって浮気でしょ?」
 コイツ殴っていいか?
「お前が言うなよ! あ、ロイ、コイツはイーラの彼女の一人!」
 そう紹介するとロイは「あっ、は? あぁ」と呆れた様子の返事を返す。
「あ、そうなるのか! でもケンジーの彼女でもあるよね?」
 そのミアの言葉にロイの顔がサッと怖くなる。
「ケンお前、こんな子供にまで手を出してるのか?」
「ちげえよ! 眠って起きたらコイツが勝手に刺さってただけだ!」
 言い訳するわけではないが、本当の事を話し、変な誤解は解きたかった。しかしロイの顔はますます強ばる。
「でもその後、優しく抱いてくれたよね?」
「君もダメだよ! よりにもよってコイツとか! あんな変態な夫婦に近付くなよ! 危ないだろ!」
 何かロイの怒りもズレている。
「優しいよ。二人とも、私を可愛がってくれて、抱きしめてくれて、叱ってくれる」
 ロイは頭を抱える。
「こんな、子供に何を……お前らは」
「ロイ誤解するな! チッコイけどコイツは二十三歳だ! あと、俺はコイツなんかタイプじゃねえから、抱く気にはなれない。解るだろ? 俺の好みは! 色気がちゃんとあってそそる……」
 複雑な表情でロイは俺をジーとみてから、ミアに視線を向ける。
「ヒドイ! タイプでないって、そりゃ私は胸イリーみたいになくてセクシーではないけどさ! 若い女の子だよ」
 頼むからミアお前は口挟むなと。ミアを黙らせようと睨む。ロイの前では一般男性が喜ぶ女性の魅力についての話は禁句である。特に俺が絡んだ関係の相手だと。
 ロイは笑みを浮かべているが、目は全く笑っておらず俺を睨みつけている。
 何とかしないといけないと内心焦った。でないと久しぶりのデートが台無しである。ロイと思う存分イイコトしようと思っていただけに……。
「俺はな、自分に誇りをもって一生懸命なヤツが好きなの!
 お前みたいに自分を大事にしない。理由をつけて直ぐ逃げる癖に、夢みたいな将来を偉そうに語る。そんないい加減なヤツは大嫌いなんだ」
 取り敢えず、ミアをムカつかせて帰らせる事にしよう。しかしミアは何故か怒らないで俺を真面目な顔で見上げるだけ。
「もう、煙草は止めたしリスカもしてない。馬鹿は止めたよ……。
 あとイリーやケンジーの様に私天才じゃないから、仕方がない。誇りなんて簡単に持てないよ」
 こういう青い論理にため息つく。
「お前さ、イーラや俺の何を見てんの? 努力も何もなく面白おかしく音楽やってると思ってるのか?
 ヤルときは本気だし、ライブで最高の音を聞かせる為の努力惜しむ気はない! そうやって生きている。だから誇りも持てんだよ!
 才能? そんなの成功の為の要素のひとつでしかない。演奏上手いだけで食って行ける程甘い世界ではないんだよ」
 俺がムカつき怒鳴ったのに、ミアは何故か嬉しそうに笑う。
「じゃあ教えて。自信ってどうしたら手に入れられるかな?」
 そして、そんなバカな事聞いてくる。俺はため息つくしかない。そんな俺の横でロイが笑い出す。俺が『なんだ?』と視線で聞くと。
「ケンらしいというか、ケンらしくないというか、お前のそう言う所大好きだよ」
 ロイは何がツボだったのか分からないが笑い続ける。
「アンタ何? 会話に割り込んで来ないでよ」
 ミアがぶすくれた顔でロイに話しかける。割り込んできたのはお前だミア。
 ロイはというと怒った様子もなく優しく笑う。
「俺はギルバート レックス マーヴェル、カメラマンだ。様々な人を見てきたから君の質問の答えはケンより分かっているよ」
 ロイがお人好しなのを思い出す。こんな未熟な存在を大人として指導してやりたくなる良識的なヤツだ。
 ミアはロイの柔らかい青い目に、見つめられて緊張する。
「君の音は聞いた事もないから音楽の才能の有無は分からないが、芸能の世界で成功するのは絶対無理だよ」
 優しい声と表情で言われた、そんな言葉にミアは絶句する。ロイにしてはキツい言葉だ。
「だって、君は自分を全く愛してないし、自分を否定している。
 だからだろ? 構ってやってもいない。そんな自分でも人に受け入れられたくて。愛して欲しいからケンに構い真っ直ぐ自分に向けられた言葉を貰い喜んでいるだけ。
 今の君の気持ちは一般大衆に向けても自分にも向いてなくて、ただ近い存在に縋っているだけ」
 ミアはチラっと俺を気まずそうに見上げる。図星だったらしい。
「音楽家にしても、俳優にしても同じ。結局は人間。そういった人が表現しているのは自分自身なんだ。
 その手段こそ違えど、確固たる個を表現できなければ意味はない。いくら上手に歌ってもピアノ弾いても見向きもされないそう言う世界だ」
 年下な事もあり、ロイの事を可愛いと思っていた。しかし時折俺より大人の男であると感じる。
