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正義の味方
正義の味方
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楽しい週末となる筈がどうしてこんな事になったのか?
私の務めているマリンポートタワー。一応観光案内にも紹介されているものの、ぶっちゃけ景色は最近出来た商業施設併設のホテルにあるスカイラウンジの方が良く、地元の人がノンビリ出来るからとフラリと立ち寄るそんな場所。黒字経営とは言い難いが、市の施設だから閉鎖される事もなく呑気に生き続けている。そこに今日驚く程の人が押し寄せパニック状態になっていた。何故って? ヒーローが此処に来る事になっているから。
軽いノリから全ては始まった……。
戦隊ヒーローショーをこのマリンポートタワーでやったら楽しくならない? という感じ。そしてとある秋の週末に、今TVで放映中の樹木戦隊モリモリレンジャーのヒーローショーと、ヒーローの握手会をする事になった。
名前も巫山戯いるかのように間抜け。しかも桐、楓、銀杏、杉、桜の名前の五人のヒーロー人はそれぞれの葉っぱがあしらわれた仮面を被り人と自然を守る為に戦うという内容で、本当にコレ格好よく子供に見てもらえるのか? コレって面白く楽しんでくれるのか? という感じ。
チラシとHPにその旨を告知したものの、お客様来てくれるのだろうか? という心配までしていた。
しかし当日……修羅場が出来上がった。
いつもは三百人来たら『今日はお客様いっぱいだったね~』と言う感じの場所に明らかに千人いるのではないかという人が押し寄せてきた。
あのエコなヒーローがここまで人気があるなんて驚きである。当然そこまで人が賑わうイベントなんて経験した事もない私達にそんな人数を捌さばき切れるはずがない。そして会場は混乱し、お客様は不満と不安を募らせて苛立ち爆発する、子供はそんな空気を感じて不安定になり騒ぎ出す。
「なんだ? この状況」
大声でお客様を宥めている私の耳にそんな男性の声が響く。振り返るとスーツアクタープロダクション『ジョイアート』の代表をしている神本正義さんだった。日に焼けた肌に引き締まったが身体に、精悍な顔立ちの男性で年齢は三十代半ばくらい? カッコいいとは思うものの如何にも体育系という熱苦しさを感じるオジさんだなと、打ち合わせの時に思った事なんて、今の状況ではどうでも良い事。
私は想定を上回る人数のお客様が来た事と、その為急遽、整理券を配る事にしたのは良いが、お客様が勝手に判断して訳の分からない列を作り出してしまったことで、ますます混乱している事を伝える。神本さんはウムと頷き周囲を見渡す。
「整理券はどうなっていますか?」
「多分初回分はもう終わっていて、残りはどうなっているか……」
なんか頼りになりそうなオーラを感じ取ったのか、他の職員も集まり神本さんに報告を始める。それぞれの回の整理券の残数を確認し全体の状況を把握した神本さんは頷き、深呼吸してから混乱しているロビーへと一歩進む。
「お客様、本日は当タワーにご来場頂きありがとうございます。
まずタワーの展望台のみをご利用のお客様は展望台チケットを購入していただけたらそれで大丈夫です。
本日行われます、ヒーローショーに参加希望の方は、展望台チケットに加え整理券が必要になってきます。整理券を御受け取りになった方は、その時間までご自由にお過ごしください。
整理券を希望のお客様は今から案内する列にお並びください。
尚、整理券の方ですが初回の方は……」
そう混乱するロビーに神本さんの朗々とした声が響き、神本さんについてきていたジョイアートの人が指示でそれぞれの位置に付き『お客様何時ごろからお並びですか?』とか声をかけつつ、混乱していた群衆をそれぞれのショーの希望回ごとの列を作り整理していく。驚く程、手際良く列ができていくのを私達は呆然と見つめる事しかできなかった。そして神本さんの『整理券の方は?』という声に我に返り、その整然とならんだ列に整理券を配りなんとか場を収める事ができた。とはいえ、後から来て整理券がない事に怒るお客様、そもそも整理券が必要なんて告知の何処にも書いていなかったと文句を言ってくるお客様もいたが、そういったお客様の対応もすべて神本さんらジョイアートの社員がしてくれた。それだけに自分達が、いかに見通しが甘く、またこういうイベントを行う事というのが分かっていなかったことを思い知らされた。