 コイツは俺と自己表現の仕方が違うために、世界の関わり方が違う。だから異なるモノを俺に見せてくれる。
 ミアはというと、ロイの言葉に呆然としている。理解できているのかも怪しい。
「……私がブサイクって言いたいの?」
 ミアの不機嫌丸出しの言葉に、ロイは困ったように笑う。少なくとも今のぶすくれた顔は不細工としか言いようがない。
「君は顔の造形は悪くない。
 ……でもケン見てたら分からない? ケンは所謂ハンサムではない。でもスタイルを持っている。
 表情の一つ動作の一つとかでケンという凄まじい個を作り上げていてそれがとても格好良い。
 ピアノ弾いている時。客に曲を聴けせて喜ばせているのではなくて、Kenjiという存在そのものを見せて楽しませている。それが一流アーチストだ。
 今の君にはまだ、人に魅せたい個というのが見えない」
 ミアは黙り込む。ロイは戸惑うミアの頭を優しく撫でる。しかし男性がまだ苦手なミアはビクリと身体を震わせる。ロイは柔らかく笑いソっと手を引く。
「まず、自分をちゃんと見て、その上で考えなさい。その目でどんな世界を見たいのか? そしてなにを世界に訴えたいのか? 何を掴みたいのか?」
 そう言いながらテーブルに置いてあったカメラを手にとる。困ったように顔を上げてロイを見つめているミアを撮影する。
「それが見えてきたらおいで。宣材写真くらいだったら撮ってあげるから。今の君より面白くなってるのを見せて」
 ミアはムッとした顔で、ロイを睨みつけてやがる。ロイに撮影してもらえるかもしれないって事が、どれほどスゴい事なのか分かってないのだろう。光と空間の魔術師マーヴェルという異名まである最高なカメラマンだ。

 とはいえ俺とは異なり、確実に上手くミアの感情を動かし指導しているのは確か。全うなやる気を湧き起こさせたようだ。俺には出来ない芸当である。
「ならさ、私がソレ手に入れたらケンジー私を抱いて! そして彼女にしてね♪
 アンタ! 覚悟して! 私にケンジーを取られて悔しがられないでね。アンタみたいな屁理屈言いのつまらない地味男なんかよりも魅力的な女になってやる!」
 良く分からない約束の取り付けと、喧嘩売りを一方的にして、俺に抱きつきキスして出ていってしまった。
「何だ? アレ」
 俺の呟きにロイは笑う。流石にミアは青過ぎて嫉妬の対象にもならないようだ。
「俺はああいうの嫌いじゃない。
 ああいうのはああいうので面白い写真撮れるから」
 成程、ロイはそれで面白がっていたらしい。基本コイツが冷静なのは、世界を客観的に見つめているからだ。
 ロイ独自の価値観の世界を漂い、その中で彼に響いたモノを切りっていく。
 ガチの仕事している写真は最高にクールで好き。だが日常持ち歩いているカメラで撮影した写真が、俺はもっと好きだ。その方がロイという人間本来の味わいに満ちている。
 それに俺の写真はコイツの俺に対する愛が隠しようもなく溢れていている。そこも俺をニヤニヤさせる部分でもあった。
 穏やかで清楚な感じのコイツが俺の腕の中では乱れ淫らになる。そのギャップもまた……と考えているとムラムラしてきた。
 手をテーブルの下でソッとロイの腿に持って行き、撫でながら股間へと移動させる。
 揉んでやるとピクリと身体を動かし俺を朱のさした顔で睨みつける。そんな顔で睨んでも可愛いだけ。
「何やってる! こんなところで」
「ん? イイコト」
 俺の手の甲が抓られる。
「いてえよ。手を攻撃するのは止めてくれ」
 構わずより大胆に指を動かしてやる。ロイの目がジワリと潤む様子を楽しんだ。
「突然なんだよ、お前……」
 恥ずかしそうに小声で文句言ってくる。
「お前がエロ過ぎるから仕方がねえだろ」
「お前がそういう事しか考えてないだけだろ!」
 股間を手で庇い、身体を捩り俺の手から逃げながら睨みつけてくる。俺はニッコリ笑い頷く。
「だな、今はお前と楽しい事する事しか頭にない。だからいい? 此処でお前を啼かせて。
 それと移動する?」
 ロイと俺は暫く黙ったまま見つめ合う。
「……店出よう」
 ロイは折れてくれた。赤らめた頬でプイっと目を逸らす様子に俺は、ニヤついてしまった。二人っきりの空間で迫るより、こう言う所でチョッカイをかけた方が早いというのかもしれない。良い手を偶然見つけた事にも満足していた。
 そして、マンションに行き二人で楽しくて熱くてエロい時間を過ごす事が出来た。
 翌日朝早く、怠そうな身体を引きずりながらも仕事に行ってしまうロイ。加減してやれなかったことに若干の申し訳なさを感じる。だが俺の方はスッキリして最高に気分が良い。
 夜の仕事は良いギグできそうだと良い予感を感じながら再び眠りについた。


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