その甘さにより混乱を招き、ワタワタすることしか出来なかった私達には、神本さんらの行動は凛々しく輝いて見えた。悠然とした様子で人を導いていく様子は正にヒーローだった。
私は会場担当としてヒーローショーの舞台を見守ったが、それがまた恰好良かった。葉っぱの模様があしらわれたマスクを身に着けた間抜けな名前のヒーローと笑っていた自分が恥ずかしくなる程。ショーが始まると司会者のお姉さんが、淡いグレーでモコモコした恐竜のような形の光化学スモッグ怪人モッグに襲われるというお決まりの展開なのだが、子供達は目を輝かせてその舞台を見つめている。そして大声でヒーローのモリモリレンジャーの名を叫んで呼ぶ。その顔は真剣そのもので大好きなヒーローを本気で呼んでいる。最高に盛り上がった所で現れる五色の衣装をまとったヒーロー。華麗でいながらダイナミックな動きで怪人ら相手に見事に戦っていた。子供達の声援を受ける彼らは最高に素敵で恰好よく気が付けば私も子供達と同じように憧れの視線を彼らに向けていた。最後に赤い桐の戦士が鮮やかで切れ味のあるキックで怪人を倒し、会場が一気に沸きショーは無事終わる。たぶん戦隊でのリーダー役で一番派手でカッコいい動きをしているレッドヒーローの桐さんが、神本さんなのだろう。先ほどのロビー同様、舞台の上でも頼れるリーダーとして活躍している。そう思うとますますレッドヒーロー桐さんが素敵に思えてくる。私はただただ溜息をつきながら、その動きを見つめていた。またヒーロースーツを着ていても分かる引き締まった身体にもドキドキする。ボディービルのように不自然に作られたものではなく、アクションの訓練によって作り上げられたであろう靭やかで締まった身体に見惚れてしまう。女性が見ても引かないで惹かれる丁度よいマッチョ具合なのだ。ハッキリ言うと私はヒーロー達に恋に落ちていた。特に神本さんが演じる背も高く手足も長く均整のとれた身体で見事なアクションを演じる赤いヒーロー桐さんに。三回行われたそのショーを見る毎にますます高鳴っていく胸の鼓動で、私はハッキリ自分の気持ちを確信した。
ジョイアートの皆さんが四回目の握手会をしている間に、近くのお店に走り大量のドリンクを買ってタワーに戻る。神本さんが何を好きなのか分からなかったので、お茶、コーヒー、炭酸飲料と様々な種類をそろえて。そして楽屋となっている会議室に向かうと、丁度赤いヒーローが一人でその会議室へと歩いているところだった。私は重いレジ袋を持っていながらも走り寄る。
「今日は、ありがとうございました! ヒーローショー最高でした!」
そう私が話しかけると、赤いヒーローの桐さんは照れたような仕草をして『あ、ありがとうございます』と声を返してくる。
「コレ、良かったら皆さんで飲んで下さい」
そう言ってレジ袋を差し出す。
「そんな気を使っていただかなくても、仕事ですから」
私はそういう桐さんに首をブンブン横に振る。
「いえ、ロビーでの事も! 助けていただいてどれ程心強かったか! 本物のヒーローだ! って思いました。
……そしてショーでの姿も素敵で…
貴方の事好きになっちゃいました!」
勢いって恐ろしい! いきなり告白してしまった自分に驚いてしまう。神山さんもさぞ驚いていると思う。スゴク恥ずかしくなり下を向く。
「え? そんな、俺みたいな……でも嬉しいです」
赤いヒーローの桐さんも、そんな風な狼狽えた声を返してくる。赤いヒーロー桐さんなので顔は見えないけれど、突然の告白に照れてしまっているようだ。頭を掻いて視線を泳がせているように顔が動く。さっきまであんなに毅然としていたのに、こういう場面では言葉少なめにモジモジとなりシャイ。そこも素敵だと感じる。
「どうしたんだ?」
二人で黙ったまま見つめあっていると、そういう声が聞こえる。ブルーのヒーロー杉さんがコチラに向かってきている所だった。
「いえ、その……
あっ、ポートマリンタワーさんから、ドリンクの差し入れを頂きまして……」
その口調に少し違和感を覚えた。
ブルーの杉さんが、私に向かって頭を下げる。
「ありがとうございます。こんなに重いのに大変でしたでしょう。
あり難く頂かせてもらいます」
そう言って提げたままだったズッシリとしたレジ袋を持ってくれる。そしてレッドを『気が効かないぞ!』と叱り私にその事を謝る。
アレ? この赤いヒーローもしかして神本さんではない? もしかしてブルーの方が神本さん?
私が呆然としているとブルーのヒーロー杉さんは楽屋を開けて叫ぶ。
「神本さーん、マリンポートタワーさんからドリンクの差し入れを頂きました!」
その声につられて室内に視線を向ける。すると開かれたドアの向こうに神本さんはいた。私の姿を認め爽やかな笑顔で手を挙げてくる。その唇が『ありがとうございます』と動くのを私は固まって見つめる事しか出来なかった。上半身タンクトップ姿の為に見えている腕な胸から引き締まった筋肉が見えて胸がキュンとするが、その下半身がまだスモッグ怪人モッグであることを私の目はシッカリ捉えていた。
私が、恋したヒーローはレッドでもブルーでもなくスモッグ怪人モッグの方だったようだ。
楽屋にブルーとレッドに促されるままに入る。それぞれがマスクを取るのを私はボンヤリと眺めていた。レッドはこのメンバーの中で一番若く、先程のロビーでも子供にも積極的に声をかけて笑わせていた人だった。この楽屋でも皆に弄られムードメーカーといった感じのようだ。困った、今更告白を取り消せない。赤いヒーローをやっていた青年が、陽気に皆に構われ笑っているのを見つめ、私は溜息をつく。
「貴女もどうぞ飲んで下さい、お疲れでしょう」
私の前にお茶のペットボトルが差し出される。その手に繋がる人物を見ると神本さんだった。このメンバーの中で一番落ち着いていて、大人の魅力があって本当に恰好良い。私はお礼を言いそのドリンクを受け取る時、その左手の薬指にリングが嵌っているのに今更のように気が付く。そりゃこんなに素敵な人で、この年齢。当然といったら当然だ。私は心にチリリとした痛みを感じながら再び溜息をつく。
「賑やかで驚かれていますよね? まあこの元気で真っ直ぐな所がアイツらの良い所でもあるんです。大目に見てやって下さい」
部下を愛情いっぱいの視線を向けて語る表情も男気があり格好良い。きっとこの人はどこまでもヒーローなんだろう。部下にとっても、子供達にとっても。
「いえ、皆さんのその行動に今日は助けられましたから。ショーは勿論、ロビーでの皆さんも素敵でした。本当に格好良かったです。私達にとってもまさにヒーローです。ピンチに駆けつけて助けてくれる本物のヒーロー」
そう言うと、神本さんは目を細め嬉しそうに笑った。告白する前に玉砕してしまった私の恋。でもその人がどこまでも素敵なだった事が、寧ろ嬉しくも感じた。
そして私はレッドヒーロー桐を着ていた青年が皆と楽しそうにまだ話しているのを確認してから神本さんに挨拶して、そっと楽屋を離れる事にした。これで今後も会わなければ告白も自然消滅していくだろう。いくらなんでも、まったく知らない人から突然告白されたレッドヒーローさんも内心かなり困っている筈。だからこ私その後も極力、彼に関わらないようにした。
そしてヒーロー達は去り、私の職場に日常が戻ってきた。展望台で気ままに一時を楽しむお客様の姿を見ながらのまったりとした業務。平和である。やる事もあまりないので、乱れてしまっていたチラシラックを整理していると、近くに人が立っている事に気が付いた。顔をあげ私はその人物を認め慌ててしまう。ウッカリ私が告白してしまった赤いヒーロースーツを着ていた青年だったから。年齢は私と同じくらいか少し若いか? 茶色の短髪で日に焼けた顔が私の視線を受けて明るく笑う。私は自分がしでかした事を改めて思い出し、顔が赤くなるのを感じ俯いてしまう。
「ごめんなさい、お仕事中に!
でも俺、貴女に伝えたくて! 先日貴女に告白される前から、貴女の事が気になっていました。いつもココで一生懸命、仕事をされている姿がカワイイなと。
だから格好良いと言って貰えて嬉しかった! ……です」
顔を上げると太い眉を寄せ必死になっている表情があった。カッコイイというよりその顔を可愛く感じ心臓がドキドキしてくる。『いつも?』そう言葉を返そうとしたけれど、まだ彼の言葉は終わってなかったようだ。
「俺から言わせて下さい!
一目惚れだったんです。好きになりました。
俺と付き合って下さい!」
こんなストレートで熱い告白は初めてである。私は身体中が心臓になったかのように血管という血管がドクドクしてきて体が熱くて堪らない。
私は何か考える前に首をコクンと縦にふっていた。あっ、まずは友達から始めるべきだった? と思った時には色んな意味で遅く、次の瞬間筋肉に覆われた堅い胸に抱きしめられていた。
どうしようか? こうなってしまったらどうすれば良い?
「あっ、 あの、私、白波 渚といいます」
先ずは自己紹介する事にした。どんな人間関係もここからだと思うから。
「俺、青山 誠といいます!」
赤いヒーロースーツを着ていた青年はそう名前を名乗って、握手を求めてきたので、ついその手をとってしまう。
色んな意味で間違えてしまった私の新しい恋愛はこうして本格スタートした。そして彼との付き合いはこれからも色んな意味で順番を間違えた関係になるとは、この時分かる筈もなかった。
私の務めているマリンポートタワー。一応観光案内にも紹介されているものの、ぶっちゃけ景色は最近出来た商業施設併設のホテルにあるスカイラウンジの方が良く、地元の人がノンビリ出来るからとフラリと立ち寄るそんな場所。黒字経営とは言い難いが、市の施設だから閉鎖される事もなく呑気に生き続けている。そこに今日驚く程の人が押し寄せパニック状態になっていた。何故って? ヒーローが此処に来る事になっているから。
軽いノリから全ては始まった……。
戦隊ヒーローショーをこのマリンポートタワーでやったら楽しくならない? という感じ。そしてとある秋の週末に、今TVで放映中の樹木戦隊モリモリレンジャーのヒーローショーと、ヒーローの握手会をする事になった。
名前も巫山戯いるかのように間抜け。しかも桐、楓、銀杏、杉、桜の名前の五人のヒーロー人はそれぞれの葉っぱがあしらわれた仮面を被り人と自然を守る為に戦うという内容で、本当にコレ格好よく子供に見てもらえるのか? コレって面白く楽しんでくれるのか? という感じ。
チラシとHPにその旨を告知したものの、お客様来てくれるのだろうか? という心配までしていた。
しかし当日……修羅場が出来上がった。
いつもは三百人来たら『今日はお客様いっぱいだったね~』と言う感じの場所に明らかに千人いるのではないかという人が押し寄せてきた。
あのエコなヒーローがここまで人気があるなんて驚きである。当然そこまで人が賑わうイベントなんて経験した事もない私達にそんな人数を捌さばき切れるはずがない。そして会場は混乱し、お客様は不満と不安を募らせて苛立ち爆発する、子供はそんな空気を感じて不安定になり騒ぎ出す。
「なんだ? この状況」
大声でお客様を宥めている私の耳にそんな男性の声が響く。振り返るとスーツアクタープロダクション『ジョイアート』の代表をしている神本正義さんだった。日に焼けた肌に引き締まったが身体に、精悍な顔立ちの男性で年齢は三十代半ばくらい? カッコいいとは思うものの如何にも体育系という熱苦しさを感じるオジさんだなと、打ち合わせの時に思った事なんて、今の状況ではどうでも良い事。
私は想定を上回る人数のお客様が来た事と、その為急遽、整理券を配る事にしたのは良いが、お客様が勝手に判断して訳の分からない列を作り出してしまったことで、ますます混乱している事を伝える。神本さんはウムと頷き周囲を見渡す。
「整理券はどうなっていますか?」
「多分初回分はもう終わっていて、残りはどうなっているか……」
なんか頼りになりそうなオーラを感じ取ったのか、他の職員も集まり神本さんに報告を始める。それぞれの回の整理券の残数を確認し全体の状況を把握した神本さんは頷き、深呼吸してから混乱しているロビーへと一歩進む。
「お客様、本日は当タワーにご来場頂きありがとうございます。
まずタワーの展望台のみをご利用のお客様は展望台チケットを購入していただけたらそれで大丈夫です。
本日行われます、ヒーローショーに参加希望の方は、展望台チケットに加え整理券が必要になってきます。整理券を御受け取りになった方は、その時間までご自由にお過ごしください。
整理券を希望のお客様は今から案内する列にお並びください。
尚、整理券の方ですが初回の方は……」
そう混乱するロビーに神本さんの朗々とした声が響き、神本さんについてきていたジョイアートの人が指示でそれぞれの位置に付き『お客様何時ごろからお並びですか?』とか声をかけつつ、混乱していた群衆をそれぞれのショーの希望回ごとの列を作り整理していく。驚く程、手際良く列ができていくのを私達は呆然と見つめる事しかできなかった。そして神本さんの『整理券の方は?』という声に我に返り、その整然とならんだ列に整理券を配りなんとか場を収める事ができた。とはいえ、後から来て整理券がない事に怒るお客様、そもそも整理券が必要なんて告知の何処にも書いていなかったと文句を言ってくるお客様もいたが、そういったお客様の対応もすべて神本さんらジョイアートの社員がしてくれた。それだけに自分達が、いかに見通しが甘く、またこういうイベントを行う事というのが分かっていなかったことを思い知らされた。
その甘さにより混乱を招き、ワタワタすることしか出来なかった私達には、神本さんらの行動は凛々しく輝いて見えた。悠然とした様子で人を導いていく様子は正にヒーローだった。
私は会場担当としてヒーローショーの舞台を見守ったが、それがまた恰好良かった。葉っぱの模様があしらわれたマスクを身に着けた間抜けな名前のヒーローと笑っていた自分が恥ずかしくなる程。ショーが始まると司会者のお姉さんが、淡いグレーでモコモコした恐竜のような形の光化学スモッグ怪人モッグに襲われるというお決まりの展開なのだが、子供達は目を輝かせてその舞台を見つめている。そして大声でヒーローのモリモリレンジャーの名を叫んで呼ぶ。その顔は真剣そのもので大好きなヒーローを本気で呼んでいる。最高に盛り上がった所で現れる五色の衣装をまとったヒーロー。華麗でいながらダイナミックな動きで怪人ら相手に見事に戦っていた。子供達の声援を受ける彼らは最高に素敵で恰好よく気が付けば私も子供達と同じように憧れの視線を彼らに向けていた。最後に赤い桐の戦士が鮮やかで切れ味のあるキックで怪人を倒し、会場が一気に沸きショーは無事終わる。たぶん戦隊でのリーダー役で一番派手でカッコいい動きをしているレッドヒーローの桐さんが、神本さんなのだろう。先ほどのロビー同様、舞台の上でも頼れるリーダーとして活躍している。そう思うとますますレッドヒーロー桐さんが素敵に思えてくる。私はただただ溜息をつきながら、その動きを見つめていた。またヒーロースーツを着ていても分かる引き締まった身体にもドキドキする。ボディービルのように不自然に作られたものではなく、アクションの訓練によって作り上げられたであろう靭やかで締まった身体に見惚れてしまう。女性が見ても引かないで惹かれる丁度よいマッチョ具合なのだ。ハッキリ言うと私はヒーロー達に恋に落ちていた。特に神本さんが演じる背も高く手足も長く均整のとれた身体で見事なアクションを演じる赤いヒーロー桐さんに。三回行われたそのショーを見る毎にますます高鳴っていく胸の鼓動で、私はハッキリ自分の気持ちを確信した。
ジョイアートの皆さんが四回目の握手会をしている間に、近くのお店に走り大量のドリンクを買ってタワーに戻る。神本さんが何を好きなのか分からなかったので、お茶、コーヒー、炭酸飲料と様々な種類をそろえて。そして楽屋となっている会議室に向かうと、丁度赤いヒーローが一人でその会議室へと歩いているところだった。私は重いレジ袋を持っていながらも走り寄る。
「今日は、ありがとうございました! ヒーローショー最高でした!」
そう私が話しかけると、赤いヒーローの桐さんは照れたような仕草をして『あ、ありがとうございます』と声を返してくる。
「コレ、良かったら皆さんで飲んで下さい」
そう言ってレジ袋を差し出す。
「そんな気を使っていただかなくても、仕事ですから」
私はそういう桐さんに首をブンブン横に振る。
「いえ、ロビーでの事も! 助けていただいてどれ程心強かったか! 本物のヒーローだ! って思いました。
……そしてショーでの姿も素敵で…
貴方の事好きになっちゃいました!」
勢いって恐ろしい! いきなり告白してしまった自分に驚いてしまう。神山さんもさぞ驚いていると思う。スゴク恥ずかしくなり下を向く。
「え? そんな、俺みたいな……でも嬉しいです」
赤いヒーローの桐さんも、そんな風な狼狽えた声を返してくる。赤いヒーロー桐さんなので顔は見えないけれど、突然の告白に照れてしまっているようだ。頭を掻いて視線を泳がせているように顔が動く。さっきまであんなに毅然としていたのに、こういう場面では言葉少なめにモジモジとなりシャイ。そこも素敵だと感じる。
「どうしたんだ?」
二人で黙ったまま見つめあっていると、そういう声が聞こえる。ブルーのヒーロー杉さんがコチラに向かってきている所だった。
「いえ、その……
あっ、ポートマリンタワーさんから、ドリンクの差し入れを頂きまして……」
その口調に少し違和感を覚えた。
ブルーの杉さんが、私に向かって頭を下げる。
「ありがとうございます。こんなに重いのに大変でしたでしょう。
あり難く頂かせてもらいます」
そう言って提げたままだったズッシリとしたレジ袋を持ってくれる。そしてレッドを『気が効かないぞ!』と叱り私にその事を謝る。
アレ? この赤いヒーローもしかして神本さんではない? もしかしてブルーの方が神本さん?
私が呆然としているとブルーのヒーロー杉さんは楽屋を開けて叫ぶ。
「神本さーん、マリンポートタワーさんからドリンクの差し入れを頂きました!」
その声につられて室内に視線を向ける。すると開かれたドアの向こうに神本さんはいた。私の姿を認め爽やかな笑顔で手を挙げてくる。その唇が『ありがとうございます』と動くのを私は固まって見つめる事しか出来なかった。上半身タンクトップ姿の為に見えている腕な胸から引き締まった筋肉が見えて胸がキュンとするが、その下半身がまだスモッグ怪人モッグであることを私の目はシッカリ捉えていた。
私が、恋したヒーローはレッドでもブルーでもなくスモッグ怪人モッグの方だったようだ。
楽屋にブルーとレッドに促されるままに入る。それぞれがマスクを取るのを私はボンヤリと眺めていた。レッドはこのメンバーの中で一番若く、先程のロビーでも子供にも積極的に声をかけて笑わせていた人だった。この楽屋でも皆に弄られムードメーカーといった感じのようだ。困った、今更告白を取り消せない。赤いヒーローをやっていた青年が、陽気に皆に構われ笑っているのを見つめ、私は溜息をつく。
「貴女もどうぞ飲んで下さい、お疲れでしょう」
私の前にお茶のペットボトルが差し出される。その手に繋がる人物を見ると神本さんだった。このメンバーの中で一番落ち着いていて、大人の魅力があって本当に恰好良い。私はお礼を言いそのドリンクを受け取る時、その左手の薬指にリングが嵌っているのに今更のように気が付く。そりゃこんなに素敵な人で、この年齢。当然といったら当然だ。私は心にチリリとした痛みを感じながら再び溜息をつく。
「賑やかで驚かれていますよね? まあこの元気で真っ直ぐな所がアイツらの良い所でもあるんです。大目に見てやって下さい」
部下を愛情いっぱいの視線を向けて語る表情も男気があり格好良い。きっとこの人はどこまでもヒーローなんだろう。部下にとっても、子供達にとっても。
「いえ、皆さんのその行動に今日は助けられましたから。ショーは勿論、ロビーでの皆さんも素敵でした。本当に格好良かったです。私達にとってもまさにヒーローです。ピンチに駆けつけて助けてくれる本物のヒーロー」
そう言うと、神本さんは目を細め嬉しそうに笑った。告白する前に玉砕してしまった私の恋。でもその人がどこまでも素敵なだった事が、寧ろ嬉しくも感じた。
そして私はレッドヒーロー桐を着ていた青年が皆と楽しそうにまだ話しているのを確認してから神本さんに挨拶して、そっと楽屋を離れる事にした。これで今後も会わなければ告白も自然消滅していくだろう。いくらなんでも、まったく知らない人から突然告白されたレッドヒーローさんも内心かなり困っている筈。だからこ私その後も極力、彼に関わらないようにした。
そしてヒーロー達は去り、私の職場に日常が戻ってきた。展望台で気ままに一時を楽しむお客様の姿を見ながらのまったりとした業務。平和である。やる事もあまりないので、乱れてしまっていたチラシラックを整理していると、近くに人が立っている事に気が付いた。顔をあげ私はその人物を認め慌ててしまう。ウッカリ私が告白してしまった赤いヒーロースーツを着ていた青年だったから。年齢は私と同じくらいか少し若いか? 茶色の短髪で日に焼けた顔が私の視線を受けて明るく笑う。私は自分がしでかした事を改めて思い出し、顔が赤くなるのを感じ俯いてしまう。
「ごめんなさい、お仕事中に!
でも俺、貴女に伝えたくて! 先日貴女に告白される前から、貴女の事が気になっていました。いつもココで一生懸命、仕事をされている姿がカワイイなと。
だから格好良いと言って貰えて嬉しかった! ……です」
顔を上げると太い眉を寄せ必死になっている表情があった。カッコイイというよりその顔を可愛く感じ心臓がドキドキしてくる。『いつも?』そう言葉を返そうとしたけれど、まだ彼の言葉は終わってなかったようだ。
「俺から言わせて下さい!
一目惚れだったんです。好きになりました。
俺と付き合って下さい!」
こんなストレートで熱い告白は初めてである。私は身体中が心臓になったかのように血管という血管がドクドクしてきて体が熱くて堪らない。
私は何か考える前に首をコクンと縦にふっていた。あっ、まずは友達から始めるべきだった? と思った時には色んな意味で遅く、次の瞬間筋肉に覆われた堅い胸に抱きしめられていた。
どうしようか? こうなってしまったらどうすれば良い?
「あっ、 あの、私、白波 渚といいます」
先ずは自己紹介する事にした。どんな人間関係もここからだと思うから。
「俺、青山 誠といいます!」
赤いヒーロースーツを着ていた青年はそう名前を名乗って、握手を求めてきたので、ついその手をとってしまう。
色んな意味で間違えてしまった私の新しい恋愛はこうして本格スタートした。そして彼との付き合いはこれからも色んな意味で順番を間違えた関係になるとは、この時分かる筈もなかった。
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